君の絵を探して

天海みつき

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同居生活の色

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 家に帰ると、すぐに夕食の準備に取り掛かった。画材店に思った以上に長居をしていたようで、気付いたら夕刻。そろそろ腹をすかせた猫が餌を求めて帰ってくる頃だ、と手早く用意する。

 今日のメニューは余ったご飯を使ったオムライス。言動も子供なら、味覚も子供な飼い猫は、お子様メニューが大好物。この手の料理を出しておけば嬉々として食べて、そのまま満足そうに寝るか絵を描きだす。こういう時ばっかり手がかからないのだ。

 栄養バランスから、サラダとスープ。同時並行で作っていると、良い匂いが立ち込めた所でちょうどいい具合に玄関が開いた。そそくさと入ってきたのは勿論常盤。嬉しそうに目を輝かせて飛び込んでくる。

 「オムライス?!」
 「正解だが、その前に風呂入ってこい。綺麗にしてこなければ餌はやらんぞ馬鹿猫」

 よこせ、と爪でカリカリされている気分だが、そこはそれ。首根っこを掴むと引きずっていき、そのまま脱衣所に放り込んだ。大学に行って外をほっつき歩いて絵を描いて泥遊びしてきたのだ。キチンと綺麗にしてから上がってこいと早々に躾けたのだが、どうしても餌に釣られてそのまま飛びついてくる。やれやれと息をついて、最後の仕上げに戻った。

 猫だから水が嫌いなのか、それとも空腹に負けただけか。料理が仕上がると同時に、常盤はそそくさと風呂から上がってきた。湯気の立つオムライスに視線は釘付けだ。

 「いい?食べて言い?ね、ね、いい?!」
 「分ったから落ち着け。お前は犬か」
 「待てをしたくないから犬は却下」

 なかなかな暴論である。それでも諸々を終えた青藍が席につくまでは耳と尻尾をピンと立てたまま大人しく待っていた。そして、青藍が腰を据えたのを見た瞬間、ぱっとスプーンを手に取った。

 「いただきます!」

 キチンと手を合わせると、勢いよく書き込み始めた。こういう所は育ちの良さを感じさせるのだが、と考えつつ青藍も黄色い山をスプーンで崩し、口に運ぶ。しっかりと味の着いたケチャップライスに、半熟トロトロのタマゴ。いい完成度だ、と自画自賛しつつ目の前の黒い頭を軽く小突く。

 「んにゃ?」
 「よく噛んで食べろ。逃げやしないし、誰も取らんだろうが」
 「ふぁい」

 にこにこと頬を膨らませる常盤。本当に絵を描いているときと、食べている時は幸せそうだなと思いつつ、青藍ももうひと口頬張った。




 細い癖に大量に食べる常盤は、食べ終わってすぐに満足そうに微笑んでソファに丸まった。ぎゅっとクッションを抱きしめているその様は、見ようによっては美しい画になるだろう。本性を知っている青藍からすれば、やれやれ程度のものだが。

 「手伝おうか?」
 「一回ごとに割った皿の数の合計金額を考えてから言え」

 何処か申し訳なさそうにひょっこり顔をのぞかせる猫をバッサリ切って捨てる。一番最初は、どうやら媚びを売る目的もあって最後まで丁寧にやり切り、被害はなかったらしい。しかし、転がり込んできてから発覚したのは、まあよく皿を割ると言う事。果ては指を切る事も多々あり、青藍がキレたのだ。とは言え、心配しているというのを態度の全面に出すのも恥ずかしく、味気ない返答を返すと、むぅ、と膨れた声が返ってくる。

 「青藍の意地悪ぅ」
 「何を言いやがるかこの馬鹿猫は」

 隙あらば手伝おうとしてくる常盤にジト目を向けつつ、青藍はだめだと再度禁止を申し付ける。いじらしい所は良いのだが、いかんせんその代償が毎度ハラハラさせられるではこっちの精神が持たない。それに、絵が書けなくなったらどうするつもりだ、と内心呟くとクスクス笑いが耳に届いた。

 「大丈夫ー。絵は何が何でも描くよー。というか、描かなかったら生きてけなーい」

 どうやら声に出していたらしい。罰が悪そうに顔を背ける青藍に、常盤は柔らかな笑みを向けた。無邪気ありながら、非情に嬉しそうな、そしてちょっぴり切なそうな色を増せた瞳をしている。

