6 / 16
英雄色を好む
英雄色を好む気無し!(後編)
しおりを挟む
会社ビルから程遠くない場所に、司東家の邸宅がある。巨大財閥の総帥一家に相応しい豪邸である。敷地内には、当主一家の住まう館と、次期当主一家の住まう館、成人を済ませた独身の直系の子達が住まう館、来客用のゲストハウスとしての館の四つで構成されている。
まだ日が燦燦と輝く時間に邸宅に戻った青河は、額に青筋を立てて足早に屋敷内を闊歩していた。屋敷内の奥まった場所、日当たりの良い部屋が目的地。メイドたちが挨拶してくるのを横目に、その場所へと近づくと、華やかな話声が聞こえてきた。美しい装飾が施された扉が目に飛び込んできたと同時に手を伸ばした青河は、ノックもなしに勢いよくドアを蹴破った。
「と言う訳で、第n回ビバハーレム開設計画っ!」
「くだんねぇ計画立てんじゃねぇこのクソガキ!」
「ギャーーーーーー!!!」
握りこぶしを天に振り上げている華奢な背中に勢いよく怒声を浴びせかける。青河が帰っている事にも気付かない位にヒートアップしていた彼は、その熱が絶頂に差し掛かるままに計画を高らかに叫んでいる最中だったようだ。いるはずもない人物からの口撃に、悲鳴を上げて振り返った。
「なんで居るんだよ青河!」
「いちゃ悪いか!ここは俺の家だ!つか、何処かの馬鹿がまた馬鹿な事を考えるから帰って来ざるを得なかったんだよ馬鹿!」
「バカバカ言うな!馬鹿っていう方が馬鹿なんだ!」
「ガキかてめぇ!」
青ざめた顔で絶叫するのは、儚げな雰囲気を醸し出す美貌を持つΩの青年。神が繊細な絵筆で丹精込めて創り上げたかの様な美貌は、ほっそりとした体格も相まって、黙っていれば傾国の美人ともてはやされるだろう。
黙っていれば。
「んっとに、ろくな事考えないなてめぇは!せっかくの頭脳が持ち腐れだ!」
「いいじゃないか俺の頭脳を俺がどう使っても!コレが俺の夢なのだ!」
怒鳴り合っている内にテンションが上がってきたらしい。ウルウルと瞳を潤ませ、紅色に頬を紅潮させてウットリとした表情をする青年。ここだけ見れば、薄幸の佳人が恋をして舞い上がっているように見える。十人が十人見惚れるであろうし、ともすれば極上の絵画に見えるであろう。しかし、可憐な口が紡ぎ出す、最高学府を主席で卒業した頭脳が弾き出す計画は脱力間違いなし。
「英雄色を好む!一人の王が多種多様な美人を侍らすハーレムを作り上げる事!これぞロマン!」
「言うは構わんが実行するな!俺を巻き込むな!」
「そんな殺生な!何のために俺が番になったと!」
「少なくともハーレムを作る為ではないわ!」
この世の終わりと言わんばかりに絶望した顔を見せる青年。それを勢いよく怒鳴り飛ばすと、青河は頭を抱えて崩れ落ちた。
その後もギャーギャーと喚きたてる青年を睨みつけて黙らせた青河は、ソファに対面で座り直すと腕を組んで背凭れに凭れかかった。空気を読んだメイドが楚々とした動作で紅茶を差し出してくれる。目線で礼を言うと、メイドが微苦笑して頭を下げる。ついでにどことなく同情する視線を向けて。
「駄目だからな」
「まだ何も言ってないじゃん。なんならそのメイドを手籠めに」
「お前が口を開くとろくでもない事しか言わないから黙ってろ」
その無言のやり取りを見て、一気に黙り込んだ青年が目を輝かせているのを目敏く見つけた青河が切り捨てると、不機嫌そうに唇を尖らせる。不満です、と全身で主張してくる彼を一瞥した青河は額に手を当てて天を仰いだ。ギロリと視線を向けると、何と言わんばかりに首を傾げられる。
「お前は俺の番である自覚はあるのか、紫」
「そりゃ勿論。ありすぎるくらいにありますとも」
ふんす、と薄い胸を張って自慢げな番に青河の顔が引きつる。すっと背後に差し出した手に、そっと歪み切った美しいファイルが乗せられる。背後に付き従う譲羽は、頭痛を堪える顔をしている。
「だったらコレは何だコレは」
「あ、見てくれた?!どうだったいい子いた?!」
「じゃかわしい!」
