刃に縋りて弾丸を喰む

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Episode〈6〉漣波 ⑷

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 観る映画はカタナが決めた。
 映画館のエントランスホールに張られたポスターをぐるりと見て、「あれがいい」と今話題のミュージカル映画を選んだ。
 「映画館で見るのなら、音楽とか、派手なのがいいんでしょう」
 確認するように私の方へ振り返った彼に、少し考えてから返事をする。
 「それは、そうかもしれませんけど。好きなんですか?ミュージカル」
 すると今度は、カタナの方が少し考え込むそぶりを見せた。
 「……うん、好きかも」
 ぱ、と顔を上げた彼は「自分でも今気がついた」という表情でそう言った。

 チケットを買った後、売店の列に並びながらカタナは私に問いかけた。
 「“ポップコーンセット”を二つ、買えばいいの?」
 「うーん、それでもいいですけど……」
 カタナが見ているパネルの、隣のパネルに指を差す。
 「あの、ポップコーンが一つでジュースが二つのセットにしませんか?」
 「一つのポップコーンを分けるの?」
 「はい。私、食べきれないと思うので」
 「ふうん。一つを二人で、か」
 煌々とフードメニューを表示するパネルを見上げながら、カタナはぽつりと呟いた。
 「なんかいいね、それ」

 劇場の入り口をくぐって、指定された席に着く。
 カタナからポップコーンとドリンクの乗ったトレイを受け取って、二人の間にあるドリンクホルダーにセットした。
 「なるほど。そうやって使うんだ、それ」
 物珍しそうにそれを見てから、彼は私に視線を向ける。
 「飲み物入れるところ、両側にあるけど。どっちを使うの?」
 「……多分、右?」
 「わかった」
 カタナが右側に自分のドリンクをセットしたところで、ちょうど劇場が暗くなった。
 「カタナさん、もう上映が始まりますからスマートフォンを切ってください」
 「電源を切るの?」
 小声になった私に合わせて、声を抑えたカタナが驚いた顔を見せる。
 「フライトモードでもいいですけど、画面が光ったり音が鳴ったりしたら、他の人に迷惑がかかるので。そういうルールなんです」
 「ああ、なるほど。……ルール、ね」
 なぜだか一瞬、カタナが遠くを見た気がした。大きな手の中のスマートフォンから光が消える。
 代わりに、スクリーンに灯りがともる。広い劇場内が、軽やかな音響で包まれる。
 そうして、映画が始まった。

 案の定、エンドロールが終わって館内の照明が明るくなるまで、カタナは席を立つことも私に話しかけることもなかった。
 ただじっと、家で映画を見ているときと同じくまっすぐ前を見ていた。
 ……そして家と同じく、ドリンクにもポップコーンにも、一切口をつけていないようだった。
 大量に余ったポップコーンと飲み切れていないドリンクをどうしたものか、と考えている間にも、他の観客たちは次々に席を立って劇場の出口へと向かっている。
 ただ一人、じっと前を向いたままのカタナが、ぽつりと呟いた。
 「すごく、よかった」
 ゆっくりと、噛みしめるような声だった。

 「……そんなに、よかったですか?」
 「うん」
 カタナが歩く度、ポップコーンの入った袋がガサガサと鳴る。
 ちょうど昼時を迎えた日曜日のショッピングモールは、子ども連れの家族や学生、若いカップルなど、多くの人で賑わっていた。
 歩きながら話すのも、と目についたフードコートへ彼を誘う。
 「何か食べますか?」
 「んー、あんたが選んで」
 どうやら彼の心はまだ映画館にあるらしい。素っ気ない答えを聞いて、一人あたりを見渡すとラーメン屋ののぼり・・・が目に入った。
 ───そういえば、この辺はラーメンが有名なんだっけ。
 そうと決まれば、と手早く注文を済ませて席へと戻る。
 「何それ」
 開口一番、彼は私が手に持っていた呼び出しベルが気になったようだった。
 「知りませんか?料理が完成すると、これが鳴るんです。それから、カウンターに料理を取りに行くんです」
 「へえ、店員が運んでこないんだ」
 「フードコートも初めてなんですか?」
 「うん。こういう場所自体、来たことがなかった」
 首を伸ばして賑やかなテーブル席の数々に目をやるカタナ。その髪も眉もまつげも、真っ白に染まっている。服の下には、数多の傷が隠されている。
 21歳らしからぬ貫禄と、それとは裏腹に時折見せる子どもっぽい一面。
 ───一体、彼はどんな人生を送ってきたのだろう。
 「あんたの人生とは、真逆みたいな人生だよ」
 カタナが振り返る。もしや思考が口に出てしまっていたかと慌てて口を押さえると、カタナは肩を揺らして笑った。
 「あー、やっぱり。そういうこと考えてたんだ」
 口に当てられた私の手を、カタナの長い指がそっと剥がす。
 「あんたが経験してきたことをオレは一つも経験していないし、オレが経験してきたことをあんたは一つも経験していない」
 私の手を握って、カタナは話を続けた。
 「でも、一緒に暮らしている間は、こうしてあんたと同じことを経験できる」
 長い前髪の隙間から、黒い瞳が優しくこちらを覗いている。

 「それが、今は、すごく嬉しい」

 ───ビー!ビー!
 けたたましく鳴った呼び出しベルに思わず肩が跳ねる。顔をしかめたカタナが視線をテーブルに移した。
 「い、一緒に取りに行きましょう。二人分のラーメンは運べないので」
 「ラーメンにしたんだ」
 「美味しいらしいので!」
 呼び出しベルを持って慌てて席を立つ。後ろからカタナがついてくる気配を感じたが、進む足をわざと速めた。
 ……しかし、その努力・・も徒労に終わったらしい。
 「あんた、今日はよく真っ赤になるね」
 いつの間にやら、隣に追いついていたカタナが可笑しそうに私の顔をのぞき込んだ。
 「家の中じゃ、そんな顔はしないのに」
 ───……だって。
休日のショッピングモールまでドライブして、映画を見て、フードコートで休憩して。人目を気にしながら手を繋いで歩いたり、時々もっと密着したりして。そんなの、まるで。

 ───恋人、みたいだから。
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