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緑に囲まれた、小さな国――エーヴェライト。その中心である首都、緑に囲まれた国の中でも数少ない都市化された都――ファスリエル。世界でも有数の美しいこの都市には国王夫婦と王太子に一人の王女、そして、王位継承権を返上してひっそりと離宮に住まう一人の王子が君臨していた。
その離宮は、例にもれず、過度な装飾はなし。白を基調とした優美なその宮は、比較的建築されてからの日が浅いが、そうとは思えない程に品がある。職人たちが丹精込めて創り上げた内部。かつて幼かった王子たちが、元気に遊べるようにと願いを込めて作られたふわふわの芝生を敷き詰めた中庭があり、柔らかく差し込む光と相まって時の流れを緩やかにしている。
その側の通路を足早に歩いている青年がいた。名は、ルイス・アルドレア。引き締まりすっきりとした体を青を基調とした騎士服に包んだ、精悍な顔立ちの青年である。腰には勿論剣を帯びている。彼もまた騎士団に籍を置いている為、鎧まではいかなくとも帯剣しているのだ。
たった一つの願いをかなえる為に。
とはいうものの。
ルイスはため息をついた。先程から人探しをしているのだが、なかなか見つからない。
「体力ないくせに、無駄に頭だけは回るから本当にタチが悪い」
やれやれと頭を振ってごちるルイス。偶々近くを通りかかったメイドが、その微かな声を拾い苦笑した。やっとの思いで王城から帰ってきたものの、真っ先にすべき仕事が、主を探す事。目で労をねぎらう彼女にルイスは苦笑を返す。ルイスが探し人の姿を求めて徘徊する姿が平和のシンボルとでも思われているのだろうか。微笑まし気な視線が混ざっている今日この頃。この状況にこそばゆいものを感じる。どうしたものかと思いつつ、それは一旦棚上げして思考を元に戻す。
さて。考えられる場所はあと一つ。
ルイスは歩調を早めて目的地へと急ぐ。明るい中庭を背に内部へ向かって歩いていったが、ふと足を止めた。少しの間考え込んでいたが、徐に踵を返すとゆったりとした歩調で中庭へと降りた。よく手入れされた芝を歩き、当たりを見回せるような中心部へと向かう。視線を上げると、色とりどりの花が美しく咲き誇る様が見て取れた。
何処もかしこも趣味がよろしいことで。
毎日一回は思う事である。ふいっと肩を竦めてルイスはゆっくりと周囲に視線を巡らせた。明るい陽射しが差し込む中庭は、その行く手を阻むことがない。暖かな空気に満たされ、優しい空間が広がっている。小鳥や召使たちの細やかな声が穏やかに響く、静かだけれど、寂しくはない空間。
心地よい光に包まれ、爽やかな風を楽しみつつ、ルイスはゆっくりと新緑の海を散策する。城とは少し違った中庭の構造を思い浮かべつつ、視線を彷徨わせる。
「……ようやっと見つけた。ここに居たのか」
「……あーあ。見つかったか」
かつてすれ違う主張をぶつけ合って喧嘩をした場所でゆったりと読書する華奢な姿を見つけた。建物の影になっており、少々肌寒いが、読書にはもってこいの場所なのだろう。少し前ならば、少なくとも日の燦々と照り付ける昼間には居ないだろうこの場所だったが、今は違う。ふと思いついて来てみたが、間違ってはいなかったようだ。この時注意することは、今はもう、特にない。何故ならば。
「やっぱ逃げればよかったか?」
「そんな気ない癖に。相変わらず口が減らないな」
そう。単純に、気配を消さなくても、彼が逃げる事が無くなったのだ。歩み寄ると、視線を向けていた本から顔を上げ、目を細めてルイスを迎える。若干温度の上がった視線を向けると、探し人——この国の王子たる青年が微かに頬を染めてそっぽを向いた。
やや長めな黒髪が、差し込む光を反射して艶やかな色を誇っている。白磁の頬にかかる柔かいその髪をそっと耳にかけてやると、いやいやとばかりに首を振られる。その耳が赤くなっているのを見て、口元が緩むのが分かった。筆で書きいれたかの様な柳眉の下に位置する大きな瞳は、黒めがちで目尻が少し吊り上がり生意気そうな雰囲気を醸し出す。その瞳に宿る光はいつも凛としていて、その瞳を見るたびにルイスはゾクリとしたものが背を駆け抜ける。薄く形の良い唇は紅い。
