13 / 25
光明の色
3
しおりを挟む
キーボードの上を順調に指が踊る。心地よいキーボードをたたく音が、部屋に響いている。青藍は夕食後、仕事部屋でパソコンに向かっていた。
常盤と生活を共にして、半年ほどか。あれこれと騒動がないわけではない……どころか、掃いて捨てるほどあったが、それはまぁ良いだろう。青藍は常盤の描き出す絵――世界をトリガーに小説を書きなぐっていた。常盤の絵を見るだけで、少し前まで全く思いつかなかった様々な物語が紡がれていく。
「登場人物は、まぁ、これでいいか。あとは構成。粗いプロットでいいから作れば後は勝手に動き出すか」
石や花、多言語など。様々な情報から名前を考えたり、世界観を組み立てていく。登場人物と起承転結が決まれば、プロットの朧気な形が見える。それを言語化さえすれば、今度は文章に書き起こしていくことは難しいことではない。青藍は画面を見ているような、見ていないような、少し焦点の合わない瞳で画面を見据え続けた。
「へぇ。これって小説?」
「?!常盤!入るならノックしろ!」
「え。入った事に怒られるかと思ったけどそうじゃないんだ」
突然耳元で涼やかな声が響き、青藍は音を立てて飛びのいた。それでも椅子から落ちない所が常盤との違いか。照れ隠しも兼ねて怒鳴ると、きょとんとした顔が。自分の台詞を思い返して、思わず頭を抱える。完全に毒されている、と青藍は呻いた。
「……分かってるなら入ってくるな出て行け」
「えー。嫌。最初の時点で別に入って来ても怒られなかったもーん。僕が言わなきゃ別に気づかなかっただろーし」
「てめぇ……」
いつのまにやら、更に態度がデカくなっていたようだ。もともと図々しかったもんなぁ、と遠い目をすると、失礼な、と毛を逆立てて威嚇される。コロコロと変わる表情というか言動が本当に猫そっくりだ、と思いつつ。青藍はため息をついて諦めた。
「それでそれで?これ、小説でしょ?!」
「ああ。正確にはその前段階の設定作成中だがな」
興味津々で画面を覗き込んでくる常盤によく見えるようそっと場所を譲る。案の定、一つの事に集中すると周りが見えなくなる常盤は、青藍のさり気ない動きに気付かずそのまま画面にかじりついている。
「どんなの書くの?ファンタジー?ミステリー?恋愛?」
「……その時の気分だ」
「ってことは、全部?!」
「まぁ、な」
目を輝かせている常盤。子供の様な純粋な瞳に、青藍は思わず微笑した。ともに生活している内に気付いたが、絵を描いていないときの常盤は地味にかなりの量の本を読んでいる。ジャンルもまちまち。目にしないのは漫画だけ。
「お前、結構本好きだよな」
「好き。本読んでると、色んな世界が思い浮かんで、色んな絵が描きたくなる」
「漫画は?お前の歳的には漫画の方が一般的じゃないのか?」
「嫌い。だって、すでに絵があるんだもん。想像の余地が少なすぎる。つまんない」
「その想像の結果が、あの発作か……。いいのか悪いのか」
「あははは。それは、その。別って事にしておいて」
単純明快。常盤は様々な想像の世界に住んでいる。常盤にとっては、絵も小説も、同じ想像の世界なのだろう。分からんでもない、と青藍は笑う。発作について触れられ、少々気まずそうな常盤をニヤニヤと眺めていると、形勢が不利になったのを覆そうとしたのか、常盤が叫ぶ。
「あー。その話はお仕舞い!じゃなくて、青藍の話、読ませてよ!」
「……」
くわっと顔を近づけてくる常盤に、目を見開く。さあ出せ、今すぐだせ、と食いついてくる常盤に動揺し、ぐいっとその秀麗な顔を押しのける。
「……却下。気が済んだだろう。仕事の邪魔だ」
「ええ?!ずるい!散々人の絵を見ておきながら自分は出し惜しみ?!全然気が済んだって感じじゃないんだけど?!」
「相変わらず喧しい奴だ……」
「ええい!出て行くものか!常盤さんの執念なめるなよ?!」
「っておい!常盤!離れろ!」
ぎゃーぎゃーと喚いている常盤をどうにか宥めて放り出そうとするものの、何が何でも出て行かないと決意した常盤にしがみ付かれ。その温かい体温と、甘い匂いにドギマギしている内に、常盤がぷくりと頬を膨らませてさらに手足を絡みつかせてくる。
「何でダメなのさ!いいじゃんか減るもんじゃない!」
「……プライドの問題だ。スランプの所為でろくなモノが書けてないんだ。悪いか!」
