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駆引

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 文化祭も無事終了し。燃え尽きたクラス実行委員の尊い犠牲のもとに、聖月たちのクラスは出し物における学年トップの好成績をたたき出した。

 「学園祭も終わった事だし!次に備えなければ!」
 「はいはい、聖月さん。テンション高い所悪いけど、次のイベントは学期末テスト。テンション高くしてる場合じゃないからね?!」

 ずるずると蔓延っていた学園祭の熱気も引いたころ。一学期の終了目前で、聖月は目を輝かせていた。勉強の傍らに聖月をあしらう蓮。しかし、その目は必死で、聖月に投げる言葉が八つ当たりじみている。さもありなん、この学校における試験の成績は、その本人の人生を左右すると言っていい。良い成績を収めれば、国からも企業からも目をかけられ、悪い成績ならば落ちこぼれと嘲笑され、最悪は退学処分で社会の底辺まっしぐら。生徒たちが血走った目で勉強するのも無理はない。

 そんな中で、ただ一人ほけほけを笑っているのは聖月。どこからともなく取り出したアイスキャンデーを取り出して加えていた彼は、きょとん、と首を傾げた。

 「え、学園祭も終わって学期末って言ったら、夏休みの計画でしょ」
 「そのまま底辺に落ちてしまえ」
 「えー。だって、別にテストなんて面白くないしぃ。躍起になるモノでもないしぃ」

 いつもは、美人コンビとしてその絡みがクラスメイトから暖かく見守られているのだが、今回ばかりはそうともいかないらしい。蓮の丹精込めて投げつけた呪詛に、同調する視線を向けてくる。不満そうに頬を膨らませる聖月は、テストの重要性が分かっているのかいないのか。一回痛い目見やがれ、と蓮は放置することにした。

 そんな時期もあった。

 「嘘だろ……」
 「だぁから言ったじゃん。躍起になるモノでもないって」

 期末試験が終わり、成績優秀者が校内に張り出される。その表示を見に来ていた蓮は愕然どした。蓮の成績は27位。50位まで張り出される優秀者に勿論入っている。それだけの努力をした、と見つけた時点では満足していたのだが、なんとなく見たトップの名前に呆然と呻くしかなかった。満点でトップを飾ったのは聖月。左程興味無さそうにアイスキャンデーにかじりついている。

 こんなちゃらんぽらんに負けたのか、と打ちひしがれる蓮。失礼な、人聞き悪い、と喚く聖月だが、クラスメイトを始めとした周囲の視線は蓮に全力で同意していた。むぅ、といじけていた聖月だが、チャイムの音に我に返った。

 「ヤバイ、授業」

 成績は昼休みに張り出される。時間を忘れていた生徒たちが慌てて各クラスに走り去っていく。蓮と聖月も例外ではない。顔を見合わせた二人は、先程までの言い争いも忘れ走り出した。

 残された成績表。そこには、『1位 真水聖月しみずみづき』と正しく書かれていた。


 そして放課後。

 「蓮君が実に楽しみにしていたテストがようやく終わったわけなのだがね」
 「ぜんっぜん、楽しみになんかしてなかったけどね」

 授業の終わった教室で、聖月と蓮は会話をしていた。ぐったりと未だに衝撃が残る蓮。それに対する聖月は昼の会話も忘れて実に楽しそうだ。これは聞かない限り話が進まないようだ、と蓮が渋々顔を上げる。

 「で?テスト前から何か言ってたけど、今度は何をやらかす気?」
 「だから人聞き悪い」

 クレームを付けるが何のその。さっさと話せ、と笑顔で圧力をかけられ、最近蓮が龍に似てきたと内心ぼやく聖月。しかし、心は悪だくみに飛んでいる。ニッコリと満面の笑みを浮かべて見せる。

 「うふふ。やらかす、なんて言い方が気になるのは確かだけど……もう、仕込みはとっくにしてたんだよね」
 「は?」

 いつの間に、と驚く蓮。預かり知らない所で進行していた話に、蓮の背筋が凍る。通常ならば、別にいいんじゃない、と軽く返すところ。しかし、この一学期だけでも散々振り回してくれた聖月が相手である。知らないという事、これ程恐ろしいことがあろうか。

