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英雄色を好む
英雄色を好む気無し!(前編)
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「英雄色を好む」
英雄は何事にも精力旺盛であるから、女色を好む傾向も強いということ。
故事ことわざ辞典より
――――――
この国には、古き良き財閥体勢が残っている。そして、当然の様に財閥にもランクが存在する。その頂点に君臨するのは、五神家。白虎、青龍、朱雀、玄武、麒麟の神獣を掲げたαの血統である。
彼らの血統は、ほとんどの確立でαの子を産む――正確には種付ける。嫁いできた者がαであろうが、Ωであろうが変わりない。結果として、自由意志に基づく婚姻が多々成立している。極端な話、βを迎える事も支障ないのだ。もっとも、番関係が成立しないために捕まえておくのが面倒、という理由で滅多にない事ではあるが。
さてどうしてこのような話をしていたのか。理由は簡単。五神家の一つ、青龍を紋とする家の長男の話だからだ。
何処の国でもそうだが、首都というのは情報や人が集まりやすく、政治と経済の中心となりやすい。この国でも例にもれず、首都たる東都には数多くの財閥がしのぎを削っている。その東都の中でも、一際大きく美しい建築物があった。青龍を紋に掲げる司東家の所有するビルである。
計算されつくした窓ガラスから差し込む柔らかな光。それを全身に浴びながら、一人の青年が足早に目的地へと向かっていた。その端正な顔は、柔らかな雰囲気と相まって柔和な笑みを浮かべれば、誰もが感嘆するであろう。しかし、今は隠そうにも隠し切れない引きつりが、その美貌を歪めていた。
暫く歩いた先に、目的地が見えた彼は徐々に歩調を緩めた。そして扉の前でピタリと足を止めると、チラリと扉に掲げられた"社長室"の文字を確認した。そして、自分の腕の中に視線を落としてそこに抱えた物を確認し、大きくため息を一つ。ついでに深呼吸も追加すると、細いのにものすごく重く感じる腕をゆっくりと掲げてノックした。
「入れ」
「失礼いたします」
間髪入れずに帰ってきたバリトンボイス。世の女性とΩが聞きほれるであろう美声である。しかし、青年にとっては聞き慣れた物。むしろ、感情が載ってないスタンダードな声な分マシ、と現実逃避するだけの余裕がある。重厚な扉を静かに開けて滑り込むと、中に居た男が視線を向けてきた。
「お疲れ様です社長。本日はお日柄もよく」
「……また何かやらかしやがったなアイツ」
引きつった笑みに、どう考えてもミスマッチな挨拶。腹心の秘書――譲羽の挙動不審な行動に、男は顔を歪めると、クシャリと前髪を握りしめて天を仰いだ。
男の名前は司東青河。司東グループの親会社で社長を務める男であり、現在会長の座についている父の跡を継ぐ、次期当主である。その顔立ちは精悍。きっちりと鍛え上げられた体は、細身ながら筋肉質。手足が長い長身も相まって、スーツが似合ういわゆる細マッチョ。二十も半ばを過ぎて男の色気が立ち上る極上の男である。
若いながらもその手腕を持って会社を導く男の信者は多く、スポーツでもさせれば畑違いにも関わらず超一流。天は二物を与えず、と言うが、色々与えすぎて神様後悔してそう、とげんなりした顔で言い放った者がいたとかいないとか。そんな超人的な男にも、どうしようもない事が一つ存在する。そのどうしようもない事――というかモノに関する事だろう、と既に嫌そうな顔をしているのだ。
「……あはははは。相変わらず察しがよろしいようで」
「御託はいい。今度はなにをやらかしやがった」
「こちらをご覧いただければお分かりになるかと。正直この程度で済んでくれて有難いですね」
差し出されたやけに分厚いファイル。心底嫌そうに手を伸ばした青河だったが、譲羽の余計な一言に固まる。中途半端な体勢で動きを止めた主ににっこりと笑みを向けると、これまた極上の笑みを返される。暫く笑みを向けあって牽制し合っていたが、折れたのは主である青河。さっさと受け取れや、と威圧され渋々受け取る。
「一応俺が主だが」
「存じ上げていますよ?ええ、存じ上げていますとも。幼少時よりお仕えし、何度辞表を提出しようかと思った事か。それくらいにはお仕えしている自覚はありますとも」