ダン、と机にファイルを叩きつけると紫の瞳が輝きだす。ファイルの中身は、多種多様な美貌を持った女やΩの写真と情報。一言で言えばお見合い写真である。ワクワク顏の紫を一喝して黙らせると、青河は蟀谷を揉んだ。じっとりと睨み据えると、紫はむぅと唇を突き出した。
「だってだってだってさ。俺と青河が番になって早十年!未だに誰も愛人なし!おかしいじゃん!」
「おかしいのはお前だ!なんで番に他の人間薦めやがる!それも運命だぞ!てめぇの頭はどうなってやがるんだ!」
「全てはハーレムの為に!」
「そのくだらない野望捨てろ!」
高校時代に出会った二人。国内トップの高校に首席入学したΩとして当時話題になった紫。二歳年上の為、当時高校三年の青河と偶然出会ってそのまま発情期に突入。二人は運命の番だった。
「ったく。初めての発情期で番になったと思ったら。目覚めて早々、第一声が誰ですか、と来て」
「だって知らなかったんだもん。自己紹介大切」
「司東と名乗ったら狂喜乱舞するもんだから、ああこいつもかと思ったらまさかの斜め上」
「普通は"司東"の名前の権力と財力に食いつくはずですけどねぇ」
「そんなのどうでもいいもん!大事なのは女とΩが寄ってくるかどうか!」
「だから要らねぇっての」
権力に群がる者達に辟易していた青河。運命の番もソレと同じか、と一瞬落胆した。しかし、狂喜乱舞した理由を聞いて撃沈したのだ。何せ、紫の野望はハーレムを作る事。それも、質悪いことに自分ではなく、自分の番のハーレムを。
「一人の絶対的な王様と、それに侍る美貌の女とΩ達!誰もが寵愛を求めて競い合い、それを愛でる逞しい王!世界中の全ての美姫を侍らせずして何とする!これぞαの神髄ドベファ」
「俺はたった一人の王妃を溺愛するタイプだっての。俺の寵愛が伝わっていないなら仕方ない。直接体に叩き込んでやるから泣いて喜べこのクソガキ」
「ちょっと?!ちが、そんなんじゃ、いやぁ!」
ブツリ。頭の何処かで何かが切れる音がした青河。額に青筋を浮かべたまま笑みを浮かべるという実に器用な表情をしている。そのままの勢いで、肩に担がれジタバタと暴れる紫。ついでに悲痛な悲鳴をあげるが、全く聞き入れられない。絵面的には、無体を敷かれる美姫そのものだが、彼に味方する者はここにはいない。寧ろ自業自得だと言わんばかりの視線や、青河に同情的な視線ばかりである。
「……司東家は世界的にも類を見ない程に番のΩを溺愛して囲い込むαの家系なんですがね」
「多くのΩを囲うαもいない訳ではないですが……当家では無理ですね。何せたった一人を決めてしまいますから」
ばたん、と寝室の扉が閉まり紫の悲鳴も聞こえなくなった室内。譲羽とメイドがそんな会話をしていたとかいないとか。
今日も今日とて、番にハーレムをあてがいたいΩと溺愛する番に無体を敷かれそうなαの攻防が行われている。
まだ日が燦燦と輝く時間に邸宅に戻った青河は、額に青筋を立てて足早に屋敷内を闊歩していた。屋敷内の奥まった場所、日当たりの良い部屋が目的地。メイドたちが挨拶してくるのを横目に、その場所へと近づくと、華やかな話声が聞こえてきた。美しい装飾が施された扉が目に飛び込んできたと同時に手を伸ばした青河は、ノックもなしに勢いよくドアを蹴破った。
「と言う訳で、第n回ビバハーレム開設計画っ!」
「くだんねぇ計画立てんじゃねぇこのクソガキ!」
「ギャーーーーーー!!!」
握りこぶしを天に振り上げている華奢な背中に勢いよく怒声を浴びせかける。青河が帰っている事にも気付かない位にヒートアップしていた彼は、その熱が絶頂に差し掛かるままに計画を高らかに叫んでいる最中だったようだ。いるはずもない人物からの口撃に、悲鳴を上げて振り返った。
「なんで居るんだよ青河!」
「いちゃ悪いか!ここは俺の家だ!つか、何処かの馬鹿がまた馬鹿な事を考えるから帰って来ざるを得なかったんだよ馬鹿!」
「バカバカ言うな!馬鹿っていう方が馬鹿なんだ!」
「ガキかてめぇ!」
