君の絵を探して

天海みつき

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捜索の色

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 「んだよ」
 「これこれ、この絵」

 甚振り甲斐のある獲物を見つけた猛禽類の様な目をした菫が、実に真っ黒い笑みを浮かべて一枚の絵を差し出してくる。その笑みに、ふと、千歳と名乗った画商を思い出し、どうしてこう作品を流通させるような職に就くヤツは肉食獣の様な顔をしやがるんだ、と現実逃避してしまう。実際にはごく一部がそうなんだろう、いや、そうあって欲しいと思いつつ、差し出された絵に視線を落とし。

 「菫ぇ……」
 「うふふ。正解だったみたいね」

 顔を覆って項垂れる羽目になった。上機嫌の菫が絵を引っ込め、再び楽しそうに見つめている。その絵は、青藍が今回書いた小説の元となった絵の一枚。インスピレーションをかきたてる資料として、参考とした絵はそれとなく一か所に集めていたのだが、取りこぼししていたらしい。

 紛れ込んでいた小説の一場面のモデルとなった絵を恨みがましく一瞥し、青藍は嘆息した。

 「きっちりその絵に着目するお前が恐ろしい」
 「言ったでしょ。アンタの考える事なんてお見通しだって」

 そっとファイルを閉じた菫は、静かにテーブルにそのファイルを置いた。ついでコーヒーを手に取った彼女は、じっくりとその香りをかいで楽しむと、口を付けた。そして、悪戯っぽく瞳を輝かせ。

 「ついでにもう一つ当てようか」

 楽しそうで何よりである。嫌な予感が青藍の背筋を駆けあがる。じっとりと見つめられるが何のその。にやっと笑った菫。

 「それ書いたの、例の"常盤"って子じゃない?」
 「どうすればそうなる」

 よっぽど青藍の恋愛事情に首を突っ込みたかったらしい。"常盤"の名前をばっちり記憶していたらしい。一応しらばっくれてみるが。

 「他人に興味のないアンタが随分気にかけてたみたいだし?文才はあっても絵心の無いアンタが書いたとは考えにくいし?今までと小説の雰囲気が違うから、何かしらの影響を受けてるだろうと思ったし?その他諸々を加味してそうかなぁって思っただけ。ついでに言うと、女の勘」

 「舐めてたよマジで」

 やけに自信満々で言い切られ。ため息ついて諦めた。肩を竦めて見せると、その仕草で悟ったのだろう。やっぱりね、といいたげな顔でドヤ顔をした菫。つんつん、と細い指先でファイルをつつき、上目遣いに青藍を見つめてくる。

 「ついでにもう一つ。アンタ、今回の装丁、どうすんの」
 「……察しが良すぎる女は嫌われるぞ」
 「その程度で嫌う度量の狭い男はこっちから願い下げよ」

 青藍の迷いを見透かしたように切り込まれ、苦笑を禁じえない。軽口を叩いて気分を落ち着ける。律儀に付き合ってくれる菫は、きっと青藍が自分の迷いを言葉にしていることまで察しているのだろう。この際全部吐き出しなさいと視線に促され、重い口を開く。

 「正直に言えば、常盤に装丁を担当させたい。挿絵も入れられるなら入れたいし、少なくとも表紙はアイツの絵にしたい」
 「で、何に迷ってる訳?」
 「……引き受けてくれるとは思えない」
 「へぇ」

 いつもなら自信に満ち溢れ、嫌がる相手であっても、最高の作品を作る為ならば強引に協力を取り付ける青藍。その青藍が、真剣に迷っている。事情は分からずとも、下手に装丁を依頼する事の出来ない状況である事を察し、菫は唇を尖らせた。どうしたものか、と悩みつつも、その一方で口角が上がるのを抑えきれない。

 じっと苦悩する顔でファイルを見つめている青藍。他人に興味を持つ事が出来ず、一夜の関係ばかりを築いてきた青藍が、他人の心を慮って悩んでいる。どこまでも人間臭いその表情に、ずっと見守ってきた幼馴染として歓喜が抑えきれない。

 一人寂しく過ごすには、人の一生は長すぎる。

 ずっと一人で生きていくのだろうと思っていた幼馴染が、一生を共にする半身を得ようと藻掻いている。そんな風に見受けられたことが、嬉しくて。

 「何だその顔」
 「別に。アンタも大人になったなぁって思っただけ」
 「ああ?何だ急に。いい年した男に言うセリフか?」

 その恋が成就する様に、背中を思いっ切り蹴飛ばしてやろうと心に決めた。
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