道ならぬ恋を

天海みつき

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16 無邪気な誹りと、悲痛な慟哭

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 ウーリィ国は基本的に、年間を通して温暖な気候である。多少の気温の上下や雨期もあるが、軽装でも十分暮らしていけるくらいには過ごしやすい国だ。ともなると、そんな国にある農村の子供たちの遊びと言えば、専ら外遊び。山で走り回ったり、畑の手伝いであったり――手伝いを遊びとするならば――、水辺で遊んだり。特に、平均気温から少し高い気温が続く時期になると、積極的に水辺に行きたがるのは自然だろう。

 「きゃー」
 「うぁ!やったなぁ!」
 「冷たい!」

 キャラキャラとはしゃいでいるのはリィと同年代の子供たち。普段から一緒に遊ぶ仲のグループメンバーで、近くの川に来ていた。早速川に飛び込んで水の掛け合いを始める子供たち。ついてきたリィは羨ましそうな顔をしつつも、少し離れた場所でそれを見ている。

 「……ホント、ダンさんのいう事には素直なんだから」
 「煩いよ」

 水も滴るいい男……になるにはまだまだ年月が必要なケルビンが、ぽたぽたと雫を垂らしながらリィに近寄ってきた。リーダー格の彼は、他の子供たちに問答無用で引きずり込まれたのだ。特に遊び盛りのわんぱくたちにとっては、リーダーの地位を掛けた真剣な闘いなのだろう。ケルビンは威勢よく笑って良く付き合っているが。

 「大変だねぇ人気者は」
 「あはははは。それ、自分にも当てはまってるって分かってる?」

 皮肉気に感情の籠らない称賛を投げつけられ、ケルビンが乾いた笑いを返す。これだってリィが参戦すれば、俺の負担も半分になるのに。そんな風に思いつつも、参戦したくとも出来ない事を地味に悔しがっている友人に言えば、とんでもない勢いでやり込められるであろうことから言わないが。

 「あー!ケルビンが逃げたぁ!」
 「まだ勝負はついてないぞ!」
 「いやいや、アイツ逃げたんだから俺たちの勝ちだ!」
 「んだと?!誰が逃げたって?!」

 きゃいきゃいと煽られ一発でつられるケルビン。怒声を浴びせられた子供たちはというと、きゃーきゃーと楽しそうにはしゃいでいる。さっさと戻ってこい、と喚く悪ガキ連中に目に物見せてくれると鼻息荒いケルビンを見るリィの目は呆れ気味だ。

 「あんな挑発に簡単に乗せられるヤツがいるなんて」
 「煩い。売られた喧嘩は買わなきゃ男じゃないって父ちゃんが言ってたからな!」
 「……そりゃ素晴しい教えだな。そんな事教えてくれる父ちゃんがいないもんで」

 うわぁ、もしかしたらとは思ってたけど機嫌悪い。憎々し気に呟いたかと思うと、手近な草をむしり始めた悪友を見るケルビンはドン引きしている。どうにか機嫌を直せないものかと思案するが、如何せん幼い子供の頭では簡単に思いつくものではない。焦って手を無意味に振り回すケルビンを一瞥したリィは何の踊りだ、と半眼である。

 「早く来いよケルビン!そんな水が怖いヤツなんて放っておいて!」
 「……はぁ?」

 すると、背後から嘲笑交じりのヤジが飛んできて、リィの纏う空気が更に冷たくなった。やばい、更に怒らせてどうするんだ、とケルビンが顔をひきつらせたまま悪ガキの一人を心の中で罵倒する。

 リィとケルビンの二人と同年代の彼は、自己顕示欲が強い所謂小山の大将気質。しかし、頭の回転が速く大人びているリィや、身体能力に長けて朗らかなケルビンになかなか叶わず、歯ぎしりしながら彼らを見ている事が多い。いい機会とばかりに挑発してくるのは、普段優位に立てない分を晴らしているのだろう。完全に子悪党状態である。

 ニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべて、手下を引き連れている彼に、リィは冷ややかな視線を向けた。一瞬たじろいだ彼を見て、はっと鼻を鳴らして馬鹿にする。喧嘩について親に教わっていなくとも、生来の気の強さからきっちりやり返している。馬鹿にされた少年が顔を赤く染めて怒気をあらわにした。