半分投げやりに答えると、常盤の動きが止まった。なんのかんの言いつつ、常盤も創作活動をしており、周囲もしている環境に居る。スランプというものがどれだけ精神的にキツイかは理解しているのだろう。この隙に、と首根っこを掴み上げると、子猫のようにぶら下がった常盤が唇を尖らせた。
「スランプ。経験したこと無い」
「だろうな。お前には無縁の言葉だろう」
これだから天才肌は、と半眼になった青藍。これで終わりだ、と示したつもりだったのだが。
「なんかあったの?」
ズバリと切り込んできた常盤の台詞に、息をのんだ。
常盤と生活を共にして、半年ほどか。あれこれと騒動がないわけではない……どころか、掃いて捨てるほどあったが、それはまぁ良いだろう。青藍は常盤の描き出す絵――世界をトリガーに小説を書きなぐっていた。常盤の絵を見るだけで、少し前まで全く思いつかなかった様々な物語が紡がれていく。
「登場人物は、まぁ、これでいいか。あとは構成。粗いプロットでいいから作れば後は勝手に動き出すか」
石や花、多言語など。様々な情報から名前を考えたり、世界観を組み立てていく。登場人物と起承転結が決まれば、プロットの朧気な形が見える。それを言語化さえすれば、今度は文章に書き起こしていくことは難しいことではない。青藍は画面を見ているような、見ていないような、少し焦点の合わない瞳で画面を見据え続けた。
「へぇ。これって小説?」
「?!常盤!入るならノックしろ!」
「え。入った事に怒られるかと思ったけどそうじゃないんだ」
突然耳元で涼やかな声が響き、青藍は音を立てて飛びのいた。それでも椅子から落ちない所が常盤との違いか。照れ隠しも兼ねて怒鳴ると、きょとんとした顔が。自分の台詞を思い返して、思わず頭を抱える。完全に毒されている、と青藍は呻いた。
「……分かってるなら入ってくるな出て行け」
「えー。嫌。最初の時点で別に入って来ても怒られなかったもーん。僕が言わなきゃ別に気づかなかっただろーし」
「てめぇ……」
いつのまにやら、更に態度がデカくなっていたようだ。もともと図々しかったもんなぁ、と遠い目をすると、失礼な、と毛を逆立てて威嚇される。コロコロと変わる表情というか言動が本当に猫そっくりだ、と思いつつ。青藍はため息をついて諦めた。
「それでそれで?これ、小説でしょ?!」
「ああ。正確にはその前段階の設定作成中だがな」
興味津々で画面を覗き込んでくる常盤によく見えるようそっと場所を譲る。案の定、一つの事に集中すると周りが見えなくなる常盤は、青藍のさり気ない動きに気付かずそのまま画面にかじりついている。
「どんなの書くの?ファンタジー?ミステリー?恋愛?」
「……その時の気分だ」
「ってことは、全部?!」
「まぁ、な」
目を輝かせている常盤。子供の様な純粋な瞳に、青藍は思わず微笑した。ともに生活している内に気付いたが、絵を描いていないときの常盤は地味にかなりの量の本を読んでいる。ジャンルもまちまち。目にしないのは漫画だけ。
「お前、結構本好きだよな」
「好き。本読んでると、色んな世界が思い浮かんで、色んな絵が描きたくなる」
「漫画は?お前の歳的には漫画の方が一般的じゃないのか?」
「嫌い。だって、すでに絵があるんだもん。想像の余地が少なすぎる。つまんない」
「その想像の結果が、あの発作か……。いいのか悪いのか」
「あははは。それは、その。別って事にしておいて」
単純明快。常盤は様々な想像の世界に住んでいる。常盤にとっては、絵も小説も、同じ想像の世界なのだろう。分からんでもない、と青藍は笑う。発作について触れられ、少々気まずそうな常盤をニヤニヤと眺めていると、形勢が不利になったのを覆そうとしたのか、常盤が叫ぶ。
「あー。その話はお仕舞い!じゃなくて、青藍の話、読ませてよ!」
「……」
くわっと顔を近づけてくる常盤に、目を見開く。さあ出せ、今すぐだせ、と食いついてくる常盤に動揺し、ぐいっとその秀麗な顔を押しのける。
「……却下。気が済んだだろう。仕事の邪魔だ」
「ええ?!ずるい!散々人の絵を見ておきながら自分は出し惜しみ?!全然気が済んだって感じじゃないんだけど?!」
「相変わらず喧しい奴だ……」
「ええい!出て行くものか!常盤さんの執念なめるなよ?!」
「っておい!常盤!離れろ!」
ぎゃーぎゃーと喚いている常盤をどうにか宥めて放り出そうとするものの、何が何でも出て行かないと決意した常盤にしがみ付かれ。その温かい体温と、甘い匂いにドギマギしている内に、常盤がぷくりと頬を膨らませてさらに手足を絡みつかせてくる。
