道ならぬ恋を

天海みつき

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過去

6' 晒された事実と、憎悪へと成り果てた深い愛情

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 少々分かりにくいかな、と過去の話のサブタイトルには'ダッシュマークをつけることにしました。
 よろしければ、ちょっとした目安にしてください。
**********


 革命の日。

 双方に多数の死者を出す大規模な戦争が行われた。

 三日三晩の攻防戦、街の人も血に塗れ炎に焼かれた。その犠牲を無駄にせんと突き進んだ黒狼は、ついに側近たちとともに王の間に辿り着いた。綿密な下調べと作戦によって取り逃がしを防いでいたため、そこには震える体を悟られまいと胸を張る巨体の獅子獣人の王を筆頭にその一族と奸臣たちが集っていた。疾うに失った権力を笠に喚き散らす彼らを取り押さえ一息ついた時だった。

 「スパイの色仕掛けに引っかかるような愚鈍が無礼な!儂らを捉えるならば、彼奴を先に捉えるがよい!」

 憎悪に満ちた呪詛が王の間に響き渡った。誰もが凍り付いた空間で、黒狼は嫌な汗が背を伝うのを感じた。聞くな、聞いてはならないと頭の中で誰かが叫んでいた。そんな彼の顔は色を失っていたのだろう。その青ざめ凍り付いた表情を見た奸臣の筆頭たる男は、嘲笑した。

 「……なにが、言いたい」
 「これは傑作!愚民どもが持ちあげるからどれほどの男かと思えば、愛人の裏切りにも気付いていなかったとは!」
 「なっ!黙れっ!何を言いだすかと思えば、貴様!」
 「ツェーダンは儂の子だ!」


 かき鳴らされる警報に従うままにその男の口を閉じようとした黒狼。しかし、既に手遅れだった。高らかに嗤う男が口にしたのは最悪の事実。誰もが嘘だと胸の中で叫び、男の姿を見て頭でそれが真実だと理解していた。

 男は狐獣人だった。



 獣人たちは、元になった獣の特徴を有している。熊獣人ならば巨体とそれに見合う剛腕。イルカの獣人ならば右に並ぶ者のいない知性。狼獣人の他を隔絶したカリスマ性。そして、狐獣人は他人を化かす事に無類の才能を持ち合わせていた。平均的には化粧による他人の印象操作だが、稀にその姿を変える事も可能な者が生まれる事もあったという。

 「おとぎ話の中のお話だと思われる事が多いけど、本当の事なんだ」

 そういって微笑んだのは黒狼の恋人――猫獣人だと思っていた青年だった。なりふり構わず拠点に戻った彼が見たのは、白銀のキツネ耳と木の葉型のふさふさした尻尾を持つ美貌の青年だった。

 「狐、だったのか」
 「そう。僕は偶然にも耳と尻尾の形を変えられる……正確には他人に誤認させることが出来る能力を持って生まれたんだ。そして当主に、父に命じられた。猫に擬態してスパイをしろって」
 「嘘だ!そんな事っ!」
 「……鈍いね。だから騙されるんだよ」

 月の光に照らされて、俯いた彼の表情は見えなかった。しかし、ゆっくりと上がったその顔は、逆光にも関わらず辛うじてその口元だけが見えたその顔には、黒狼を嘲笑う笑みが刻まれていた。

 「滑稽だね。英雄は実はスパイの存在にも気付かず情報を与えていた裏切り者で、あまつさえ愛人にして囲っていたなんて。ここまで愚かな奴なんていないんじゃない?」
 「やめろっ!お前は俺のっ」
 「恋人?冗談じゃない。お前に触られる度に、怖気が走ってたっての」

 吐き捨てられたその言葉は、冷たくて。黒狼の心が引き裂かれ血を吹き出していった。それでも嘘だと青年を信じようとする黒狼に、縋り付く黒狼に青年は低く嗤って見えないナイフを振り下ろした。

 「愛してるなんて、嘘に決まってるでしょ。こんな見え見えなハニトラに引っかかるなんて笑えるね」

 黒狼の心は音を立てて崩れ落ちた。

 黒狼の嘆きと憎しみの咆哮が拠点に響き渡り、何事かと集まってきたメンバーと後を追いかけてきた側近の目に映ったのはぐったりとした華奢な青年に馬乗りになって首を絞めていた黒狼の姿だった。

 無表情に涙を流す黒狼が無心になって首を絞めるその姿は異様そのもので、引き剥がすのには数人がかりだった。暴れる黒狼を引きはがして宥めたころには何人もの獣人がぐったりと倒れ伏し、狐獣人の青年も意識を失ってピクリとも動かなかった。

 冷たい一瞥を白狐に向けた黒狼は、冷やかに側近に命じた。

 「を閉じ込めておけ。スパイで俺に色仕掛けをしに来たというならば、せいぜい可愛がってやろう」

 怒り狂う黒狼に逆らえる者はだれもおらず。結局白狐は軟禁され、昼夜を問わず黒狼に甚振られるようになった。連日軟禁された場所からは悲鳴にも嬌声にも聞こえる声が連日漏れ聞こえるようになったのだ。




 白狐の青年が軟禁部屋から姿を消すその時まで。
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