君の絵を探して

天海みつき

文字の大きさ
上 下
4 / 25
出会いの雨の色

4

しおりを挟む
 見方によってはいっそ狂気的ともいえる光景は、青年が力尽きるまで行われた。

 もっと正確に言うならば、どうにか彼が絵を描く紙を捻出しようと四苦八苦していた青藍だったが、ついに紙がなくなりどうしたものかと最後の絵を回収しようとしたその時。疲労に震えた腕と指先から、青年がペンを取り落としたのだ。そして、茫洋とした瞳で暫く虚空を見つめていたが、ついにふらりと体を揺らしたかと思うと倒れ込んだ。

 「っておい!大丈夫か?!」

 反射的に滑り込んで青年の体を支える。昨日はそれどころではなく思い至らなかったが、手のひらに感じる青年の体はとても細かった。ともすれば簡単に折れてしまうのではないか、と一瞬でも思った事にゾクリとした。素早く青年の顔を覗き込んで顔色を確認すると、紙よりも白い色をしていた。体温も恐ろしく低い。

 「おいおいおい……!冗談じゃないぞ、しっかりしろ!」

 ぱしぱしと青年の頬を軽く叩きながら、周辺の地図を脳内に呼び出す。一番近い病院はどこだったか、いや救急車を呼ぶべきか、それとも様子見をした方が。くっと唇を噛みしめて思考を巡らせていたその瞬間だった。

 ぐりゅりゅりゅりゅー。

 間抜けで盛大な音が青年の腹から鳴り響き。ようよう瞼を開いた青年が、今にも途切れそうなか細い声で宣った。

 「おなか、すいたぁ」

 青藍は黙って青年を放り投げた。




 「いや、だって不可効力!色々書きたいものが溢れてきて、そしたらエネルギー消費して。血糖値が下がってお腹がすくのは当然の摂理モガァ」
 「黙って食えこの馬鹿猫が」

 額に青筋を浮かべた青藍が青年の開いた口にトーストを投げ込む。小さな口に目一杯詰め込まれた青年は涙目になりながら咀嚼している。口元に手を当てる必死さだ。食べ物を粗末にしない所は見上げたものだが。

 「だって食べ物を粗末にしたら罰が当たるモガァ」
 「食えっつってんだろ。猫の癖に鳥頭か」
 「何それウケる」

 先程とは打って変わって相変わらずよくしゃべる青年である。口の中が開くたびに何かしら喋るわ笑うわ、である。

 容赦なく今度はウインナーを放り込んで青藍はため息をついた。自分一人の時は気が乗らなければ作らない朝食(昼食か?)をこの馬鹿猫のせいで作らされる羽目になっている。俺はいつ、面倒見の良い兄貴キャラへとキャラ変したんだと遠い目をしていたが頭をふって意識を切り替える。心底幸せそうに食べ物を頬張る青年を一瞥した。

 「で?雨の日に狂ったように踊っていたかと思えば、家がないから拾えと押しかけて来た末に、散々世話を焼かせた馬鹿猫は名乗りもしないのか?それとも名前すら捨てたか馬鹿猫」
 「むむ。馬鹿猫呼ばわりされ過ぎてなんかちょっと愛着が」
 「じゃかわしい。さっさと自己紹介」

 こてん、と首を傾げて見せる野良猫をギロリと睨みつけると、そんなに睨むなよとほけほけ笑われる。誰のせいだ、と牙をむこうとした瞬間、コトンと箸をおいた青年が姿勢を正して微笑んだ。

 「冗談冗談。えっと、自己紹介だっけ?名前は常盤、生後20年の黒猫にゃん。一応美大に通ってる大学生にゃん」
 「にゃんにゃんうるせぇ。いい加減猫設定止めろ」
 「ええ?可愛くなかった?」
 「全く」

 容赦ないんだから、と青年――常盤はいじいじと服の袖を弄っている。洗濯した関係で、常盤は青藍の服を着ているのだが、いかんせん体格が違い過ぎる。萌え袖状態のそれを何気なくみやりつつ、青藍は一人納得していた。

 美大生。あの画力ならば納得がいく。下手をしたら既に名をあげているのかもしれない。自分が絵画系統に興味ないだけでコンクールとか、と考えていた青藍だったが意識を常盤に戻した瞬間ぎょっと目を見開いた。

