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Episode〈7〉霹靂 ⑶
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「んー、捨てちゃおうかなあ」
彼が帰ってこなくなって、3週間。季節はすっかり夏となり、空調の効いた部屋で日がな一日を過ごしている私の目にも外の熱気が伝わってくるようになった。
自室のクローゼットで衣替えをしていると、もう着ないであろう服が大量に見つかった。
以前は出勤のために着回していた何着かのスカート、いつだったか友人と旅行先で買った派手なシャツ、学生時代に古着屋で買ったダメージデニム……出番を失った洋服たちを取り払うと、ずいぶんとクローゼットがすっきりした。
───「え、こんなに捨ててしまうんですか」
食材を届けにきた松元さんに洋服の処分をお願いできないか、と相談すると、ゴミ袋一杯に詰まったそれをみて彼が目を丸くした。
「ええ、お手数なんですけど。構いませんか?」
「それは、全然……」
松元さんは少しの間、何か考え込んだそぶりをして口を開いた。
「あの、これ。俺が貰ってもいいですか?」
「ええ?」
まさかの提案に驚きが口をついて出る。語弊をうんだことに気がついたのか、松元さんが慌てたように首を横に振った。
「あ、その。俺、姉貴がいて。そんで、姉貴、中学生の娘がいて。シングルマザーでなんとかやってるみたいなんですが、なんかその姪っ子、最近しゃれっ気づいてきて」
話を聞いてみると、どうやら松元さんはその姪をひどく可愛がっているらしく、彼女にたくさんの服を与えてやりたいそうだった。
はたして、私が着ていた服が今をときめく少女の趣味に合うかどうかはなはだ疑問ではあるが、彼の希望を断る理由も特にない。
「私は構いませんよ。姪御さん、喜んでくれるといいんですが」
「ありがとうございます!」
細い目をきらきらと輝かせて衣類の入ったゴミ袋を抱え、玄関を後にしようとした松元さんを慌てて引き留める。
「松元さん、ご飯!ご飯も持って帰ってください!」
両手に洋服と料理のタッパーをぶら下げ、意気揚々と帰って行った松元さんの背中を見送って、ふう、とリビングのソファに腰を下ろす。
───松元さん、よっぽど姪っ子さんが可愛いんだなあ。
彼の姉は娘を産んですぐに離婚したらしく、姪の面倒を当時学生だった松元さんはよく見ていたそうだ。
『俺、独り身なんですけど。もう、実の子どもみたいに可愛くて』
普段の仏頂面が一変、嬉しそうに、愛おしそうに姪のことを話す松元さんは、本当に“娘を溺愛するお父さん”のようだった。
ふと疑問に思い彼に年齢を聞けば、23歳だという。自分より年上だとばかり思い込んでいたので、少々動揺した。
「……はじめは、名前も知らなかったのになあ」
松元さんとは、この家に来た当初から毎日顔を合わせていたにも関わらず、ひと月ほど前にやっとその名前を知った。そして今では、カタナと5年の付き合いがあること、姉がいること、溺愛している姪がいること、独身であること、23歳であること、あと茄子だけは食べられないこと……彼にまつわる、様々なことを私は知っている。
───『知らないままでいい』
……ただ、松元さんの下の名前だけは、『知らないままでいい』。それで、いい。
カーテンの開いた窓に目をやると、空は真っ青に晴れていた。今朝、テレビから聞こえたニュースキャスターの声を思い出す。
『本日は、非常に気温が高くなるでしょう。熱中症にご注意ください』
「カタナ、大丈夫かなあ……」
口からこぼれた憂患は、誰に聞かれることもなくリビングの壁へと吸い込まれていった。
彼が帰ってこなくなって、3週間。季節はすっかり夏となり、空調の効いた部屋で日がな一日を過ごしている私の目にも外の熱気が伝わってくるようになった。
自室のクローゼットで衣替えをしていると、もう着ないであろう服が大量に見つかった。
以前は出勤のために着回していた何着かのスカート、いつだったか友人と旅行先で買った派手なシャツ、学生時代に古着屋で買ったダメージデニム……出番を失った洋服たちを取り払うと、ずいぶんとクローゼットがすっきりした。
───「え、こんなに捨ててしまうんですか」
食材を届けにきた松元さんに洋服の処分をお願いできないか、と相談すると、ゴミ袋一杯に詰まったそれをみて彼が目を丸くした。
「ええ、お手数なんですけど。構いませんか?」
「それは、全然……」
松元さんは少しの間、何か考え込んだそぶりをして口を開いた。
「あの、これ。俺が貰ってもいいですか?」
「ええ?」
まさかの提案に驚きが口をついて出る。語弊をうんだことに気がついたのか、松元さんが慌てたように首を横に振った。
「あ、その。俺、姉貴がいて。そんで、姉貴、中学生の娘がいて。シングルマザーでなんとかやってるみたいなんですが、なんかその姪っ子、最近しゃれっ気づいてきて」
話を聞いてみると、どうやら松元さんはその姪をひどく可愛がっているらしく、彼女にたくさんの服を与えてやりたいそうだった。
はたして、私が着ていた服が今をときめく少女の趣味に合うかどうかはなはだ疑問ではあるが、彼の希望を断る理由も特にない。
「私は構いませんよ。姪御さん、喜んでくれるといいんですが」
「ありがとうございます!」
細い目をきらきらと輝かせて衣類の入ったゴミ袋を抱え、玄関を後にしようとした松元さんを慌てて引き留める。
「松元さん、ご飯!ご飯も持って帰ってください!」
両手に洋服と料理のタッパーをぶら下げ、意気揚々と帰って行った松元さんの背中を見送って、ふう、とリビングのソファに腰を下ろす。
───松元さん、よっぽど姪っ子さんが可愛いんだなあ。
彼の姉は娘を産んですぐに離婚したらしく、姪の面倒を当時学生だった松元さんはよく見ていたそうだ。
『俺、独り身なんですけど。もう、実の子どもみたいに可愛くて』
普段の仏頂面が一変、嬉しそうに、愛おしそうに姪のことを話す松元さんは、本当に“娘を溺愛するお父さん”のようだった。
ふと疑問に思い彼に年齢を聞けば、23歳だという。自分より年上だとばかり思い込んでいたので、少々動揺した。
「……はじめは、名前も知らなかったのになあ」
松元さんとは、この家に来た当初から毎日顔を合わせていたにも関わらず、ひと月ほど前にやっとその名前を知った。そして今では、カタナと5年の付き合いがあること、姉がいること、溺愛している姪がいること、独身であること、23歳であること、あと茄子だけは食べられないこと……彼にまつわる、様々なことを私は知っている。
───『知らないままでいい』
……ただ、松元さんの下の名前だけは、『知らないままでいい』。それで、いい。
カーテンの開いた窓に目をやると、空は真っ青に晴れていた。今朝、テレビから聞こえたニュースキャスターの声を思い出す。
『本日は、非常に気温が高くなるでしょう。熱中症にご注意ください』
「カタナ、大丈夫かなあ……」
口からこぼれた憂患は、誰に聞かれることもなくリビングの壁へと吸い込まれていった。
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