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臥薪嘗胆
努力の実る、日はまだ遠く(前編)
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臥薪嘗胆
――仇を討つために長い間苦心や苦労を重ねること。転じて、目的を果たすために辛苦に耐えて努力すること。――
さて、財閥系大企業の御曹司と聞いて何を思い浮かべるだろうか。
金持ち?然り、金に苦労したことはないだろう。それ相応の努力と労力を払っているとは言え、湯水の様に沸くと言って過言ではないからだ。
傲慢?確かに、人によってはそう感じるものもいるだろう。自身に満ち溢れた言動と、それを実現する能力を持ち合わせているのだから。
生まれながらの成功者?さもありなん、生まれてから彼らを持ちあげない者など居ないだろう。甘い蜜が吸いたいだけのヘラヘラとした愚か者から、彼らの神々しいまでの輝きに魅せられた忠臣、果てはその執着を孕んだ熱い寵を求めるものまで。
普通の大企業を抱える名家の令息令嬢でも見られる光景。それが、この国最高の名家である青龍家ともなればどうなるか。
勤勉かつ聡明なαを輩出する血統。その配下にある企業はどこも優良。ともすれば傲慢になりがちだが、けっして独りよがりになる事無く。ひとえに社会や会社、ひいてはそこに働く者達を気にかける度量を持つ。恵まれた環境に奢るのではなく、感謝し、それを還元しようとする心意気。それが多くの者を惹きつけ、熱意を呼び覚まし、青龍家を含めた財閥が更に発展していくという好循環を巻き起こす。
故に、青龍家を一言で言い表すと。
――欠点の付け所がない、完璧な存在。憧れを、嫉妬を、憎悪を。多種多様な感情を秘めた声で、異口同音に、誰もが口をそろえて言うだろう。
そんな天上人とまで謳われる彼ら青龍のαたち。いっそ敬遠されがちな彼らは、しかし、庶民たちに非常に親しみを持って接されていた。
なぜか。
答えは簡単。
完璧な彼らにも、どうしようもなく人間的な面があるという事。最大にして弱点にして、何故か逃れられない宿命。
――番にするΩ達にとにかく振り回されるという一点にある。
それに関連し、格好のゴシックネタにされる彼らについて度々流れる噂。――兄弟の不仲説。
彼らが揃って姿を現すことは殆どなく、プライベートでも滅多に揃わないという。財閥後継者の座を狙っての事とか、財産を狙っての事とか、様々な理由をつけられてまことしやかにささやかれる噂。だが、それを耳にした本当の事を知っている者達は笑って首を振るのだ。
確かに、彼らが揃う事は滅多にないらしい。けれど、その理由は――。
「で?突然呼びつけてきて、なんの用だよ兄貴。さっさと帰りたいんだけど」
「……顔を見た第一声がそれか?随分な挨拶だな」
「悪いんだが、俺も青葉に同意見だ。さっさと要件を言ってくれるとありがたい」
首都の、更に中心部。そびえたつアートチックな美しいビルの最上階で、重厚な空気を醸し出す扉の奥。今日も今日とてせっせと仕事をさばいていた男は、音もなく開いた扉と共に飛び込んできた声に対し、渋面で顔を上げた。その精悍な顔は、まさに男盛りといった感じの色気を醸し出している。
礼儀のなっていない弟に苦言を呈すも、もう一人の弟にまで嫌そうな声を投げつけられ蟀谷を揉む。その正面に立った二人の青年達は、似通った顔を、揃って顰めて、チラチラと壁に掛けられた時計に視線を送っている。
「……相変わらず仲がいいことで」
「そりゃ一応双子だし」
「というか、俺らがどうしてこんな顔してるか分かってるだろうに」
そわそわと落ち着かない様子を見せる二人。ため息をついて書類を机に投げ出した男――青河から見て左側に立つ、切れ目でサッパリとした短い黒髪をした青天と、右側に立つ明るめのブラウンに染めた長めの髪をさり気ない無造作にセットした鼻筋がすっきりと通った顔立ちの青葉。