 「だって、本当の事だろ!いつもいつも水遊びの時だけ一人でいる癖に!」
 「仕方ないだろ。ダンに水遊びだけはしちゃいけないって言われているんだから。お前だって親にやっちゃいけないって言われてる事くらいあるだろ」
 「ふん!水が怖いからって言い訳すんなよ」
 「本当のことだって」
 「だったらどうして水浴びしちゃいけないんだよ。皆やってるんだからやっちゃいけないなんておかしいじゃん」
 「ダンの勉強会についていけない馬鹿になんで説明しなきゃならないんだよ」
 「なっ!」
 「リィ!そこまでだって」

 徐々に激しくなる舌戦にオロオロするケルビンを他所に、リィが吐き捨てる。少年を心底馬鹿にした視線を向けるリィを見たケルビンが流石に言い過ぎだと窘める。頭から湯気を出して怒っている少年をチラリとみると、その灰白色の大きな耳に口元を寄せる。

 「止めとけって。アイツも一個くらいお前に勝ってるところが欲しいだけなんだからさ」
 「アイツが先に喧嘩売ってきたんだからアイツに言えよ」
 「リィ……」

 本格的に頭が痛い、とケルビンが頭を抱えて呻く。そんな彼の姿が見えているのかいないのか。少年が声高く喚いた。

 「よそ者の癖にウザいんだよ!」
 「っ!?」

 予想外の言葉に詰まるリィ。その様子に留飲を下げたのだろうか。余裕の出てきた顔で、せせら笑うように少年がたたみ掛ける。

 「母ちゃんが言ってたんだからな!ダンとリィはよそ者だって!突然現れて迷惑だったって言ってたぞ!」
 「僕のウチでも言っていた!どこから来たのかも分からないし、すじょーってヤツも分かんないからどうしようって!」
 「言ってた言ってた!よそ者だって!」

 同調するように、子分の子供たちも騒ぎ出す。みるみる内に表情を失って行くリィを他所に、他の子ども達もひそひそと話始める。

 「確かに変だって言ってた。読み書きは勿論、計算とかも出来たりなんて」
 「薬草について知ってるのは凄いけど、どうやって知ったんだろうって話してた」
 「やっぱりダンさんって不思議だよね」

 子供たちからすれば、何でもない話。少年とて、別に悪気があるわけではない。ちょっと困らせてやろうと思って、親が言っていた事を、よく理解せずに話しているだけ。それでも、物心ついた時からこの村で生きてきたリィにとっては、よそ者の誹りは本人にとっても想像以上に衝撃だった。ケルビンがぱっと庇うようにリィの前に立ちふさがった。

 「いい加減にしろよ!お前らだって、よそ者って馬鹿にされたらいやだろ!」

 流石に明らかに顔色を悪くしているリィが目に入ったのだろう。少年を含めた子供たちが気まずそうに目を逸らす。気にするなよ、とケルビンが掛けた言葉も耳に入っているかがあやしい位だ。

 「……でもさ、実際ダンさんって何者なの?」
 「……私も気になってた」

 少女達のグループがポツリと零し、それが他の子供たちにも伝染している。親たちですら困惑するダンという異物に、子供たちも言い知れぬ違和感を持っていたのだ。思わず口に出してしまったという彼女らの様子に、ケルビンもどうしようかと焦っていたその時だった。

 「……いよ」
 「なんだよ」
 「そんなの!僕がっ、僕が一番知りたいって言ったんだよ!」

 食って掛かった少年すらも驚く程に悲痛な叫び。何時もクールを気取っているリィの大きな瞳が揺れ、涙の幕が張っていた。

 「お前たちには分からないだろう!ちゃんとお父さんとお母さんがいて、兄妹もいて!幸せなお前たちには、大切な人の事を何も教えてもらえない僕の気持ちなんかわかるもんか!」

 小さな体から吐き出される、血を吐く様な慟哭に、同じ年頃の子供たちはどうしたらよいのかもわからず沈黙する事しか出来なかった。
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