24 / 25
捜索の色
2
しおりを挟む
「んだよ」
「これこれ、この絵」
甚振り甲斐のある獲物を見つけた猛禽類の様な目をした菫が、実に真っ黒い笑みを浮かべて一枚の絵を差し出してくる。その笑みに、ふと、千歳と名乗った画商を思い出し、どうしてこう作品を流通させるような職に就くヤツは肉食獣の様な顔をしやがるんだ、と現実逃避してしまう。実際にはごく一部がそうなんだろう、いや、そうあって欲しいと思いつつ、差し出された絵に視線を落とし。
「菫ぇ……」
「うふふ。正解だったみたいね」
顔を覆って項垂れる羽目になった。上機嫌の菫が絵を引っ込め、再び楽しそうに見つめている。その絵は、青藍が今回書いた小説の元となった絵の一枚。インスピレーションをかきたてる資料として、参考とした絵はそれとなく一か所に集めていたのだが、取りこぼししていたらしい。
紛れ込んでいた小説の一場面のモデルとなった絵を恨みがましく一瞥し、青藍は嘆息した。
「きっちりその絵に着目するお前が恐ろしい」
「言ったでしょ。アンタの考える事なんてお見通しだって」
そっとファイルを閉じた菫は、静かにテーブルにそのファイルを置いた。ついでコーヒーを手に取った彼女は、じっくりとその香りをかいで楽しむと、口を付けた。そして、悪戯っぽく瞳を輝かせ。
「ついでにもう一つ当てようか」
楽しそうで何よりである。嫌な予感が青藍の背筋を駆けあがる。じっとりと見つめられるが何のその。にやっと笑った菫。
「それ書いたの、例の"常盤"って子じゃない?」
「どうすればそうなる」
よっぽど青藍の恋愛事情に首を突っ込みたかったらしい。"常盤"の名前をばっちり記憶していたらしい。一応しらばっくれてみるが。
「他人に興味のないアンタが随分気にかけてたみたいだし?文才はあっても絵心の無いアンタが書いたとは考えにくいし?今までと小説の雰囲気が違うから、何かしらの影響を受けてるだろうと思ったし?その他諸々を加味してそうかなぁって思っただけ。ついでに言うと、女の勘」
「舐めてたよマジで」
やけに自信満々で言い切られ。ため息ついて諦めた。肩を竦めて見せると、その仕草で悟ったのだろう。やっぱりね、といいたげな顔でドヤ顔をした菫。つんつん、と細い指先でファイルをつつき、上目遣いに青藍を見つめてくる。
「ついでにもう一つ。アンタ、今回の装丁、どうすんの」
「……察しが良すぎる女は嫌われるぞ」
「その程度で嫌う度量の狭い男はこっちから願い下げよ」
青藍の迷いを見透かしたように切り込まれ、苦笑を禁じえない。軽口を叩いて気分を落ち着ける。律儀に付き合ってくれる菫は、きっと青藍が自分の迷いを言葉にしていることまで察しているのだろう。この際全部吐き出しなさいと視線に促され、重い口を開く。
「正直に言えば、常盤に装丁を担当させたい。挿絵も入れられるなら入れたいし、少なくとも表紙はアイツの絵にしたい」
「で、何に迷ってる訳?」
「……引き受けてくれるとは思えない」
「へぇ」
いつもなら自信に満ち溢れ、嫌がる相手であっても、最高の作品を作る為ならば強引に協力を取り付ける青藍。その青藍が、真剣に迷っている。事情は分からずとも、下手に装丁を依頼する事の出来ない状況である事を察し、菫は唇を尖らせた。どうしたものか、と悩みつつも、その一方で口角が上がるのを抑えきれない。
じっと苦悩する顔でファイルを見つめている青藍。他人に興味を持つ事が出来ず、一夜の関係ばかりを築いてきた青藍が、他人の心を慮って悩んでいる。どこまでも人間臭いその表情に、ずっと見守ってきた幼馴染として歓喜が抑えきれない。
一人寂しく過ごすには、人の一生は長すぎる。
ずっと一人で生きていくのだろうと思っていた幼馴染が、一生を共にする半身を得ようと藻掻いている。そんな風に見受けられたことが、嬉しくて。
「何だその顔」
「別に。アンタも大人になったなぁって思っただけ」
