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Episode〈10〉幸福 ⑶
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───「まあ、賭けみたいなものだもんね」
夜になって、私たちはやっとベッドから出た。服を着てキッチンへと向かい、冷蔵庫から夕飯の材料を取り出す。
割高ではあるが、ここプーケットでも日本の食品はすんなりと手に入った。林檎に蜂蜜がかかっているパッケージデザインが特徴的な、使い慣れたカレールーの箱を開ける。
「賭け?」
「オレの精子と星子の卵子が交わって、初めて子どもって出来るでしょう」
名月の手が背後から伸びてきて、ゆっくりと私の腹を撫ぜる。
「当たるか当たらないか、引き金を引いてみなければ分からない。なんだか、ロシアンルーレットみたい」
───賭け、か。
名月に初めて会った夜───あの頃はまだ、彼は“カタナ”だった───私は、文字通り最初の引き金を引いた。
それから月日は流れ、私は古いアパートの一室で最後の引き金を引いた。
『飛鳥さんを解放する交換条件として、星子を“人質”にさせてもらいたい』
あの日風馬が私にした提案は、私の存在が名月の中で葛井飛鳥の利用価値よりも重要になっていることを前提としたものだった。
「俺の推測が正しいなら───“カタナ”が星子と同じ気持ちなら、あいつはここに現れて条件を飲むと思う。それに、星子もここで“カタナ”に会うことができる。でも……」
“もし、現れなかったら”、その言葉を口にするのを、風馬がためらったことが分かった。
私を“人質”として提示しても、ここにカタナが現れなかったら───それは、彼の心が私へ向いていないことの証明。私の抱える彼への思いも、また彼と共に日々を過ごせる望みも、完全に絶たれてしまう。
『もしかしたら、もっと星子を傷つけてしまうかもしれない』
そう、私へ事前に忠告したのは風馬の優しさだ。今、計画を話しているこの時ですら、彼は私が傷つかないように最大限の配慮をしてくれている。
「……風馬」
口ごもったまま視線を少し下げていた風馬に、私ははっきりとした声で告げた。
「大丈夫。覚悟はもう、できてる」
私の真っ直ぐな視線をみとめて、風馬は強く頷いた。
「分かった。それじゃあ、実行しよう」
───「何、考えてるの。星子」
調理の手を止めて、ぼんやりとあの日本での日々に思いを馳せていた私に、背後から名月が問いかけた。
「んー。私、賭けに強いかもって」
「へえ、どうして?」
「ふふ、秘密」
「なにそれ」
不服そうにこちらをのぞき込む名月の頬にキスをして、私はカレー作りを再開した。
───二回引いた引き金は、一度も私を不幸にしなかった。私を、名月と過ごす幸せな日々へと導いてくれた。
だから今、名月と共に引いている引き金も、きっと私たちに新たな幸福を授けてくれる結果となるに違いない。
「家族が増えたら、お皿も増やさないとね」
「どのくらい必要になるかな。今度、見に行こうか。星子」
「皆お揃いのお皿で揃えたいね。かわいいの、あるかなあ」
「揃いの皿でカレーを食べて、一個のポップコーンを分け合って映画を見て、一緒に眠って、か……あー、やっぱりすごく楽しみだ」
「うん。私も、すごく楽しみ」
愛しい人と、話して笑ってキスをして。手を繋いで身体を重ねて、眠りにつく。そんな今が、この先の未来が、楽しみで仕方がない。
夜になって、私たちはやっとベッドから出た。服を着てキッチンへと向かい、冷蔵庫から夕飯の材料を取り出す。
割高ではあるが、ここプーケットでも日本の食品はすんなりと手に入った。林檎に蜂蜜がかかっているパッケージデザインが特徴的な、使い慣れたカレールーの箱を開ける。
「賭け?」
「オレの精子と星子の卵子が交わって、初めて子どもって出来るでしょう」
名月の手が背後から伸びてきて、ゆっくりと私の腹を撫ぜる。
「当たるか当たらないか、引き金を引いてみなければ分からない。なんだか、ロシアンルーレットみたい」
───賭け、か。
名月に初めて会った夜───あの頃はまだ、彼は“カタナ”だった───私は、文字通り最初の引き金を引いた。
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「俺の推測が正しいなら───“カタナ”が星子と同じ気持ちなら、あいつはここに現れて条件を飲むと思う。それに、星子もここで“カタナ”に会うことができる。でも……」
“もし、現れなかったら”、その言葉を口にするのを、風馬がためらったことが分かった。
私を“人質”として提示しても、ここにカタナが現れなかったら───それは、彼の心が私へ向いていないことの証明。私の抱える彼への思いも、また彼と共に日々を過ごせる望みも、完全に絶たれてしまう。
『もしかしたら、もっと星子を傷つけてしまうかもしれない』
そう、私へ事前に忠告したのは風馬の優しさだ。今、計画を話しているこの時ですら、彼は私が傷つかないように最大限の配慮をしてくれている。
「……風馬」
口ごもったまま視線を少し下げていた風馬に、私ははっきりとした声で告げた。
「大丈夫。覚悟はもう、できてる」
私の真っ直ぐな視線をみとめて、風馬は強く頷いた。
「分かった。それじゃあ、実行しよう」
───「何、考えてるの。星子」
調理の手を止めて、ぼんやりとあの日本での日々に思いを馳せていた私に、背後から名月が問いかけた。
「んー。私、賭けに強いかもって」
「へえ、どうして?」
「ふふ、秘密」
「なにそれ」
不服そうにこちらをのぞき込む名月の頬にキスをして、私はカレー作りを再開した。
───二回引いた引き金は、一度も私を不幸にしなかった。私を、名月と過ごす幸せな日々へと導いてくれた。
だから今、名月と共に引いている引き金も、きっと私たちに新たな幸福を授けてくれる結果となるに違いない。
「家族が増えたら、お皿も増やさないとね」
「どのくらい必要になるかな。今度、見に行こうか。星子」
「皆お揃いのお皿で揃えたいね。かわいいの、あるかなあ」
「揃いの皿でカレーを食べて、一個のポップコーンを分け合って映画を見て、一緒に眠って、か……あー、やっぱりすごく楽しみだ」
「うん。私も、すごく楽しみ」
愛しい人と、話して笑ってキスをして。手を繋いで身体を重ねて、眠りにつく。そんな今が、この先の未来が、楽しみで仕方がない。
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