青ざめた顔で絶叫するのは、儚げな雰囲気を醸し出す美貌を持つΩの青年。神が繊細な絵筆で丹精込めて創り上げたかの様な美貌は、ほっそりとした体格も相まって、黙っていれば傾国の美人ともてはやされるだろう。
黙っていれば。
「んっとに、ろくな事考えないなてめぇは!せっかくの頭脳が持ち腐れだ!」
「いいじゃないか俺の頭脳を俺がどう使っても!コレが俺の夢なのだ!」
怒鳴り合っている内にテンションが上がってきたらしい。ウルウルと瞳を潤ませ、紅色に頬を紅潮させてウットリとした表情をする青年。ここだけ見れば、薄幸の佳人が恋をして舞い上がっているように見える。十人が十人見惚れるであろうし、ともすれば極上の絵画に見えるであろう。しかし、可憐な口が紡ぎ出す、最高学府を主席で卒業した頭脳が弾き出す計画は脱力間違いなし。
「英雄色を好む!一人の王が多種多様な美人を侍らすハーレムを作り上げる事!これぞロマン!」
「言うは構わんが実行するな!俺を巻き込むな!」
「そんな殺生な!何のために俺が番になったと!」
「少なくともハーレムを作る為ではないわ!」
この世の終わりと言わんばかりに絶望した顔を見せる青年。それを勢いよく怒鳴り飛ばすと、青河は頭を抱えて崩れ落ちた。
その後もギャーギャーと喚きたてる青年を睨みつけて黙らせた青河は、ソファに対面で座り直すと腕を組んで背凭れに凭れかかった。空気を読んだメイドが楚々とした動作で紅茶を差し出してくれる。目線で礼を言うと、メイドが微苦笑して頭を下げる。ついでにどことなく同情する視線を向けて。
「駄目だからな」
「まだ何も言ってないじゃん。なんならそのメイドを手籠めに」
「お前が口を開くとろくでもない事しか言わないから黙ってろ」
その無言のやり取りを見て、一気に黙り込んだ青年が目を輝かせているのを目敏く見つけた青河が切り捨てると、不機嫌そうに唇を尖らせる。不満です、と全身で主張してくる彼を一瞥した青河は額に手を当てて天を仰いだ。ギロリと視線を向けると、何と言わんばかりに首を傾げられる。
「お前は俺の番である自覚はあるのか、紫」
「そりゃ勿論。ありすぎるくらいにありますとも」
ふんす、と薄い胸を張って自慢げな番に青河の顔が引きつる。すっと背後に差し出した手に、そっと歪み切った美しいファイルが乗せられる。背後に付き従う譲羽は、頭痛を堪える顔をしている。
「だったらコレは何だコレは」
「あ、見てくれた?!どうだったいい子いた?!」
「じゃかわしい!」
ダン、と机にファイルを叩きつけると紫の瞳が輝きだす。ファイルの中身は、多種多様な美貌を持った女やΩの写真と情報。一言で言えばお見合い写真である。ワクワク顏の紫を一喝して黙らせると、青河は蟀谷を揉んだ。じっとりと睨み据えると、紫はむぅと唇を突き出した。
「だってだってだってさ。俺と青河が番になって早十年!未だに誰も愛人なし!おかしいじゃん!」
「おかしいのはお前だ!なんで番に他の人間薦めやがる!それも運命だぞ!てめぇの頭はどうなってやがるんだ!」
「全てはハーレムの為に!」
「そのくだらない野望捨てろ!」
高校時代に出会った二人。国内トップの高校に首席入学したΩとして当時話題になった紫。二歳年上の為、当時高校三年の青河と偶然出会ってそのまま発情期に突入。二人は運命の番だった。
「ったく。初めての発情期で番になったと思ったら。目覚めて早々、第一声が誰ですか、と来て」
「だって知らなかったんだもん。自己紹介大切」
「司東と名乗ったら狂喜乱舞するもんだから、ああこいつもかと思ったらまさかの斜め上」
「普通は"司東"の名前の権力と財力に食いつくはずですけどねぇ」
「そんなのどうでもいいもん!大事なのは女とΩが寄ってくるかどうか!」
「だから要らねぇっての」
権力に群がる者達に辟易していた青河。運命の番もソレと同じか、と一瞬落胆した。しかし、狂喜乱舞した理由を聞いて撃沈したのだ。何せ、紫の野望はハーレムを作る事。それも、質悪いことに自分ではなく、自分の番のハーレムを。