腕のいい職人が全身全霊を込めて作り上げた、端正な人形の如き美貌の王子。それが彼の評価である。
「良いじゃないか。これくらい軽口叩いてないとやってられない」
「別に良いけどな。ただ、一人で出歩くのだけは勘弁してくれ。何度も行ってるが、その体でうろつかれるとこっちの心臓がもたん」
子供の様に膨らませるその柔らかな頬を指の背で撫でる。その際視界に入る華奢な体は、ちょっとの衝撃で折れてしまいそうで。いつもルイスのみならず他の騎士たちもひやひやしている。そうでなかったとしても。
「悪かったな。虚弱体質で」
「頼むから病弱体質程度にまで体をいたわってくれ……」
ふふんと愉し気に、自虐的な言葉を吐く王子。これまでと違ってただのネタとして言っているから多少はマシだが、頭痛がしてきた頭を押さえつつルイスが制止する。ここ最近はいろいろあったせいで体調を崩しがちだった。これ以上寝込まれた日には、とルイスは本気で思う。ニヤニヤと笑いながらルイスの瞳を覗き込んでくる王子に、ルイスはため息をつく。すっと己の上衣を脱いで王子の肩にかける。
「暖かいとは言え、体を冷やす様な行為は厳禁だ。これ以上は勘弁してくれ」
「ま、何時もの事だけどな。とは言え、流石にルーナたちにこれ以上迷惑かけられないか」
「俺はいいのか俺は……」
飄々と言う王子をジロリと睨む。クスクス笑って悪戯っぽく見上げてくる。その顔色は、紙のようだったこれまでと違い、血行が良い。
「ん」
手を差し伸べられ、そっと壊れものの様に触れる。その扱いにはやや不満そうだが、こればっかりはどうしようもない。若干肩を落としつつ、ルイスの手に引かれて影の落ちた中庭に滑り降りる。
「ったく」
「体つきは生まれつきだもん。どうしようもない」
「その華奢な体でうろつかれると怖いんだよ。せめて俺を連れてけっての」
指先で白い手を撫でて、王子に不満を訴える。視線を泳がせてそわそわとしていた王子だったが、心配の色を乗せるルイスの瞳をみて、ストンと視線を落とすと、コクリと小さく頷いた。善処する、と小声で付け足して。意味もなくフラフラとつないだ手を揺らしていたエルドレッドだったが、やおら顔を上げると、口を開いた。しかし、一向に言葉が出てこず、開いたり閉じたりを繰り返す。ルイスは急かすことなく王子の言葉を待つ。ややあってキッと意を決したような顔で見上げてきた彼は、何かを言う事を止めたのだろうか。その代わりの様に、ゆっくりと足を踏み出した。目を丸くするルイスを他所に、エルドレッドが向かったのは中庭の日の当たる場所。その一歩手前で足を止めたエルドレッドは、大きく息を吸い込んだ。最後にして最初の一歩が踏み出せないのを見て取ったルイスは、すっと足を踏み出して光の中へと進んだ。振り返って、境界線を二人の間に在る状態を作ると、僅かにしゃがんで視線を合わせる。
「大丈夫」
「っ」
ぎゅっと目を瞑ったエルドレッドは、ゆっくりと足を踏み出した。一歩、二歩と歩いた彼にルイスは声を掛ける。
「目を開けろ、エル!」
そっと目を開けると、そこは光の中だった。エルドレッドの頬を涙が伝う。太陽の光に負けないくらい眩しい笑顔を見せるルイスがそっと指を伸ばして掬い上げる。
「言っただろ。日の光の下に行くのが怖いんなら、側に居るってさ」
「っ!はいはい。相変わらず自信過剰なようで」
口先だけは嫌そうに悪態をつくものの、涙が止まらないエルドレッド。漸く、外に、前に、一歩踏み出せた。柔らかな芝が心地よく、開かれた視線が気分を爽快にする。
「眩しい、な、ココは」
「そりゃあ当然だろ。日が当たってるんだから」
「日に当たりすぎるなとは言わないんだな」
「言いたいところだ。まぁ、今日くらいは大目に見てやるが、すぐに中に入れよ」
「ったく。この心配性め」
「どこぞの誰かが自分の体をいたわれるようになるまでは口煩いのは変わらないぞ」