通常なら落ち着きがない、と窘める所なのだが、そうできない理由が青河にも身に染みている。半眼になりつつある事を自覚しながら、青葉を一瞥する。
「……碧は今大学の時間だろう」
「ああ。けどとてつもなく嫌な予感がするんだよ。一番フラフラ出来る立場にいるのは確かだしな。どっかのパフェに釣られているだけなら御の字だ」
勘の鋭い弟の苦い顔。そのセリフを聞いて顔を引きつらせているもう一人の弟に目をやる。
「…………茜は就業中だな?」
「悪いな兄さん。俺にはアレの行動が把握できてない。なにせ、最近も良く分からない置手紙を置いて逃げられたところだ。曰く、『必ずお役に立って見せますので、褒めてくださいね!』だそうだ」
「うわぁ流石社内に名を轟かす茜さん。その能力をもっと別な場所で活用してくれませんかね……」
丁度お茶を持ってきた譲羽が盛大に顔を引きつらせた。頭を抱えて項垂れる青天に、αの癖にΩに逃げられるなんてと言ってはならない。至極あっさりと囲いから逃げ出すΩの方が規格外なだけである。
「一応聞いておくけど、紫義兄さんは?」
「一応、家を出ていないはずで、寝込んでいるはずだ」
「本家ならメイドの眼がかなり厳しいはずだし、昨日は今日の為に念を入れておいたと」
それぞれの番の様子を報告し合う三人。そして顔を見合わせて。
「……」
じっと譲羽に視線が集中する。やれやれ、と苦笑した譲羽は視線を落としていたタブレットから顔を上げ、軽く振る。
「茜さんの今日の予定は、社内にて会議他がぎっしりのようですね。予定上は」
そのセリフに、三兄弟は顔を再び見合わせ。どこからともなく、遠い目をした。
一人は物理的に動けず、一人は監視付きで大学の授業、残りの一人は仕事がぎっしり。
この劇薬が混ざらないであろうはずの、安心できるであろう状況で。なぜか胸騒ぎがするという矛盾。なにせ、全員手元において監視していなければ何をしでかすか分からないのである。番同伴で集まる事は出来る限りしたくない、番がいないならもってのほか、というのが本音な所で。
「……さっさと済ませるぞ」
「……そうしてくれ」
こうして、仲が悪くない、むしろ、かなり良い兄弟たちが揃うのが滅多にないという現象が発生するのだ。
――仇を討つために長い間苦心や苦労を重ねること。転じて、目的を果たすために辛苦に耐えて努力すること。――
さて、財閥系大企業の御曹司と聞いて何を思い浮かべるだろうか。
金持ち?然り、金に苦労したことはないだろう。それ相応の努力と労力を払っているとは言え、湯水の様に沸くと言って過言ではないからだ。
傲慢?確かに、人によってはそう感じるものもいるだろう。自身に満ち溢れた言動と、それを実現する能力を持ち合わせているのだから。
生まれながらの成功者?さもありなん、生まれてから彼らを持ちあげない者など居ないだろう。甘い蜜が吸いたいだけのヘラヘラとした愚か者から、彼らの神々しいまでの輝きに魅せられた忠臣、果てはその執着を孕んだ熱い寵を求めるものまで。
普通の大企業を抱える名家の令息令嬢でも見られる光景。それが、この国最高の名家である青龍家ともなればどうなるか。
勤勉かつ聡明なαを輩出する血統。その配下にある企業はどこも優良。ともすれば傲慢になりがちだが、けっして独りよがりになる事無く。ひとえに社会や会社、ひいてはそこに働く者達を気にかける度量を持つ。恵まれた環境に奢るのではなく、感謝し、それを還元しようとする心意気。それが多くの者を惹きつけ、熱意を呼び覚まし、青龍家を含めた財閥が更に発展していくという好循環を巻き起こす。
故に、青龍家を一言で言い表すと。
――欠点の付け所がない、完璧な存在。憧れを、嫉妬を、憎悪を。多種多様な感情を秘めた声で、異口同音に、誰もが口をそろえて言うだろう。
そんな天上人とまで謳われる彼ら青龍のαたち。いっそ敬遠されがちな彼らは、しかし、庶民たちに非常に親しみを持って接されていた。
なぜか。
答えは簡単。
完璧な彼らにも、どうしようもなく人間的な面があるという事。最大にして弱点にして、何故か逃れられない宿命。
