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出会いの雨の色
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見方によってはいっそ狂気的ともいえる光景は、青年が力尽きるまで行われた。
もっと正確に言うならば、どうにか彼が絵を描く紙を捻出しようと四苦八苦していた青藍だったが、ついに紙がなくなりどうしたものかと最後の絵を回収しようとしたその時。疲労に震えた腕と指先から、青年がペンを取り落としたのだ。そして、茫洋とした瞳で暫く虚空を見つめていたが、ついにふらりと体を揺らしたかと思うと倒れ込んだ。
「っておい!大丈夫か?!」
反射的に滑り込んで青年の体を支える。昨日はそれどころではなく思い至らなかったが、手のひらに感じる青年の体はとても細かった。ともすれば簡単に折れてしまうのではないか、と一瞬でも思った事にゾクリとした。素早く青年の顔を覗き込んで顔色を確認すると、紙よりも白い色をしていた。体温も恐ろしく低い。
「おいおいおい……!冗談じゃないぞ、しっかりしろ!」
ぱしぱしと青年の頬を軽く叩きながら、周辺の地図を脳内に呼び出す。一番近い病院はどこだったか、いや救急車を呼ぶべきか、それとも様子見をした方が。くっと唇を噛みしめて思考を巡らせていたその瞬間だった。
ぐりゅりゅりゅりゅー。
間抜けで盛大な音が青年の腹から鳴り響き。ようよう瞼を開いた青年が、今にも途切れそうなか細い声で宣った。
「おなか、すいたぁ」
青藍は黙って青年を放り投げた。
「いや、だって不可効力!色々書きたいものが溢れてきて、そしたらエネルギー消費して。血糖値が下がってお腹がすくのは当然の摂理モガァ」
「黙って食えこの馬鹿猫が」
額に青筋を浮かべた青藍が青年の開いた口にトーストを投げ込む。小さな口に目一杯詰め込まれた青年は涙目になりながら咀嚼している。口元に手を当てる必死さだ。食べ物を粗末にしない所は見上げたものだが。
「だって食べ物を粗末にしたら罰が当たるモガァ」
「食えっつってんだろ。猫の癖に鳥頭か」
「何それウケる」
先程とは打って変わって相変わらずよくしゃべる青年である。口の中が開くたびに何かしら喋るわ笑うわ、である。
容赦なく今度はウインナーを放り込んで青藍はため息をついた。自分一人の時は気が乗らなければ作らない朝食(昼食か?)をこの馬鹿猫のせいで作らされる羽目になっている。俺はいつ、面倒見の良い兄貴キャラへとキャラ変したんだと遠い目をしていたが頭をふって意識を切り替える。心底幸せそうに食べ物を頬張る青年を一瞥した。
「で?雨の日に狂ったように踊っていたかと思えば、家がないから拾えと押しかけて来た末に、散々世話を焼かせた馬鹿猫は名乗りもしないのか?それとも名前すら捨てたか馬鹿猫」
「むむ。馬鹿猫呼ばわりされ過ぎてなんかちょっと愛着が」
「じゃかわしい。さっさと自己紹介」
こてん、と首を傾げて見せる野良猫をギロリと睨みつけると、そんなに睨むなよとほけほけ笑われる。誰のせいだ、と牙をむこうとした瞬間、コトンと箸をおいた青年が姿勢を正して微笑んだ。
「冗談冗談。えっと、自己紹介だっけ?名前は常盤、生後20年の黒猫にゃん。一応美大に通ってる大学生にゃん」
「にゃんにゃんうるせぇ。いい加減猫設定止めろ」
「ええ?可愛くなかった?」
「全く」
容赦ないんだから、と青年――常盤はいじいじと服の袖を弄っている。洗濯した関係で、常盤は青藍の服を着ているのだが、いかんせん体格が違い過ぎる。萌え袖状態のそれを何気なくみやりつつ、青藍は一人納得していた。
美大生。あの画力ならば納得がいく。下手をしたら既に名をあげているのかもしれない。自分が絵画系統に興味ないだけでコンクールとか、と考えていた青藍だったが意識を常盤に戻した瞬間ぎょっと目を見開いた。
「遅くなっちゃいましたけど、拾ってくれてありがとう。お陰で天国行きと保健所行きは免れました」
「……野良猫にとっちゃどっちも同じだろう」
「あれ。それもそうか」
殊勝に礼を言ったかと思うと、何故か余計な一言もついてくる。思わず突っ込んだあとに青藍は額を覆って天を仰いだ。目を瞬かせて同意してくるこの野良猫は、馬鹿なのか計算しているのか。節々に感じる知性や律儀さを感じ取りつつ、青藍はもう少し聞き出そうと口を開いて。
「それはそうと。お代わりありませんか?お腹すいちゃって」
てへっとそれはそれは可愛らしく微笑んで皿を差し出してくる常盤に顔を引きつらせた。
