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現在
12 僕の親は貴方であって、大嫌いな他人じゃない
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「リィ!おはよう!」
「遅いよリィ!」
「ごめんごめん。おはよう」
農屋を飛び出したリィは、いつもの場所に向かった。そこには村の子供たちが既に集まっていた。いつもより遅く現れたリィに文句を言う子に、苦笑したリィは謝った。すぐにその話題に飽きた子供たちは今日の予定を相談し始める。昨日は山菜取りに行ったし、ゲームにも飽きたし、とやいやい盛り上がる中、静かにその様子を眺めていたリィに近寄る影があった。
「おはよ、リィ」
「おはよ」
挨拶を返すと、人影――予想に違わない少年がニヤリと笑いかけてきた。村一番の悪ガキは誰かと聞かれたら真っ先に名前が挙がるであろう彼――ケルビンに、ニヤニヤと笑いかけられリィはそっぽを向いた。
「なんだよその態度。昨日は上手く行ったんじゃなかったのか?」
「上手く行かなかったからこの態度なんだけど」
幼い頃から名前で呼ぶように教えられて育ったリィ。おおむね不満の無い生活で、唯一やりたいと思った事は、ダンを父――もしくは母と呼ぶ事だった。そう呼ぶ相手がいないリィにとって、村の子供たちが臆面なくそう親を呼ぶ姿に密かに憧れていたのだ。
「は?嘘だろ?だって、ダンさんをお父さんって呼ぶだけの事だろ?」
「……ダメって怒られたんだからしょうがないじゃん」
呼びたいけれど呼べない、もし呼ぶなら父と母どちらだろう、と頬を赤く染めて事あるごとに相談してきたリィの姿を知っているからこそケルビンは一策講じたのだ。山菜やキノコを採って来て機嫌をとって、もとい喜ばせ、勢いで呼ぶという子供らしい策である。
「じゃあお母さんって呼べばよかったんじゃね?」
「それもダメって言うか、むしろそれだけはやめてくれって言われた。というか、そもそも男なんだからお父さんだろうっていったのケルビンだろ?」
じっとりと恨めしそうな視線を向けられ、今度はケルビンが明後日の方向を向いた。吹けていない口笛と共に。
「いや、普通は男ならお父さんだろう」
「君の家はお母さんも男だろうに」
「だから"お父さん"って言ってるじゃん。"お母さん"なんて言おうものなら、俺は男だって拳骨だぜ?」
「どうでもいいよそんな事」
男性妊娠も珍しくないこの世界では、性別で区別する事が出来ない。基本的には産みの親を母と呼び、精を植え付けた方を父と呼ぶのが一般的。しかし、片親のダンはどちらなのかが分からず、なんとなく母親っぽい雰囲気だから母と呼ぼうと思ったのだ。まさか親であること自体を否定されるとは思っていなかったが。
ふぅと息をついたリィは寂しそうな笑みを浮かべて空を見上げた。それを見たケルビンが何時もの悪戯坊主の顔を止めて心配そうに様子を窺ってくる。
「なんか、もうどうでもよくなっちゃった」
「突然どうした?」
「ダンって僕の親じゃないんだって」
「はい?」
突然の爆弾発言に、ケルビンも目を白黒させる。意味が分からないのだけど、と胸元を掴まれリィは嫌そうにその手を叩いた。
「ダンにそう言われたの。だからお父さん、お母さんって呼ぶなって。でも、僕にとってはダンが親だもん。ダンが本当の親かどうかなんてどうでもいい」
「なんかよく分からないけど、ややこしい事になってる?」
「僕の親はダンだ。本当の親なんて、しらない。そんなの、いらないもん」
寂しそうに呟いて体を丸めたリィ。自分の親はダンなのだ、と自らに言い聞かせるように同じことを呟き続ける。一難去ってまた一難。良かれと思って提案したことが、思わぬ事実を掘り出し、更にリィを追い詰めてしまったらしい。訳が分からないが、分からないなりにおろおろとして一緒に蹲ったケルビンは、そっとその背を撫でた。声を掛けようにも言葉が見つからず、もごもごと口ごもっていると、会議が終わった他の子どもたちから声がかかった。
「おーい何してんの?早くいこーよー」
「……いまいく!」
一瞬のタイムラグの後、ぱっと顔を上げたリィがにこやかに駆け出す。リィの心を占める痛みや悲しみは、幼い子供にも関わらず見事に隠されていた。ダンが知ったら嘆くだろう程に鮮やかに。慌ててその背を追ったケルビンは、ぼそっと呟いた。
「いまの、誰にも言わない」
「そうして」
