君の絵を探して

天海みつき

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不穏の色

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 その日は、特別な事のない普通の日だった。

 朝からパソコンの前に陣取っていた青藍は、ふと時計を見上げて半眼になった。

 「おいおい。時間を忘れて没頭とか。ガキかよ」

 大した休憩もなく5時間以上も画面と睨めっこをしていた事に気付き、項垂れた。道理で頭の芯が鈍く痛むはずだ。ゆっくり腕を上げると、じっくり体をほぐし始める。下手に急に動かした際、変に筋を痛めて悶絶して以来じっくり解す事を覚えた。暫く動かして漸く動ける事を確認し、ゆっくり立ち上がって部屋を出た。

 「なんだ帰ってたのか」
 「んー。仕事終わったぁ?」

 リビングに入るとソファに寝そべって、行儀悪く本を読む猫が居た。うつぶせになって頬杖をつき、パタパタと膝から下をばたつかせている。チラリと覗き込むと、青藍の過去作のようだ。

 「あ、勝手に借りてるよぉ」
 「別に構わんが」

 青藍は肩を竦めた。他の人間が勝手に持ち出していたとなれば、嫌そうな顔の一つもするが、常盤に限っては寧ろ気分がいい。自分に興味を持ってくれている、と都合のいい解釈をしている自分に気付き、苦笑した。

 「面白いか?」
 「かなり。想像の余地があるように書かれているのがすごく好き」

 視線だけは本に夢中のまま、のんびりとした答えが帰ってきた。近くには紙が散らばっており、拾い上げると簡素に書かれた絵が。じっくり見つめていると、その絵が小説の一部分である事に気付いた。

 「ああ、主人公が旅先の光景に感動している場面か」
 「ご明察。ついついその景色がどんなものかなぁと想像しちゃった」

 自分の中で思い描いていた光景とは、似て非なる光景。常盤にはこう見えるのか、と興味深く見ているうちに常盤自身は小説の世界に引き込まれていったようだ。ユラユラ揺れる足がご機嫌な猫の尻尾に見えて、青藍は喉を鳴らして笑った。

 その時、インターフォンが鳴り、青藍は首を傾げた。このご時世だ、ネットショッピングもするが、最近買ったものに心当たりがない。常盤はというと、と彼の方に視線を向けるが、その質素な身なりにかぶりを振った。残念ながら、常盤は必要最低限の買い物を、大学への行き来で済ませている。

 そうなると、セールスか。青藍はため息をついてインターフォン画面に向き直った。そこには、清潔そうな身なりをした、穏やかな面持ちの青年が立っていた。いかにもセールスらしい。そう結論づけて放置することに決めた青藍だったが。

 「……喧しい」

 何度もなり続けるインターフォンに、苛立った視線を向ける羽目になった。ニコニコと穏和そうな顔をして良くやるものだ、と内心毒づきつつ、諦めて通話ボタンを押す。

 「……はい」
 「ああ、良かったいらっしゃらないかと思ってしまいましたが……失礼ですが、常盤君のご自宅で?」
 「は?」

 忙しいから帰れ、と言い放ってやる気満々で出た青藍は目が点になった。相手も不思議そうに首を傾げている。特にご家族と暮らしているという話は聞いていないのですが、と呑気に画面越しに呟いている青年を前に、青藍は蟀谷を揉む。飼い猫ぐるみではないと予想していたが全く違ったらしい。

 「少々お待ちを」

 チラリと視線を走らせるものの、元凶たる飼い猫は小説と絵に夢中である。一体何が起きているのやら、と思いつつ青藍は玄関に向かった。




 「どうも。どちら様で?」
 「ああ、すみません。私、こういう者で」

 渋々ドアの隙間から顔を出した青藍に、青年は完璧な笑みで名刺を差し出してきた。さっと目を走らせると、"画商 千歳"と書かれていた。そこまで来て青藍に納得が行く。しかし。

 「どうしてここが?」
 「ちょっと禁じ手を。宜しければ常盤君に会わせていただいても?」

 ニコニコとしたままの千歳。しかし、その内容は地味に不穏である。思わず呆れ顔になってしまったのは仕方ないだろう。ついでにひらひらと名刺を揺らしてみる。

 「いる事が確信できているような口ぶりだな。俺が居ることに驚いていただろう?簡単に名刺渡していいものなのか?」

 暗に人違いだったらどうするつもりだ、と聞いてみる。対する千歳の笑顔は全くヒビ入る事無く。

 「先程常盤君の名前を出した際に、どちらですか、と言った聞き返しの言葉ではなく、待っていろと仰って出ていらしたのですから。少なくとも常盤君の事をご存知なのではと」

 「なるほど」

 半分勘ですけどね、とほけほけ笑う千歳を前に、青藍は眉間を揉んだ。なかなかどうして曲者臭がする。どうしたものか、とため息をつくと、にっこり笑った千歳が、しれっと要求する。

 「申し訳ありませんが、中に入れて頂いても?こんなのところで話というのもなんですし」
 「……あんた、無茶苦茶だと言われたことは?」
 「もはや数えることが無意味な程度には」

 やはり曲者だと確信し、青藍はやれやれと肩を落とした。

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