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逃走
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しおりを挟む「やっほー。大丈夫、少年?」
「あ、ありがとう……」
ブツブツと何かを呟いている蓮を放置してさっさと少年に声を掛ける聖月。そもそもの目的は彼なので、優先順位も上とばかりの放置っぷりである。
「けがも無さそうだし。というか、まあよくあんなのに引っかかるねぇ、君」
「へ?」
「さっきもそんな感じの事言ってたけど、知り合い?」
後で、説教大会だから、と視線で圧力をかけつつ、聖月に付き合う事にした蓮。首を傾げる少年と共に、聖月に尋ねる。ニッコリ笑った聖月。
「顔見知り以上知り合い未満」
「もっと詳しく話しなさい。この子も困ってるから」
いつものおふざけはなしだ、と睨みつけて先を促す。つまんないのーと不満げだが、渋々聖月が取り出したのは。
「スマホ……?」
「……。あ、もしかして?!」
きょとん、と首を傾げる少年の横で何事か考えていた蓮が声を上げる。ふふっと聖月が柔らかく笑う。
「久しぶり、レイプ未遂事件被害者君」
「あっ!あの時の?!」
「うん。覚えていてくれたのは嬉しいけど、指さすのはやめようね」
勢いよく指をさしてくる少年に、聖月は苦笑した。
「あの時は、ありがとうございました。気付かなくてごめんなさい」
「いーのいーの。あの時は顔隠してたし」
「ついでに今は女装だしな」
感謝と謝罪で頭を下げっぱなしの少年――桜庭那波。恩人に指を突き付けたことに気付いて青ざめた挙句、礼をしていないと飛び上がり、覚えていなかったことに失神しそうになった。大きなたれ目の瞳を涙で潤ませ、白い肌は血の気を失って、小柄で細い体躯も相まって今にも気絶しそう。大丈夫だから、と宥めるのに苦労した蓮と聖月だった。
どうにか落ち着いた那波を連れて、二人は場所を変える事にした。先程の場所では一目に尽くし、蓮と聖月が合流した今、男たちの恰好の餌だと判断したのだ。使われていない教室を探し当て、なかに入る。椅子に座った三人は、ため息をついた。
「人、多すぎだよ」
「女装、いい加減辞めたい」
「怖かった」
三者三様の不満を漏らし、顔を見合わせて笑った。それで、と蓮が聖月に目を向ける。
「どうするの?聖月の事だからなんかやらかしそうな気もするけど」
「失礼な」
「みづき?」
そこで二人は自己紹介していない事に気付き、顔を見合わせた。
「ごめん。俺は和見蓮。同じ一年だから蓮でいいよ」
「俺は聖月。真水聖月だよ」
「あ、僕は桜庭那波です。ありがとうございました」
「さっき聞いた」
再びひょこん、と頭を下げる那波に、流石の聖月も苦笑する。過剰に感謝されるのは趣味じゃない。しかも、この少年を利用する目的もある、下心つき。
「俺、根っからの聖人になれないしなあ」
「?」
「なんか言った?」
幸い、呟きは二人に届かなかったらしい。曖昧に笑って聖月は誤魔化した。
「それにしても、一回レイプ未遂があったのに、何で一人であんなところ歩いていたの。流石に不用心」
「ちょっと言い方キツイ気がするけど、俺も蓮に一票。風紀にまた後で報告するとして、流石にね」
「あうぅ」
ちょっときつめに叱責すると、ショボンと小さくなった那波。ぎゅっと胸に抱いた書類を掻き抱く。
「それは分かっていたんですけど、どうしても急ぎの用事があって。親衛隊の仕事、任せてもらえたのが嬉しくて、それで」
「うわぉ。親衛隊か」
「そう言えば、そんな組織あるんだけっか。忘れてた」
蓮が顔を引きつらせる脇で、聖月が目を瞬かせる。幾分かむっとした表情の那波が食い掛る。
「確かに、馬鹿な過激派の所為で親衛隊の印象って最悪ですけど!本当は、大好きな人を守って支える、大事な仕事なんです!」
「どうどう。ちょっとおちついて。なにも悪いって言ってるわけじゃないからさ」
「ごめん。ちょっと引いたけど、悪気はなかった」
ソレ、フォローになってないと聖月に睨まれるが蓮は頭を掻くだけ。これ以上は墓穴を掘るだけだから、と聖月に会話を任せる事にしたようだ。口を閉じた蓮に変わって、まだぷりぷりと怒っている那波に、聖月は笑いかける。
「えっと、俺は外部生だからよく分からないけど、親衛隊ってそんな組織なんだね。誰の親衛隊?」
「外部生は確かによく分からないのはあるかもね。僕は会長様の親衛隊だよ」
何気なく言った那波。しかし、その彼を見つめる聖月の目が、キラリと光った。へ?と驚く那波と、ヤバいと言わんばかりに頭を抱えたのは蓮。軌道修正しようと考えて、一瞬の逡巡の後、諦める。ここまで来たら思いっきり乗ってやる、と自棄である。
「そう言えば聖月、新入生歓迎会で生徒会一日自由権貰ってたよね」
「うそっ」
「ふふふ。流石蓮君。よく覚えているね」
ふと思い出した事を投げかけると、那波が飛び上がった。聖月の反応を見る限り、まだ権利を行使していないようだ。羨ましそうな那波。うーん、と何かを思案している聖月は、女装も相まって実に絵になる。現に、那波が若干顔を赤らめて視線を彷徨わせている。そんな那波を見る蓮は、だまされているぞと言いたげだが。
「あ、鐘なった」
しかし、聖月が何かを言い出す前に、チャイムがなった。委員長の命令を実行しなければならない二人はクラスに戻る義務がある。やや残念そうな聖月はスマホを取り出して、何処かにメールしているようだ。
「委員長、じゃないよな」
「風紀だよ。那波をココに置いていくのもアレだけど俺たちはいかないといけないし。さっきの件の報告もあるでしょ」
学園の生徒にはいざというときの風紀への通報ホットラインが確立されている。それを使っているのだ。ついでに、と聖月が那波に手を伸ばす。
「何かの縁でしょ。連絡先交換しよ」
「あ、それなら俺も」
「も、勿論!」
ぱぱっと登録を済ませると、キラキラした顔で那波が画面を見つめている。可愛いなぁと蓮はそんな那波をめでていたが、ふと傍らを見て動きを止めた。
「時に那波君?さっき俺の持つ生徒会一日自由権に反応していたよね?」
「そりゃあもう!憧れの会長様や、他、副会長様とかと過ごせるんでしょ。いーなぁ」
僕は逃げきれなかった、と悔しそうな那波。それに対する聖月は天使の笑顔を浮かべているが、その実、その笑顔は完全に悪魔だと知っている蓮がぎょっとした顔で目を剥いている。
「物は相談だけど、生徒会と一緒に一日を過ごせるとしたら、那波君、どうする?」
聖月の悪だくみが、勢いよく動き始めた。
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