傷ついた小さな子供はぼそっとありがとうと呟いて、それからその話題は一切出さなかった。
「遅いよリィ!」
「ごめんごめん。おはよう」
農屋を飛び出したリィは、いつもの場所に向かった。そこには村の子供たちが既に集まっていた。いつもより遅く現れたリィに文句を言う子に、苦笑したリィは謝った。すぐにその話題に飽きた子供たちは今日の予定を相談し始める。昨日は山菜取りに行ったし、ゲームにも飽きたし、とやいやい盛り上がる中、静かにその様子を眺めていたリィに近寄る影があった。
「おはよ、リィ」
「おはよ」
挨拶を返すと、人影――予想に違わない少年がニヤリと笑いかけてきた。村一番の悪ガキは誰かと聞かれたら真っ先に名前が挙がるであろう彼――ケルビンに、ニヤニヤと笑いかけられリィはそっぽを向いた。
「なんだよその態度。昨日は上手く行ったんじゃなかったのか?」
「上手く行かなかったからこの態度なんだけど」
幼い頃から名前で呼ぶように教えられて育ったリィ。おおむね不満の無い生活で、唯一やりたいと思った事は、ダンを父――もしくは母と呼ぶ事だった。そう呼ぶ相手がいないリィにとって、村の子供たちが臆面なくそう親を呼ぶ姿に密かに憧れていたのだ。
「は?嘘だろ?だって、ダンさんをお父さんって呼ぶだけの事だろ?」
「……ダメって怒られたんだからしょうがないじゃん」
呼びたいけれど呼べない、もし呼ぶなら父と母どちらだろう、と頬を赤く染めて事あるごとに相談してきたリィの姿を知っているからこそケルビンは一策講じたのだ。山菜やキノコを採って来て機嫌をとって、もとい喜ばせ、勢いで呼ぶという子供らしい策である。
「じゃあお母さんって呼べばよかったんじゃね?」
「それもダメって言うか、むしろそれだけはやめてくれって言われた。というか、そもそも男なんだからお父さんだろうっていったのケルビンだろ?」
じっとりと恨めしそうな視線を向けられ、今度はケルビンが明後日の方向を向いた。吹けていない口笛と共に。
「いや、普通は男ならお父さんだろう」
「君の家はお母さんも男だろうに」
「だから"お父さん"って言ってるじゃん。"お母さん"なんて言おうものなら、俺は男だって拳骨だぜ?」
「どうでもいいよそんな事」
男性妊娠も珍しくないこの世界では、性別で区別する事が出来ない。基本的には産みの親を母と呼び、精を植え付けた方を父と呼ぶのが一般的。しかし、片親のダンはどちらなのかが分からず、なんとなく母親っぽい雰囲気だから母と呼ぼうと思ったのだ。まさか親であること自体を否定されるとは思っていなかったが。
ふぅと息をついたリィは寂しそうな笑みを浮かべて空を見上げた。それを見たケルビンが何時もの悪戯坊主の顔を止めて心配そうに様子を窺ってくる。
「なんか、もうどうでもよくなっちゃった」
「突然どうした?」
「ダンって僕の親じゃないんだって」
「はい?」
突然の爆弾発言に、ケルビンも目を白黒させる。意味が分からないのだけど、と胸元を掴まれリィは嫌そうにその手を叩いた。
「ダンにそう言われたの。だからお父さん、お母さんって呼ぶなって。でも、僕にとってはダンが親だもん。ダンが本当の親かどうかなんてどうでもいい」
「なんかよく分からないけど、ややこしい事になってる?」
「僕の親はダンだ。本当の親なんて、しらない。そんなの、いらないもん」
寂しそうに呟いて体を丸めたリィ。自分の親はダンなのだ、と自らに言い聞かせるように同じことを呟き続ける。一難去ってまた一難。良かれと思って提案したことが、思わぬ事実を掘り出し、更にリィを追い詰めてしまったらしい。訳が分からないが、分からないなりにおろおろとして一緒に蹲ったケルビンは、そっとその背を撫でた。声を掛けようにも言葉が見つからず、もごもごと口ごもっていると、会議が終わった他の子どもたちから声がかかった。
「おーい何してんの?早くいこーよー」
「……いまいく!」
一瞬のタイムラグの後、ぱっと顔を上げたリィがにこやかに駆け出す。リィの心を占める痛みや悲しみは、幼い子供にも関わらず見事に隠されていた。ダンが知ったら嘆くだろう程に鮮やかに。慌ててその背を追ったケルビンは、ぼそっと呟いた。
「いまの、誰にも言わない」
「そうして」
傷ついた小さな子供はぼそっとありがとうと呟いて、それからその話題は一切出さなかった。
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