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Episode〈6〉漣波 ⑸
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結局、私たちは午後にもう1本映画を観てからショッピングモールを後にした。
日は山際に傾いて、あたりを夕焼けに染めている。
「それで、温泉行きたいんだっけ」
運転席のカタナはサングラスをかけながら、私に次の目的地を確認する。
「はい。でもちょうど、お宿のあたりが温泉地のようなので。そのままお宿に向かって頂ければ」
「わかった」
私がスマートフォンで表示した地図をちらりと見て、カタナは車を発進させた。
そういえば、ここに来るまでも、彼は最初に一度スマートフォンで地図を確認しただけであとは何も見ずに辿り着いたように思う。
「車のナビとか、使わないんですね」
「んー。得意なんだよね、道覚えるの」
そう言いながら、迷うことなくハンドルを切るカタナ。なるほど、目覚ましが不要な人間がいればナビが不要な人間もいるものだ、と感心しながら私はその横顔を見ていた。
宿について早々、意気揚々と部屋の中で浴衣に着替える私に、カタナは呆れたように声をかけた。
「堂々と脱ぐね。外では少しくっついただけで、あんなに真っ赤になってたのに」
「……他人がいる方が、緊張するんです」
「ふうん」
外湯へ持って行くものを確認し終え、部屋から廊下へ出て、すぐ。私の腰は、急に隣へ引き寄せられた。
「ちょっ……っ」
「ほら、いくよ」
抵抗を試みれど、太い腕はびくともせず。あとは、誰にもすれ違いませんように、と祈るような気持ちで歩くことしかできなかった。
もちろん、結局のところ何人かとすれ違った。突き刺さるような好奇の視線がいたたまれず、カタナの肩口に顔を隠すと彼も私の方へと頭を寄せた。
「……カタナさん」
「何?」
「何でもしますから、勘弁してください……」
「ふうん。なんでも、か」
次の瞬間、ぱ、といきなり腰が自由になった。
顔を上げると、カタナがにんまり笑っている。
「何してもらうか、考えとく」
そう言い残してカタナが去って行ったのが、男湯の入り口であることに気づいて初めて、私は目的の外湯に到着していたことを悟った。
女湯の暖簾をくぐって脱衣所に入ると、何やら数名、妙齢の婦人がこちらを見ている。軽く会釈をすると、次々に声をかけられた。
「お姉さん。知ってんだろうけど、ここは“子宝の湯”だからね」
「そうよお。あたしの知り合いも、ここに来て子どもが出来たのよ」
「ゆっくり浸かって、がんばんなさいね」
肩を叩いて脱衣所から浴場に入っていく彼女たちを見送って、私はため息をついた。
……合点がいった。きっと、先ほどカタナと歩いていたのを見られていたのだ。
「“子宝の湯”、かあ……」
『そんなもの、もちろん要らないよ』
片桐組組長の元を初めて訪れた後、“子ども”に関してカタナが言った言葉を思い出す。
その声色は淡々として、冷徹で。関心がない、というより、どこか嫌悪にも似た響きを持っていた。
「……」
浴衣を脱ぎながら、じっと自分の体を見る。
もしも、もしもの話だ。私のこの身体が、彼が愛する“美空”自身の身体だったなら。
───彼は、私と命を育むことを望んだのだろうか。
「……何、考えてるんだろ」
心の中にぼんやりと浮かんだ靄は、言葉となって口からこぼれ落ちた。
日は山際に傾いて、あたりを夕焼けに染めている。
「それで、温泉行きたいんだっけ」
運転席のカタナはサングラスをかけながら、私に次の目的地を確認する。
「はい。でもちょうど、お宿のあたりが温泉地のようなので。そのままお宿に向かって頂ければ」
「わかった」
私がスマートフォンで表示した地図をちらりと見て、カタナは車を発進させた。
そういえば、ここに来るまでも、彼は最初に一度スマートフォンで地図を確認しただけであとは何も見ずに辿り着いたように思う。
「車のナビとか、使わないんですね」
「んー。得意なんだよね、道覚えるの」
そう言いながら、迷うことなくハンドルを切るカタナ。なるほど、目覚ましが不要な人間がいればナビが不要な人間もいるものだ、と感心しながら私はその横顔を見ていた。
宿について早々、意気揚々と部屋の中で浴衣に着替える私に、カタナは呆れたように声をかけた。
「堂々と脱ぐね。外では少しくっついただけで、あんなに真っ赤になってたのに」
「……他人がいる方が、緊張するんです」
「ふうん」
外湯へ持って行くものを確認し終え、部屋から廊下へ出て、すぐ。私の腰は、急に隣へ引き寄せられた。
「ちょっ……っ」
「ほら、いくよ」
抵抗を試みれど、太い腕はびくともせず。あとは、誰にもすれ違いませんように、と祈るような気持ちで歩くことしかできなかった。
もちろん、結局のところ何人かとすれ違った。突き刺さるような好奇の視線がいたたまれず、カタナの肩口に顔を隠すと彼も私の方へと頭を寄せた。
「……カタナさん」
「何?」
「何でもしますから、勘弁してください……」
「ふうん。なんでも、か」
次の瞬間、ぱ、といきなり腰が自由になった。
顔を上げると、カタナがにんまり笑っている。
「何してもらうか、考えとく」
そう言い残してカタナが去って行ったのが、男湯の入り口であることに気づいて初めて、私は目的の外湯に到着していたことを悟った。
女湯の暖簾をくぐって脱衣所に入ると、何やら数名、妙齢の婦人がこちらを見ている。軽く会釈をすると、次々に声をかけられた。
「お姉さん。知ってんだろうけど、ここは“子宝の湯”だからね」
「そうよお。あたしの知り合いも、ここに来て子どもが出来たのよ」
「ゆっくり浸かって、がんばんなさいね」
肩を叩いて脱衣所から浴場に入っていく彼女たちを見送って、私はため息をついた。
……合点がいった。きっと、先ほどカタナと歩いていたのを見られていたのだ。
「“子宝の湯”、かあ……」
『そんなもの、もちろん要らないよ』
片桐組組長の元を初めて訪れた後、“子ども”に関してカタナが言った言葉を思い出す。
その声色は淡々として、冷徹で。関心がない、というより、どこか嫌悪にも似た響きを持っていた。
「……」
浴衣を脱ぎながら、じっと自分の体を見る。
もしも、もしもの話だ。私のこの身体が、彼が愛する“美空”自身の身体だったなら。
───彼は、私と命を育むことを望んだのだろうか。
「……何、考えてるんだろ」
心の中にぼんやりと浮かんだ靄は、言葉となって口からこぼれ落ちた。
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