――番にするΩ達にとにかく振り回されるという一点にある。
それに関連し、格好のゴシックネタにされる彼らについて度々流れる噂。――兄弟の不仲説。
彼らが揃って姿を現すことは殆どなく、プライベートでも滅多に揃わないという。財閥後継者の座を狙っての事とか、財産を狙っての事とか、様々な理由をつけられてまことしやかにささやかれる噂。だが、それを耳にした本当の事を知っている者達は笑って首を振るのだ。
確かに、彼らが揃う事は滅多にないらしい。けれど、その理由は――。
「で?突然呼びつけてきて、なんの用だよ兄貴。さっさと帰りたいんだけど」
「……顔を見た第一声がそれか?随分な挨拶だな」
「悪いんだが、俺も青葉に同意見だ。さっさと要件を言ってくれるとありがたい」
首都の、更に中心部。そびえたつアートチックな美しいビルの最上階で、重厚な空気を醸し出す扉の奥。今日も今日とてせっせと仕事をさばいていた男は、音もなく開いた扉と共に飛び込んできた声に対し、渋面で顔を上げた。その精悍な顔は、まさに男盛りといった感じの色気を醸し出している。
礼儀のなっていない弟に苦言を呈すも、もう一人の弟にまで嫌そうな声を投げつけられ蟀谷を揉む。その正面に立った二人の青年達は、似通った顔を、揃って顰めて、チラチラと壁に掛けられた時計に視線を送っている。
「……相変わらず仲がいいことで」
「そりゃ一応双子だし」
「というか、俺らがどうしてこんな顔してるか分かってるだろうに」
そわそわと落ち着かない様子を見せる二人。ため息をついて書類を机に投げ出した男――青河から見て左側に立つ、切れ目でサッパリとした短い黒髪をした青天と、右側に立つ明るめのブラウンに染めた長めの髪をさり気ない無造作にセットした鼻筋がすっきりと通った顔立ちの青葉。
通常なら落ち着きがない、と窘める所なのだが、そうできない理由が青河にも身に染みている。半眼になりつつある事を自覚しながら、青葉を一瞥する。
「……碧は今大学の時間だろう」
「ああ。けどとてつもなく嫌な予感がするんだよ。一番フラフラ出来る立場にいるのは確かだしな。どっかのパフェに釣られているだけなら御の字だ」
勘の鋭い弟の苦い顔。そのセリフを聞いて顔を引きつらせているもう一人の弟に目をやる。
「…………茜は就業中だな?」
「悪いな兄さん。俺にはアレの行動が把握できてない。なにせ、最近も良く分からない置手紙を置いて逃げられたところだ。曰く、『必ずお役に立って見せますので、褒めてくださいね!』だそうだ」
「うわぁ流石社内に名を轟かす茜さん。その能力をもっと別な場所で活用してくれませんかね……」
丁度お茶を持ってきた譲羽が盛大に顔を引きつらせた。頭を抱えて項垂れる青天に、αの癖にΩに逃げられるなんてと言ってはならない。至極あっさりと囲いから逃げ出すΩの方が規格外なだけである。
「一応聞いておくけど、紫義兄さんは?」
「一応、家を出ていないはずで、寝込んでいるはずだ」
「本家ならメイドの眼がかなり厳しいはずだし、昨日は今日の為に念を入れておいたと」
それぞれの番の様子を報告し合う三人。そして顔を見合わせて。
「……」
じっと譲羽に視線が集中する。やれやれ、と苦笑した譲羽は視線を落としていたタブレットから顔を上げ、軽く振る。
「茜さんの今日の予定は、社内にて会議他がぎっしりのようですね。予定上は」
そのセリフに、三兄弟は顔を再び見合わせ。どこからともなく、遠い目をした。
一人は物理的に動けず、一人は監視付きで大学の授業、残りの一人は仕事がぎっしり。
この劇薬が混ざらないであろうはずの、安心できるであろう状況で。なぜか胸騒ぎがするという矛盾。なにせ、全員手元において監視していなければ何をしでかすか分からないのである。番同伴で集まる事は出来る限りしたくない、番がいないならもってのほか、というのが本音な所で。
「……さっさと済ませるぞ」
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