「ああ?何だ急に。いい年した男に言うセリフか?」
その恋が成就する様に、背中を思いっ切り蹴飛ばしてやろうと心に決めた。
「これこれ、この絵」
甚振り甲斐のある獲物を見つけた猛禽類の様な目をした菫が、実に真っ黒い笑みを浮かべて一枚の絵を差し出してくる。その笑みに、ふと、千歳と名乗った画商を思い出し、どうしてこう作品を流通させるような職に就くヤツは肉食獣の様な顔をしやがるんだ、と現実逃避してしまう。実際にはごく一部がそうなんだろう、いや、そうあって欲しいと思いつつ、差し出された絵に視線を落とし。
「菫ぇ……」
「うふふ。正解だったみたいね」
顔を覆って項垂れる羽目になった。上機嫌の菫が絵を引っ込め、再び楽しそうに見つめている。その絵は、青藍が今回書いた小説の元となった絵の一枚。インスピレーションをかきたてる資料として、参考とした絵はそれとなく一か所に集めていたのだが、取りこぼししていたらしい。
紛れ込んでいた小説の一場面のモデルとなった絵を恨みがましく一瞥し、青藍は嘆息した。
「きっちりその絵に着目するお前が恐ろしい」
「言ったでしょ。アンタの考える事なんてお見通しだって」
そっとファイルを閉じた菫は、静かにテーブルにそのファイルを置いた。ついでコーヒーを手に取った彼女は、じっくりとその香りをかいで楽しむと、口を付けた。そして、悪戯っぽく瞳を輝かせ。
「ついでにもう一つ当てようか」
楽しそうで何よりである。嫌な予感が青藍の背筋を駆けあがる。じっとりと見つめられるが何のその。にやっと笑った菫。
「それ書いたの、例の"常盤"って子じゃない?」
「どうすればそうなる」
よっぽど青藍の恋愛事情に首を突っ込みたかったらしい。"常盤"の名前をばっちり記憶していたらしい。一応しらばっくれてみるが。
「他人に興味のないアンタが随分気にかけてたみたいだし?文才はあっても絵心の無いアンタが書いたとは考えにくいし?今までと小説の雰囲気が違うから、何かしらの影響を受けてるだろうと思ったし?その他諸々を加味してそうかなぁって思っただけ。ついでに言うと、女の勘」
「舐めてたよマジで」
やけに自信満々で言い切られ。ため息ついて諦めた。肩を竦めて見せると、その仕草で悟ったのだろう。やっぱりね、といいたげな顔でドヤ顔をした菫。つんつん、と細い指先でファイルをつつき、上目遣いに青藍を見つめてくる。
「ついでにもう一つ。アンタ、今回の装丁、どうすんの」
「……察しが良すぎる女は嫌われるぞ」
「その程度で嫌う度量の狭い男はこっちから願い下げよ」
青藍の迷いを見透かしたように切り込まれ、苦笑を禁じえない。軽口を叩いて気分を落ち着ける。律儀に付き合ってくれる菫は、きっと青藍が自分の迷いを言葉にしていることまで察しているのだろう。この際全部吐き出しなさいと視線に促され、重い口を開く。
「正直に言えば、常盤に装丁を担当させたい。挿絵も入れられるなら入れたいし、少なくとも表紙はアイツの絵にしたい」
「で、何に迷ってる訳?」
「……引き受けてくれるとは思えない」
「へぇ」
いつもなら自信に満ち溢れ、嫌がる相手であっても、最高の作品を作る為ならば強引に協力を取り付ける青藍。その青藍が、真剣に迷っている。事情は分からずとも、下手に装丁を依頼する事の出来ない状況である事を察し、菫は唇を尖らせた。どうしたものか、と悩みつつも、その一方で口角が上がるのを抑えきれない。
じっと苦悩する顔でファイルを見つめている青藍。他人に興味を持つ事が出来ず、一夜の関係ばかりを築いてきた青藍が、他人の心を慮って悩んでいる。どこまでも人間臭いその表情に、ずっと見守ってきた幼馴染として歓喜が抑えきれない。
一人寂しく過ごすには、人の一生は長すぎる。
ずっと一人で生きていくのだろうと思っていた幼馴染が、一生を共にする半身を得ようと藻掻いている。そんな風に見受けられたことが、嬉しくて。
