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現在
11 進むことの出来ない、止まったままの時
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所変わってウーリィ国の首都。
革命が成功し、王の居城は建て直される事となった。理由は単純明快。悪趣味な程に豪華絢爛に造り込まれた城を、新たな王が気に入らず、むしろ売り払って金に換えてしまえと吐き捨てたためである。新たに作られた城は、質素そのもの。しかし、機能性を重視したためか住み心地は良いと、城に住む事を許された使用人や高官たちから評判であった。
その一室において、二つの影がベットで蠢いていた。甘い声が絶え間なく漏れ聞こえ、何が行われているかは推して知るべしと言ったところか。ややあってひときわ大きな声を境に、影が蠢くのを止めた。ベットの中では、華奢な青年が一人、ぐったりと横たわって夢見心地に息を荒げていた。ベットにいたもう一人はというと、その様を冷ややかに見つめ、とても事後とは思えない雰囲気を醸し出していた。
「とても気持ち良かったです陛下ぁ。陛下も楽しんでいただけましたよね?」
「……」
甘ったるく呼びかけ細い腕を男のがっしりとした首に回す青年。男はというと、僅かに口を開いたものの、ため息をつくとぐいっと細い腕を押しのけてベットから降り立った。
「へ、陛下?」
「……」
慌てたように青年が声をかけるが、男は反応せずさっさと衣服を身に付けた。そして何事も無かったように部屋を後にした。
「陛下」
「褒美なりなんなり渡してさっさと追い出せ」
すぐに近寄ってきた侍従に冷ややかに命じると、男は荒々しい足取りで廊下を歩き出した。然して経たずに自室へとたどり着くと、ソファへと歩み寄りどさりと音を立てて座り込んだ。そのまま膝に肘をついて上体を倒したかと思うと、前髪を鷲掴んで動かなくなった。
「せっかくのかっこいい顔が台無し」
「黙れ」
ノックもなく開かれた扉の隙間から、揶揄う様な声が掛けられる。男の頭の上で狼の耳がユラリと動いた。そして男は慣れた様子で切りすてると顔を上げた。その精悍な顔付きは男らしく整っており、切れ目の瞳は意志の強さを感じられる。艶やかな黒髪はサラサラと流れるもののコシがある。わずかに日に焼けた顔は、不機嫌さと目の下の大きなクマの所為で気難しさを醸し出していた。
「全く。その額の皺と目元のクマを無くせば、もっと魅力的なイケメンなのに。流石のイケメンハンターたるこの俺様も、今のお前は遠慮したいわ」
「黙れと言っているだろう」
先ほどと反対に、ソファに背を預けて足を組む男。その傲慢そのものの仕草に、乱入者はため息をついてやれやれと蟀谷に手を当てた。
「用がないならとっとと失せろグラン。俺はいま機嫌が悪い」
「ここ数年機嫌がいい時なんて全くないヤツが何を言うか。用ならあるっての」
ぴくぴくと攻撃的に動く真っ黒い狼の耳を見やったグランは、ドウドウと手を振った。この際、俺は狼で馬ではないという視線は無視する。
「で?今日ので何人目だと思ってるの王様?さすがに色狂いだって噂されてるの気付いてる?」
「世継ぎを作れと言ったり色狂いと言ったり。実に忙しい事で結構だ」
今まさに口うるさい老害どもを思い浮かべたのだろう。嫌そうに鼻を鳴らす王に、グランは仕方ないだろうと腕を組んだ。
「世継ぎは必要だ。特に、今は情勢が不安定な状況が続いてる。ここで世継ぎが出来たら安定に大きく一歩を踏み出せるのは確かだ」
「俺はガキをこさえなきゃ成立しない安定に興味ない。それでも欲しいってなら誰ぞを連れて来い。俺が孕ませたいと思うようなヤツをな」
「そういって連れてきたやつ全員を食い荒らして捨てたのは誰だったか?」
「俺が気に入るようなヤツを連れてこれなかったお前らが悪いのだろう?」
二人はそれぞれに吐き捨てると、じっと睨み合った。まるで吹雪が吹き荒れているかの如く冷たい空気が部屋を満たしていく。先に視線を逸らしたのは、グランだった。
