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しおりを挟む王の居室の前で、ルイスは控えていた。護衛騎士である以上、本来ならば中に入る事も許されるのだが、エルドレッドが非常に嫌がったのだ。普段ならば何だかんだ言いつつもルイスが付きそう事を受け入れているにも関わらず、今回ばかりは嫌だとルイスを睨みつけるその姿に仕方なく引き下がったのだ。周囲も不信に思ったものの、エルドレッドに何か考えあるのだろうと受け入れた。そうしてルイスは一人大きな扉の前に取り残され、その両側に陣取った騎士たちの同情の視線を受け流した。気のせいだと思っていないとそろそろ本気で気が狂いそうだ。
ふうと息を吐いて、近くの窓辺に陣取る。徐々に晴れた空が重苦しい雲に覆われていく様を見ながら、目を伏せる。
イリアスの死後、エルドレッドは度々寝込んだ。周囲は兄と共に行く予定だったエルドレッドだけでも助かった事を喜び、慰めたものの、かえってその脆い心を締め付けただけだった。献身的な看病の甲斐なく、元々弱い体を更に損なってしまったのだ。それ以来、エルドレッドは王城から一切出る事が出来なくなった。元々活発な少年で、よく兄についてこっそり城下に降りたり、そうでなくとも中庭で走り回っては叱られていたのだが、それをしなくなったのだ。どれ程父王や母王妃が城下に誘っても、侍女が中庭に誘っても、やんわりと笑って首を振る。
やがて堪えきれなくなったルイスが問い詰めた。どうして外に出ない。それをイリアスが望んでいると思うのかと。エルドレッドは読んでいた書物から顔を上げ、ルイスを真っすぐに見つめた。事件以降、真っすぐにその瞳を見ていなかったルイスの心臓が跳ねたが、次の瞬間、凍り付いた。エルドレッドは凄絶な笑みを浮かべて、囁くように告げたのだ。
まさか、と。
「兄さまはそんな事望むはずがないだろう。これは俺の自己満足。それ以外にあると思うか?兄さまは、移動中の無防備な所を襲われた。そして、死んだ。なら、俺はココから出ない。そうすれば、この堅固な場所が俺を守る。手出しも出来まい。そうすれば、無駄な死をこれ以上出す事も無いだろう?」
エルドレッドの心は混乱していた。理性と感情がせめぎ合い、それを受け止めるにはその体も心も脆弱で幼すぎた。いっそのこと、その聡明さ故の理性がなければよかったと皆が嘆くほどに。エルドレッドは自分でも止められない自責の念に駆られ王城に引きこもり、望みを口にしないようになったのだ。
あの時、自分が我が儘を言わなければ。いや、そんな事を考えても意味がない。でも、あの時、自分も行っていれば兄を守れたかも。いや、兄は自分を守ったから側に居なくて正解だった……?でも、もっと護衛を増やせたかも、ルイスも一緒に行っていて、兄を守れたかも。いや、ちがう、そんな事。そもそも、外に出ようとしなければ。そもそも、自分達が狙われるだけの身分だったから。だから皆闘って死んだ、殺された。だったら、守りの固い場所から出なければ、そんな事にならない……?