「一人の絶対的な王様と、それに侍る美貌の女とΩ達!誰もが寵愛を求めて競い合い、それを愛でる逞しい王!世界中の全ての美姫を侍らせずして何とする!これぞαの神髄ドベファ」
「俺はたった一人の王妃を溺愛するタイプだっての。俺の寵愛が伝わっていないなら仕方ない。直接体に叩き込んでやるから泣いて喜べこのクソガキ」
「ちょっと?!ちが、そんなんじゃ、いやぁ!」
ブツリ。頭の何処かで何かが切れる音がした青河。額に青筋を浮かべたまま笑みを浮かべるという実に器用な表情をしている。そのままの勢いで、肩に担がれジタバタと暴れる紫。ついでに悲痛な悲鳴をあげるが、全く聞き入れられない。絵面的には、無体を敷かれる美姫そのものだが、彼に味方する者はここにはいない。寧ろ自業自得だと言わんばかりの視線や、青河に同情的な視線ばかりである。
「……司東家は世界的にも類を見ない程に番のΩを溺愛して囲い込むαの家系なんですがね」
「多くのΩを囲うαもいない訳ではないですが……当家では無理ですね。何せたった一人を決めてしまいますから」
ばたん、と寝室の扉が閉まり紫の悲鳴も聞こえなくなった室内。譲羽とメイドがそんな会話をしていたとかいないとか。
今日も今日とて、番にハーレムをあてがいたいΩと溺愛する番に無体を敷かれそうなαの攻防が行われている。
3
お気に入りに追加
171
あなたにおすすめの小説
君はアルファじゃなくて《高校生、バスケ部の二人》
市川パナ
BL
高校の入学式。いつも要領のいいα性のナオキは、整った容姿の男子生徒に意識を奪われた。恐らく彼もα性なのだろう。
男子も女子も熱い眼差しを彼に注いだり、自分たちにファンクラブができたりするけれど、彼の一番になりたい。
(旧タイトル『アルファのはずの彼は、オメガみたいな匂いがする』です。)全4話です。
エンシェントリリー
斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
短期間で新しい古代魔術をいくつも発表しているオメガがいる。名はリリー。本名ではない。顔も第一性も年齢も本名も全て不明。分かっているのはオメガの保護施設に入っていることと、二年前に突然現れたことだけ。このリリーという名さえも今代のリリーが施設を出れば他のオメガに与えられる。そのため、リリーの中でも特に古代魔法を解き明かす天才である今代のリリーを『エンシェントリリー』と特別な名前で呼ぶようになった。
甘えたい人はあなただけ
聖夜
BL
白石雪は高校2年生で、真面目な性格と責任感の強さからクラスの委員長。誰からも信頼され、勉強もそつなくこなす模範的な生徒。しかし、それは彼の一部でしかなかった……
実は雪には、周囲に内緒にしている秘密がある…それは、ヤクザの黒川六花と付き合っていること!!さらに二人はなんと同棲中?!
学校ではクールでしっかり者の雪だが、家に帰るとその姿は一変。六花の前では甘えん坊で、ちょっと寂しがり屋。そんな彼を、六花は優しく受け入れる。
この物語は、雪と六花のちょっぴり危険なほのぼのストーリー。
作者はお豆腐メンタルなので感想は閉じてます🙇更新不定期です。
なぜか大好きな親友に告白されました
結城なぎ
BL
ずっと好きだった親友、祐也に告白された智佳。祐也はなにか勘違いしてるみたいで…。お互いにお互いを好きだった2人が結ばれるお話。
ムーンライトノベルズのほうで投稿した話を短編にまとめたものになります。初投稿です。ムーンライトノベルズのほうでは攻めsideを投稿中です。
【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
憧れていた天然色
きりか
BL
母という名ばかりの女と、継父に虐げられていた、オメガの僕。ある日、新しい女のもとに継父が出ていき、火災で母を亡くしたところ、憧れの色を纏っていたアルファの同情心を煽り…。
オメガバースですが、活かしきれていなくて申し訳ないです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる