恋するαの奮闘記

天海みつき

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英雄色を好む

英雄色を好む気無し!(後編)

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 会社ビルから程遠くない場所に、司東家の邸宅がある。巨大財閥の総帥一家に相応しい豪邸である。敷地内には、当主一家の住まう館と、次期当主一家の住まう館、成人を済ませた独身の直系の子達が住まう館、来客用のゲストハウスとしての館の四つで構成されている。

 まだ日が燦燦と輝く時間に邸宅に戻った青河は、額に青筋を立てて足早に屋敷内を闊歩していた。屋敷内の奥まった場所、日当たりの良い部屋が目的地。メイドたちが挨拶してくるのを横目に、その場所へと近づくと、華やかな話声が聞こえてきた。美しい装飾が施された扉が目に飛び込んできたと同時に手を伸ばした青河は、ノックもなしに勢いよくドアを蹴破った。

 「と言う訳で、第n回ビバハーレム開設計画っ!」
 「くだんねぇ計画立てんじゃねぇこのクソガキ!」
 「ギャーーーーーー!!!」

  握りこぶしを天に振り上げている華奢な背中に勢いよく怒声を浴びせかける。青河が帰っている事にも気付かない位にヒートアップしていた彼は、その熱が絶頂に差し掛かるままに計画を高らかに叫んでいる最中だったようだ。いるはずもない人物からの口撃に、悲鳴を上げて振り返った。

 「なんで居るんだよ青河!」
 「いちゃ悪いか!ここは俺の家だ!つか、何処かの馬鹿がまた馬鹿な事を考えるから帰って来ざるを得なかったんだよ馬鹿!」
 「バカバカ言うな!馬鹿っていう方が馬鹿なんだ!」
 「ガキかてめぇ!」

 青ざめた顔で絶叫するのは、儚げな雰囲気を醸し出す美貌を持つΩの青年。神が繊細な絵筆で丹精込めて創り上げたかの様な美貌は、ほっそりとした体格も相まって、黙っていれば傾国の美人ともてはやされるだろう。

 黙っていれば。

 「んっとに、ろくな事考えないなてめぇは!せっかくの頭脳が持ち腐れだ!」
 「いいじゃないか俺の頭脳を俺がどう使っても!コレが俺の夢なのだ!」

 怒鳴り合っている内にテンションが上がってきたらしい。ウルウルと瞳を潤ませ、紅色に頬を紅潮させてウットリとした表情をする青年。ここだけ見れば、薄幸の佳人が恋をして舞い上がっているように見える。十人が十人見惚れるであろうし、ともすれば極上の絵画に見えるであろう。しかし、可憐な口が紡ぎ出す、最高学府を主席で卒業した頭脳が弾き出す計画は脱力間違いなし。

 「英雄色を好む!一人の王が多種多様な美人を侍らすハーレムを作り上げる事!これぞロマン!」
 「言うは構わんが実行するな!俺を巻き込むな!」
 「そんな殺生な!何のために俺が番になったと!」
 「少なくともハーレムを作る為ではないわ!」

 この世の終わりと言わんばかりに絶望した顔を見せる青年。それを勢いよく怒鳴り飛ばすと、青河は頭を抱えて崩れ落ちた。



 その後もギャーギャーと喚きたてる青年を睨みつけて黙らせた青河は、ソファに対面で座り直すと腕を組んで背凭れに凭れかかった。空気を読んだメイドが楚々とした動作で紅茶を差し出してくれる。目線で礼を言うと、メイドが微苦笑して頭を下げる。ついでにどことなく同情する視線を向けて。

 「駄目だからな」
 「まだ何も言ってないじゃん。なんならそのメイドを手籠めに」
 「お前が口を開くとろくでもない事しか言わないから黙ってろ」

 その無言のやり取りを見て、一気に黙り込んだ青年が目を輝かせているのを目敏く見つけた青河が切り捨てると、不機嫌そうに唇を尖らせる。不満です、と全身で主張してくる彼を一瞥した青河は額に手を当てて天を仰いだ。ギロリと視線を向けると、何と言わんばかりに首を傾げられる。

 「お前は俺の番である自覚はあるのか、ゆかり
 「そりゃ勿論。ありすぎるくらいにありますとも」

 ふんす、と薄い胸を張って自慢げな番に青河の顔が引きつる。すっと背後に差し出した手に、そっと歪み切った美しいファイルが乗せられる。背後に付き従う譲羽は、頭痛を堪える顔をしている。

 「だったらコレは何だコレは」
 「あ、見てくれた?!どうだったいい子いた?!」
 「じゃかわしい!」

 ダン、と机にファイルを叩きつけると紫の瞳が輝きだす。ファイルの中身は、多種多様な美貌を持った女やΩの写真と情報。一言で言えばお見合い写真である。ワクワク顏の紫を一喝して黙らせると、青河は蟀谷を揉んだ。じっとりと睨み据えると、紫はむぅと唇を突き出した。

 「だってだってだってさ。俺と青河が番になって早十年!未だに誰も愛人なし!おかしいじゃん!」
 「おかしいのはお前だ!なんで番に他の人間薦めやがる!それも運命だぞ!てめぇの頭はどうなってやがるんだ!」
 「全てはハーレムの為に!」
 「そのくだらない野望捨てろ!」

 高校時代に出会った二人。国内トップの高校に首席入学したΩとして当時話題になった紫。二歳年上の為、当時高校三年の青河と偶然出会ってそのまま発情期ヒートに突入。二人は運命の番だった。

 「ったく。初めての発情期ヒートで番になったと思ったら。目覚めて早々、第一声が誰ですか、と来て」
 「だって知らなかったんだもん。自己紹介大切」
 「司東と名乗ったら狂喜乱舞するもんだから、ああこいつもかと思ったらまさかの斜め上」
 「普通は"司東"の名前の権力と財力に食いつくはずですけどねぇ」
 「そんなのどうでもいいもん!大事なのは女とΩが寄ってくるかどうか!」
 「だから要らねぇっての」

 権力に群がる者達に辟易していた青河。運命の番もソレと同じか、と一瞬落胆した。しかし、狂喜乱舞した理由を聞いて撃沈したのだ。何せ、紫の野望はハーレムを作る事。それも、質悪いことに自分ではなく、ハーレムを。

 「一人の絶対的な王様と、それに侍る美貌の女とΩ達!誰もが寵愛を求めて競い合い、それを愛でる逞しい王!世界中の全ての美姫を侍らせずして何とする!これぞαの神髄ドベファ」
 「たった一人の王妃を溺愛するタイプだっての。俺の寵愛が伝わっていないなら仕方ない。直接体に叩き込んでやるから泣いて喜べこのクソガキ」
 「ちょっと?!ちが、そんなんじゃ、いやぁ!」

 ブツリ。頭の何処かで何かが切れる音がした青河。額に青筋を浮かべたまま笑みを浮かべるという実に器用な表情をしている。そのままの勢いで、肩に担がれジタバタと暴れる紫。ついでに悲痛な悲鳴をあげるが、全く聞き入れられない。絵面的には、無体を敷かれる美姫そのものだが、彼に味方する者はここにはいない。寧ろ自業自得だと言わんばかりの視線や、青河に同情的な視線ばかりである。

 「……司東家は世界的にも類を見ない程に番のΩを溺愛して囲い込むαの家系なんですがね」
 「多くのΩを囲うαもいない訳ではないですが……当家では無理ですね。何せたった一人を決めてしまいますから」

 ばたん、と寝室の扉が閉まり紫の悲鳴も聞こえなくなった室内。譲羽とメイドがそんな会話をしていたとかいないとか。

 今日も今日とて、番にハーレムをあてがいたいΩとαの攻防が行われている。
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