「まだ、忘れられないか」
その言葉に、目の前のワインに手を伸ばしていた王の手が止まった。わずかに揺れた指先が当たり、グラスが高い音を立てて倒れる。
「ああ、忘れられないね」
低く呟いた王は、ゆっくりと顔を上げた。その瞳を支配しているのは、煮えたぎる憎しみの色。
「それこそどうなっている。ヤツが姿を消して何年もたっている。見つからないというのはおかしいだろう」
「何処かで野垂れ死んでいるんじゃないか?」
「それはないな」
「どうしてそう言い切れる」
やけに自信満々に返され、グランは半眼で王に詰め寄った。一瞬だけその瞳を揺らした王だったが、しかしすぐに冷ややかな声で吐き捨てた。
「特に理由はない。勘だ」
「ったく。勘で物事を決める性分じゃないだろうに」
「黙れ。兎に角早く見つけ出して連れて来い。そうすれば、食い散らかすのだけはやめてやる」
何せ、そのための人形が戻るんだからな。そう低く嗤った王は、改めて手を伸ばしたグラスに並々と注いだワインを一気に飲み干し、寝室に消えていった。じっと閉じられた扉を見つめていたグランは、そっと跪くと倒れたグラスを元にもどした。その際、細く入ったヒビが目に入り、痛まし気に目を細めた。
「俺は色んなタイプを一式そろえて提出してるんだぜ?その中で食い荒らしてきた奴らがどんな姿してたか言えるかい、オールター」
王――オールターの夜伽の相手を務めていた者達の共通点は、華奢な体に白銀の髪と耳、尻尾を持ち、犬もしくは猫の獣人だった。
「普通、嫌いな奴や嫌いな奴そっくりな奴と寝れないっての。お前の忘れられないってのは、どういう意味か分かってるのかねぇ」
ある一件を機に変わってしまった王――友人のことが、哀れでならなかった。グランはゆっくりと立ち上がると王の部屋を後にした。生きていると言い切った王の言葉を信じて、絶対に見つけ出すという覚悟を新たにして。
「それに、色々と気になる事もあるしな。といっても、そっちは殆ど証拠も出そろって真実が見えてきているんだけど」
誰にも聞かれぬ言葉が、がらんとした廊下に溶け消えていった。
運命の歯車が、今一度回り出そうとしていた。
革命が成功し、王の居城は建て直される事となった。理由は単純明快。悪趣味な程に豪華絢爛に造り込まれた城を、新たな王が気に入らず、むしろ売り払って金に換えてしまえと吐き捨てたためである。新たに作られた城は、質素そのもの。しかし、機能性を重視したためか住み心地は良いと、城に住む事を許された使用人や高官たちから評判であった。
その一室において、二つの影がベットで蠢いていた。甘い声が絶え間なく漏れ聞こえ、何が行われているかは推して知るべしと言ったところか。ややあってひときわ大きな声を境に、影が蠢くのを止めた。ベットの中では、華奢な青年が一人、ぐったりと横たわって夢見心地に息を荒げていた。ベットにいたもう一人はというと、その様を冷ややかに見つめ、とても事後とは思えない雰囲気を醸し出していた。
「とても気持ち良かったです陛下ぁ。陛下も楽しんでいただけましたよね?」
「……」
甘ったるく呼びかけ細い腕を男のがっしりとした首に回す青年。男はというと、僅かに口を開いたものの、ため息をつくとぐいっと細い腕を押しのけてベットから降り立った。
「へ、陛下?」
「……」
慌てたように青年が声をかけるが、男は反応せずさっさと衣服を身に付けた。そして何事も無かったように部屋を後にした。
「陛下」
「褒美なりなんなり渡してさっさと追い出せ」
すぐに近寄ってきた侍従に冷ややかに命じると、男は荒々しい足取りで廊下を歩き出した。然して経たずに自室へとたどり着くと、ソファへと歩み寄りどさりと音を立てて座り込んだ。そのまま膝に肘をついて上体を倒したかと思うと、前髪を鷲掴んで動かなくなった。
「せっかくのかっこいい顔が台無し」
「黙れ」
ノックもなく開かれた扉の隙間から、揶揄う様な声が掛けられる。男の頭の上で狼の耳がユラリと動いた。そして男は慣れた様子で切りすてると顔を上げた。その精悍な顔付きは男らしく整っており、切れ目の瞳は意志の強さを感じられる。艶やかな黒髪はサラサラと流れるもののコシがある。わずかに日に焼けた顔は、不機嫌さと目の下の大きなクマの所為で気難しさを醸し出していた。
