道ならぬ恋を

天海みつき

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未来

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 とある大陸に位置する、獣人の生きる国——ウーリィ国。この国ではかつて、欲に塗れて理性を失った獅子が治める国であった。しかし、理性なき獣たちは、酒におぼれ、弱きを踏みにじり、食料を腐らせ、国を疲弊させていった。

 ある時、一人の黒狼の青年が立ち上がった。彼は圧倒的なカリスマにて人々を纏め、その高潔な精神を持って獅子を打倒したのだ。そんな彼の傍に寄り添った一人の白猫がいた。彼は傷つき倒れる仲間を手当てする傍ら、必死に先頭に立ち続ける黒狼を献身的に支えた。しかし、栄えあるクーデター成就の日、それが幻想であると思い知らされた。

 白猫の青年は、本当は白狐であったのだ。そして、血族に言われるまま裏切り行為を働いていた。誰もが驚き、彼を非難した。じゃれ合う二人の幸せそうな顔に、誰もが明るい未来を重ねていた。その期待が大きかったからこそ、怒りは大きく膨れ上がった。

 王となった黒狼は、それ以来滅多に人前に姿を現さなくなった。それだけ傷ついたのだろうと人々は王を想い憂いた。何年たっても王は立ち直る事が出来なかった。何処か暗い空気が、国を覆っていた。






 そんな中の話。突如、王が軍を上げて隣国へと侵攻した。突然の暴挙に人々は驚き、ついに王が狂ったかと最悪の想像した。しかし、その理由が発布されて、更なる驚愕に見舞われた。曰く“奪われた要人を取り戻す”。一体誰が何をされたというのか。動揺しつつも、人々はとある仮説に想いを馳せていた。それは、その頃そこはかとなく流れていた噂に起因する。

 ――唯一処刑されていなかった彼の白狐が王城にいるらしい。
 ――逃げたっていう話だったけど、違うのかい?
 ――それが、最近連れ戻されたって話だぜ?
 ――じゃあ、もしかして、あの聡明な王様がこんな突然の暴挙に至ったのは……。
 ――でも、アイツは裏切り者だろ?
 ――俺はいまでもそれが信じられねぇなぁ。あの二人見てるの好きだったのによぉ。
 ――でもよぉ……。
 ――やっぱり……。

 人々は寄って集まっては、様々に話をした。戸惑う者、嫌悪感を示す者、王の無事を祈る者、——未だ納得できていない空白地の解決を望む者。人々が揺れる間にも事態は動き、オールター王の怒りに触れた隣国はウーリィ国に併合された。急転直下の侵略劇に、次は一体何が起こるのか、何が起こっても驚かないぞ、と人々が微妙な顔で囁き合っていた時。長らくぶりに王が姿を現したのだ。

 敬愛する王が久方ぶりに姿を現すともなれば、騒ぎにならないはずがない。押し合いへし合い群衆が押し掛けた。彼らの見守る中、颯爽と現れた王は、かつてと変わらず凛々しい姿で人々の前に立った。何処かやつれた風情はあるものの、それが返って威厳に深みを持たせていた。何より、かつての力がみなぎっていたという様子から、落ち着いた風情で皆を見下ろす様子に変わっていた。この堂々たる王がいれば自分達は大丈夫だと、少しずつでも前に進んでいるのだと、誰もが根拠なく理解した。

 期待に満ちた皆の視線を受けて王が静かに口を開いた。そして、語られた内容に激震が走った。




 一つ、ツェーダンは裏切り者にあらず。実は二重スパイとして情報戦に貢献し、パワーコントロールを行って勝利に導いた、本来ならば称えられるべき英雄である事。

 二つ、何故ツェーダンが裏切り者として名が挙げられたのか。それは別に裏切り者が存在しており、それが余りに影響力のある人物であった為、当時の荒れた情勢下では公表できなかったため、政治的判断で彼が罪を背負う事となってしまった事。