「頼むから勘弁してくれ。お前がいないと過労死するわ」
「確かにそれはあるでしょうね。サポートする人を付けようにも、五割が貴方の顔に見惚れて仕事にならず、四割が貴方の威圧に負けて仕事にならず、残った一割は貴方の仕事の厳しさと量についていけず脱落。私だからお付き合い出来ますが、そんな私もそろそろ精神的に来てるかと」
果てしなく失礼な腹心の愚痴はスルーしてファイルを開いた青河が音を立てて固まった。ややあって状況を理解した男。青白い炎が音を立ててその背後に燃え盛り、美しく装丁されたファイルがあり得ない音を立てて皺になっている。それを遠い目で見つめていた譲羽はぼやくように呟いた。
「相変わらず凄い暴走の仕方ですね、奥様。一周回っていっそ天晴と言いたくなってくるというか、寧ろ面白くなってきたというか。これで私を巻き込まないでくれると尚良し、と言うか」
「……何が面白いだ!つか、いい加減にしやがれあのクソガキっ!」
鍛えこまれた腹筋を使っての超怒声。巨大なビルに響き渡り、ガラスがびりびりと震えるのを見た社員はああ、と呟いた。
「今日は仕事がヤバいことになるなぁ」
今頃社長室で修羅の形相になった社長が勢いよく仕事を片付けている事を想像し、げんなりとした表情で仕事にかかる社員。社内にあの怒声が響き渡る時はたいてい社長の妻が暴走した時と相場が決まっている。そして妻の元に行こうとする社長が恐ろしい速度で仕事を仕上げ、そのしわ寄せがくる事も。
「今度は何やらかしたんだろうあの奥様」
「痴話げんかしまくりの熱い家庭と冷え込んだ冷戦中の家庭、どっちがいいのかねぇ」
「どちらにせよ、ウチの総帥一家は相変わらず話題に事欠かないな」
「しかも、大体番に振り回されているというね」
せっせと手を動かしながら総帥一家を生暖かく見守る事。それがこの会社に入社してすぐに教えられる重要事項だったりする。
**********
初めましての方もそうでない方もこんばんは。そうでない方は、お久しぶりです。
ついつい思い浮かんだネタで書いてしまいました。後悔はしていません(遠い目)。
また後編でお会いできれば幸いです。
英雄は何事にも精力旺盛であるから、女色を好む傾向も強いということ。
故事ことわざ辞典より
――――――
この国には、古き良き財閥体勢が残っている。そして、当然の様に財閥にもランクが存在する。その頂点に君臨するのは、五神家。白虎、青龍、朱雀、玄武、麒麟の神獣を掲げたαの血統である。
彼らの血統は、ほとんどの確立でαの子を産む――正確には種付ける。嫁いできた者がαであろうが、Ωであろうが変わりない。結果として、自由意志に基づく婚姻が多々成立している。極端な話、βを迎える事も支障ないのだ。もっとも、番関係が成立しないために捕まえておくのが面倒、という理由で滅多にない事ではあるが。
さてどうしてこのような話をしていたのか。理由は簡単。五神家の一つ、青龍を紋とする家の長男の話だからだ。
何処の国でもそうだが、首都というのは情報や人が集まりやすく、政治と経済の中心となりやすい。この国でも例にもれず、首都たる東都には数多くの財閥がしのぎを削っている。その東都の中でも、一際大きく美しい建築物があった。青龍を紋に掲げる司東家の所有するビルである。
計算されつくした窓ガラスから差し込む柔らかな光。それを全身に浴びながら、一人の青年が足早に目的地へと向かっていた。その端正な顔は、柔らかな雰囲気と相まって柔和な笑みを浮かべれば、誰もが感嘆するであろう。しかし、今は隠そうにも隠し切れない引きつりが、その美貌を歪めていた。
暫く歩いた先に、目的地が見えた彼は徐々に歩調を緩めた。そして扉の前でピタリと足を止めると、チラリと扉に掲げられた"社長室"の文字を確認した。そして、自分の腕の中に視線を落としてそこに抱えた物を確認し、大きくため息を一つ。ついでに深呼吸も追加すると、細いのにものすごく重く感じる腕をゆっくりと掲げてノックした。
「入れ」
「失礼いたします」
間髪入れずに帰ってきたバリトンボイス。世の女性とΩが聞きほれるであろう美声である。しかし、青年にとっては聞き慣れた物。むしろ、感情が載ってないスタンダードな声な分マシ、と現実逃避するだけの余裕がある。重厚な扉を静かに開けて滑り込むと、中に居た男が視線を向けてきた。
