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Episode〈4〉繭籠 ⑹
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浴室に充満する熱気に頭がぼうっとする。二人の身体をはじくシャワーの音も、どこか遠くに聞こえるようだ。
それほど密に絡みついた彼の身体から聞こえる呼吸と鼓動と、私の身体をなぞって響く淫らな音とが、今の私が感じるすべてだ。
「……ほら、見て」
ふいにカタナが、私の身体を浴室の鏡へと向ける。
「ね、あんたにも痕がいーっぱい」
後ろから抱きかかえるようにして鏡の前へとさらされた私の身体には、赤い痕がいくつも浮かび上がっていた。
吸った痕、這った痕、噛んだような痕。
「だから今朝、『痛くない?』って訊いたのに」
ふふ、と笑みを含んだ優しい吐息が鼓膜をなでる。
「痛くない、です」
「ほんとに?」
ひとつひとつ、赤い痕を指でなぞりながら確かめるように問うカタナ。
私の肩に載せられた、白銀の髪の毛にそっと頬を寄せた。
「カタナさんに、痛くされたことなんて一度もない」
頬に触れる、濡れた髪の柔らかな温度が心地良くって、なんだか眠たくなってくる。
「ぜんぶ、きもちいい」
あ、と思ったときには、すでに身体を抱え上げられていた。
浴室から出たカタナは一瞬、私を下ろすと傍らのタオルを引っつかんで乱雑に身体を拭いた。
一通り二人分の身体の水気を取り払って、彼は再び私を抱き上げる。
足で脱衣所の扉を横に引きながら、彼は大きくため息をついた。
「“心配”なら、あおんないで」
真っ直ぐ寝室へ突き進みながら、彼は続ける。
「激しい運動、させたくないでしょ」
薄明かりのともった寝室の、彼のベッドの中。
下着もまとわず、ぴったりと肌をくっつけるように彼は私を抱きしめた。
こうして今朝と同じ場所で寄り添ってみると、彼の身体から病の熱がすっかり引いたことを実感してほっとする。
なんとはなしに広い背中をなぜていると、私の肩口に顔を埋めたまま、カタナがぽつりと口を開いた。
「あんた、休みの日って何してた?」
───“何してた”、か。
シンプルな質問に、かつての休日へと思いを馳せる。
「映画見たり、ドラマ見たり、友だちと遊んだり……ですかね」
「ふうん、オナニー以外にもやることあったんだ」
「ちょっ……」
「冗談だよ」
くすくす、と肌を直にくすぐる吐息がこそばゆい。
「好きな映画は?」
「うーん。『プリティ・ウーマン』、とか」
「へえ。どの辺が?」
問われて初めて、真っ先に浮かんだ映像が『自分の一番好きなシーン』であることを自覚した。
「愛のないキスはしないと決めていたビビアンが、契約相手だったはずのエドワードが眠っている間に、そっと彼にキスをするシーン。あれが、忘れられなくて」
「……なるほどね」
いつの間にか、大きくて温かな手のひらががゆっくりと私の背をなでていた。身体を包む、穏やかな体温に自然とまぶたが落ちてゆく。
「明日はあんたの好きな映画、見よう」
「『プリティ・ウーマン』、配信されてるかなあ」
「なかったら、他の好きな映画を見よう」
「なに、みようかなあ……」
「考えておいて」
「は……い……」
すう、すうと小さな寝息が立ち始めたのを聞いて、カタナは腕の中相手をのぞき込む。安らかな寝顔を眺めながら、彼はぽつりと呟いた。
「今日、あんた、ずっとカタナさんって呼んでたの、気づいてなかったでしょ」
くすりと、ひとつ苦笑をこぼして。それから、目の前の小さな唇に、カタナはそっとキスをした。
「おやすみ───“星子”」
タワーマンションの上階までは、都会の喧噪も届かない。
更けゆく夜の静寂に、二人の寝息だけが重なり合って溶けていった。
それほど密に絡みついた彼の身体から聞こえる呼吸と鼓動と、私の身体をなぞって響く淫らな音とが、今の私が感じるすべてだ。
「……ほら、見て」
ふいにカタナが、私の身体を浴室の鏡へと向ける。
「ね、あんたにも痕がいーっぱい」
後ろから抱きかかえるようにして鏡の前へとさらされた私の身体には、赤い痕がいくつも浮かび上がっていた。
吸った痕、這った痕、噛んだような痕。
「だから今朝、『痛くない?』って訊いたのに」
ふふ、と笑みを含んだ優しい吐息が鼓膜をなでる。
「痛くない、です」
「ほんとに?」
ひとつひとつ、赤い痕を指でなぞりながら確かめるように問うカタナ。
私の肩に載せられた、白銀の髪の毛にそっと頬を寄せた。
「カタナさんに、痛くされたことなんて一度もない」
頬に触れる、濡れた髪の柔らかな温度が心地良くって、なんだか眠たくなってくる。
「ぜんぶ、きもちいい」
あ、と思ったときには、すでに身体を抱え上げられていた。
浴室から出たカタナは一瞬、私を下ろすと傍らのタオルを引っつかんで乱雑に身体を拭いた。
一通り二人分の身体の水気を取り払って、彼は再び私を抱き上げる。
足で脱衣所の扉を横に引きながら、彼は大きくため息をついた。
「“心配”なら、あおんないで」
真っ直ぐ寝室へ突き進みながら、彼は続ける。
「激しい運動、させたくないでしょ」
薄明かりのともった寝室の、彼のベッドの中。
下着もまとわず、ぴったりと肌をくっつけるように彼は私を抱きしめた。
こうして今朝と同じ場所で寄り添ってみると、彼の身体から病の熱がすっかり引いたことを実感してほっとする。
なんとはなしに広い背中をなぜていると、私の肩口に顔を埋めたまま、カタナがぽつりと口を開いた。
「あんた、休みの日って何してた?」
───“何してた”、か。
シンプルな質問に、かつての休日へと思いを馳せる。
「映画見たり、ドラマ見たり、友だちと遊んだり……ですかね」
「ふうん、オナニー以外にもやることあったんだ」
「ちょっ……」
「冗談だよ」
くすくす、と肌を直にくすぐる吐息がこそばゆい。
「好きな映画は?」
「うーん。『プリティ・ウーマン』、とか」
「へえ。どの辺が?」
問われて初めて、真っ先に浮かんだ映像が『自分の一番好きなシーン』であることを自覚した。
「愛のないキスはしないと決めていたビビアンが、契約相手だったはずのエドワードが眠っている間に、そっと彼にキスをするシーン。あれが、忘れられなくて」
「……なるほどね」
いつの間にか、大きくて温かな手のひらががゆっくりと私の背をなでていた。身体を包む、穏やかな体温に自然とまぶたが落ちてゆく。
「明日はあんたの好きな映画、見よう」
「『プリティ・ウーマン』、配信されてるかなあ」
「なかったら、他の好きな映画を見よう」
「なに、みようかなあ……」
「考えておいて」
「は……い……」
すう、すうと小さな寝息が立ち始めたのを聞いて、カタナは腕の中相手をのぞき込む。安らかな寝顔を眺めながら、彼はぽつりと呟いた。
「今日、あんた、ずっとカタナさんって呼んでたの、気づいてなかったでしょ」
くすりと、ひとつ苦笑をこぼして。それから、目の前の小さな唇に、カタナはそっとキスをした。
「おやすみ───“星子”」
タワーマンションの上階までは、都会の喧噪も届かない。
更けゆく夜の静寂に、二人の寝息だけが重なり合って溶けていった。
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