 三つ、本物の裏切り者はエパテイト出会った事。この件は多数の物的証拠が挙がっており、覆しようのない事実である事。

 四つ、この事に関する罰は下されなければならないものの、エパテイトはここ数年で国に対して大きな貢献をしてきた事も事実。よって、暫くの間、幽閉されているホーテン国前王室の監視の任を与えるものとする。

 五つ、ホーテン国を併合したもののウーリィ国はまだ再建の途にあり、大きすぎる国土を長く治める事は実質的に不可能である。しかし、彼の国の情勢もまた王族の横暴によりよろしくないこともまた事実。よって、暫くはオールター王が預かることとし、しかる後に新たなる王を立て、心あるホーテン国の高官たちと治めさせることとする。

 六つ、ホーテン国の次代の王は、エパテイトとナティーサの間の子とする。教育は相応しい者を選抜する予定である。




 エパテイトの実質的な政界からの追放。そして、ホーテン国王女との婚姻と、それを用いた監視。二人の子をウーリィ国が育て、次代の王にするという事は、実質的な属国化と言っていいが、オールター王は単純に友好国として絆を作る為であり、教育係にはホーテン国の者も登用することでバランスをはかると明言した。すでにその方向性で高官たちと話が進んでいるらしい。

 あまりに多い情報量に民衆がポカンと口を開けている様子が面白かったのだろう。オールター王はクツクツと楽しそうに笑って尻尾を振った。暫く楽しそうに見下ろしていたのだが、側近グランにそれとなく背中をどつかれ、最後に報告がある、と声を張り上げた。

 今度は一体何事かと、どうにでもなれ感を醸し出す彼らに苦笑すると、背後に視線を向けた。そこにソロリと現れたのは、他ならぬ白狐の青年だった。喧騒がピタリとやんで、一体どんな顔を向ければよいのかと戸惑う群衆に、本人も半泣き状態でそわそわと尻尾を振っていた。しかし、シャキッとしろ、とオールター王とグランに視線で刺され、おそるおそる前に出たかと思えば、静かに頭を下げた。

 「長らく騒ぎにしてしまった事、多大なる迷惑と心配をかけてしまった事。それ以上に、皆の敬愛するオールター王に酷く心労を掛けてしまったこと、謝り切れるものではありません。本当に申し訳ありませんでした。もはや何を言ってもいい訳にしかならないでしょう。ですので、私からは一つだけ。もう一度やり直すチャンスを下さい。今度こそ、僕個人の確固たる意志のもと、僕の名前と本来の姿で、この国に貢献したい。それを行動で示し、証明するチャンスが欲しいんです」
 
 謝る事はすれど、言い訳はしない。真摯に言葉を尽くせど、アレコレと並び立てるだけでは済ませない。これからの行動で、判断してくれないか。そんな彼の行動と語る内容は、かつての黒狼の恋人の性格そのままで。ひとり、ふたりと彼を応援する声を上げ始める。ぱっと顔を上げたツェーダンは、大きな瞳を揺らして、静かに泣きじゃくる。その痩身に、そっと大きな体が寄り添う。

 しかし、はやり納得しない者も少なくない。いまさら何をを叫ぶ反対派。すぐに群衆は二つに割れ、大きな騒動となった。予想されていた事といえど、目の当たりにしたことで青ざめるツェーダン。その傍らでじっと民たちを見下ろしていたオールターは、静かに一歩足を踏み出した。そして一言「静まれ!」と一喝する。虚を突かれて静まり返る皆。一瞬即発の空気が漂う中、ざわめきが走った。皆に向けて、オールターはゆっくりと頭を下げたのだ。

 「この件に関しては、俺にも責がある。コイツだけを責める事はしないで欲しい。あの時、コイツが裏切り者だといわれた時、もっとしっかり調べればよかったんだ。そうすればここまでの騒動にならなかった。申し訳なかった」