自分が死にたくないと言う思いからではなかった。これ以上、無駄な死を出したくない、それにまつわる後悔をしたく無い。その一心故の行動。己の社会的価値を理解した故の、そして、壊れた心が暴走した故の行動だった。エルドレッドは7歳の幼い子供だった。
ルイスは言葉を失った。どうしたらいいか、どう声を掛けていいか、分からなかった。ふっと表情を消した王子は、手元に視線を落とし、淡々と告げた。
「安心しろ。俺は死なない。死んだところで何も変わらないどころか、意味もなければ、マイナスでしかない。両親にこれ以上負担をかけたくないし、皆にも既に心配かけ通しで、嘆かせてるんだからな。それに、俺には利用価値も王位継承権もある。俺はまだ、死ねない」
おおよそ、子供に似つかわしくない台詞。己の立場も、己の今の体や心の状態も全て理解し、把握した台詞。その不安定な心を、両親も周囲の者も心配し、気に掛けている。それでも、本人には、自覚していてもどうしようもなくて。だからこそ、悲しい誓いを立てた。まだ、死なないと。それが精一杯だったのだ。
「俺は、死なない。少なくとも、時が皆のあの事件の痛みをやわらげ、次に進めるようになるまでは。その上で、全てを引き継げる王位継承者が——幼い従弟が育つまでは。それまでは死なない。それまで、俺に出来る事な何かを気長に学びながら探すさ」
最近の異常なまでの、学業に対する意欲。その理由は、壊れかけた精神を保たせるためのすり替えにも等しい行為だった。トラウマを抱えた人間は、それから逃げる為に、何かに没頭する。遊び、酒、クスリ、浪費……。その内容は人其々だが、彼の場合は、ひたすらに勉学に励むことだった。そうして、大きすぎる痛みから逃げて、少しずつ痛みに慣れる努力が出来た者、そこからもう一度立ち止まって歩き出す気力を得た一握りの者だけが、前に進むことが出来るのだ。
「なあ、るいす」
今にも消えそうなか細い呼びかけに、ルイスはハッと視線を上げた。弱弱しい日の光の下で本を読んでいた、儚い姿。くったりと窓枠に躰を預け、その潤んだ瞳は見え隠れしていた。満足に食事も睡眠もとれずに弱り切った状態の為、疲労の限界に達したのだろう。夢うつつに、悲しい望みを口にした。
「あのこが、りったいししたら。ぼくは、ここからでていっても、いいかな。だれにもしんぱいかけない、りきゅうとかで、ひとりになれるかな。そうなったら、しんでも、いいかな……?」
絶句するルイスを、その大きな瞳に映すことなくエルドレッドは目を閉じた。そこまでしても、その瞳から涙は流れる事は無かった。
「周囲の気遣いが、エルドレッドを更に追い詰めた、か」
後ろから突然声がかかり、慌ててルイスは振り向いて跪いた。いつの間にか現れていた王は、気にするなと手をふり、幼い息子を悲し気に見やった。その後ろでは、王妃が既に立つ事も出来ず、侍女に支えられて啜り泣いていた。その侍女たちの瞳にも光るものがあった。
「ルイス」
「はっ」
重々しく掛けられた声に、短く答える。何を言われるかと身構えたルイスの頭上に降ってきた声は、いつになく弱り切っていた。
「エルドレッドを頼む」
「はい?」
思いがけない言葉に目を見開くと、王は悔し気に息子を眺めていた。今にも駆け寄りたそうに震える体を見て、ルイスのほうが動揺する。
「最近のあの子の様子を聞いた。心の内も話さず、いや、話せず。人がいると食事が出来ないし、眠れない。お前が傍にいて、ようやく本音を話し、眠りに落ちたくらいだ」
そこまで聞いて、ルイスは理解した。王も王妃もエルドレッドに近寄らない理由。近寄れば、浅い眠りから引き戻す。漸く口にしたものを戻す。壊れかけの笑顔の仮面をつけ直す。近寄れなかったのだ。どれ程、近寄って、触れあって、その小さな心に寄り添いたかったことか。双方がそれを望んでも、傷ついた心が悲鳴を上げて拒んだのだと。
