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Episode〈10〉幸福 ⑵
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……結局、この日は夕方まで互いの身体を弄り合って時間を過ごした。引いては寄せる波の音を聞きながら、胸元に埋められた名月の頭を撫ぜる。
かつて白一色だった彼の髪の毛には、まばらに黒色が混じるようになっていた。
窓から差し込む夕日が部屋を赤く染めている。ゆっくりと手ぐしで彼の髪をといていた私の方へ、ふいに名月が顔を上げた。
「ねえ、星子。”子ども”、そろそろ出来るかな」
私の腹に、自らの身体をぴたりと当てて名月が問いかける。
「んー。授かり物、っていうからなあ。どうだろうね」
「あー、早くできないかな。星子とオレの、子ども」
私から少し身体を離して、彼は愛おしそうに私の腹を撫でた。
───名月が“子ども”について私に切り出したのは、つい1ヶ月ほど前のことだった。
それまで避妊具の使用を欠かさなかった名月は、ある夜ぽつりと私に問いかけた。
「星子は、“子ども”って、欲しい?」
コンドームの袋を破る手を止めて、私を見つめる彼に私は戸惑った。なんと答えていいものか分からず、問いを問いで返した。
「名月は、欲しいの?」
「んー……」
名月は手に持ったコンドームを眺めながら、しばらく考え込むそぶりをみせた。そして、ゆっくりと口を開いた。
「オレ、今までずっと思ってたんだ。辛い思いをさせるなら“子ども”なんて、作っちゃいけないって」
名月は、己の不幸な幼少期と過酷な人生経験から、子どもが出来ることにトラウマじみた嫌悪感を感じていた、と私に話した。
「親父はオレの子ができたらまた、“跡継ぎ”として利用するつもりだったし。あの頃のオレに、それを止める選択肢はなかったし……でも」
藤埜組の組長が、我が子を裏社会の闇から遠ざけようと必死になっていたことを知ったとき、『ヤクザ者でも子どもを巻き込まない選択ができるのか』、と内心驚いたらしい。
しかし子どもを作ることに対する苦手意識は名月の中で潜在的にすり込まれ、今に至るまで、避妊具を使用することそのものが強迫観念に近いものだった。
「でもなんか今、ふっと思ったんだ。こんなに愛おしい女性との間に子どもが出来て、オレの、オレだけの家族が増えたら、どんなに幸せだろう……って」
そう言って、じっと私を見つめた名月の太い首筋に、気づけば私は飛びついていた。
「絶対、もっと幸せだよ。名月と私と、子どもたちがいる、私たちだけの家なんて」
驚いたのか、名月はしばらく固まっていたが、その腕をゆっくりと私の背中に回した。
「そっか。絶対、もっと幸せ、か」
「うん。二人きりでもこんなに幸せなのに」
「そっか。オレと、星子の子ども、か」
背中に添えられた手に、ぎゅっと力がこもった。
「今日からオレ、ゴム使わないから」
「うん、いいよ」
「星子の胎ん中に、出すよ」
「うん。そうしなきゃ、赤ちゃんできないもん」
「……っ星子」
抱きしめられた身体ごとベッドに押しつけられて、その晩、私たちは本当に一つになった。
身体を繋げた私たちを隔てるものは何もなく、内壁を擦る名月の激しい熱が私のナカへ初めてほとばしった瞬間、私たちは何度も互いに口づけた。
「子ども、もう出来たかな」
貪るようなキスの合間に、ぽつりとカタナが呟いた。
「出来てても、まだ出来てなくてもいいよ」
彼の言葉に、私はくすりと笑って頬をすり寄せた。
「何回だって、キスをして、身体を重ねて、愛し合えばいい。ずっと幸せなことをし続けていたら、そのうち新しい幸せがやってきてくれる」
私の耳元に、優しい声が返ってきた。
「そっか。何回も、何回も愛し合えばいいんだ」
「そうだよ。何回も、何回でも。私のお腹に、命を頂戴」
かつて白一色だった彼の髪の毛には、まばらに黒色が混じるようになっていた。
窓から差し込む夕日が部屋を赤く染めている。ゆっくりと手ぐしで彼の髪をといていた私の方へ、ふいに名月が顔を上げた。
「ねえ、星子。”子ども”、そろそろ出来るかな」
私の腹に、自らの身体をぴたりと当てて名月が問いかける。
「んー。授かり物、っていうからなあ。どうだろうね」
「あー、早くできないかな。星子とオレの、子ども」
私から少し身体を離して、彼は愛おしそうに私の腹を撫でた。
───名月が“子ども”について私に切り出したのは、つい1ヶ月ほど前のことだった。
それまで避妊具の使用を欠かさなかった名月は、ある夜ぽつりと私に問いかけた。
「星子は、“子ども”って、欲しい?」
コンドームの袋を破る手を止めて、私を見つめる彼に私は戸惑った。なんと答えていいものか分からず、問いを問いで返した。
「名月は、欲しいの?」
「んー……」
名月は手に持ったコンドームを眺めながら、しばらく考え込むそぶりをみせた。そして、ゆっくりと口を開いた。
「オレ、今までずっと思ってたんだ。辛い思いをさせるなら“子ども”なんて、作っちゃいけないって」
名月は、己の不幸な幼少期と過酷な人生経験から、子どもが出来ることにトラウマじみた嫌悪感を感じていた、と私に話した。
「親父はオレの子ができたらまた、“跡継ぎ”として利用するつもりだったし。あの頃のオレに、それを止める選択肢はなかったし……でも」
藤埜組の組長が、我が子を裏社会の闇から遠ざけようと必死になっていたことを知ったとき、『ヤクザ者でも子どもを巻き込まない選択ができるのか』、と内心驚いたらしい。
しかし子どもを作ることに対する苦手意識は名月の中で潜在的にすり込まれ、今に至るまで、避妊具を使用することそのものが強迫観念に近いものだった。
「でもなんか今、ふっと思ったんだ。こんなに愛おしい女性との間に子どもが出来て、オレの、オレだけの家族が増えたら、どんなに幸せだろう……って」
そう言って、じっと私を見つめた名月の太い首筋に、気づけば私は飛びついていた。
「絶対、もっと幸せだよ。名月と私と、子どもたちがいる、私たちだけの家なんて」
驚いたのか、名月はしばらく固まっていたが、その腕をゆっくりと私の背中に回した。
「そっか。絶対、もっと幸せ、か」
「うん。二人きりでもこんなに幸せなのに」
「そっか。オレと、星子の子ども、か」
背中に添えられた手に、ぎゅっと力がこもった。
「今日からオレ、ゴム使わないから」
「うん、いいよ」
「星子の胎ん中に、出すよ」
「うん。そうしなきゃ、赤ちゃんできないもん」
「……っ星子」
抱きしめられた身体ごとベッドに押しつけられて、その晩、私たちは本当に一つになった。
身体を繋げた私たちを隔てるものは何もなく、内壁を擦る名月の激しい熱が私のナカへ初めてほとばしった瞬間、私たちは何度も互いに口づけた。
「子ども、もう出来たかな」
貪るようなキスの合間に、ぽつりとカタナが呟いた。
「出来てても、まだ出来てなくてもいいよ」
彼の言葉に、私はくすりと笑って頬をすり寄せた。
「何回だって、キスをして、身体を重ねて、愛し合えばいい。ずっと幸せなことをし続けていたら、そのうち新しい幸せがやってきてくれる」
私の耳元に、優しい声が返ってきた。
「そっか。何回も、何回も愛し合えばいいんだ」
「そうだよ。何回も、何回でも。私のお腹に、命を頂戴」
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