道ならぬ恋を

天海みつき

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18 ようやく動き出した時と、定まらぬリィのルーツ

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 もうすぐ完全に日が暮れる。ダンはそわそわしながら周囲の気配を探っていた。

 ダンの畑仕事も今日の分が終了し、農屋の戻って来ていたのだが、リィが帰って来ない。何時もならば、もう帰って来ていてもおかしくないのに。ダンは何かあったのではないかと気が気ではなかった。

 完全に日が暮れてしまうと、捜索どころではない。今の内に探しに行こう。外の様子からそう判断し、素早く外にでる準備を整える。途中で大家の家によって、万が一リィが戻って来てすれ違いになった時の事を頼んで、と頭の中を整理している時だった。コンコン、と農屋の扉が叩かれ、ダンは耳をピンと立てた。

 「ああ、もうこんな時に……」

 リィならばそのまま帰ってくるだろうから、完璧に来客だ。外に聞こえないように毒づいて舌打ちをしつつ、素早く駆け寄る。どうにか早く帰ってもらえるようにしよう、と決めて顔を出した。そして、その顔が凍り付く。

 「あー、うん。なんかもうキャパオーバー通り越して疲れた……」

 そこに立っていたのは、忘れもしないイルカ獣人の友。疲れ切った友の顔を前に、ダンは全ての音が遠ざかっていくのを感じていた。全ての感覚が遠い。どうにか絞り出した声は、酷く掠れていた。

 「グラン。どうして……」
 「そりゃこっちの台詞だっての」

 投げやりと疲労を混ぜた色を顔に思いっきり乗せて半眼を隠そうともしないグランは、がっくりと頭を落としてとりあえず、と中を示した。

 「中、入れろ。どうせこの場面見られて困るのはお前だ」

 ギロリと睨まれ、唇を噛んだダンは、恐れていた事態になった事を噛みしめていた。




 「久しぶりだな。まさかこんな所にいるとは思わなかったぜ」
 「そう。なら、ここにして正解だったってことだね」
 「ったく。可愛げのねぇ奴だ」

 暗い納屋の中で向かい合う。暗すぎだろう、とぶつくさ言うグランに、農村部なんてこんなものが妥当でしょ、と呟く。特に気にしていない様子でひょいと首を竦めて見せたグランは、ゴソゴソと背嚢を漁って携帯用のランプを取り出した。

 「これでよしっと」
 「随分と準備が良いんだね。どういうつもり?」
 「はは。察しが良くて助かるぜ」

 その様子を見ていたダンの表情が益々険しくなっていく。宰相たるグランが城を離れるという事は、基本的には公務以外でありえない。平穏時ならともかく、まだクーデターの爪痕が残る今、下手に城を開ける事は国を危うくする危険がある。そして、公務――つまり視察に行く際は馬車を使い、護衛も大勢連れて宿に泊まる。つまり、野営用のランプは必要ないはずなのだ。それを持っている時点で、それを使う事を想定していたという事になる。

 「なぁに。ちょっとこの辺に用事があってな」
 「その前に一ついい?」

 のらりくらりと躱すグランにしびれを切らしたダン。冷静に挙動を観察してくるその瞳を見上げて、ダンは噛みつかんばかりに詰め寄った。

 「あのガキ……リィって言ったか?」
 「っ!」
 「安心しな。こっちで預かってる。護衛付きだ。相当な事が無い限りはこれ以上とない安全な状況だぜ?」
 「……相当な事が無い限りは、ね」

 一気に切り込まれて動揺するダン。しかし、その次の瞬間、愛し子を奪われた怒りにその瞳が燃え上がる。至極冷静なグランとは対照的に、冷やかに吐き捨てる。まるでグランたちがリィの身柄を確保している時点で、相当な事、に値しているかのように。

 「お前には山ほど聞きたい事があった。そりゃあもう、山ほど。けど、ここに来て一気に状況が変わりやがった」
 「なにも話す気はない、と言ったら?」
 「冗談はよせよ。それが通じる状況じゃないってお前が一番よく知っているはずだ」

 じりじりと後ずさりつつ、尻尾の毛を逆立てているダン。その耳もピンと立って警戒心をあらわにしている。しかし、グランは容赦なく切り捨てる。ギロリ、となれていない者なら青ざめる程の圧力と共に睨みつける。