これはもう確定だ。コイツはただの馬鹿猫。大人になってからというものの、滅多に出す事が無くなった怒声が青藍の口から再びほとばしる。マイペースな馬鹿猫に振り回される受難はまだまだ続きそうだ。
もっと正確に言うならば、どうにか彼が絵を描く紙を捻出しようと四苦八苦していた青藍だったが、ついに紙がなくなりどうしたものかと最後の絵を回収しようとしたその時。疲労に震えた腕と指先から、青年がペンを取り落としたのだ。そして、茫洋とした瞳で暫く虚空を見つめていたが、ついにふらりと体を揺らしたかと思うと倒れ込んだ。
「っておい!大丈夫か?!」
反射的に滑り込んで青年の体を支える。昨日はそれどころではなく思い至らなかったが、手のひらに感じる青年の体はとても細かった。ともすれば簡単に折れてしまうのではないか、と一瞬でも思った事にゾクリとした。素早く青年の顔を覗き込んで顔色を確認すると、紙よりも白い色をしていた。体温も恐ろしく低い。
「おいおいおい……!冗談じゃないぞ、しっかりしろ!」
ぱしぱしと青年の頬を軽く叩きながら、周辺の地図を脳内に呼び出す。一番近い病院はどこだったか、いや救急車を呼ぶべきか、それとも様子見をした方が。くっと唇を噛みしめて思考を巡らせていたその瞬間だった。
ぐりゅりゅりゅりゅー。
間抜けで盛大な音が青年の腹から鳴り響き。ようよう瞼を開いた青年が、今にも途切れそうなか細い声で宣った。
「おなか、すいたぁ」
青藍は黙って青年を放り投げた。
「いや、だって不可効力!色々書きたいものが溢れてきて、そしたらエネルギー消費して。血糖値が下がってお腹がすくのは当然の摂理モガァ」
「黙って食えこの馬鹿猫が」
額に青筋を浮かべた青藍が青年の開いた口にトーストを投げ込む。小さな口に目一杯詰め込まれた青年は涙目になりながら咀嚼している。口元に手を当てる必死さだ。食べ物を粗末にしない所は見上げたものだが。
「だって食べ物を粗末にしたら罰が当たるモガァ」
「食えっつってんだろ。猫の癖に鳥頭か」
「何それウケる」
先程とは打って変わって相変わらずよくしゃべる青年である。口の中が開くたびに何かしら喋るわ笑うわ、である。
容赦なく今度はウインナーを放り込んで青藍はため息をついた。自分一人の時は気が乗らなければ作らない朝食(昼食か?)をこの馬鹿猫のせいで作らされる羽目になっている。俺はいつ、面倒見の良い兄貴キャラへとキャラ変したんだと遠い目をしていたが頭をふって意識を切り替える。心底幸せそうに食べ物を頬張る青年を一瞥した。
「で?雨の日に狂ったように踊っていたかと思えば、家がないから拾えと押しかけて来た末に、散々世話を焼かせた馬鹿猫は名乗りもしないのか?それとも名前すら捨てたか馬鹿猫」
「むむ。馬鹿猫呼ばわりされ過ぎてなんかちょっと愛着が」
「じゃかわしい。さっさと自己紹介」
こてん、と首を傾げて見せる野良猫をギロリと睨みつけると、そんなに睨むなよとほけほけ笑われる。誰のせいだ、と牙をむこうとした瞬間、コトンと箸をおいた青年が姿勢を正して微笑んだ。
「冗談冗談。えっと、自己紹介だっけ?名前は常盤、生後20年の黒猫にゃん。一応美大に通ってる大学生にゃん」
「にゃんにゃんうるせぇ。いい加減猫設定止めろ」
「ええ?可愛くなかった?」
「全く」
容赦ないんだから、と青年――常盤はいじいじと服の袖を弄っている。洗濯した関係で、常盤は青藍の服を着ているのだが、いかんせん体格が違い過ぎる。萌え袖状態のそれを何気なくみやりつつ、青藍は一人納得していた。
美大生。あの画力ならば納得がいく。下手をしたら既に名をあげているのかもしれない。自分が絵画系統に興味ないだけでコンクールとか、と考えていた青藍だったが意識を常盤に戻した瞬間ぎょっと目を見開いた。
「遅くなっちゃいましたけど、拾ってくれてありがとう。お陰で天国行きと保健所行きは免れました」
「……野良猫にとっちゃどっちも同じだろう」
「あれ。それもそうか」
殊勝に礼を言ったかと思うと、何故か余計な一言もついてくる。思わず突っ込んだあとに青藍は額を覆って天を仰いだ。目を瞬かせて同意してくるこの野良猫は、馬鹿なのか計算しているのか。節々に感じる知性や律儀さを感じ取りつつ、青藍はもう少し聞き出そうと口を開いて。
「それはそうと。お代わりありませんか?お腹すいちゃって」
てへっとそれはそれは可愛らしく微笑んで皿を差し出してくる常盤に顔を引きつらせた。
これはもう確定だ。コイツはただの馬鹿猫。大人になってからというものの、滅多に出す事が無くなった怒声が青藍の口から再びほとばしる。マイペースな馬鹿猫に振り回される受難はまだまだ続きそうだ。
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