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過去
4 交わる愛しい体と、交わらない憎しみの心
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暖かい何かに包まれている。しかも、良い香りがして、心地よい。ツェーダンはすりすりと自分を包み込む何かにすり寄った。モゾリと動くソレが僅かに離れたのを疎い、呻きながらしがみ付いた。すると、クツクツという低い笑い声が音と振動で伝わって来て、ぼんやりと意識を浮上させるきっかけとなった。
目を覚まして最初に目に入ったのは、視界一杯に広がった黒い色。状況が飲み込めず反応鈍くソレを手で触っていると、冷やかな声が降ってきた。
「起きたのか?ツェル」
「っ?!」
誰よりもよく知る低い声に一気に覚醒する。その声で、その愛称を呼ぶのはたった一人しかいない。反射的に熱い胸板に手を当ててぐっと力を入れて体を引きはがす。逆らわずにツェーダンを包み込んでいた何か――オールターは少し離れ、酷薄な嘲笑を向けた。ざっと血の気が引く音が聞こえた気がした。
「ルゥ……!」
「クッ。その呼ばれ方をするのは何年振りか」
ツェーダンだけが呼ぶオールターの愛称に、笑みを深めるオールター。しかし、対面するツェーダンの顔は益々強張る。それだけの狂気に満ちた圧力をオールターの笑みは持っていた。その瞳に宿る、狂おしい程の熱量に胸が高揚し、同時に同じくらいの大きさの憎悪の色に心が悲鳴を上げる。矛盾した心の動きに引きずられ、ツェーダンは再び意識を薄れさせていった。
「ああ、ツェル、俺のツェーダン。ようやく戻って来た、俺だけのツェル……!」
うわ言の様な囁きを大きな狐の耳に受けながら。どうしてこうなったのか、そればかりを考えていた。
――――――――――
時を少し遡る。グランに首を絞められ落とされたツェーダンは、馬車の中で意識を取り戻した。何時もと違う状況に一瞬呆然としたツェーダンだったが、眼前から声をかけられ我に返った。
「よぉ。気分はどうよ」
「!……お陰様で最悪」
ニヤニヤとした笑みを絶やさないグランを睨みつけ、ツェーダンは身構えた。尻尾の毛が勢いよく逆立つのが分かった。その際、犬に擬態していた変装が解けている事に気付き、舌打ちする。ついでに皮肉を返して頭を動かし始め、すぐに青ざめた。
「リィは?!」
「安心しな。こっちで預かってるって言ったろ?危害は加えない。何処かの誰かの逃亡防止だ」
「何処にいるっていうの?!」
「落ち着けって。信用できるヤツに託して別ルートで王都に向かっているだけだ」
そうすればお前は俺たちのいう事を聞かざるを得ないだろう?凄絶な笑みを向けられ、ツェーダンは唇を噛みしめた。鉄の味が口の中に広がる。迂闊だった、と己を呪うがそれどころではない。苦々し気にグランを睨みつけると、くっと顎を引いた。
「これからどうするつもり?」
「聞かなくてもわかるだろう?大きく二つ。一つはオールターの元にお前を連れて行く。もう一つはお前から色々と聞き出す事」
「……リィに会わせてくれない限り、僕は何もしゃべらない」
「ったく。面倒な取引してくれるぜ」
今度はグランが苦々し気な顔をした。こんな時のツェーダンはまず意見を翻さない。さりとて、下手にリィと合わせれば、そのまま姿を晦ますであろう。それくらいの知恵に度胸を持っている男だ。ふむ、と顎をさする。
「だが、却下だ。当たり前だがな」
「っ」
さくっと結論を下すと、ツェーダンは分かっていたかの様に俯いた。当然だ。グランにとっての勝利条件は、ツェーダンを何としてでもオールターの元へと連れて行くこと。その後に取り調べをすることも難しいが不可能ではない。一方で、ツェーダンの勝利条件は、王都につく前にリィを連れて逃げる事。時間との勝負となる。
圧倒的にツェーダンが不利で、グランからすれば引き離し続ける事が最適解なのだ。