「あの子の言う通り、今、王位を継げるのはあの子しかいない。あの子の価値はこの国にとって何よりも重大なものだ。あの子がやっている事も、言っている事も正直正しいし、有難い面もある。しかし、それがあの子も皆も苦しめる」
王は力強い眼差しをルイスに向けて、父としての願いをルイスに託す。
「昔から、誰よりもお前に心を開いていた子だ。どれ程拒絶されたとしても、側に居てやって欲しい。お互い苦しいだろうが、それしか出来る事が無いのだ。いつか、この固まり切った状態から、僅かにでも何かが動くその時まで。あの、優しくも賢く、それ故に脆く愚かなあの子を守ってくれ」
「言われずとも。いえ、むしろ、その役目は是非とも私にやらせてください」
何があっても離れない、守って見せる。そう決意を込めた瞳を見せる。王は微かに笑みを零すと、その肩を軽くたたき踵を返した。泣きはらした瞳をしつつも、それでも母の目をした王妃に視線だけでエルドレッドを頼まれる。目を伏せて了解の意を伝えると、小さく頷きかけ、二人は寄り添ってエルドレッドの部屋を後にした。
それから12年。漸く時が動き出した。エルドレッドの傷ついた心は変わらずに。エルドレッドの時は動かないままに。
願わくば、あの小さな王子に光明が差さんことを。
ルイスは願わずにはいられなかった。
その知らせがルイスの下に来たのは、謁見が終わり、何時もの如く書庫に籠ろうとするエルドレッドを無理やり部屋に引きずり戻した後の事だった。不承不承で部屋に戻り、疲れたと寝室に消えた姿を確認して一息ついたルイス。次の瞬間、控えめにノックされてルーナと顔を見合わせる。ルーナが扉を開けて顔だけ外に出す。
「エルドレッド様は、今しがたお休みになられたばかりです。私で良ければ承りますし、直接という事であれば後程にして頂けますか?」
「ああ、いえ、ルイス殿に伝言が」
「俺?」
声から察するに騎士団の者のようだ。顔を引っ込めたルーナに変わって顔を出すと、見覚えのある古参の騎士が顎をくしゃった。
「騎士団長がお呼びだ」
「一体何の用……って先程の謁見がらみか」
「だろうな。急ぎって言っていた。早く来い」
それだけ言ってさっさと歩き出す古参の騎士。慌てて部屋の外の控える騎士たちに後を託すとその背を追う。元々無口な男なので会話も特になく、すぐに騎士団長の部屋にたどり着いた。ノックをするとすぐに応えがあり、二人揃って中に入った。
「団長、連れてきました」
「おう。ありがとな」
「では、私はこれで」
それだけ報告すると、騎士の男はすぐに出て行った。真面目な男だ、と頷いているとアルバートから声がかかった。いつも以上に固い声に目を丸くするとアルバートに近づく。その間も厳しい表情を崩さないアルバートをみて、ルイスの表情も硬くなってゆく。
「どうしたんですか。らしくもない」
「生憎と、あんまりな状況すぎて、俺も茶化してられん」
疲れた様なため息を吐いて、席を立つと、対面するように置いてあるソファへとルイスを誘う。向かい合って腰を落ち着けると、アルバートは背凭れにぐったりと寄り掛かって天を仰いだ。
「さっき、殿下が陛下にお会いしたのは知ってるよな」
「当然です。他の者を伴おうとしているのを阻止して部屋まで連れてゆき、連れ戻したのは俺なので」
「何時もの如くお疲れ様だな」
「本当ですよ。油断も隙も無い」
肩を竦めつつ、本題に入れと視線をアルバートに向ける。チラリと視線をルイスに寄こした男は、気まずそうに視線を泳がせた結果、目元をその大きな手を覆って呻くように告げる。
「怒るなよ」
「話を全部聞くまでは、とりあえず抑える努力します」
「おい」
「今までの経験から、またどうしようも無い事を言ったりやらかしてくれたんでしょあの王子。そんでもって、その内容は完璧に俺を怒らせる内容」
「ご明察。大本の話の内容は殿下の進退だ」
やはり。想定内の話にルイスは頷く。問題はこの後だ。