「お疲れ様です社長。本日はお日柄もよく」
「……また何かやらかしやがったなアイツ」
引きつった笑みに、どう考えてもミスマッチな挨拶。腹心の秘書――譲羽の挙動不審な行動に、男は顔を歪めると、クシャリと前髪を握りしめて天を仰いだ。
男の名前は司東青河。司東グループの親会社で社長を務める男であり、現在会長の座についている父の跡を継ぐ、次期当主である。その顔立ちは精悍。きっちりと鍛え上げられた体は、細身ながら筋肉質。手足が長い長身も相まって、スーツが似合ういわゆる細マッチョ。二十も半ばを過ぎて男の色気が立ち上る極上の男である。
若いながらもその手腕を持って会社を導く男の信者は多く、スポーツでもさせれば畑違いにも関わらず超一流。天は二物を与えず、と言うが、色々与えすぎて神様後悔してそう、とげんなりした顔で言い放った者がいたとかいないとか。そんな超人的な男にも、どうしようもない事が一つ存在する。そのどうしようもない事――というかモノに関する事だろう、と既に嫌そうな顔をしているのだ。
「……あはははは。相変わらず察しがよろしいようで」
「御託はいい。今度はなにをやらかしやがった」
「こちらをご覧いただければお分かりになるかと。正直この程度で済んでくれて有難いですね」
差し出されたやけに分厚いファイル。心底嫌そうに手を伸ばした青河だったが、譲羽の余計な一言に固まる。中途半端な体勢で動きを止めた主ににっこりと笑みを向けると、これまた極上の笑みを返される。暫く笑みを向けあって牽制し合っていたが、折れたのは主である青河。さっさと受け取れや、と威圧され渋々受け取る。
「一応俺が主だが」
「存じ上げていますよ?ええ、存じ上げていますとも。幼少時よりお仕えし、何度辞表を提出しようかと思った事か。それくらいにはお仕えしている自覚はありますとも」
「頼むから勘弁してくれ。お前がいないと過労死するわ」
「確かにそれはあるでしょうね。サポートする人を付けようにも、五割が貴方の顔に見惚れて仕事にならず、四割が貴方の威圧に負けて仕事にならず、残った一割は貴方の仕事の厳しさと量についていけず脱落。私だからお付き合い出来ますが、そんな私もそろそろ精神的に来てるかと」
果てしなく失礼な腹心の愚痴はスルーしてファイルを開いた青河が音を立てて固まった。ややあって状況を理解した男。青白い炎が音を立ててその背後に燃え盛り、美しく装丁されたファイルがあり得ない音を立てて皺になっている。それを遠い目で見つめていた譲羽はぼやくように呟いた。
「相変わらず凄い暴走の仕方ですね、奥様。一周回っていっそ天晴と言いたくなってくるというか、寧ろ面白くなってきたというか。これで私を巻き込まないでくれると尚良し、と言うか」
「……何が面白いだ!つか、いい加減にしやがれあのクソガキっ!」
鍛えこまれた腹筋を使っての超怒声。巨大なビルに響き渡り、ガラスがびりびりと震えるのを見た社員はああ、と呟いた。
「今日は仕事がヤバいことになるなぁ」
今頃社長室で修羅の形相になった社長が勢いよく仕事を片付けている事を想像し、げんなりとした表情で仕事にかかる社員。社内にあの怒声が響き渡る時はたいてい社長の妻が暴走した時と相場が決まっている。そして妻の元に行こうとする社長が恐ろしい速度で仕事を仕上げ、そのしわ寄せがくる事も。
「今度は何やらかしたんだろうあの奥様」
「痴話げんかしまくりの熱い家庭と冷え込んだ冷戦中の家庭、どっちがいいのかねぇ」
「どちらにせよ、ウチの総帥一家は相変わらず話題に事欠かないな」
「しかも、大体番に振り回されているというね」
せっせと手を動かしながら総帥一家を生暖かく見守る事。それがこの会社に入社してすぐに教えられる重要事項だったりする。
**********
初めましての方もそうでない方もこんばんは。そうでない方は、お久しぶりです。
ついつい思い浮かんだネタで書いてしまいました。後悔はしていません(遠い目)。
また後編でお会いできれば幸いです。
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