 「……指が使えないようなら、描かせないからな。覚悟しておけ」
 「ふふ。青藍、過保護ー」
 「煩い」

 こんなキャラじゃないんだよ、と何度も思った台詞が込み上げてきて、どうにか飲み込む。結局、俺はコイツの絵が見たくて、欲しくて、面倒見ているだけだ、と言い聞かせて。どこか違和感がある事には目を向けないようにした。目を向けたら、今までの自分ではなくなってしまう様な気がして怖かったから。

 「……馬鹿な事言ってると、良い物やらんぞ」
 「え、うそ。嫌それ」

 手早く片づけを済ませ、小さな頭に軽く拳骨を落とすと、痛ーいと大げさに悲鳴を上げた常盤が目を丸くして見上げてきた。良い物って何、と大きく顔に書く常盤。分かりやすいヤツ、と笑いながら袋を差し出すといそいそと開けた常盤が固まった。

 「お前、持ってる画材は基本的に大学で使ってるんだろ?授業で必要なら、そっちで使え。で、ウチで描く時にはソレを使うと良い」
 「……いいの?」

 じっと色鉛筆を見つめていた常盤が、恐る恐るそれを胸に抱えて青藍を見上げてきた。もっと喜ぶかと思ったのに、と以外におもいその大きな瞳を覗き込むと、何故か迷子の子供の様な瞳をしていて。思わずその頭を撫でていた。

 「そのために買ってきた。いらなければ捨てるぞ」
 「だめ!」

 ぎゅっと力を込めて奪われないように必死に色鉛筆を守る常盤。まるで毛を逆立てた猫が必死に威嚇しているようで。吹き出した青藍は、そのまま袋を漁る。

 「で、スケッチブック。いい加減ウチの紙もなくなっただろ」
 「……ゴメン」
 「構わん。せっかくいい絵を描くんだ。ちゃんとした所に描け。チラシの裏じゃ味気ないだろう」

 しゅん、と項垂れた常盤の頭を今度はスケッチブックで軽く叩く。何気なく零れた言葉に、常盤がぱっと顔を上げて、クシャりと歪ませた。何だよ、と眉をひそめると、泣きそうな顔で笑った。

 「僕の絵、いい絵だと思う?」
 「ああ?絵は誰にでも書けるが、あんだけ完成度の高い絵を描けるの何て一握りだろう。いろんな物語が浮かんでくる。それこそ、才能ってやつだ。何言ってやがる」

 努力である程度の所まで行ける。しかし、結局この世界に才能は確実に存在し、常盤は天性の絵の才能を持っている事は素人にも分かる。今更何を、と呆れ顔を見せると、常盤は思いもよらない行動に出た。ぱっと青藍に飛びついてきたかと思うと、そのしっかりとした首に細い腕を巻きつけ、胸板に額をグリグリと擦り付けてきたのだ。

 「おい?!」
 「あはは。青藍大好きー」

 微かに湿った声。でも、その声は何よりも喜びの色を滲ませていた。天才の思考回路はよくわからん、と思いつつ青藍はそっとその細い腰に腕を回し、もう一方の手で頭を撫でた。特に他意の無い動きだったが、腕のなかからふわりと自分と同じ匂いでありつつも、自分より甘い匂いがして、心臓が跳ねた。

 いや、飼い猫相手に何考えてるんだ俺、とドギマギしていたが腕の中から上目遣いというとどめを差され、動きが完璧に止まった。そして。

 「いい加減、大学から怒られちゃって。いらない裏紙を貰い過ぎて、これ以上はないってさ」
 「……」

 ムードもへったくれもない台詞に、体の力が抜けた。ああ、こういう奴だった、と半分やさぐれながら、何気なく忠告する。

 「スケッチブックならまた買ってやる。とりあえず、壁だけは死守しろよ?あれはキャンバスじゃあない。分かってるな?」
 「……」

 そっと視線を逸らされ、青藍は自分の顔が引きつるのが分かった。どうやら前科があるらしい。クレヨン以下を買わなくてよかった、と心の底から自分の選択を褒め称える青藍だった。

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