道ならぬ恋を

天海みつき

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未来

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 これ以上となく取り乱し、その事実を明かさないでくれ、と泣き喚くかと思われたツェーダンだったが、そうとはならなかった。どうだ?とばかりにいやらしい笑みとともに顔を覗き込んでくる王女を見返し、そっと瞳を閉じた。急に大人しくなり、落ち着いた様子を見せる彼を前に、ナティーサは首を傾げた。

 「何じゃ。よもや絶望的な状況に心でも壊れたか」

 まるでお気に入りの玩具が壊れたかの様な顔で、つまらなさそうに扇をツェーダンの顎から外す。可憐に唇を尖らせて、さて、これからどうするかと思考を飛ばしたその時だった。

 「心が壊れたか、と言われれば、この程度でどうにかなるほど平坦な道は歩んでおりませんし、とっくに壊れていると答える事出来ますので」
 「なんじゃと?」

 凪いだ声が女の思考を遮り、ナティーサは眉をひそめた。不愉快そうに華奢な青年の頭を見下ろすと、ゆるりとその白い頭が動いた。ピクリと大きく耳を揺らした彼は、静かに女を見返していた。その瞳は、様Zぁ眞な感情が渦巻きながらも、湖面の様に凪いでいた。

 「そこまでして、貴女は一体何がしたかったのですか?」
 「ほう?」

 ばさりと扇を広げて口元を優雅に隠すナティーサ。先程までの高揚感は去り、どこまでも見透かす様な冷やかな瞳が、気に障る。

 「決まっておろう。彼の英雄王が欲しかった故じゃ」
 「何故に?」
 「聞くまでもなかろうて。あの王程妾の横に立つにふさわしい男はおらぬ。強く美しく、気高い。その上持ってきて、最近では飛ぶ鳥を落とす勢いのウーリィ国の王ともなれば、欲しがらぬ者などおるまい!それだけじゃ!」

 それはまるでアクセサリーを欲しがる我が儘な女。確かに、オールターの隣に並べば、十人が十人、羨望のため息をつくだろう。ウーリィ国の王妃ともなれば、誰よりも贅を尽くした暮らしができるであろう。女には、その光景しか見えていないのだ。ウットリとした表情で夢想している女を前に、ツェーダンの瞳が怒りに燃える。

 弱みに付け込み、人の人生を狂わせ、好き勝手に甚振ったかと思えば、その先に求めたのは、栄華に他ならない。己の事しか省みないその所業が気に食わない。それ以上に、オールターを、誰よりも苦しみ、悩み、それでも必死に多くを守ろうとする彼を、まるでアクセサリーの様に扱う様が許せなかった。

 「彼は、ずっと苦しんでたんだ。ずっと一人で戦ってたんだ。そんな状況に追い込んだ僕が言えた義理ではないけど……それでも、それでもこれ以上彼を巻き込んでくれるな!これ以上彼は苦しむ必要なんてない!」

 全ての痛みは自分が背負うから、幸せになってくれ。なんの解決にもならない、独りよがりの自己満足。でも、本当は逃げたかっただけなのだ。彼に、軽蔑と嫌悪の目で見られたくなくて、逃げた。自分から嫌われに行った方が、気が楽で。自分だけを守ろうとしたその誤った道が、かかわった者達全員の安息を奪った。その事に、ようやく気付けたのだ。他の者も似たようなものだ。そして、目を逸らし続けた。その代償をオールターだけが背負っている事に気付きつつも。誰もかれもが、青臭い正義感と悲劇に酔っていた。それが誤りだと気付かずに。

 だからこそ、今度は間違えるわけにはいかない。今度こそ、幸せとまではいかずとも、全員が納得する解決を。それを、こんな自分勝手に邪魔されるわけにはいかないのだ。

 「貴女の好きにさせるものか!断じて認めない!彼は彼の幸せとなる道を、彼自身で選ぶ!その強さを彼は持っている!オールターが貴女ごとき低俗な者を選ぶものか!」

 苦しい息の下で、心の内から叫ぶ。心のままに叫んで、やはり自分はオールターを誰よりも信じているのだと自覚する。今は自分が歪めてしまった運命の所為で立ち止まってしまっただけだと。一目で魅了された、彼本来の強さを信じて、本当の事を告げるべきだったと、今では心からそう思える。今からでも遅くない。例えその先にあるのが、自分ではない誰かが彼に寄り添う未来であっても。

 我を忘れた取り乱し方ではなく、強い意思に基づく叫びに、ナティーサがカッと頬を染めて手を振りかぶる。乾いた音とともに、ツェーダンの頬が熱を持つ。

 「黙れ!薄汚い狐風情が!」
 「何とでも言え!汚らわしい雌豹如きに踏み荒らされるぐらいなら、なんだってやってやる!これ以上、僕たちをかき乱すな!」

 敵陣でたった一人。なんの力も持たない華奢な狐が、その穏やかな気質に反して闘いに挑む。全ては、己の罪と、愛する者達の為に。
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