「ああ、リィを置いて逃げようなんて考えんなよ?捨てられたと泣き喚くガキの面倒何て見きれないし、どこの胤ともはっきりしてないもんな?」
「!僕の事は何と言おうとも構わないが、あの子を貶めるな!」
一瞬よぎった考えを看破され、ツェーダンは顔を歪める。グランはリィの事を傷つけられないという確証がツェーダンにはあった。その上、ツェーダンとしても、リィが王都に向かう事は感情で嘆いても、理性でその方が良いとも考えていた。しかし、それ以上に聞き捨てならない言葉に激昂する。その様を面白そうに見つめるグランの瞳に遭遇して口をつぐんだが。
「あの冷静で、何時も微笑んでいたダンとは思えないな。この程度の挑発で釣れるとは」
「……黙れ。お前には関係ない」
「関係ない?そんなはずはないだろう?」
目を閉じ、顔を背けて口をつぐんだツェーダン。その横顔に、グランは嘲笑を向けた。ぐっとその細い顎を掴み、無理やり視線を合わせようとする。頑なに目を開かないツェーダンに冷ややかな声を掛ける。
「責任はとってもらうと言ったよな?逃がすわけにはいかねぇんだよコッチはな」
それを最後にツェーダンを開放し、グランも窓の外に視線を向けた。重苦しい空気に包まれた二人を、馬車が運んでいく。
ツェーダンが逃亡を図ったのはその日の夜だった。見張りの目を盗んで逃げだそうとしたのだ。しかし、結局グランに捕らえられ、強制的に意識を刈り取られる事になった。そして、王都までの数日間を、面倒を厭うたグランによって睡眠薬で眠らされる事となったのだ。そこでツェーダンの意識と記憶は途絶えている。
――――――――――
「逃がすと思うか?」
「いっつ!」
回想していたのは一瞬の事だろう。しかし、それを見抜いたオールターがツェーダンの首筋に強く噛みつき、痛みによって強制的に覚醒させられる事となった。
涙目で見上げると、冷たい空虚な笑みを浮かべたオールターが、それでも何処か欲に満ちた熱い眼差しでツェーダンを見つめていた。記憶にないその表情にツェーダンの胸が引き絞られ、否が応でも己の罪を突き付けられる。そして、興奮にピンとたった黒い狼の耳と、ぱしぱしと揺れる尻尾を見て、愛し子の小さな顔が脳裏に浮かび足掻かなければという思いに駆られる。
「ようやくだ。ようやくこの手にお前が……!逃がすものか、お前は俺の……!」
「いや、やめっ」
ぐいっと抱き上げられたかと思うと、暴れるツェーダンに構う事なく大股で歩き出す。その先にある扉が目に入り、ツェーダンは悲鳴を上げた。勢いよくオールターが蹴破ったその先は、大きなベッドが存在感を主張する寝室。数え切れない程の夜をともに過ごし詰られ続けた、甘さと痛みを伴う思いでに満ちた場所。
「大人しくしろ。痛い目にあいたいか」
「や、いや、やめてルゥ!」
乱雑にベッドへと投げ捨てられ、間髪入れずにオールターがのしかかってきた。必死に這って逃げようとする彼を強引に縫い付け、服をひりびりに破いていく。その瞳は最早、ツェーダンすらも映していなかった。その瞳が追うのは、かつての甘い記憶と憎しみの念のみ。
おざなりな愛撫の後、強引な性交を強いられ、ツェーダンの眦を涙が伝った。徐々にその体から力が失われ、ただただ揺さぶられるだけのものとなる。
「……リィ」
最後の力を振り絞ったか、それともただ零れただけか。ツェーダンの口から小さく零れ落ちる名前。しかし、幸か不幸か、我を失っているオールターにその声は届かず。
やがて意識を失ったツェーダンだが、それでもオールターはその華奢な体を離そうとはせず、寧ろ執着を深めたように貪り、己の匂いを刻みつけた。
その甘い体が、オールターの理性を溶かし、何もかもを彼方へと投げうたせた。ツェーダンがいない事で持っていた張り詰めた糸が、音を立てて切れたのだ。隣国の姫との縁談も、自国の事も、全てが頭の中から消えていた。それほどまでに強いツェーダンへの恋情と憎悪がオールターの中で渦巻いていたのだ。
体は重なろうとも思いは重ならず、空虚な時間だけが過ぎていった。