「何だその顔」
「別に。アンタも大人になったなぁって思っただけ」
「ああ?何だ急に。いい年した男に言うセリフか?」
その恋が成就する様に、背中を思いっ切り蹴飛ばしてやろうと心に決めた。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
【本編完結】訳あって王子様の子種を隠し持っています
紺乃 藍
BL
『実体のあるものを体内に隠し持つことができる』という特殊魔法を扱う研究員セシルは、貴族学園時代に第一王子のアレックスから「あるもの」を預かった。いつかアレックスに返してほしいと言われるまで、セシルは「それ」を身体の中に隠し持つと決めていた。
しかし国が定めた魔法管理政策により、近い将来、丸一日魔法が使えない日がやって来ることに気付くセシル。
このままでは隠し持っている「秘密」が身体の外へ溢れ出てしまうかもしれない。その事実を伝えるべくアレックスに接触を試みるが、彼の態度は冷たくて――
訳あり俺様王子×訳あり魔法研究員の約束と秘密の恋物語
*R18シーンがあるお話はタイトルに「◆」表記あり
*2023年中に本編の一部を改稿する予定です。
また番外編も投稿する予定ですが、
2022/12/31で一度完結とさせて頂きます。
▶ 現在、他サイトへの転載に合わせて少しずつ改稿中です。
2023年中に改稿完了・番外編投稿予定でしたが、
2024年1月中に改稿完了、2月中に番外編投稿、と
予定を変更させて頂きます。
よろしくお願いいたします。(2023/12/28 記)
初恋はおしまい
佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。
高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。
※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。
今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
ハッピーエンド
藤美りゅう
BL
恋心を抱いた人には、彼女がいましたーー。
レンタルショップ『MIMIYA』でアルバイトをする三上凛は、週末の夜に来るカップルの彼氏、堺智樹に恋心を抱いていた。
ある日、凛はそのカップルが雨の中喧嘩をするのを偶然目撃してしまい、雨が降りしきる中、帰れず立ち尽くしている智樹に自分の傘を貸してやる。
それから二人の距離は縮まろうとしていたが、一本のある映画が、凛の心にブレーキをかけてしまう。
※ 他サイトでコンテスト用に執筆した作品です。
道ならぬ恋を
天海みつき
BL
ある世界に獣人の住む国があった。そこでは数年前に、暴虐を尽くした獅子獣人の王を相手にしたクーデターが発生していた。その後任として玉座についたのはクーデターを指揮した黒狼の青年。青年には恋人がいたが、恋人は裏切り者のスパイだった――。
獣人の定義としては、人間にケモミミと尻尾がついた姿としています。それぞれ元になる獣の特徴を併せ持ち、(ファンタジーなので)男性妊娠あり。作者的に美味しいシチュエーションを盛り込んでみました。
懲りずに新作を投稿してみますが、例のごとく完結まで行けるかは未知数です。暇潰しにどうぞ。
花束と犬とヒエラルキー
葉月香
BL
短いバカンスの時期に出会い、一目惚れした相手を追って、オーヴェルニュの田舎から単身パリに出てきたルネ。その男、ローランの手によって磨かれて、彼は普通の男の子から洗練された美貌の秘書に変身するが―。愛する上司のために命がけで尽くしぬく敏腕秘書君の恋物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる