道ならぬ恋を

天海みつき

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過去

9 何も言わない麗人が、己の全てを掛けて愛したのは

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 朝起きて驚愕してしまいました。

 初めましての方もそうでない方も、こんばんは。何気なく上げた他作品をきっかけに、この物語まで読んでいただけていたようで嬉しいです。話の展開が遅いのはデフォルトなので、気長にお付き合いいただけると幸いです……。
**********

 エパテイトが退出した後。ツェーダンはソファにくったりもたれかかり、静かに目を閉じた。幾つもの再会劇の最中は考えずに済んだ事が、じわりじわりと浮かんでくる。

 「リィ……」

 ぎゅっと己の体を抱きしめ、襲い来る哀傷を必死に受け止める。広い部屋にたった一人。昔を考えれば、その程度の事、何時もの事だと言える。それでも、小さな愛し子と過ごした日々は、孤独の痛みを強く感じさせた。日が落ちて、闇色を濃くする部屋に、ツェーダンは経った一人で蹲っていた。

 その時。

 ゆらりと背後に気配が生じて。ツェーダンの大きな狐耳がピクリと揺れた。

 突如として部屋に光が溢れた。闇になれた目が痛みを主張し、ツェーダンは思わず目元を覆った。ややあって目が慣れた事を確認し、振り返るとオールターがそこに立っていた。その表情は虚ろで、瞳は光を宿していない。激情すらもどこかへ置いてきたかの様子に、ツェーダンは尻尾をさっと振って苦く笑った。

 「僕を探し出した。ここに閉じ込めた。あの子を殺した。ねぇ、まだ足りない?これ以上、何をしろと?何をすれば許されるの?」

 諦観に満ちた声。まるで許してほしいと言っているかのような、そんなセリフ。嘆願ともとれるそれを、ツェーダンは零していた。正気の彼であれば、口が裂けても言わなかったであろう台詞は、それ程に彼が追い詰められている事を示していた。疲弊した心は悲鳴を上げ、しかし、それ以上に傷ついた心はその悲鳴に気付かなかった。

 「エパテイトが来たらしいな」
 「……それが?」
 「相変わらず俺の弟がお気に入りらしい。そんなに男が欲しいか、この淫乱め」
 唾棄するかの様にはき捨てられ、ようやくツェーダンは男の台詞を理解した。わずかもツェーダンを信じることなく、軽蔑するかのような瞳をしている彼を前に、ツェーダンは愕然とした。冷えていく体が、思いだしたくもない記憶を突き付ける。

―――――――――

 クーデタが集結し、ツェーダンの正体が知れて暫く経った頃。一つの噂が広まった。エパテイトとツェーダンが密会を重ねているという噂だ。もっと言うのならば、デキているという噂。

 その噂は、耳にしたオールターを激しい嫉妬に駆り立てた。何度もツェーダンの元に通っては、何をしていた何を話したと問い詰め詰ったなじった

 それでも噂を否定せず、むしろエパテイトが通ってきている事を認めたツェーダン。噂は広がり、やがてツェーダンは黒狼兄弟を揃って手玉に取ったという話まで膨れ上がった。一部では以前から体を重ねていたのでは、という話まで出た始末。その話が広まり切った頃。ツェーダンは突如として姿を消したのだ。

――――――――――

 何時ものツェーダンであれば、薄っすら笑って、さぁどうだと思う?と聞いていただろう。もしかしたら、更に煽っていたかも知れない。何を差し置いても隠したい秘密の為に。しかし、今のツェーダンにはそこまでの余裕がなかった。

 ただただ、オールターが自分の言い分を全く聞く事なくツェーダンを悪だと断定したという事実のみがツェーダンの頭を支配し。ヒビだらけの心に、致命傷を与えた。

 「……じゃなかった」
 「ああ?」
 「そ、んな人じゃなかった!君は、君はいつも公平で!人の話を誰よりも聞いて、それで!」

 絶叫して憎悪にもにた強さでオールターを睨みつける。しかし、オールターはひるまなかった。むしろ、そこまでツェーダンが感情をあらわにしたことを喜ぶように、一瞬目を輝かせた。

 「だから?いつもと同じだろう?皆が言っていた。エパテイトがお前の部屋を尋ねた、お前は人払いして話とやらをしていた。事実だろう?」
 「違う!そうじゃなくて、どうして僕の話を聞いてくれない!何をしていたのだ、と、どうして!」
 「だったら聞くが、お前は話す気があるのか?」

 うっそりと笑みを浮かべて訪ねてくるオールター。その問いに、ツェーダンはようやく我に返って青ざめた。ほら見た事か、とオールターが鼻で笑い、歪に歪む口元に笑みを刻んだ。

 「お前は俺が話を聞かなくなったといった。ではお前はどうだ?聞こうとする俺に、お前は何をした?何も話さず、拒絶し、あまつさえ逃げたのは?俺は聞いたぞ。何があった、どうしてお前が、何故何故何故何故何故、と!」

 話してくれなかったのは、お前だ。今にも泣きそうな顔で告げられて。ツェーダンは目を伏せる。独りよがりは独りよがりでしかなかった。ならばあの時どうしたらよかったのか、と振り返るも、あの時出した結論以外に道を見つける事が出来なかった。

 ツェーダンの滑らかな頬に、涙が一筋伝う。それを一瞥して、オールターは黙って踵を返して出て行った。鋭い言葉ナイフを投げ捨てて。

 「あのガキ。噂通りにエパテイトの子だったりしてな」

 そう考えれば、時系列的にも合うだろう?とオールターは笑って言って出て行った。確かに、ツェーダンが姿を消したのは、エパテイトとの噂が広まり切ったその時だった。口傘の無い者達が広めたソレを、オールター自身が口にして。己もツェーダンも傷つける。

 口をつぐみ続けるツェーダンの抱える秘密は、あまりにも多すぎた。すでにツェーダン独りで抱えられる量を遥かに凌駕するほどに。
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