「へいへい」
軽口を叩きあい、視線を合わせて微笑みあう。くぅっと伸びをしてついでに大きく息を吸い込む。清々しい空気が肺を満たす感触を楽しむ。その姿を目を細めて眺めるルイス。その背中に声がかかる。
「こちらでしたか。エルドレッド様。ルイス様」
「やあルーナ」
「ルーナか。丁度いい。すまないが暖かい物を……」
「ご用意しましたわ」
ティーセットを手にしたメイドが茶目っ気たっぷりに微笑む。クルリと振り返ってパタパタと手を振る王子と、目を丸くした後参ったとばかりに苦笑して手を上げる騎士の姿に、メイドがクスクス笑う。近くにある東屋に向かっていく彼女の足取りは軽い。
「おおー。流石ルーナ。感も手際も冴えてるねぇ」
「お褒めにあずかり光栄ですわ、エルドレッド様」
手早く準備を整えるルーナを称賛するエルドレッド。サラリと受け流したルーナがゆっくりと近寄ってきたエルドレッドに対し席に着く様促す。エルドレッドがゆったりとした動作でテーブルに着くのを確認してから、ルイスがルーナに声を掛ける。
「いつもすまないな」
「お気になさらず。この程度、このルーナにかかれば出来て当然の事ですわ」
ついでにひざ掛けを取り出して得意満面の顔をするメイド。つくづく行動を読まれている。ルイスは視線を戻した。日の当たる明るい場所で、満面の笑みを浮かべて紅茶と菓子を楽しむ王子。
「ん?お前も飲むか?」
ようやく向けられた、笑顔。いつぶりかのその顔に目頭が熱くなる。
「ああ。俺の分も用意できるか?」
「うふふ。当然ですわ」
心得たとばかりに用意し始めるルーナ。並べられたティーセットに胸までもが熱くなる。
二人の関係は幾度となく変わってきた。これからも変わっていくのだろう。悩み、苦しむこともあるだろうが、それでも。二人で並んで歩ける道を探し出そう。
ルイスは、己に、エルドレッドに、そしてイアリスに誓った。
清々しい風が、彼らの傍を吹き抜けていく。
**********
これにて完結になります。拙い物語にお付き合いいただき、ありがとうございました。
宜しければ、近況ボードの方も見てくださると光栄です。
その離宮は、例にもれず、過度な装飾はなし。白を基調とした優美なその宮は、比較的建築されてからの日が浅いが、そうとは思えない程に品がある。職人たちが丹精込めて創り上げた内部。かつて幼かった王子たちが、元気に遊べるようにと願いを込めて作られたふわふわの芝生を敷き詰めた中庭があり、柔らかく差し込む光と相まって時の流れを緩やかにしている。
その側の通路を足早に歩いている青年がいた。名は、ルイス・アルドレア。引き締まりすっきりとした体を青を基調とした騎士服に包んだ、精悍な顔立ちの青年である。腰には勿論剣を帯びている。彼もまた騎士団に籍を置いている為、鎧まではいかなくとも帯剣しているのだ。
たった一つの願いをかなえる為に。
とはいうものの。
ルイスはため息をついた。先程から人探しをしているのだが、なかなか見つからない。
「体力ないくせに、無駄に頭だけは回るから本当にタチが悪い」
やれやれと頭を振ってごちるルイス。偶々近くを通りかかったメイドが、その微かな声を拾い苦笑した。やっとの思いで王城から帰ってきたものの、真っ先にすべき仕事が、主を探す事。目で労をねぎらう彼女にルイスは苦笑を返す。ルイスが探し人の姿を求めて徘徊する姿が平和のシンボルとでも思われているのだろうか。微笑まし気な視線が混ざっている今日この頃。この状況にこそばゆいものを感じる。どうしたものかと思いつつ、それは一旦棚上げして思考を元に戻す。
さて。考えられる場所はあと一つ。
ルイスは歩調を早めて目的地へと急ぐ。明るい中庭を背に内部へ向かって歩いていったが、ふと足を止めた。少しの間考え込んでいたが、徐に踵を返すとゆったりとした歩調で中庭へと降りた。よく手入れされた芝を歩き、当たりを見回せるような中心部へと向かう。視線を上げると、色とりどりの花が美しく咲き誇る様が見て取れた。
何処もかしこも趣味がよろしいことで。