「現在の王位継承権者は二人。一人はエルドレッド王子。その次の第二位王位継承権を持っているのは従弟のオレア様。王弟の唯一人のご子息ですね」
「ああ。先日15歳の誕生日を迎えられた。前々より、王弟殿下とオレア様を交えて話合いが行われていたのだが、正式にエルドレッド殿下の王位継承権を返上していただき、オレア様を立太子する運びになった」
「結局ですか。陛下はオレア様で問題無いと?」
「中々失礼だぞその発言。まあ有体に言えばそう言う事だ。ハッキリ言って、知性や王の器的にはエルドレッド殿下に敵わないだろう。そこは陛下、王弟殿下、さらにはオレア様ご自身も認める所。だが、そうは言っても、ある意味比較対象があのエルドレッド殿下だからそう言う意見になるだけで、素質としては十分。そもそも、王は完璧な存在である必要ない。完璧な人間なんて存在しないしな。欠点は家臣が埋めればいい。逆に言えば、埋められる欠点のみだけで済んでいれば、王にはなれる」
「その点エルドレッド殿下は体の弱さという補いようのない欠点を持っていた」
「オレア様はそれがなく、欠点もまあ、目を瞑れる程度。そう言う意味で、オレア様の方が王にふさわしいと言う決定を陛下は下した」
淡々と状況を整理する二人。ここまでは今までも散々議論されてきていた。つまり、ここまでは想定内。城も国も、嘆く事はあっても受け入れるだろう。それに、エルドレッドがこれまで行ってきた公務は、王位継承権を失っても問題ないものばかり。それ故に、培ってきた人気と信頼を失う事はないと考えられる。
「それで?問題は?」
「エルドレッド殿下に、王位継承権の返上について、そしてその後について王から話があった。ご本人も元々返上を希望されていたから、そこはスムーズに進んだ。かねてより、返上後は王城を辞して離宮に行くことも望まれていたからそこも決まった。王夫婦としては手元に置いておきたくてごねてたがな」
「でしょうね」
「肝っ玉座ってるよあの王子。あっさり礼を言って流しやがった。本当にもったいない」
「あの王子らしい……」
息子に甘い王夫婦があの手この手でごねるのをあっさり笑顔で振り切る姿が目に見えて、ルイスが遠い目をする。アルバートもその場面を思い出したのか、王夫婦に同情を禁じえない様だ。
「で、結論としては離宮に行くことになったのだが」
「論封したな、アイツ」
「そこで問題になったのが、随従のメンツだ」
呆れとも哀れみともつかないルイスの台詞はスルーして、厳しい顔を再びするアルバート。姿勢を正し、本題だと顔を引き締める。
「基本的には今王子についている人間をそっくりそのまま離宮に連れて行く。その条件として、全員に希望を取って、希望した者だけを連れて行くという事を王子が言っていたが、まあ、それはいい。殆ど、どころか全員付いて行くだろうからな」
「でしょうね」
「で、そこで、もう一つ条件を出してきた」
「といいますと、俺の事ですね?」
「正解。さて、ついでにもう一問。どんな条件を付けてきたでしょーか」
「俺を専属護衛騎士から外す」
「うーん、惜しい」
専属護衛は、その名の通り付きっ切りで護衛対象を守る。そこから外されるという事は、分かりやすく言えば、交代制で護衛に着く状態に降格するという事。守る、という事は変わらないが、付きっきりかそうでないかという事や、その仕事内容に部屋の警護も含まれる為、側に居られる時間が急激に少なくなるのだ。エルドレッドの事だ。四六時中側に居られたくないと言ったのだろうが、それでも、今までの状況から側に居る事自体は拒まないだろうと考えたのだ。故にてっきりその辺だろう、と辺りを付けていたのだが違ったらしい。嫌な予感に、ルイスの眉間に皺が寄り始める。どうどうと落ち着かせつつ、アルバートが乾いた笑いを零す。
「ルイスの護衛任務の任を解く事」
「っ⁈」
