道ならぬ恋を

天海みつき

文字の大きさ
上 下
6 / 65
現在

5 微笑みに隠された、ダンの秘密の欠片

しおりを挟む
 週に一度、ダンには大事な用事がある。

 「ええっと、君は書く練習だよね。そして君は読む練習」
 「ダン!僕にも計算教えてよ!」
 「うーん。読み書きが完璧に出来たらね」

 足元にしがみ付いてせがんでくるネズミの子に、ダンは苦笑した。不満そうな顔で文句を言ってくる彼をどうにか宥めると、文字の練習をさせる。

 この村は言うまでもないが、この国では田舎に向かうにつれて、識字率は著しく低下していく。クーデターが成功してから、都市では経済を活性化させ富を還元させようと努力している。しかし、その恩恵が遠く離れた貧しい農村に及ぶにはまだまだ時間がかかる。なので、この村においても読み書きが出来る者は一人もいない。……たった一人、外からやってきた例外を除いて。

 「リィ?ちゃんと勉強してる?」
 「っわぁ!驚いた急に現れないでよ!」

 他の子に教えている合間を縫って、ダンはリィの背後からひょいっと顔を出した。尻尾の毛を逆立てて飛び上がったリィは、ぷくっと頬を膨らませて講義してくる。その手には木の枝が握られている。

 「ごめんごめん。何となくやってるふりをしているように見えたから?」
 「う……」

 ちろりと睨みつけると、リィがばつの悪そうな顔をして縮こまった。隣には同じ年位の少年が居る。リィの親友とも悪友ともいうべき仲の良い少年。リィと同じ犬の獣人である彼――ケルビンもわざとらしく視線を泳がせている。二人して勉強会をサボろうとするのはいつもの事。ため息をついたダンは、ポカっと二人の頭に軽く拳を落とした。

 「指定した範囲を終わらせなかったら居残りだからね」
 「ええ?!」

 顔立ちは違うものの、そっくりな絶望した顔を見せる二人に吹き出しそうになるが、険しい顔を崩さずに睨みつける。慌ててリィの手元にある本を一緒に覗き込む二人を見て笑みを零すと、ダンは他の子の呼びかけに答えて踵を返した。


 ダンは村の子供たちに読み書きを教えている。元々リィ一人に教えていたのだが、その話を聞いたケルビンが面白がって参加を求め、その他の子も我も我もと言い出し、結局多くの子供たちが週に一度勉強をしに来ているのだ。

 「お、今日は勉強の日か。頑張ってんな!」
 「ダン!うちの子にもちゃんと薬草の事教えてね?文字の勉強も別に構わないけど……」
 「ふふ。分かってますよ。ちゃんと教えますから」
 「そうかい!ありがとね。コレ、二人で食べなよ」
 「こちらこそ、ありがとうございます」

 仕事中の親たちが冷やかしていく。面白がっている者もいれば、読み書きなんてと微妙な顔をする者もいる。それでもダンと子供たちの行動を好意的に受け入れ、あまつさえ礼と称して差し入れをくれる村民たちを、ダンは心から敬愛していた。

 「ダン!言われた薬草覚えたよ!」
 「お、じゃあチェックしようか」

 早々に読み書きをマスターした年上の子供たちに呼ばれ、ダンは笑顔で近寄った。彼らの手元にある薬草を回収すると、ささっとシャッフルし、ついでにダミーも混ぜて彼らの前に並べる。

 「さて、どれがどれでしょうか」
 「えっと、これが……」

 数人の子供たちがああじゃない、こうじゃない、と議論しながら一つ一つ薬草を見分けていく。教え子たちの成長にニマニマしている内に終わったようだ。期待に目を輝かせた子供たちの視線に気づき、覗き込む。

 「お、正解」
 「やった!」
 「それじゃ、もうちょっと難しい薬草にしようか。そこまで覚えれば、今度は薬が作れるからね」
 「え、あ、それもいいんだけど……」

 うんうん、と一人うなづいていると、顔を見合わせた子供たちがもじもじと上目遣いに様子を窺ってきた。目を瞬かせて首を傾げると、代表して一人が恥ずかしそうにお願いしてきた。

 「薬草も勉強したいけど、僕たちも計算とかやってみたい」
 「ダンとケルビンだけずるいよ!」
 「やってみたい!」

 最初の少年を皮切りに詰め寄ってくる子供たち。期待に目を輝かせているいっぽうで、ダンは目を白黒させていた。

 「うーん。でも、ここで暮らしていくなら薬草の知識の方が役に立つと思うよ?」
 「でも、リィ達ばっかりずるいんだもん。計算出来たらカッコいい!」
 「薬草の勉強頑張ったら、教えてくれると思ったのに全然教えてくれないんだもん」
 「そうだそうだ。なんでリィ達だけ教えてるの?」

