道ならぬ恋を

天海みつき

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残夜

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 出る所は出て、引き締まる所は引き締まった、酷く肉感的な美女が、華やかな笑みを浮かべている。彼女の名はサフィール。オールターの幼馴染であり、クーデター時の功績によって公爵に叙された家の長女でもあり、同時に彼女本人も才媛として名を馳せ政に参画する一人。そして……かつてのオールターの婚約者だった。

 サフィールがオールターの婚約者として周囲の者達に噂されたのは、クーデターが終わって暫くしての事。オールターを献身的に支えたサフィールの家に報いる意味も含め、――それ以上に、黒狼に寄り添う彼女の姿を見た皆の誰もが似合いの二人だともてはやした。オールター自身も悪くないと思っていたのか、パーティーなどでは彼女を連れていたし、国を思う聡明な彼女は王妃に相応しいと思わせるだけの器を持っていた。

 国の基盤が完全に出来上がっておらず、周辺国との婚姻を用いた関係作りのカードとする可能性もあった為、結局彼らは結婚していなかった。現に、隣国の王女がオールターの正室の座を狙って動いていたし、その婚姻による恩恵はウーリィ国にとっても大きかった。それでも、結果としてその話は流れた事もあり。そろそろ結婚まで秒読みになってきたのでは、と皆が様子を伺っていたのだ。

 ツェーダンの登場により、混乱が生じる事となったが。




 「冷静に考えれば、まだ早すぎる話なのは確か。それをきっちり諫めてこその忠臣……よね」
 「そっちこそ。あの場で何も発言しなかったのは、どうやって話を収めるか考えてたって所だよね。顔みて分かった」
 「うふふ。お褒めに与り光栄よ」

 冷静に一歩引いたところから議会の様子を見つめ、タイミングを見計らっていたのは見えていた。賛辞に対して賛辞を返したツェーダンはやわりと微笑んだ。クーデターとしての活動をしていた時にも、彼らに混じって男勝りの活躍をしていたサフィール。参謀の一人として活躍していた彼女の能力に疑いようはない。女だてらに議会に参加している事を認められているのも、無理はない。

 そう言えば戻って来て以来ゆっくり話をしていなかった、と思い至ったツェーダン。クーデター時代には、馬が合ったのか、一際仲が良かったのだ。実は、誰よりもオールターの関係について背を押してくれたのも、彼女だったのだ。婚約者として名をはせていた事には、多少思う所はあれど、それでも友として大事な一人だった。だからこそ、口を開きかけ。

 「とは言え。私は貴方の存在を認めないけどね」

 彼女から掛けられる言葉に、凍り付いたのだ。




 「ほぉ?言うじゃねぇか、姉御」
 「イルカの癖にタヌキも真っ青な腹黒オヤジは黙っていて頂戴」
 「オヤジだと!俺はまだそんな年齢じゃねぇ!」
 「相変わらず変態ね。普通、突っ込むのそこかしら?」
 「重ね重ね口の悪い女だなてめぇ!」

 青ざめ立ち竦むツェーダン。その隣から、面白そうな声で割り言ったのはグランだった。早速容赦なく切って捨てられる事に喚き返しつつ、その瞳は油断なくサフィールを見つめていた。本心を見透かさんとするかのようなその眼に、サフィールはクスッと笑って顎を上げる。いっそ傲慢な程に見下した瞳で、その美しい鈴の音の様な声に毒を忍ばせ、嗤う。

 「貴方は納得しているのかしら?……ああ、そう言えば、一芝居売ったのは貴方だったわね」

 だったら仕方ないけれど。そう囁いて、彼女は優雅に口元を持っていた資料で隠す。真っ赤な唇が描く、冷やかな三日月を一瞬だけ垣間見せて。

 「でも、ツェーダンを認めた覚えはないわ。生憎と、私も知っているもの。ツェーダンの裏切りに対し、オールターがどれほど嘆き、悲しんだか。ただでさえギリギリだった彼に、止めを刺した貴方を、私は許さない」

 あれでいて、一応大切な幼馴染だもの。そう言った彼女の瞳には、まぎれもない怒りが浮かんでいて。誰もが――ツェーダン自身も思っておきながら、結局口に出せなかった怒り。それを真っすぐに向けられて、ツェーダンにはうつむく事しか出来なかった。

 「仕方のない事だった?だから何だっていうの?本当に彼を大事にしていたのなら、彼に相談していたのではなくて?」
 「あの状況では、下手したら暴動が起きてたと思うぜ?なにせ、誰も彼もが狂ってた。冷静な奴は誰もおらず、裏切り者がいるという事実だけであっても恐慌が起きた可能性が高い。そのせいで、クーデターが崩壊していたかもしれない。違うか姉御?」

 流石に眉をひそめたグランが口をはさむ。ツェーダンの肩に置いた手にぐっと力を入れ、彼の意識を覚まそうとする。ここまで来て逃がしてたまるか、というグランの想いもある。鷹揚に頷いたサフィールは、しかし、攻撃の手を緩める事はなかった。

 「ええ。分かっているわ。けれど、それが何だというの?それは最悪の想像で、その想像をすることは当時でも出来たはずだわ。それならば、それを避けるために手を考える事も出来た。出来る者がいたと断言できるわ。その道を辿る事が出来れば、誰もが一点の曇りもなく、成功だと言える未来があった。それを邪魔したのは、ツェーダン自身よ。違う?」

 すっと表情を消したサフィールは、ヒールの音を立ててツェーダンに歩み寄る。唇を噛みしめ俯く彼の顎をくいっと上げたかと思うと、冷たい視線で白みつけた。

 「そんな奴が今更戻って来て、何様なのかしら。挙句に、自分の立場も明確にしないまま、政に参画なんて……。ねぇ、そんな中途半端なものを、皆が認めると?国のトップに立つ男の隣に立つ存在なのだと、国を率いる指導者たる王妃として、皆がついていくと?あり得ないわね」

 少なくとも、私は認めない。そう言い切った彼女は、美しく凛とした風情でそこに立っていた。国を動かす重臣の一人として、そして、幼馴染であり元婚約者たる男の幸せを祈る一人の女性として、立っていた。直視するには眩しすぎるその姿に、ツェーダンは震える体を必死に抑え込み、絞り出す。

 「償いを」
 「何に対する償いかしら?国を見だした償い?だったら、別に一人の政務官として参画するので十分なのでは?それとも、オールターに対する償いかしら?どういう償いなのか聞きたくもないけれど、どちらにせよ、これ以上彼を惑わす方が迷惑なのでは無くて?せいぜい、頑張った所で側室にでもなって表に出てこないのが手打ちって所かしらね。その方が誰もが納得するでのはないかしら。貴方が存在する事、それそのものが、私からすれば、突然傷を残して消えたくせに、また突然現れて傷をえぐる、愚かな行為にしか見えないもの。自己満足もいい所よ」

 考えがまとまらず、反論も思いつかない事が、彼女には分っていたのだろう。嘲笑する様に突き付けられ、ツェーダンは目の奥が熱くなるのを感じた。オールターに相応しい、美しくて聡明な人物など、幾らでもいるのだ。そう言い切る彼女は、まさにその筆頭に思えた。オールターが選んだだけの事はある、といっそ感心するほどに。

 青ざめ立ち竦むツェーダンを一瞥し、彼女は優雅に身を翻した。そして、足音高く立ち去っていく。

 「もう一度言うわ。私は貴方をオールターの正室として認めない。貴方を認めて居ない者なんて、認めて居るものの何倍も……いいえ、何十倍もいる事を自覚したらいかがかしら?」

 そんな言葉を残して。
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