毎日一回は思う事である。ふいっと肩を竦めてルイスはゆっくりと周囲に視線を巡らせた。明るい陽射しが差し込む中庭は、その行く手を阻むことがない。暖かな空気に満たされ、優しい空間が広がっている。小鳥や召使たちの細やかな声が穏やかに響く、静かだけれど、寂しくはない空間。
心地よい光に包まれ、爽やかな風を楽しみつつ、ルイスはゆっくりと新緑の海を散策する。城とは少し違った中庭の構造を思い浮かべつつ、視線を彷徨わせる。
「……ようやっと見つけた。ここに居たのか」
「……あーあ。見つかったか」
かつてすれ違う主張をぶつけ合って喧嘩をした場所でゆったりと読書する華奢な姿を見つけた。建物の影になっており、少々肌寒いが、読書にはもってこいの場所なのだろう。少し前ならば、少なくとも日の燦々と照り付ける昼間には居ないだろうこの場所だったが、今は違う。ふと思いついて来てみたが、間違ってはいなかったようだ。この時注意することは、今はもう、特にない。何故ならば。
「やっぱ逃げればよかったか?」
「そんな気ない癖に。相変わらず口が減らないな」
そう。単純に、気配を消さなくても、彼が逃げる事が無くなったのだ。歩み寄ると、視線を向けていた本から顔を上げ、目を細めてルイスを迎える。若干温度の上がった視線を向けると、探し人——この国の王子たる青年が微かに頬を染めてそっぽを向いた。
やや長めな黒髪が、差し込む光を反射して艶やかな色を誇っている。白磁の頬にかかる柔かいその髪をそっと耳にかけてやると、いやいやとばかりに首を振られる。その耳が赤くなっているのを見て、口元が緩むのが分かった。筆で書きいれたかの様な柳眉の下に位置する大きな瞳は、黒めがちで目尻が少し吊り上がり生意気そうな雰囲気を醸し出す。その瞳に宿る光はいつも凛としていて、その瞳を見るたびにルイスはゾクリとしたものが背を駆け抜ける。薄く形の良い唇は紅い。
腕のいい職人が全身全霊を込めて作り上げた、端正な人形の如き美貌の王子。それが彼の評価である。
「良いじゃないか。これくらい軽口叩いてないとやってられない」
「別に良いけどな。ただ、一人で出歩くのだけは勘弁してくれ。何度も行ってるが、その体でうろつかれるとこっちの心臓がもたん」
子供の様に膨らませるその柔らかな頬を指の背で撫でる。その際視界に入る華奢な体は、ちょっとの衝撃で折れてしまいそうで。いつもルイスのみならず他の騎士たちもひやひやしている。そうでなかったとしても。
「悪かったな。虚弱体質で」
「頼むから病弱体質程度にまで体をいたわってくれ……」
ふふんと愉し気に、自虐的な言葉を吐く王子。これまでと違ってただのネタとして言っているから多少はマシだが、頭痛がしてきた頭を押さえつつルイスが制止する。ここ最近はいろいろあったせいで体調を崩しがちだった。これ以上寝込まれた日には、とルイスは本気で思う。ニヤニヤと笑いながらルイスの瞳を覗き込んでくる王子に、ルイスはため息をつく。すっと己の上衣を脱いで王子の肩にかける。
「暖かいとは言え、体を冷やす様な行為は厳禁だ。これ以上は勘弁してくれ」
「ま、何時もの事だけどな。とは言え、流石にルーナたちにこれ以上迷惑かけられないか」
「俺はいいのか俺は……」
飄々と言う王子をジロリと睨む。クスクス笑って悪戯っぽく見上げてくる。その顔色は、紙のようだったこれまでと違い、血行が良い。
「ん」
手を差し伸べられ、そっと壊れものの様に触れる。その扱いにはやや不満そうだが、こればっかりはどうしようもない。若干肩を落としつつ、ルイスの手に引かれて影の落ちた中庭に滑り降りる。
「ったく」
「体つきは生まれつきだもん。どうしようもない」
「その華奢な体でうろつかれると怖いんだよ。せめて俺を連れてけっての」
