道ならぬ恋を

天海みつき

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1 一番好きで、一番聞きたくない話

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 豊かな自然に満ちるとある大陸。そこには、獣人たちの生きる国があった。自然の恩恵とともに生きるその国の名前はウーリィ国。かつては獅子を、そして今は黒狼の獣人を王に掲げた国である。

 獣人とは言っても、獣が二足歩行したようなソレではない。ウーリィ国の右隣に位置する国に住まう人間とほとんど同じ見た目をしている。どこが違うかと言えば、大きく三つ。誇らしげにピンとたった獣の耳、風に靡くふさふさの尻尾、野山を軽々と駆ける身体能力。勿論、水生生物などは少し違う外見的特徴を持ち合わせているが、主としてあげるならば、これらが獣人たちの最大の特徴だ。

 ウーリィ国に住まう獣人たちの種類は多種多様で、それぞれ野に生きる獣と似た能力も持ち合わせ、それを活用した仕事をすることが多い。例えば熊の獣人は大柄で力持ちなので鍛冶屋になる者が多い。イルカの獣人はその知性を生かして学者や官僚になる。そういった具合だ。そして、かつての国王たる獅子ライオン獅子ライオンは群れで行動し狩りパフォーマンスを行う――つまり大人数を纏め、ある一定の目標を達成する事が得意――故に王となった。ある事件を経て、王の座に収まった黒狼もまた、同じ性質を持っていた。

 個々に別方向な能力と誇りをもつ獣人が簡単に従うか、と聞かれたら普通は無理だと答えるべきだろう。しかし、ウーリィ国が成立した当時、頂点に立った獅子ライオン獣人たちに満ち満ちたカリスマが王権を成立させ、その後のウーリィ国の長い歴史に裏付けられる事によってそれが浸透、今ではそれが当然の事となったというのが簡単な内情だろうか。

 最も、それは獅子ライオン獣人たちが堕落するまでの話であったのだが。

 ―――――――

 ウーリィ国の端にあるとある農村。そこには、多くはない獣人たちが田畑を耕し狩りをして細々と暮らしていた。そこの畑の一つで、農作業をしている人影があった。黙々と手を動かしていたその人物は、ふと頭の上に靡く煤けた色の犬耳を揺らして手を止めた。ゆっくりと体を起こすと、日差し避けの為に掛けていた布がひらりと地に落ちた。

 現れたその顔はまだ若く大きな瞳が印象的で、繊細に整った顔立ちをしていた。全体的に華奢な体躯も相まって、頼りなげな印象を抱かせがちだが、その瞳は穏やかながら知性と矜持を感じさせる。農作業をしていても焼ける事を知らない白い肌とは対照的な赤く薄い唇をゆるりと上げた青年は、やおら上体を倒した。

 「ただいま、ダン!」
 「はい、お帰り、リィ」

 勢いよく懐に飛び込んできた小さな体を抱きしめ、青年――ダンはその頭の頬を寄せた。くすぐったそうに笑い声をあげた小さな獣人――リィと額を寄せあって笑いあうともう一度ぎゅっと抱きしめてその匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。


 「今日は何をしてたの?」
 「今日はね、山で鬼ごっこをしたの。そのあと、皆は川で釣りしてた!楽しかったぁ」
 「釣り?濡れなかった?」
 「うん!気を付けたから大丈夫!」

 手早く道具をかたずけたダンが、リィの小さな手をそっと取って家路につく。まだまだ短い脚で懸命に歩くリィに合わせてゆっくり歩きながら、ダンはリィに尋ねた。

 ダンが昼間農作業をしている間、リィは近所の子供たちと遊びに行っている。子供に手伝わせる家も少なくはないが、ダンは小さい頃に目いっぱい遊んで欲しいという思いから、リィを送り出しているのだ。

 今日の出来事を弾む口調で話してくれるリィに優しく相槌を打ちながら、短い団らんの時間を楽しむ。家についたら食事をしてすぐに床に就く。貧しい農村では、明かりを遅くまでつけて起きている事はない。既に日が暮れ始めているので就寝時間までは殆ど時間がなく、朝になれば日の出とともに起き出して仕事が始まる。つまり、かわいい盛りのリィとゆっくり話せる時間は限られているのだ。

 「あ!今日ね、向かいの家のおばちゃんが昔話をしてくれたの!」
 「へぇ。なんのお話?」
 「悪い王様と英雄の話!」

 キラキラした瞳で見上げられ、ダンは思わず立ち止まった。強張った顔で動きを止めたダンに、リィも困惑した様に立ち止まりしゅんと耳を伏せた。

 「どうしたの?」
 「い、や。何でもない。ごめん、帰らないとね」

 ぎこちなく笑みを浮かべると、ダンは再びリィの手を引いて歩き出した。不安そうにユラユラ揺れるリィの尻尾を一瞥して、ダンは内心で自らを叱責した。ぎゅっと目を瞑って込み上げる感情をやり過ごし、体の力を意識して抜くと繋いだリィの小さな手を穏やかなリズムで揺らした。

 「昔って言っても、英雄が悪い王様をやっつけたのは数年前のお話なんだけどね」
 「……ダンはこのお話嫌いなの?」
 「ううん。嫌いじゃないよ」

 上目遣いに様子を窺ってくる子供に、苦笑すると安心するように手をぎゅっと握った。それでも納得いかない顔をする子供に、ダンは微笑みかけた。

 「嫌いじゃないよ。寧ろ……一番好きなお話かな」

 そこまで言ってようやく安心した顔を見る事ができ、ダンも心から笑みを浮かべる事が出来た。そこからは何を話すわけでもなく、ゆっくりゆっくり赤く染まった空気の中を歩いていく。会話がなくとも時間がゆったりと流れる事を楽しむ、その瞬間にダンは幸せを見出していた。
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