刃に縋りて弾丸を喰む

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Episode〈4〉繭籠 ⑶

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 「……これでいいですか」
 玄関口で渡された大きなビニール袋には、スーパーマーケットの店名が印字されている。中をちらりと確認して、礼を言おうと顔を上げた。
 「ありがとうございます、松元さん」
 『生活物資配達係』───カタナから渡されたスマートフォンにそう登録されていた彼に電話をかけたのは、今日が初めてのことだった。
 黒い短髪に凜々しい眉。いつでも口を真一文字に結んで、日に三度私に食事を運んでくれる彼の名前を知ったのも、今日が初めてだった。
 「……その食材、ご自分用ですか?」
 いつもは私が配達の礼を言うと、軽く頭を下げてすぐに玄関から出て行く彼。今日もそうするのだろう、とすでに玄関に背を向けていた私は、予想外の問いかけに慌てて彼の方へ振り返った。
 「あ、えっと……自分の分も、ですけど……」
 「カタナさんのお食事も作られるのですか?」
 「そのつもり、です……」
 彼はじっと私の顔を見つめたあと、うっすらと口を開いて何か言いたげなそぶりを見せて、それからまた口をつぐんだ。
 「……そうですか。何かあれば、すぐに呼んでください」
 そう言い残して立ち去った松元さんの後ろ姿を見送って、私も玄関を後にする。
 「……?」
 リビングへと荷物を運ぶ道すがら、彼の不思議なそぶりを思い返してはみたが、その意図をくみ取ることは出来そうもなかった。

 「昼食?」
 時刻は正午。1時間ぶりにそっと寝室を覗くと、やはりカタナは起きていた。
 朝から1時間おきに、水は足りているか、きちんと眠っているか、こっそり確認に訪れるたび、彼は暇そうな視線を私に向けた。
 「眠れませんか?」
 「今日はいつもの倍以上寝てたからね」
 誰かさんが座って出来る仕事すらさせてくれないし、とからかうような恨み言に聞こえないふりをして、盆に載せた昼食を寝室に運び込む。
 カーテンのひかれた窓から視線をこちらに移したカタナが、なぜだか少し目を丸くした。
 「え、なに、それ」
 「雑炊……ですが、お嫌いですか?」
 「や、そうじゃなくて……」
 ベッドに横になったカタナのすぐ隣、サイドテーブルに盆を置いて腰を下ろした私に、カタナは何か言いたげな視線を向けた。
 「……それ、作ったの?」
 「はい。お口に合うといいんですが……」

 「……なんで?」
 
 またもや、予想外の問いかけに今度はこちらが目を丸くする。
 「なんで、って……」
 私の答えを待つように、カタナがじっとこちらを見ている。
 “テイクアウトの食事では消化によさそうなものを見つけられなかった”、“食べやすく、少量でも栄養価の高いものを用意したかった”、“一日という単位でバランスのいい献立を考えたかった”。理由は様々にあるが、一言で表すならば……。
 「早く元気になってほしいから、ですかね……」
 ほんの少し、白いまつげに縁取られた黒い瞳が見開かれた気がした。
 「……そう」
 消え入るような声で呟いて、自分の力で体を起こそうとするカタナ。それを再び、慌てて止める。
 「寝たままじゃ食べられないよ」
 「私が口元まで運びますから」
 事前に寝室まで運んでおいたソファー用のクッションと自分の枕とをカタナの背の下に挟んで、彼の上半身を軽く起こす。
 それからスプーンを手に取って、掬った雑炊をカタナの口元へ差し出した。
 「少し冷ましたので、そんなに熱くないと思います」
 「……オレ、猫舌じゃないよ」
 またぽつりと呟いて、カタナはスプーンを口に含んだ。もぐもぐ、と何度か噛んで飲み下して、ぱ、と口を開けた。
 朝食は一口ごとに食い渋っていたというのに、ずいぶんと素直な彼の様子に面食らいながら二口目を掬って運ぶ。
 そうこうしているうちに、用意した雑炊をカタナはすべてたいらげた。
 「もうないの?」
 小首をかしげて私に問うカタナ。空になった深皿を見て、なんだか嬉しくなった。
 「今度は多めに作りますね。夜は何か、食べたいものがありますか」
 「んー……」
 傍らにあった薬を飲み終えて、カタナは少し考えてから口を開いた。
 「あんたの好きなもの、作って」
 「好きなもの?」
 「うん。それが食べたい」
 “好きなもの”、か。それに思いを馳せて、天井を見上げた私の体がふいに前へと引き寄せられた。
 ちゅ、と唇に触れる柔らかな体温。
 「すごく、美味しかった」
 ありがとう、とカタナは優しく笑って言った。
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