「つまり、ついてくんな、俺を守るのは認めんっていう意思表示だな」
けろっと言いつつもアルバート自身、言いやがったという顔付きである。当の本人はと言うと、怒りで目の前が赤く染まるという状況を体感していた。無意識の内に立ち上がり、出て行こうとするのをアルバートが必死に食い止めてソファに座らせる。立派な机を挟んで話すと回り込む分タイムロスするが、小さな机を挟むだけの向かい合ったソファであればそのまま捕まえられるという判断をして二人でソファに座る事を選択するのを見る限り、アルバートがどれほどルイスの性格を見抜いているかがうかがえる。暫く無言でやり取りをしていたが、少し頭の冷えたルイスが渋々腰を下ろしたのを見て、アルバートがドサリとソファに体を投げ出す。
「だから怒るなって言ったろうに」
「これが怒らずにいられるか!」
「はいはい深呼吸」
こりゃあ落ち着くまでに時間がかかりそうだなとアルバートは天を仰いだ。護衛任務を解くという事。それは、ルイスに側に寄る事さえも許さないという事。当然だ。護衛する必要がなければ、側に居る理由がなくなる。今までは無かったエルドレッドからの完全の拒絶だった。
「何を急に……!それほどまでに、俺を遠ざけようと……⁈」
「ちなみに。もぉっと怒りそうな話があるけど聞く?」
「謁見の内容全て話せ」
今隠しても、どうせどこかからか伝わるどころか、本人《エルドレッド》から火に油を注ぐ勢いで暴露されるだろう事を考えると、先に話た方が良いか。本当はこれ以上怒り狂ったこの男に油どころか爆弾を放り込みたくないのだが、と死んだ目をして考える。
落ち着けよ、落ち着けよ、とまるでフラグの様に言い聞かせつつ謁見の内容を全て暴露する。自分の命の方が大事。
曰く。
「ルイスを俺の護衛任務から解放してください」
広い謁見室にエルドレッドの凛とした声が響き渡る。その言葉の意味するところを理解し、固まる王夫婦とアルバートを前に、あっさりと言い放つ。
「俺はこれ以上ルイスが傍にいるのが耐えられない。これまでの功績を考えれば、騎士団で相応の地位に就く事も、オレアの護衛騎士に就く事も、それこそ父さまの護衛騎士に就く事も可能なはずです。本人の希望に合わせてポストを用意してください」
「お待ちください殿下!」
慌ててアルバートが割って入る。普段ならば、身分的にも無作法でとがめられるべき暴挙。しかし、それを覚悟の上で声を上げたし、それを咎めるものはエルドレッドを含めて誰もいなかった。鋭い眼差しでエルドレッドを睨みつけ、唸るように問い詰める。
「ヤツならば、何処までもお供しようとするでしょうし、それを望むでしょう。それを、本人の同意も希望もなく強行されるおつもりですか」
「そうだけど?」
あくまでもケロリとした顔のエルドレッドに、さしもの王夫婦も、同席していた騎士たちも険しい顔をする。怒りに打ち震え、言い募ろうとするアルバートに、嘲笑うように告げるのは、独りぼっちを貫く王子。
「言っただろう?“俺はこれ以上ルイスが傍に居るのが耐えられない”と」
「これまで、お傍に付き従い、心を砕いた騎士に言うセリフですか!」
「じゃあ、聞くけど。これ以上俺の側に居て、どうなるっての?」
真っすぐに問いかけられ、ぐっと言葉に詰まるアルバート。変わりに口を出したのは王だった。
「それを拒んでいるのはお前だろう。いつまでイアリスの事を引き摺り、引きこもっているつもりだ。あれから何年たったと思う!」
「12年ですね。正確な月日も言いましょうか?」
叱責する父王にも静かに対応する王子。心を鬼にする両親と忠実な騎士を前に、それでもその心の氷は解けなかった。
「理性では理解してますよ?俺がどれほど甘いのか。いつまでもうじうじウダウダしていて。反吐がでる」
吐き捨てるように言って冷笑を浮かべるエルドレッド。