**********
感情と理性は一致せず――。
……あれ、想定以上にメインヒーローが病みはじめた……?気のせい……ですよね?彼はクールキャラの……はず。
目を覚まして最初に目に入ったのは、視界一杯に広がった黒い色。状況が飲み込めず反応鈍くソレを手で触っていると、冷やかな声が降ってきた。
「起きたのか?ツェル」
「っ?!」
誰よりもよく知る低い声に一気に覚醒する。その声で、その愛称を呼ぶのはたった一人しかいない。反射的に熱い胸板に手を当ててぐっと力を入れて体を引きはがす。逆らわずにツェーダンを包み込んでいた何か――オールターは少し離れ、酷薄な嘲笑を向けた。ざっと血の気が引く音が聞こえた気がした。
「ルゥ……!」
「クッ。その呼ばれ方をするのは何年振りか」
ツェーダンだけが呼ぶオールターの愛称に、笑みを深めるオールター。しかし、対面するツェーダンの顔は益々強張る。それだけの狂気に満ちた圧力をオールターの笑みは持っていた。その瞳に宿る、狂おしい程の熱量に胸が高揚し、同時に同じくらいの大きさの憎悪の色に心が悲鳴を上げる。矛盾した心の動きに引きずられ、ツェーダンは再び意識を薄れさせていった。
「ああ、ツェル、俺のツェーダン。ようやく戻って来た、俺だけのツェル……!」
うわ言の様な囁きを大きな狐の耳に受けながら。どうしてこうなったのか、そればかりを考えていた。
――――――――――
時を少し遡る。グランに首を絞められ落とされたツェーダンは、馬車の中で意識を取り戻した。何時もと違う状況に一瞬呆然としたツェーダンだったが、眼前から声をかけられ我に返った。
「よぉ。気分はどうよ」
「!……お陰様で最悪」
ニヤニヤとした笑みを絶やさないグランを睨みつけ、ツェーダンは身構えた。尻尾の毛が勢いよく逆立つのが分かった。その際、犬に擬態していた変装が解けている事に気付き、舌打ちする。ついでに皮肉を返して頭を動かし始め、すぐに青ざめた。
「リィは?!」
「安心しな。こっちで預かってるって言ったろ?危害は加えない。何処かの誰かの逃亡防止だ」
「何処にいるっていうの?!」
「落ち着けって。信用できるヤツに託して別ルートで王都に向かっているだけだ」
そうすればお前は俺たちのいう事を聞かざるを得ないだろう?凄絶な笑みを向けられ、ツェーダンは唇を噛みしめた。鉄の味が口の中に広がる。迂闊だった、と己を呪うがそれどころではない。苦々し気にグランを睨みつけると、くっと顎を引いた。
「これからどうするつもり?」
「聞かなくてもわかるだろう?大きく二つ。一つはオールターの元にお前を連れて行く。もう一つはお前から色々と聞き出す事」
「……リィに会わせてくれない限り、僕は何もしゃべらない」
「ったく。面倒な取引してくれるぜ」
今度はグランが苦々し気な顔をした。こんな時のツェーダンはまず意見を翻さない。さりとて、下手にリィと合わせれば、そのまま姿を晦ますであろう。それくらいの知恵に度胸を持っている男だ。ふむ、と顎をさする。
「だが、却下だ。当たり前だがな」
「っ」
さくっと結論を下すと、ツェーダンは分かっていたかの様に俯いた。当然だ。グランにとっての勝利条件は、ツェーダンを何としてでもオールターの元へと連れて行くこと。その後に取り調べをすることも難しいが不可能ではない。一方で、ツェーダンの勝利条件は、王都につく前にリィを連れて逃げる事。時間との勝負となる。
圧倒的にツェーダンが不利で、グランからすれば引き離し続ける事が最適解なのだ。
「ああ、リィを置いて逃げようなんて考えんなよ?捨てられたと泣き喚くガキの面倒何て見きれないし、どこの胤ともはっきりしてないもんな?」
「!僕の事は何と言おうとも構わないが、あの子を貶めるな!」
一瞬よぎった考えを看破され、ツェーダンは顔を歪める。グランはリィの事を傷つけられないという確証がツェーダンにはあった。その上、ツェーダンとしても、リィが王都に向かう事は感情で嘆いても、理性でその方が良いとも考えていた。しかし、それ以上に聞き捨てならない言葉に激昂する。その様を面白そうに見つめるグランの瞳に遭遇して口をつぐんだが。