 予想以上に意欲を見せる教え子たちが可愛いのは確かだ。しかし、実際問題、農村で一生を過ごすであろう彼らに計算の知識、もっと言えば読み書きの知識は必要ないと言っていい。それならば生活に密接に関係する知識を、と必死に記憶を掘り返している訳だが、彼らにはそれが不満らしい。むくれた顔がいくつも並んでいる前で、ダンは唯々苦笑して。

 「うーん。内緒?」

 と困ったように言う事しか出来なかった。


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

三度目の人生は冷酷な獣人王子と結婚することになりましたが、なぜか溺愛されています

倉本縞
BL
エルガー王国の王子アンスフェルムは、これまで二回、獣人族の王子ラーディンに殺されかかっていた。そのたびに時をさかのぼって生き延びたが、三回目を最後に、その魔術も使えなくなってしまう。 今度こそ、ラーディンに殺されない平穏な人生を歩みたい。 そう思ったアンスフェルムは、いっそラーディンの伴侶になろうと、ラーディンの婚約者候補に名乗りを上げる。 ラーディンは野蛮で冷酷な獣人の王子と噂されていたが、婚約者候補となったアンスフェルムを大事にし、不器用な優しさを示してくれる。その姿に、アンスフェルムも徐々に警戒心を解いてゆく。 エルガー王国がラーディンたち獣人族を裏切る未来を知っているアンスフェルムは、なんとかそれを防ごうと努力するが……。

すべてはあなたを守るため

高菜あやめ
BL
【天然超絶美形な王太子×妾のフリした護衛】 Y国の次期国王セレスタン王太子殿下の妾になるため、はるばるX国からやってきたロキ。だが妾とは表向きの姿で、その正体はY国政府の依頼で派遣された『雇われ』護衛だ。戴冠式を一か月後に控え、殿下をあらゆる刺客から守りぬかなくてはならない。しかしこの任務、殿下に素性を知られないことが条件で、そのため武器も取り上げられ、丸腰で護衛をするとか無茶な注文をされる。ロキははたして殿下を守りぬけるのか……愛情深い王太子殿下とポンコツ護衛のほのぼの切ないラブコメディです

傷だらけの僕は空をみる

猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。 生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。 諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。 身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。 ハッピーエンドです。 若干の胸くそが出てきます。 ちょっと痛い表現出てくるかもです。

俺にとってはあなたが運命でした

ハル
BL
第2次性が浸透し、αを引き付ける発情期があるΩへの差別が医療の発達により緩和され始めた社会 βの少し人付き合いが苦手で友人がいないだけの平凡な大学生、浅野瑞穂 彼は一人暮らしをしていたが、コンビニ生活を母に知られ実家に戻される。 その隣に引っ越してきたαΩ夫夫、嵯峨彰彦と菜桜、αの子供、理人と香菜と出会い、彼らと交流を深める。 それと同時に、彼ら家族が頼りにする彰彦の幼馴染で同僚である遠月晴哉とも親睦を深め、やがて2人は惹かれ合う。

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

連れダン! 連れがダンジョンで拾った怪しい赤ちゃんを育てると言い張るんだがvs相棒メガネがうちの可愛い子を捨ててこいって言うんですが!?

こみあ
恋愛
すっかり寂れまくった田舎町のダンジョンの七階層。 二人のダンジョンハンターたちが今、巨体のオーグと戦闘を繰り広げていた。 踏破しつくされたこのダンジョンに、宝箱はもはや出現しない。 魔物も中級どまり、資源は少なく、鉱物も限られている。 昔は大勢の冒険者やハンターたちが訪れて、日々探索を繰り返していたこともあった。 だが、今やこんな奥深くまで潜るダンジョン・ハンターなど、この二人くらいのものだ。 片や使い古された革鎧の小柄な戦士、リアス。 背丈は低いがガタイはいい。俊敏で筋肉質な肉体を武器に、身の丈ほどもある大剣を振るう。 片や黒縁眼鏡の便利屋、エゾン。 足元まであるマントに身を包み、腰にいくつもの小袋やら器具やらを常にぶら下げている。戦闘はからきし、冷徹な守銭奴だがリアスには欠かせない相棒だ。 どちらもそれなりの理由で冒険者ギルドではあまり人気がない。 というよりはいっそ嫌われている。 のけ者同士、なんとなくペアでダンジョンに潜るようになって早1年。 そんな二人がある日ダンジョンの奥で見つけたのは、宝箱に眠るカワイイ赤ちゃん!? 脳筋ガサツ戦士と、メガネ守銭奴。 二人の悪戦苦闘の子連れダンジョン攻略記。。。なのか? 注意:BLではありません。 なんとか完結しました! 多分、あとでおまけは出ますw

旦那様と僕

三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。 本編完結済。 『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

物語のその後

キサラギムツキ
BL
勇者パーティーの賢者が、たった1つ望んだものは……… 1話受け視点。2話攻め視点。 2日に分けて投稿予約済み ほぼバッドエンドよりのメリバ

処理中です...