「でもね。足が竦むんですよ。どんなに足掻いても。逃げ出す事は簡単に出来た。傷口を見る事も出来てると思う。でも、本当に見れているのかの自信も持てない。立ち止まって深呼吸をしてみた。したつもりだった。でも、前に足が出ないんですよ。甘ったれたことに。唯々息をすって、空気を浪費するだけ。足が動かない。最後にして最初の一歩が踏み出せないんですよ、俺は」
クスクスと笑って、エルドレッドは首を傾げて見せた。
「気持ち悪いですよね。いつまでそこに立って甘えてるんだって自分でも思う。いい加減前に進めって。でも、段々何も見えなくなってきたんですよ。最近じゃあ、ルイスの顔を見るだけで、叫び出したくなって、掻きむしりたくなって、のたうち回りたくなる。だから、弱くて愚かな俺はもう一度逃げる事にしたんです。もう一度立ち上がる事の出来る一握りの人間になるっていう建前のもと、ね」
そうしてエルドレッドは悲し気に微笑んだ。嗚咽を堪える王妃を真っすぐに、愛おし気に見つめて。
「ルイスは控えめに言って、優秀です。誰の護衛騎士にしても恥ずかしくないし、騎士団だって纏めて立つ事も出来る。俺に突き合わせてアレを浪費するつもりですか?」
「……っ、それは」
「俺に付き合うってそう言う事だろう?」
アルバートには既に言葉も無かった。エルドレッドに反論したい、何処か間違っていると思っても、言葉が無かった。
「本当は俺が、本当の意味で回復するか、それが出来なくても、完璧に演技出来ればいいんだけどな。流石にその力、もう尽きたわ」
ごめんな、と何処までも透明に微笑むから、誰も何も言えず俯くだけだった。
エルドレッドはゆっくりと跪いて、頭を下げた。そして、静かな声で再び願った。
「ルイスを、俺の護衛任務から解放してください。俺はこれ以上ルイスが傍にいるのが耐えられない」
「というのが、顛末だ」
「あの甘ったれ王子……!」
血走った目でエルドレッドの部屋の方角を睨み据えるルイス。同情10割の顔で見やるアルバートも、疲労感を隠し切れない。
「悪いんだけど、俺はもう付き合いきれないわ。どこでどう間違えたんだろうな」
「しるか。あそこまで勝手に堕ちたアイツが悪い」
「うわぁ。ハッキリ言うねぇ」
ただなぁ、と頭を振ったアルバートは困った顔でルイスと視線を合わせる。
「何が困ったって、確かにお前を遊ばせている余裕があるかってーとそうでもなかったりするところなんだよなぁ。痛い所ついてくるぜ。しかも、その状況をキチンと理解している王子様としての立場もあって、苦しいってのもまぁ理解できないって訳じゃない」
「けど!」
「どうどう。深呼吸」
俺は馬か!と睨み据えてくるのはスルー。騎士団長になる為にスルースキルは必須なのだ。ずるずるとソファから滑り落ちて、ぐったりと寄り掛かる。重々しい等通り越した何とも言えない空気が漂う。
「……どうするよ、拒絶された騎士様」
「どうするも、こうするもない。俺はエルに付いて行く」
はっきりと言い切る騎士。よく言ったとアルバートはもそもそと起き上がり、伸びをして気を一新する。
「兎に角。付いて行くなら、あの落ちぶれた王子様をどうにかしろ。そっから先の事はまぁ、陛下と相談する」
「よろしくお願いします」
話は終わりと席を立つルイスの背に、あーそれからもう一つ、と緊張感が抜け落ちた声が突き刺さる。
「なんですか」
「とりあえず、ぶん殴るってのは、なしな?」
念のためだけど、と釘をさしたアルバートだったが、沈黙したままのルイスに頬をひきつらせた。
おいおい、マジでやるつもりだったのかコイツ。王族に仕える騎士としてどうなんだ?
いつか不敬罪でこの優秀かつ苦労性の騎士が裁かれないかが心配になるアルバート。誠意努力します、と不安極まりない言葉を据わった目をして言う彼に、頼むからやめてくれと再度釘をさす事しか出来なかった。
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