「全く。その額の皺と目元のクマを無くせば、もっと魅力的なイケメンなのに。流石のイケメンハンターたるこの俺様も、今のお前は遠慮したいわ」
「黙れと言っているだろう」
先ほどと反対に、ソファに背を預けて足を組む男。その傲慢そのものの仕草に、乱入者はため息をついてやれやれと蟀谷に手を当てた。
「用がないならとっとと失せろグラン。俺はいま機嫌が悪い」
「ここ数年機嫌がいい時なんて全くないヤツが何を言うか。用ならあるっての」
ぴくぴくと攻撃的に動く真っ黒い狼の耳を見やったグランは、ドウドウと手を振った。この際、俺は狼で馬ではないという視線は無視する。
「で?今日ので何人目だと思ってるの王様?さすがに色狂いだって噂されてるの気付いてる?」
「世継ぎを作れと言ったり色狂いと言ったり。実に忙しい事で結構だ」
今まさに口うるさい老害どもを思い浮かべたのだろう。嫌そうに鼻を鳴らす王に、グランは仕方ないだろうと腕を組んだ。
「世継ぎは必要だ。特に、今は情勢が不安定な状況が続いてる。ここで世継ぎが出来たら安定に大きく一歩を踏み出せるのは確かだ」
「俺はガキをこさえなきゃ成立しない安定に興味ない。それでも欲しいってなら誰ぞを連れて来い。俺が孕ませたいと思うようなヤツをな」
「そういって連れてきたやつ全員を食い荒らして捨てたのは誰だったか?」
「俺が気に入るようなヤツを連れてこれなかったお前らが悪いのだろう?」
二人はそれぞれに吐き捨てると、じっと睨み合った。まるで吹雪が吹き荒れているかの如く冷たい空気が部屋を満たしていく。先に視線を逸らしたのは、グランだった。
「まだ、忘れられないか」
その言葉に、目の前のワインに手を伸ばしていた王の手が止まった。わずかに揺れた指先が当たり、グラスが高い音を立てて倒れる。
「ああ、忘れられないね」
低く呟いた王は、ゆっくりと顔を上げた。その瞳を支配しているのは、煮えたぎる憎しみの色。
「それこそどうなっている。ヤツが姿を消して何年もたっている。見つからないというのはおかしいだろう」
「何処かで野垂れ死んでいるんじゃないか?」
「それはないな」
「どうしてそう言い切れる」
やけに自信満々に返され、グランは半眼で王に詰め寄った。一瞬だけその瞳を揺らした王だったが、しかしすぐに冷ややかな声で吐き捨てた。
「特に理由はない。勘だ」
「ったく。勘で物事を決める性分じゃないだろうに」
「黙れ。兎に角早く見つけ出して連れて来い。そうすれば、食い散らかすのだけはやめてやる」
何せ、そのための人形が戻るんだからな。そう低く嗤った王は、改めて手を伸ばしたグラスに並々と注いだワインを一気に飲み干し、寝室に消えていった。じっと閉じられた扉を見つめていたグランは、そっと跪くと倒れたグラスを元にもどした。その際、細く入ったヒビが目に入り、痛まし気に目を細めた。
「俺は色んなタイプを一式そろえて提出してるんだぜ?その中で食い荒らしてきた奴らがどんな姿してたか言えるかい、オールター」
王――オールターの夜伽の相手を務めていた者達の共通点は、華奢な体に白銀の髪と耳、尻尾を持ち、犬もしくは猫の獣人だった。
「普通、嫌いな奴や嫌いな奴そっくりな奴と寝れないっての。お前の忘れられないってのは、どういう意味か分かってるのかねぇ」
ある一件を機に変わってしまった王――友人のことが、哀れでならなかった。グランはゆっくりと立ち上がると王の部屋を後にした。生きていると言い切った王の言葉を信じて、絶対に見つけ出すという覚悟を新たにして。
「それに、色々と気になる事もあるしな。といっても、そっちは殆ど証拠も出そろって真実が見えてきているんだけど」
誰にも聞かれぬ言葉が、がらんとした廊下に溶け消えていった。
運命の歯車が、今一度回り出そうとしていた。
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