 英雄王の謝罪に、高まっていた熱気が覚まされていく。居心地悪そうに顔を見合わせた者達から、顔を上げてくれと叫び声が上がる。ややあって顔を上げた王は、凛とした光を宿した瞳で人々を見つめ、これがクーデターの最後となるだろうと訴えた。

 「この事実の清算を持って、本当の意味でクーデターが終わったと言えると俺は思っている。お前たちを振り回してしまった以上の富を持って還元しよう。だから、俺たちにもう一度歩き出す機会が欲しい。間違いを犯さない者など居ない。必要なのは、罪と向き直り、もう一度歩き出す機会だと俺は考えている」

 敬愛する王にそこまで真摯に言われた以上、ここで騒ぐほど恥知らずな者はいなかったようだ。納得できないという顔をしつつも、みなが引き下がっていくことに、二人は頭を下げて感謝した。そして頭を上げると、これで終わりだろう、と解散の合図を待っている人々に向けてオールターはニヤリと悪い笑みを浮かべた。隣のツェーダンは、緊張半分、こんな時に何て顔をという気持ち半分で卒倒しそうになっていたが。

 「さて、これが最後だ。知っての通り、俺は今まで妃を迎えていなかった。後継者も作っていなかった。なにせ、興味が無かったからな」

 王の後継者の不在。それは、人々の間で蔓延る不安の一つだった。今が平穏だからこそ、その平穏が続く証として後継者を望んではいた者の、王にその手の話はなかったと言っていい。ああ、なるほどツェーダンを妃に迎えて子作りでもするつもりか。生暖かい目を思わず王に向けてしまったのも無理はない。だが、事はそれ以上であった。

 「まぁ予想しているだろうが、俺はコイツを妃にするつもりだ。当の本人には全力で却下を食らっているが、まぁおいおい口説く」
 「な、ちょ、ルゥ?!」
 「で、だ。それが暫くかかりそうだし、先に王太子を決めておくことにした。まだ子供だが、よろしく頼む」

 赤くなって挙動不審になる番は放置し、あっさりと衝撃発言をかます。一拍置いた後、絶叫が大地を揺らした。もはや意味が分からないと動揺していたが、連れてこられた王太子の姿を見た瞬間、誰もが納得した。ツェーダンにピッタリ寄り添って慕っているのが分かる愛くるしい表情。そして、特徴的な黒狼の耳と尻尾。顔立ちは言わずもがな。そう言うことか、と苦笑する。

 そして。

 楽しそうにじゃれ合う白狐と黒狼の幼子。その二人を優しい瞳で見つめる黒狼の王。それを見た瞬間に、誰もが思ったのだ。もうこれでいいのでは、と。結局のところ、庶民にとって、王が誰になろうが誰を娶ろうが関係ないのだ。その治世が穏やかで幸せな生活をくれれば。

 その後。皆の願いの通り、オールター王の治世は、大陸随一の平穏と富をもたらした。そこには寄り添うツェーダンの助力も少なくなく、それなりに居た反対派を黙らせるものであったという。もちろん、その跡を継いだリィ――正式名はリーラ・クラスタイル――もまた、偉大なる両親の名を穢す事が無かったと歴史書に描かれる事となる。

 これが、とある国で起きたクーデターの顛末と、翻弄され続けた者達の顛末である。


**********
 これにて完結となります。長らくのお付き合い、本当にありがとうございました。少しでも皆さまの暇潰しのお役に立てていれば、嬉しく思います。

 そして、あいかわらずのグダグダ感満載にも関わらず、暖かいお声がけくださった、seina様、ひかり様、atk_s様。本当にありがとうございました。皆さまの応援のお陰でここまで来れたと言っても過言ではありません。底辺作家にとっては、本当に有難いことです。ちょっとでもご期待に沿えて、お礼が出来ていれば幸いです。

 それでは、またお目に掛かれる日が来ることを楽しみにしております。
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