「何でダメなのさ!いいじゃんか減るもんじゃない!」
「……プライドの問題だ。スランプの所為でろくなモノが書けてないんだ。悪いか!」
半分投げやりに答えると、常盤の動きが止まった。なんのかんの言いつつ、常盤も創作活動をしており、周囲もしている環境に居る。スランプというものがどれだけ精神的にキツイかは理解しているのだろう。この隙に、と首根っこを掴み上げると、子猫のようにぶら下がった常盤が唇を尖らせた。
「スランプ。経験したこと無い」
「だろうな。お前には無縁の言葉だろう」
これだから天才肌は、と半眼になった青藍。これで終わりだ、と示したつもりだったのだが。
「なんかあったの?」
ズバリと切り込んできた常盤の台詞に、息をのんだ。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
【本編完結】訳あって王子様の子種を隠し持っています
紺乃 藍
BL
『実体のあるものを体内に隠し持つことができる』という特殊魔法を扱う研究員セシルは、貴族学園時代に第一王子のアレックスから「あるもの」を預かった。いつかアレックスに返してほしいと言われるまで、セシルは「それ」を身体の中に隠し持つと決めていた。
しかし国が定めた魔法管理政策により、近い将来、丸一日魔法が使えない日がやって来ることに気付くセシル。
このままでは隠し持っている「秘密」が身体の外へ溢れ出てしまうかもしれない。その事実を伝えるべくアレックスに接触を試みるが、彼の態度は冷たくて――
訳あり俺様王子×訳あり魔法研究員の約束と秘密の恋物語
*R18シーンがあるお話はタイトルに「◆」表記あり
*2023年中に本編の一部を改稿する予定です。
また番外編も投稿する予定ですが、
2022/12/31で一度完結とさせて頂きます。
▶ 現在、他サイトへの転載に合わせて少しずつ改稿中です。
2023年中に改稿完了・番外編投稿予定でしたが、
2024年1月中に改稿完了、2月中に番外編投稿、と
予定を変更させて頂きます。
よろしくお願いいたします。(2023/12/28 記)
初恋はおしまい
佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。
高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。
※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。
今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
ハッピーエンド
藤美りゅう
BL
恋心を抱いた人には、彼女がいましたーー。
レンタルショップ『MIMIYA』でアルバイトをする三上凛は、週末の夜に来るカップルの彼氏、堺智樹に恋心を抱いていた。
ある日、凛はそのカップルが雨の中喧嘩をするのを偶然目撃してしまい、雨が降りしきる中、帰れず立ち尽くしている智樹に自分の傘を貸してやる。
それから二人の距離は縮まろうとしていたが、一本のある映画が、凛の心にブレーキをかけてしまう。
※ 他サイトでコンテスト用に執筆した作品です。
道ならぬ恋を
天海みつき
BL
ある世界に獣人の住む国があった。そこでは数年前に、暴虐を尽くした獅子獣人の王を相手にしたクーデターが発生していた。その後任として玉座についたのはクーデターを指揮した黒狼の青年。青年には恋人がいたが、恋人は裏切り者のスパイだった――。
獣人の定義としては、人間にケモミミと尻尾がついた姿としています。それぞれ元になる獣の特徴を併せ持ち、(ファンタジーなので)男性妊娠あり。作者的に美味しいシチュエーションを盛り込んでみました。
懲りずに新作を投稿してみますが、例のごとく完結まで行けるかは未知数です。暇潰しにどうぞ。
花束と犬とヒエラルキー
葉月香
BL
短いバカンスの時期に出会い、一目惚れした相手を追って、オーヴェルニュの田舎から単身パリに出てきたルネ。その男、ローランの手によって磨かれて、彼は普通の男の子から洗練された美貌の秘書に変身するが―。愛する上司のために命がけで尽くしぬく敏腕秘書君の恋物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる