道ならぬ恋を

天海みつき

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未来

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 ほの白い月明りの下で、ツェーダンはぼんやりとバルコニーから夜空を見上げていた。煌々と輝く城の明かりの所為で、見える星々はさほど多くない。幼い頃はこれが星空だと思っていて、オールターの元を逃げ出して、どうにか辿り着いたかの農村で満天の星空を初めて見上げた時には感動に息をのんだものだ。

 「リィも星空好きなんだっけ」

 ダンー!とリィの明るい声が耳元に木霊して、ツェーダンの眼がしらが熱くなる。思いださないようにしていても、ふとした時に浮かび上がる愛し子の姿と声。どこまでも色鮮やかなそれが、ツェーダンを追い詰める。

 「ごめんね。結局、君まで巻き込んでしまった」

 零れ落ちる謝罪は、誰にも届く事が無い。ポカリと開いた胸の喪失感を持て余し、ツェーダンは疲れたように微笑した。

 「どこで、間違ったのかな」

 "最初から間違っていたんだ、お前は"。暫く前に退出していったグランの残した厳しい声。真っすぐツェーダンを見つめて糾弾した彼は、強い煌きをその瞳に宿す一方で、何処までも悲し気だった。

 グランとの話し合いは長く続いた。耳伏せて心を閉ざすツェーダンを真っ向から非難した彼は、最後に告げた。

 「お前が秘した事実は、俺たちにとって苦痛でしかない。お前が秘密を抱えた時には、それしか手段がなかったのは俺も認める。正直、話して欲しかった気持ちの方が強いがな。お前たちはよく似ているよ。必要以上に抱え込みたがる阿呆な所がな」

 そう言ってグランはため息をつき、ツェーダンに覚悟と過去の清算を求めたのだ。

 「だが、今は状況が違う。今度は秘匿した事実を白日の下にさらし、罪過を清算する場面だ。一時苦痛が俺たちに降りかかってきたとしても、前に進むために必要な事である事くらい、聡いお前ならきっと理解できるはずだ」

 そう言って、グランは去っていった。彼の求めた事実に続く確信を、口を割らないツェーダンの様子から得て。ツェーダンに与えられた猶予は5日。5日後に主要メンバーを集めて、全てを終わらせるとグランは言った。ツェーダンは目を閉じ、ずるずるとしゃがみ込んだ。

 「前に、進むため、か」

 それはきっとツェーダン自身の事も含んでいるのだろう。己を許す事が出来ないツェーダンもまた、ずっと前に踏み出せていない事を自覚していた。そして、疲弊の果ての裏切りで心を擦り切らしたオールターの様子に心が揺れている事も。

 「あ、はは。リィの事を考えてあげたいのに、結局僕は僕の事しか考えてないや」

 愛し子の弔いに全てを掛けたいのに、その悲しみとともに今頭を占めるのは、これ以上苦しむオールターを見たくないという思い。いや、いっそ全てを清算して罰を受けた方が、真っ新な気持ちで弔いに向き合えるのかもしれない。そう考えて、ツェーダンが体に力を入れようとしたその時だった。

 「……?!」

 突如、ツェーダンの背後に気配が落ちた。ずっと潜伏生活を送ってきたツェーダンは気配に敏感だ。考えるよりも先に体が逃げを打ち、痩身がバルコニーを転がる。ぱっと立ち上がって振り返ると全身黒装束の人影が立っていた。ひしひしと感じる殺気に臍を噛む。

 大声をあげようと思ったが、狭いバルコニーでは距離が近すぎて、口を開いた瞬間に黒装束のナイフがツェーダンの首を掻き切るだろう事がすぐに予想がついた。戦うしかない、と一瞬で腹をくくり、ツェーダンは腰を落とす。簡単な護身術くらいは身に付けている。一瞬でも隙を作れれば、と全身の神経を集中させた時だった。

 「敵は一人と限らないぜ」
 「しまっ!」

 もう一つ気配が背後に現れ、背後への注意が疎かになっていたツェーダンが反応に遅れた瞬間を狙ってその首筋にナイフを振り下ろした。短い呻き声をあげてツェーダンが倒れ伏す。みねうちか、と項に鈍痛を感じつつ、霞む意識を必死に手繰り寄せ動きの鈍い腕を動かす。

 「っ」
 「おっと大人しくしててもらうぜ」

 そう言って男が完全に意識を刈り取る寸前、ツェーダンは腕を扉に叩きつけた。丁度ガラスの部分にあたり、ガラスが割れて大きな音を立てた。直後に意識を失って動かなくなったツェーダンを抱え上げ、男が舌打ちをした瞬間だった。

 「ツェーダン様!」

 何事かとオリーヴンや護衛達が飛び込んできた。不審者二人に担がれたツェーダンを見てオリーヴンが悲鳴を上げ、護衛達が走り出す。しかし、その甲斐なく、男たちはパッと姿をくらましてしまう。

 「!陛下とグラン様に連絡を!城のものを全員たたき起こして、城を閉鎖しろ!逃がすな!」

 護衛の一人が叫び声をあげ、皆が蜘蛛の子を散らすように走り去る。今だ内外に敵が多いこの城では、非常時の対応がどこよりも素早い。しかし、その彼らをもってしても、黒装束の男たちを捕らえる事が出来なかった。

 知らせを受けて駆け付けたオールターとグランが惨状に息をのんだ。即座に我に返り、周囲に怒鳴るように指示を出し始めたグラン。その一方で、まるで状況が理解できないような顔で呆然としていたオールター。そのまま、引き寄せられるかの様にフラフラと窓に歩み寄り、窓を割った時に傷つき流れたのであろう血の跡にそっと触れた。大きな体を冷たいものが支配して、震えだす。

 「さがせ」

 ぱっとオールターが振り向き、恐怖に染められた叫び声をあげた。その悲痛な声に、グランが一瞬口を噤んで振り返り、顔を歪めた。

 「探せ!何としても、ツェルを取り戻せ!手段も何も問わん!」

 その叫び声が、もう俺からツェルを奪わないでくれ、と言っているように聞こえたのはグランだけだっただろうか。いや、他の者も同じように感じたのだろう、悲哀と覚悟の入り混じった表情を浮かべた者たちが己の出来る事を最大限しようと動いている。

 長きに渡る、終わりの始まりだった。
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