「あの冷静で、何時も微笑んでいたダンとは思えないな。この程度の挑発で釣れるとは」
「……黙れ。お前には関係ない」
「関係ない?そんなはずはないだろう?」
目を閉じ、顔を背けて口をつぐんだツェーダン。その横顔に、グランは嘲笑を向けた。ぐっとその細い顎を掴み、無理やり視線を合わせようとする。頑なに目を開かないツェーダンに冷ややかな声を掛ける。
「責任はとってもらうと言ったよな?逃がすわけにはいかねぇんだよコッチはな」
それを最後にツェーダンを開放し、グランも窓の外に視線を向けた。重苦しい空気に包まれた二人を、馬車が運んでいく。
ツェーダンが逃亡を図ったのはその日の夜だった。見張りの目を盗んで逃げだそうとしたのだ。しかし、結局グランに捕らえられ、強制的に意識を刈り取られる事になった。そして、王都までの数日間を、面倒を厭うたグランによって睡眠薬で眠らされる事となったのだ。そこでツェーダンの意識と記憶は途絶えている。
――――――――――
「逃がすと思うか?」
「いっつ!」
回想していたのは一瞬の事だろう。しかし、それを見抜いたオールターがツェーダンの首筋に強く噛みつき、痛みによって強制的に覚醒させられる事となった。
涙目で見上げると、冷たい空虚な笑みを浮かべたオールターが、それでも何処か欲に満ちた熱い眼差しでツェーダンを見つめていた。記憶にないその表情にツェーダンの胸が引き絞られ、否が応でも己の罪を突き付けられる。そして、興奮にピンとたった黒い狼の耳と、ぱしぱしと揺れる尻尾を見て、愛し子の小さな顔が脳裏に浮かび足掻かなければという思いに駆られる。
「ようやくだ。ようやくこの手にお前が……!逃がすものか、お前は俺の……!」
「いや、やめっ」
ぐいっと抱き上げられたかと思うと、暴れるツェーダンに構う事なく大股で歩き出す。その先にある扉が目に入り、ツェーダンは悲鳴を上げた。勢いよくオールターが蹴破ったその先は、大きなベッドが存在感を主張する寝室。数え切れない程の夜をともに過ごし詰られ続けた、甘さと痛みを伴う思いでに満ちた場所。
「大人しくしろ。痛い目にあいたいか」
「や、いや、やめてルゥ!」
乱雑にベッドへと投げ捨てられ、間髪入れずにオールターがのしかかってきた。必死に這って逃げようとする彼を強引に縫い付け、服をひりびりに破いていく。その瞳は最早、ツェーダンすらも映していなかった。その瞳が追うのは、かつての甘い記憶と憎しみの念のみ。
おざなりな愛撫の後、強引な性交を強いられ、ツェーダンの眦を涙が伝った。徐々にその体から力が失われ、ただただ揺さぶられるだけのものとなる。
「……リィ」
最後の力を振り絞ったか、それともただ零れただけか。ツェーダンの口から小さく零れ落ちる名前。しかし、幸か不幸か、我を失っているオールターにその声は届かず。
やがて意識を失ったツェーダンだが、それでもオールターはその華奢な体を離そうとはせず、寧ろ執着を深めたように貪り、己の匂いを刻みつけた。
その甘い体が、オールターの理性を溶かし、何もかもを彼方へと投げうたせた。ツェーダンがいない事で持っていた張り詰めた糸が、音を立てて切れたのだ。隣国の姫との縁談も、自国の事も、全てが頭の中から消えていた。それほどまでに強いツェーダンへの恋情と憎悪がオールターの中で渦巻いていたのだ。
体は重なろうとも思いは重ならず、空虚な時間だけが過ぎていった。
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感情と理性は一致せず――。
……あれ、想定以上にメインヒーローが病みはじめた……?気のせい……ですよね?彼はクールキャラの……はず。
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