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Episode〈5〉再逢 ⑵
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結局のところ、動画配信サービスに『プリティ・ウーマン』はなく。私の希望で、『ローマの休日』を見ることになった。
「わ、白黒じゃん」
「でも、いい映画ですよ」
ふうん、とあっさりとした返事をして動画を再生しようとしたカタナを慌てて止める。
「ま、待ってください。飲み物とか、お菓子とか、何も用意してないです」
「そんなの必要?半日座ってなきゃならないならまだしも、二時間ぐらいでしょ?」
「そういうことじゃなくって……」
カタナがきょとん、と私を見ている。言いたいことをどう表現するべきか、少し頭をひねってから彼に問いかける。
「映画館で映画を見るとき、ポップコーンとかジュースとか、買ってから劇場に入りませんか?」
「そういうもの?オレ、映画館行ったことないから分かんないや」
そう言って、カタナはポケットから黒いスマートフォンを取り出した。電話先の相手にポップコーンとジュースを買ってくるよう、要件だけ短く伝えて電話を切ったようだった。
「松元さんですか?」
「……なんで知ってるの?」
「それは、毎日お世話になっていますから」
「そういうことじゃないよ」
きょとん、とカタナを見つめる私に、カタナは少し不機嫌そうな視線を向けた。
「松元の名前。教えてないでしょう」
「あ、ああ。私が訊いたんです、昨日」
隣に座っていたカタナが、私の身体に腕を回して引き寄せた。
「松元の下の名前は?」
「知らないです。訊いた方がいいですか?」
「知らないままでいい」
私の肩に頭を預けて、カタナはまた、口を開いた。
「……“フウマくん”にも、自分から名前を訊いたわけ?」
カタナの口から聞く“フウマ”という単語に、思わず肩が跳ねる。跳ねた肩に乗ったままの、白い髪がわずかに揺れた。
「ど、どうだったか。訊いたといえば、訊いたかも」
「……ふうん」
───ピンポーン。
タイミング良く鳴ったインターホンに、反射的に立ち上がる。
「ま、松元さんですね。荷物受け取ってきます」
足早に玄関に向かい、扉を開けて松元さんを迎え入れる。荷物を受け取るとすぐ、松元さんは出て行った。しかし、彼の後ろ姿を見送った後も、私はその場から動けないでいた。
“フウマ”の名を聞いて、ふいに上がった心拍も、体温も。なんだか、カタナには知られたくなかった。
「わ、白黒じゃん」
「でも、いい映画ですよ」
ふうん、とあっさりとした返事をして動画を再生しようとしたカタナを慌てて止める。
「ま、待ってください。飲み物とか、お菓子とか、何も用意してないです」
「そんなの必要?半日座ってなきゃならないならまだしも、二時間ぐらいでしょ?」
「そういうことじゃなくって……」
カタナがきょとん、と私を見ている。言いたいことをどう表現するべきか、少し頭をひねってから彼に問いかける。
「映画館で映画を見るとき、ポップコーンとかジュースとか、買ってから劇場に入りませんか?」
「そういうもの?オレ、映画館行ったことないから分かんないや」
そう言って、カタナはポケットから黒いスマートフォンを取り出した。電話先の相手にポップコーンとジュースを買ってくるよう、要件だけ短く伝えて電話を切ったようだった。
「松元さんですか?」
「……なんで知ってるの?」
「それは、毎日お世話になっていますから」
「そういうことじゃないよ」
きょとん、とカタナを見つめる私に、カタナは少し不機嫌そうな視線を向けた。
「松元の名前。教えてないでしょう」
「あ、ああ。私が訊いたんです、昨日」
隣に座っていたカタナが、私の身体に腕を回して引き寄せた。
「松元の下の名前は?」
「知らないです。訊いた方がいいですか?」
「知らないままでいい」
私の肩に頭を預けて、カタナはまた、口を開いた。
「……“フウマくん”にも、自分から名前を訊いたわけ?」
カタナの口から聞く“フウマ”という単語に、思わず肩が跳ねる。跳ねた肩に乗ったままの、白い髪がわずかに揺れた。
「ど、どうだったか。訊いたといえば、訊いたかも」
「……ふうん」
───ピンポーン。
タイミング良く鳴ったインターホンに、反射的に立ち上がる。
「ま、松元さんですね。荷物受け取ってきます」
足早に玄関に向かい、扉を開けて松元さんを迎え入れる。荷物を受け取るとすぐ、松元さんは出て行った。しかし、彼の後ろ姿を見送った後も、私はその場から動けないでいた。
“フウマ”の名を聞いて、ふいに上がった心拍も、体温も。なんだか、カタナには知られたくなかった。
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