指先で白い手を撫でて、王子に不満を訴える。視線を泳がせてそわそわとしていた王子だったが、心配の色を乗せるルイスの瞳をみて、ストンと視線を落とすと、コクリと小さく頷いた。善処する、と小声で付け足して。意味もなくフラフラとつないだ手を揺らしていたエルドレッドだったが、やおら顔を上げると、口を開いた。しかし、一向に言葉が出てこず、開いたり閉じたりを繰り返す。ルイスは急かすことなく王子の言葉を待つ。ややあってキッと意を決したような顔で見上げてきた彼は、何かを言う事を止めたのだろうか。その代わりの様に、ゆっくりと足を踏み出した。目を丸くするルイスを他所に、エルドレッドが向かったのは中庭の日の当たる場所。その一歩手前で足を止めたエルドレッドは、大きく息を吸い込んだ。最後にして最初の一歩が踏み出せないのを見て取ったルイスは、すっと足を踏み出して光の中へと進んだ。振り返って、境界線を二人の間に在る状態を作ると、僅かにしゃがんで視線を合わせる。
「大丈夫」
「っ」
ぎゅっと目を瞑ったエルドレッドは、ゆっくりと足を踏み出した。一歩、二歩と歩いた彼にルイスは声を掛ける。
「目を開けろ、エル!」
そっと目を開けると、そこは光の中だった。エルドレッドの頬を涙が伝う。太陽の光に負けないくらい眩しい笑顔を見せるルイスがそっと指を伸ばして掬い上げる。
「言っただろ。日の光の下に行くのが怖いんなら、側に居るってさ」
「っ!はいはい。相変わらず自信過剰なようで」
口先だけは嫌そうに悪態をつくものの、涙が止まらないエルドレッド。漸く、外に、前に、一歩踏み出せた。柔らかな芝が心地よく、開かれた視線が気分を爽快にする。
「眩しい、な、ココは」
「そりゃあ当然だろ。日が当たってるんだから」
「日に当たりすぎるなとは言わないんだな」
「言いたいところだ。まぁ、今日くらいは大目に見てやるが、すぐに中に入れよ」
「ったく。この心配性め」
「どこぞの誰かが自分の体をいたわれるようになるまでは口煩いのは変わらないぞ」
「へいへい」
軽口を叩きあい、視線を合わせて微笑みあう。くぅっと伸びをしてついでに大きく息を吸い込む。清々しい空気が肺を満たす感触を楽しむ。その姿を目を細めて眺めるルイス。その背中に声がかかる。
「こちらでしたか。エルドレッド様。ルイス様」
「やあルーナ」
「ルーナか。丁度いい。すまないが暖かい物を……」
「ご用意しましたわ」
ティーセットを手にしたメイドが茶目っ気たっぷりに微笑む。クルリと振り返ってパタパタと手を振る王子と、目を丸くした後参ったとばかりに苦笑して手を上げる騎士の姿に、メイドがクスクス笑う。近くにある東屋に向かっていく彼女の足取りは軽い。
「おおー。流石ルーナ。感も手際も冴えてるねぇ」
「お褒めにあずかり光栄ですわ、エルドレッド様」
手早く準備を整えるルーナを称賛するエルドレッド。サラリと受け流したルーナがゆっくりと近寄ってきたエルドレッドに対し席に着く様促す。エルドレッドがゆったりとした動作でテーブルに着くのを確認してから、ルイスがルーナに声を掛ける。
「いつもすまないな」
「お気になさらず。この程度、このルーナにかかれば出来て当然の事ですわ」
ついでにひざ掛けを取り出して得意満面の顔をするメイド。つくづく行動を読まれている。ルイスは視線を戻した。日の当たる明るい場所で、満面の笑みを浮かべて紅茶と菓子を楽しむ王子。
「ん?お前も飲むか?」
ようやく向けられた、笑顔。いつぶりかのその顔に目頭が熱くなる。
「ああ。俺の分も用意できるか?」
「うふふ。当然ですわ」
心得たとばかりに用意し始めるルーナ。並べられたティーセットに胸までもが熱くなる。
二人の関係は幾度となく変わってきた。これからも変わっていくのだろう。悩み、苦しむこともあるだろうが、それでも。二人で並んで歩ける道を探し出そう。
ルイスは、己に、エルドレッドに、そしてイアリスに誓った。
清々しい風が、彼らの傍を吹き抜けていく。
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これにて完結になります。拙い物語にお付き合いいただき、ありがとうございました。
宜しければ、近況ボードの方も見てくださると光栄です。
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