道ならぬ恋を

天海みつき

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未来

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 エパテイトの告白に、男三人の視線はツェーダンへと向けられた。本当なのかと言わんばかりのその視線に、黙って頷く。

 「彼が僕を殺しに来たってのはすぐに分かった。余りに不自然な動きをしてたし、あの男ならそれくらいの事をしかねないって思ってたから」
 「……で、どうしたんだ」
 「最初はね。それでもいいかなって思ったんだ。これ以上生きている意味もないし、それもまた一興かなって」

 遠い過去を振り返るように虚空を見つめるツェーダン。ふと手が痛いくらいに握られていることに気付き、瞬く。焦点の合った瞳が黒狼を映し出し、その顔が怒りに彩られている事に苦笑した。

 「あの時は僕も疲れてたんだって。今こうして生きてるから許して」
 「……」

 それでも黙って睨みつけてくる男に、半分は自業自得だけど半分は不可抗力だ、と胸中で言い訳するも、声に出す勇気はなかった。話を逸らそうと強引に軌道修正する。

 「えっと話を戻すけど。あの時、敢えて隙を見せるように背を向けようとしたんだけど。急に手足から力が抜けて倒れちゃって。その時どうやら色んなものを引っかけて倒れたらしくって。気付いたらベッドに寝かされてたんだ」
 「そう言えばそんな事あったな。急に騒がしくなったと思ったら、ツェーダンが倒れたって」

 当時王城に居た者達は、ツェーダンに対して複雑な想いを抱えていた者達ばかりだった。よくも敬愛する王を裏切ったなという思いと、寄り添い幸せそうに笑う二人に未来を見出した思いとの板挟みになっていたのだ。そして、エパテイトと二人きりになった次の瞬間に大きな音がしたのを聞いて思わず飛び込んだ者達が居たのだ。そこに倒れ伏すツェーダンと立ち尽くすエパテイトを見て、慌ててツェーダンを寝台に運んだのだという。

 「幸か不幸か、気を失っていたのは短い間で、医者が呼ばれる前だった。誰もいない部屋で、最近貧血気味だし、眠いし、よく立ち眩みするなって思って、ふと恐ろしいことに気付いた。それまでは、それらの症状がオールターとの閨の影響だって思ってたんだけど、それ以上に特徴的な不調があった」

 訥々と語られる過去。特徴的な不調?と訝し気な顔をする朴念仁とは対照的に、心当たりのあった者がため息とともに顔を覆った。

 「なるほどな。食事の際の猛烈な吐き気。だろう?」
 「?……!」

 そこまでヒントを与えられて、朴念仁二人も気付いたらしい。一気に顔が強張り、青ざめていく。そう、正解、と小さく呟いたツェーダンは、白い掛布の上からそっと下腹部に触れる。その仕草が示す意味は。

 「怪我人の手当をするために覚えた医学と薬学の知識。それがあったからすぐに察しがついた。僕の中に命がある可能性に」
 「お、い。まさか」

 ようやく零れ落ちた声は、酷く固くて。最早土気色と言ってもいい顔色の黒狼を見上げて、ツェーダンは微笑んだ。

 「僕は死んで終わりにするつもりだった。でも、リィが僕の元に来てくれた。それに気づいて、僕は逃げる事にしたんだ。例え、この子が望まれていな子であったとしても、この子に罪はなくとも僕の子であるという事だけで罪となったとしても、それでも僕はこの子を産もうと思った。誰に認められなかったとしても、この子は貴方がくれた命だから。ただ生きているというだけで、貴方と過ごした時間の証明となのだから」

 生まれいでた命は、オールターそっくりの黒狼だった。嬉しかった。水晶を意味するオールターの姓にあやかって、“紫水晶”を意味する、リーラ・クラスタイルと名付けた。そして、少しでも多く父とのつながりが欲しくて、己だけが呼ぶ“ルゥ”という愛称に似せた“リィ”という愛称で呼んだのだ。

 本当は犬と偽るのも、美しい黒を斑に染めるのも嫌だった。それでも、リィを守る為に、そして、罪びとたる自分を忘れて幸せに向かっているだろうと信じ込んでいたオールターの為にもしなければならないのだ、と己に言い聞かせ続けた。

 「な、ら。俺は、なんて、事を……!」

 血を吐くように呻くオールター。嫉妬に駆られ奪った小さな命。その事実だけでも押しつぶされそうになるのに、その正体が己の子であったとは。慈しむ対象であるはずの我が子を己の手で握りつぶした事実が、襲い来る。

 「貴方は悪くない。僕が、最初から言えばよかったんだ。例え信じてくれなくとも、誰に認められなくとも。貴方の子がいるのだと告げて、僕たちの関係を見直すべきだった。それが別れに繋がろうとも。そして、その後万が一にも誰かにリィが狙われる様なら、その時逃げればよかった。本当にごめんなさい。貴方の子を守れなくて。……誰よりも優しい貴方に、残酷な仕打ちをさせて、ごめんなさい」

 誤って済む事ではないけれど。そう呟いて、ツェーダンは小さく体を丸める。ごめんなさい、と壊れた玩具のように呟き続け、啜り泣く。呆然とその様子を見つめていたオールター。徐々に内容が頭に染み入って来て、項垂れる。そして、静かに手を伸ばし、そっと小さな頭に触れる。大きな耳ごとかき混ぜるようにして撫でると、益々泣き声が大きくなった。

 「謝るな。お前に責がないとは言えないが、それでも、俺のしたことは確かな事だ。俺にも、お前の抱える痛みと罪を背負わせてくれないか」

 それが俺の罪。そして、それが番だろう?その大きな手が震えている事に、ツェーダンは気付いていた。本当は言わない方がいいのではないかとも思った。でも、それは先延ばしにするという行為に他ならない。何より、リィを思うならば、この事もまた包み隠さず告げて二人で悼みたい。そう思ったのだ。例えそれが自己満足であったとしても。

 二人のすれ違いによる代償はあまりに大きく。一組の番が流す涙は、痛みと悲しみに満ちていた。
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