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しおりを挟むその後、他国を招いた盛大な宴の際に、エルドレッドの王位継承権の返上、それに伴うオレアの立太子が宣言された。すぐに返上式と立太子式が執り行われ、多くの惜しむ声を背に、エルドレッドは背負った任の一つをその華奢な肩からおろした。とは言え、周囲も予想していた事なので、特に問題なく儀式は進み国中が祝賀モードに沸いた。
エルドレッドは、自身も可愛がっていた年下の従弟に重責を押し付ける事になった事に引け目を感じていた。しかし、それをオレアに気にさせる訳には行かないとの思いから、彼は決定の後にオレアと対面していた。真っすぐに目をみて、すまない、後を頼むとたった一言告げた従弟に、オレアは悲し気に微笑むと、一転して顔を引き締めて、大丈夫、国の事は任せてほしい、自分の事だけ考えろと伝えて優しく微笑んだ。恵まれた暖かい環境に、クシャリと顔を歪めたエルドレッドは黙って頭を下げて、頼むと絞り出した。その後は特に会話はなく、お互いに微笑みあって別れた。困ったことがあれば、お互いに協力し合うと約定を交わして。
オレアの立太子にともなった入城を見届けると、エルドレッドはすぐさま身の回りのごくわずかな荷物を持って離宮へと向かった。結局、エルドレッド付きの者達全員が同行を希望し、最小限の人間だけでいいと考えていたエルドレッドを悩ませたのだが、それは余談である。
イアリスの一件は、離宮への移動中に起こった。それ故に、此度の移動は慎重を期して行われた。事前の準備は勿論、大々的な準備を経て、それに似つかわしくない程にひっそりと行われた。多くの者の懸念を他所に、無事にエルドレッドは離宮へと到着した。彼の体調も大きく崩れることなく到着の知らせが来た際には、多くの者が胸を撫でおろしたとか。
さて、問題のルイスである。結論から言えば、問答無用でついてきた。出発の日まで散々大喧嘩を繰り返したのだが二人の主張は平行線をたどり、警護等の関係から口出しが出来ないエルドレッドの方が分が悪かったのは明白。当日には、王城の門の前で準備万端のルイスが仁王立ちして待ち構えていた。残れ、帰れというエルドレッドの喚き声を聞こえない振りで聞き流し、その馬車の隣を陣取った。王も騎士団も文句を言うことなく見送った。心情としてはずっとエルドレッドの側に居てほしいと言う思いもあったし、何より強い本人の希望から同行を認めたのだ。ルイスの同行をエルドレッドに伝えないのを見る限り、二人の思いが透けて見える。その分のしわ寄せとして、若い騎士たちの扱きがより酷いものになったのは哀れと言うべきか。そうは言っても、エルドレッドの件は有名だったし、出世の機会でもある為文句は出なかったらしいが。
そうこうしているうちに、数か月がたった。引っ越しの為にバタバタしていたのも落ち着き、それらのバタつきから少々体調を崩したエルドレッド全快した頃だった。王城から2カ月に一回の様子伺いの騎士が訪れた。
「よう、ルイス。元気だったか?」
「2カ月ぶりだなアイビー」
選ばれたのは、ルイスの同期で親友だった。気心が知れていて、お互い相談相手として重宝していた。その彼を抜擢する点、随分と気に掛けられているようだとルイスは苦笑する。
「殿下もお元気そうでよかった」
「毎日脱走してくれてるよ。ありがたいことに」
「相当ストレスたまってるなおい」
にっこりと毒を吐くあたり、相当溜め込んでいるらしい。それも仕事内容とは言え、アイビーも程々にしてほしいと心から思った。ここまで来たら腹を括るか、と小さな応接間を借りて二人で座る。やや窶れた顔でソファに沈み込む親友を見て、どうしたものかとアイビーは顎を撫でる。
「で、何処から聞いてほしい?」
「何処から聞きたい?」
「まぜっかえすな阿呆。どっかの誰かが暴走してこんな辺境に引きこもったせいで仕事山積みなんだよ畜生」
「暇しなくていいじゃないか」
「てめぇ」
帰るぞコラ、と睨みつけると苦笑したルイスが片手をあげる。軽いとはいえ謝罪のポーズにさっさと話せと顎をくしゃる。
「視線が合わない」
「そりゃあ良かった平常運転だ」
「兎に角逃げられる。避けられる。挙句のはてには違う騎士が傍で護衛してる、と言うか、させてる」
「おう良かったな普段通りだ」
「会話が殆どない。ここに来てから殆ど会話してない」
「そうかそうか、変わらない様で……は?」
メイドが持って来た紅茶を優雅に味わいつつ、適当に返事をしていたアイビー。予想の斜め上からの発言に目が点になる。嘘だろうとルイスを見やるも、本人が手に顔を埋めて動かないのを見る限り本当のようだ。
「おいおい、冗談。今まで何のかんの言いつつ、一番会話してたのお前だろう?」
「今じゃワーストだ。悪いか」
「最悪だろ」
思ったよりヤバい状況だったらしい。カップを机に戻して顔を引き締める。
「ここに来て数か月だな。どれだけ話した」
「一週間に一回話せればいい位」
「おい。まさかと思うが、徹底的に避けられてるのか?」
「だからそう言ってるだろ。寧ろ最近は存在そのものを無視されているきがする」
「あー。うん。ご愁傷様?」
「うるせぇ」
そりゃあ萎びた草みたいになるわと思わず同情の視線を向ける。沈み切ったルイスは浮上する気配がない。なんと声を掛けていいか分からず、意味もなくカップを手に取って弄ぶ。目の前の親友の心の在りかを知っている以上、哀れと思う他無かった。
「そりゃあ如何なお前でも沈むわな。なんせ一途だし」
「馬鹿で悪かったな」
「ついでに言うと、ショタコン?」
「黙ってろてめぇ。俺はショタコンじゃねぇ。偶々出会った時が子供だっただけだ」
散々な言い草にルイスがジロリをアイビーを睨みつける。ようやっと顔を見せたなと笑いかけると、ばつが悪そうに姿勢を正した。大きく息をつくと、何かを思い出すように目を細めた。
「一目惚れだったんだよ」
「おうおう惚気やがって。傍から見てるとうずうずするわ」
「あれでも可愛かったんだぞ昔は」
「知ってる」
二人の脳裏に浮かぶのは、弾けんばかりに輝く笑顔。明るい日の下で駆けまわる小さな背中。
「最近は苦しいばっかだけどな。どうしたらいいのかも分からん」
「だろうな」
「けど、後悔してねーんだ。あの子を、エルを好きになった事に、後悔してないし、出来ない。残念極まりないがな」
切なげな顔で笑う騎士。行き場のない想いを長年抱えているのは彼も同じだった。アイビーはそっとめを伏せて、心の底から呟く。
「ったく。難儀な事してやがるよ、お前は」
「自覚済みだ」
そう言って二人は揃って苦笑した。
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