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未来
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「……なんのこと?」
「それをお前が言うのか?まぁ、お約束な台詞だって事で流してやるが」
力なく呟いたエパテイト。言葉とは裏腹に最早疲れ切り誤魔化すつもりもないその様子に、オールターは苦笑した。ゆったりした動作で身を翻し、ツェーダンの方へ向き直る。そっとその細い指に己のそれを絡め、目を細めた。
「俺はな、エパテイト。散々遠回りしてきた。闘いが長すぎて相当参ってたなんていい訳にもならないが、かなり荒れてた自覚も今ならあるし、コイツにも相当きつく当たった自覚もある。で、散々グランに説教喰らって、一度は取り戻したはずのツェルをまた失って。やっと自分はいったい何をしてたんだって目が覚めた。それだけのショックがなければ正気に戻れないなんて、相当なアホだと自分で思う」
狼にとっての最大の絶望は、唯一の番を失う事。それは子供でも知っている話。だからこそ、狼は番を守るために、そしてそこから派生して群れを守る為に命を懸けるのだ。
ツェーダンを失うかもしれない、という恐怖はそれだけの威力を持ってオールターを襲い、それによって一度全ての雑念が吹き飛んだ。それが皮肉にも自分を正気に戻したのだ、と狼は語る。
「目が覚めたような心地がした後、真っ先に思ったのはやっぱりツェルが俺の番である事。そして、俺もコイツも言葉が足りなかったし、意地を張りすぎたって事だ。今だから出来る話がしたい、そう心から思った。その為に連れ戻そうってな」
俺たちも若かった、というか年を取ったって事だな。そう言ってからりと笑ったオールターの顔に憂いはない。それがエパテイトには眩しくて、そっと目を閉じた。
「で、最初から考えた。真っ先に頭に浮かんだのは、どうしてここまで鮮やかにツェルが連れ出されたのかという事。コイツが自分からついていったのならまだ分かる。だが、オリーヴンの証言から、寧ろ抵抗しようとしていたのが分かっていた。ならどうしてか?単純に考えれば手引きしたヤツが城内に居たって事になる」
じっと視線を番に注ぎながら、淡々と推論を述べていく。全ての感情を排除した静かな声で。
「ツェルが俺の前に連れてこられて、もう一度手に入れたと思った時。俺はコイツの周りを相当固い守りで囲った。信頼できる者しか傍に置かず、情報も最低限に絞った。その時点で、容疑者はごく少数に絞られる。その上で、もっとも他国との繋がりが深いのは、お前だ」
なのせ、他ならぬ俺がお前を大使に任命したのだから。そう言ってさっと尻尾を振った。ようよう目を開けたエパテイトが、ふっと肩の力を抜いて困ったように笑った。
「この人に近寄れて、他国に対して最も疑われずに接触できる。うん、僕が容疑者第一候補になるよね」
「ああ。で、そう考えた時、ふと思ったんだ。かつて裏切り者の騒動が起きた時、ツェルが真っ先に自供して罪を背負った。だが、コイツがそこまでする理由ってなんだったんだろうってな。その気になれば、頭の切れるツェルならその場を凌ぐことも出来たはずじゃないのか?場合によっては俺よりも冷酷になれるグランが、どうしてその身をかけてまでツェルを庇い続けた?そもそも、地位も権力も、金すら興味を持たず、安物の腕輪一つに泣くほど感動するコイツが、負傷者を見て泣きそうな顔で必死に手当てをしていたコイツが、なぜスパイなんてやってたのか?」
思えば違和感なんてありすぎてどうしようもないくらいだ。オールターは自嘲するように呟いた。
「こんな単純な疑問にも気付かないなんて、という反省は後にするとして。それらをもう一度見返した時、一番しっくりくる回答が思い浮かんだ。何だと思う?」
背を向けたままの兄に問いかけられ、エパテイトがふわりと微笑んだ。
「誰かを庇っていた。それこそ、その人だと兄さんに知られたら相当ショックを受けるであろう人物。――僕のような」
まるで長年背負った重荷をおろしたかのように。
「それをお前が言うのか?まぁ、お約束な台詞だって事で流してやるが」
力なく呟いたエパテイト。言葉とは裏腹に最早疲れ切り誤魔化すつもりもないその様子に、オールターは苦笑した。ゆったりした動作で身を翻し、ツェーダンの方へ向き直る。そっとその細い指に己のそれを絡め、目を細めた。
「俺はな、エパテイト。散々遠回りしてきた。闘いが長すぎて相当参ってたなんていい訳にもならないが、かなり荒れてた自覚も今ならあるし、コイツにも相当きつく当たった自覚もある。で、散々グランに説教喰らって、一度は取り戻したはずのツェルをまた失って。やっと自分はいったい何をしてたんだって目が覚めた。それだけのショックがなければ正気に戻れないなんて、相当なアホだと自分で思う」
狼にとっての最大の絶望は、唯一の番を失う事。それは子供でも知っている話。だからこそ、狼は番を守るために、そしてそこから派生して群れを守る為に命を懸けるのだ。
ツェーダンを失うかもしれない、という恐怖はそれだけの威力を持ってオールターを襲い、それによって一度全ての雑念が吹き飛んだ。それが皮肉にも自分を正気に戻したのだ、と狼は語る。
「目が覚めたような心地がした後、真っ先に思ったのはやっぱりツェルが俺の番である事。そして、俺もコイツも言葉が足りなかったし、意地を張りすぎたって事だ。今だから出来る話がしたい、そう心から思った。その為に連れ戻そうってな」
俺たちも若かった、というか年を取ったって事だな。そう言ってからりと笑ったオールターの顔に憂いはない。それがエパテイトには眩しくて、そっと目を閉じた。
「で、最初から考えた。真っ先に頭に浮かんだのは、どうしてここまで鮮やかにツェルが連れ出されたのかという事。コイツが自分からついていったのならまだ分かる。だが、オリーヴンの証言から、寧ろ抵抗しようとしていたのが分かっていた。ならどうしてか?単純に考えれば手引きしたヤツが城内に居たって事になる」
じっと視線を番に注ぎながら、淡々と推論を述べていく。全ての感情を排除した静かな声で。
「ツェルが俺の前に連れてこられて、もう一度手に入れたと思った時。俺はコイツの周りを相当固い守りで囲った。信頼できる者しか傍に置かず、情報も最低限に絞った。その時点で、容疑者はごく少数に絞られる。その上で、もっとも他国との繋がりが深いのは、お前だ」
なのせ、他ならぬ俺がお前を大使に任命したのだから。そう言ってさっと尻尾を振った。ようよう目を開けたエパテイトが、ふっと肩の力を抜いて困ったように笑った。
「この人に近寄れて、他国に対して最も疑われずに接触できる。うん、僕が容疑者第一候補になるよね」
「ああ。で、そう考えた時、ふと思ったんだ。かつて裏切り者の騒動が起きた時、ツェルが真っ先に自供して罪を背負った。だが、コイツがそこまでする理由ってなんだったんだろうってな。その気になれば、頭の切れるツェルならその場を凌ぐことも出来たはずじゃないのか?場合によっては俺よりも冷酷になれるグランが、どうしてその身をかけてまでツェルを庇い続けた?そもそも、地位も権力も、金すら興味を持たず、安物の腕輪一つに泣くほど感動するコイツが、負傷者を見て泣きそうな顔で必死に手当てをしていたコイツが、なぜスパイなんてやってたのか?」
思えば違和感なんてありすぎてどうしようもないくらいだ。オールターは自嘲するように呟いた。
「こんな単純な疑問にも気付かないなんて、という反省は後にするとして。それらをもう一度見返した時、一番しっくりくる回答が思い浮かんだ。何だと思う?」
背を向けたままの兄に問いかけられ、エパテイトがふわりと微笑んだ。
「誰かを庇っていた。それこそ、その人だと兄さんに知られたら相当ショックを受けるであろう人物。――僕のような」
まるで長年背負った重荷をおろしたかのように。
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