 「優先順位トップに躍り出たとんでもないものについての質問だ。アレは何だ?」
 「……アレとは失礼だね」
 「さっさと話せ。言っただろう状況が変わったと。のらりくらりはお前の常套手段だが、それに付き合う俺だと思ったか?」

 どうにか逃げ場が無いかと慎重に話を進めようとするダン。しかし、それを許すグランではない。大きく一歩詰め寄ってその胸倉を掴む。知っている以上に痩せ細っているその薄い体に一瞬顔を歪めたが、すぐにその表情を消して顔を近づける。ダンの秀麗な顔が歪む。

 「俺がここに来たのは、とある噂を聞いたからだ。それを拾ってきたのはアクア。アイツの持って来た情報がガセだったことはないし、勘もとびっきり冴えてる。だからここに来た。俺たちの――王の探し物についての手がかりがあるんじゃないかと踏んでな」

 ぐっと手に力を籠めると、ダンが苦しそうに息をつく。そんな中でも煌きを失わない瞳に目を細めてグランは好戦的に笑った。

 「まぁいい。お前はこのまま連れて行く。道中たっぷりお話しようぜ?話題は尽きないからなぁ?」

 そう言ってグランはダンの気道をゆっくりゆっくり絞めていく。酸欠にあえぐダンを見てねっとり笑う。

「数年前、この国ではクーデターが起こった。当然の事として、両陣営ともにスパイっての活用してたさ。んで、終息後に発覚した旧王国側の最大のスパイがいた。ソイツは狐の獣人で、今は王となった革命軍の長たる黒狼の恋人だった男だ」

 幼い子供でも知っている、極最近のお話。弱弱しく己の手の中でもがく華奢な青年に、いっそ甘ったるく囁きかけるグラン。

「ソイツは、何も言うことなく投獄された。そして、当時精神的に危うかった王の心に致命傷を負わせた結果、王の慰みものとなった数年後、突如姿を消した。まるで殺してくれと言わんばかりだったその男が、突如、姿を消したんだ」
 「っ!なにも、はなすこと、なんて、ない……つ!」
 「いいや話して貰うぜ。これは俺たちの、そしてお前の背負うべき責任だからな」

 苦し気に声を絞り出すダン。圧倒的な力の差で抵抗もろくにできない中、それでも力を失わない彼を、グランはせせら笑う。逃しはしない、と強い瞳に射抜かれて、ダンは唇を噛む。

 「ソイツの名前はツェーダン・シュタイン。ここ数年俺がずっと探していた人物だ」

 それはダン――ツェーダンにとっての最終宣告。ぐっと目を伏せたツェーダン。その抵抗が徐々に弱まっていく。それを感じつつ、すっと目を細めたグランは、絶対に聞かなければならない事を思いだし、ツェーダンの耳に唇を寄せた。

 「聞くまでもないと思うが、一応聞いておく。あのガキの親は、誰だ?……いや、こう聞くべきか。?」
 「……!そんな事、お前に、聞かれる、筋合い、ないっ!」
 
 かっと目を見開いたツェーダンが最後の力を振り絞って叫ぶ。じっと見つめていたグランは、そうか、と呟いてさらに手に力を入れた。そして、グランが最後の楔を打ち込む。

 「いい子にしていろよ?そうでなければあのガキがどうなるか……わかるよな?」
 「――」

 かすむ視界の中でダンが小さく呟く。しかし、その体から力が抜けだらりとグランの手の中に崩れ落ちた。慣れたようにそれを掬い上げたグランは、一言悪い、と呟くと意識を失ったツェーダンの体を肩に担いでその場を後にした。

 ツェーダンの眦には光るものがあった。


****************
 これにて第一章が終わりです。そろそろ書いていて情けなくなってきている所ですが……こんなんでも読んでくださっている皆さまの為に完成をめざしたいと思っています(遠い目)。
 予告通り、第一章の整理をしました。その関係で、逃げ回っていた各小タイトルを付ける事に……。
 面倒……もとい、大変なので避けていたのですが、整理したことがここまでお読みくださった方にも一目でわかっていただけるように一応付けておく事にしました。タイトルセンスが(だけではないのですが)無いのがバレますね(遠い目)。
 この後のお話はおいおい投稿していく予定……です?(多分)
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