 真っ青になって様子を窺ってくる蓮。しかし、そんな事に全く気が付かない聖月は鼻歌交じりにスマホを弄っている。ややあって満面の笑みと向けられた画面は、メッセージアプリが表示されていて。宛先は、桜庭那波。

 おいおい、まさか学園祭中に行っていた悪だくみって。想像以上に大掛かりな話になりそうな予感に、蓮が早くも魂を飛ばしそうになっている。

 「那波ちゃん誘って、ビーチリゾートで夏休みを楽しもう計画!ついでに、歓迎会の景品である、生徒会を呼んでおいた!」

 蓮はその時点で魂を完全に飛ばした。夢であってくれ。本気で思ったのはこれが初めてだった、と後に真顔で語っていたとかいないとか。


 詳細はこうだ。

 学園祭の最中に那波の連絡先をゲットした聖月は、学園祭が終わるや否や、コンタクトを取ったらしい。以前聞いた「物は相談だけど、生徒会と一緒に一日を過ごせるとしたら、那波君、どうする?」という問い。那波自身は恐れ多い、と震えあがっていたのだが、そこは聖月である。言葉巧みに、那波の妄想を聞きだした。

 曰く。

 『白いビーチと青い海で、生徒会の皆さまと遊べたらいいよね』
 「……いや、夏だから海ってのは分かるけど、那波、ちょっとロマンチストというかなんというか」
 「うん。俺もちょっと夢見る夢子ちゃんだったのには驚いた」

 思わず突っ込みを入れる蓮。聖月も流石にちょっと苦笑気味だ。続きは?と無言で促され、先を続ける。

 そんな話をしていた聖月と那波だったが、お誂え向きにも、那波の実家が海辺の別荘を所持していると聞いて、聖月の頭がフル回転したのだ。流石学園の生徒、金持ちばっかりだ、と思いつつ那波の別荘に遊びに行きたいと頼み込んだのだ。

 「勿論、蓮も一緒だよん」
 「なんで俺まで!」

 完全に巻き込まれている蓮。抗議しても無駄だろうが、それでもせずにはいられなかった。喚く蓮をそのままに、計画説明は進む。

 そのままの勢いで生徒会にコンタクトを取った聖月。利子付きで、と無茶難題を押し付けて生徒会の内の一人だったところを、生徒会全員招待したのだ。多忙な生徒会に加え、蓮の同意も無かったことから日程は白紙。親衛隊には抜け駆け禁止の掟が、と青ざめる那波は、偶々別荘に行ったら、友達が生徒会を連れて遊びに来ていた、とすれば万事問題無し!と強引に押し切られた。

 「で?そんな無茶難題、生徒会が飲むわけないだろう」 
 「それがそうでもなかったり?」

 メールで了解のメッセージが来てる、と証拠を見せる。最早意味が分からない、と崩れ落ちる蓮。クスクス笑って見つめる聖月だったが、その瞳の奥には申し訳なさそうな色が見え隠れする。

 ごめんね、と聖月は蓮と那波に内心で謝る。友達が生徒会のファンだから、生徒会を自由に出来る権利を使用して一緒に夏休みを過ごす。その名目で生徒会を呼び出した。周囲から見てもとりあえず納得されるラインを満たせた。問題は、生徒会が乗るかという所。夏休みも休み返上で学園の運営に関わったり、実家の手伝いをする者が多い生徒会では、普段ならば一も二もなく断られる。しかし、聖月には勝算があった。

 学園祭の最中に巻いた、『しみずみづき』という餌。Nukus風紀に協力的なkronos生徒会ならば、食いついてくる。聖月には、どうしても生徒会――特に高宮に人知れず接触する必要があったのだ。

 「ごめんね」

 こちらの事情にはこれ以上巻き込まないようにするから。聖月は小さく呟き、窓から空を眺めた。

 青い色が目に痛かった。
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