 「遅くなっちゃいましたけど、拾ってくれてありがとう。お陰で天国行きと保健所行きは免れました」
 「……野良猫にとっちゃどっちも同じだろう」
 「あれ。それもそうか」

 殊勝に礼を言ったかと思うと、何故か余計な一言もついてくる。思わず突っ込んだあとに青藍は額を覆って天を仰いだ。目を瞬かせて同意してくるこの野良猫は、馬鹿なのか計算しているのか。節々に感じる知性や律儀さを感じ取りつつ、青藍はもう少し聞き出そうと口を開いて。

 「それはそうと。お代わりありませんか?お腹すいちゃって」

 てへっとそれはそれは可愛らしく微笑んで皿を差し出してくる常盤に顔を引きつらせた。

 これはもう確定だ。コイツはただの馬鹿猫。大人になってからというものの、滅多に出す事が無くなった怒声が青藍の口から再びほとばしる。マイペースな馬鹿猫に振り回される受難はまだまだ続きそうだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

火傷の跡と見えない孤独

リコ井
BL
顔に火傷の跡があるユナは人目を避けて、山奥でひとり暮らしていた。ある日、崖下で遭難者のヤナギを見つける。ヤナギは怪我のショックで一時的に目が見なくなっていた。ユナはヤナギを献身的に看病するが、二人の距離が近づくにつれ、もしヤナギが目が見えるようになり顔の火傷の跡を忌み嫌われたらどうしようとユナは怯えていた。

恋するαの奮闘記

天海みつき
BL
 数年来の恋人につれなくされて怒り狂うαと、今日も今日とてパフェを食べるのんびりβ  溺愛するΩに愛人をあてがわれそうになって怒り狂うαと、番にハーレムと作らせようとたくらむΩ  やたらと空回る番に振り回されて怒り狂うαと、完璧を目指して空回る天然Ω  とある国に、司東家という巨大な財閥の総帥一家がある。そこの跡取り三兄弟は今日も今日とて最愛の恋人に振り回されている様子。  「今日も今日とて」――次男編――  お互いにべたぼれで、付き合い期間も長い二人。一緒に昼を食べようと誘っておいたものの、真っ赤な顔のΩに捕まっている内に、つれない恋人(β)は先に言ってしまった様子。怒ったαはその後を追いかけ雷を落とす。  はて、この状況は何と言ったか。そう考えた友人はポツリと零す。  「ああ、痴話げんか」  「英雄色を好む」――長男編――  運命の番として番契約を交わした二人。せっせと仕事をするαの元に届けられたのはお見合い写真。差出人(Ω)は虎視眈々と番のハーレム開設計画を練っている様子。怒り狂ったαは仕事を猛烈な勢いで片付けて雷を落としに飛び出した。  ああ、またやらかしたのか。そう察した社員一同はポツリと零す。  「また、痴話げんか」  「拝啓、溺愛の候」――三男編――  運命の番として番契約を交わした二人。今日も大学で学業に励むα元に届けられたのは1通の恋文。しかし、謎の使命感に憑りつかれた差出人(Ω)は、いい雰囲気をぶち壊す天才だった。お預けを喰らい続けて怒り狂ったαは、仕事終わりの番を捕まえ雷を落とす。  ああ、これが噂の。偶然居合わせた野次馬一同はポツリと零す。  「おお、痴話げんか」

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

別に、好きじゃなかった。

15
BL
好きな人が出来た。 そう先程まで恋人だった男に告げられる。 でも、でもさ。 notハピエン 短い話です。 ※pixiv様から転載してます。

サンタからの贈り物

未瑠
BL
ずっと片思いをしていた冴木光流(さえきひかる)に想いを告げた橘唯人(たちばなゆいと)。でも、彼は出来るビジネスエリートで仕事第一。なかなか会うこともできない日々に、唯人は不安が募る。付き合って初めてのクリスマスも冴木は出張でいない。一人寂しくイブを過ごしていると、玄関チャイムが鳴る。 ※別小説のセルフリメイクです。

金の野獣と薔薇の番

むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎ 止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。 彼は事故により7歳より以前の記憶がない。 高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。 オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。 ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。 彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。 その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。 来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。 皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……? 4/20 本編開始。 『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。 (『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。) ※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。 【至高のオメガとガラスの靴】  ↓ 【金の野獣と薔薇の番】←今ココ  ↓ 【魔法使いと眠れるオメガ】

処理中です...