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Episode〈3〉蜜月 ⑴
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「……あ」
時刻は午後2時。東名自動車道から小田原厚木道路に入って数十分。車窓の外に広がった海に、私は小さく歓声を上げた。
隣に座るカタナは忙しなく紙の書類やパソコンの画面とにらめっこを繰り返している。式を終えてから2週間、彼はずっとこの調子だった。
今日、私たちが乗っている車の目的地。“新婚旅行”先が決まったときも、彼は浮かない表情でパソコンのキーボードを叩いていた。
───ことの発端は3日前の夜に遡る。
「新婚旅行……ですか」
「そう。親父が行ってこいってさ」
はぁ、と思いため息をつきながらカタナは私に一枚のパンフレットを渡した。そこには温泉街の写真と『湯河原町』の文字がプリントされていた。
「そこに馴染みの旅館があるから泊まれって」
組長より指示を受けたらしい“新婚旅行”の日程を淡々と説明する間も、キーボードを打つ彼の手は止まらない。
結婚式以来、カタナは多忙を極めているようだった。
家にはほとんど戻らず、帰って来たとしても私が眠るより遅く帰宅し、私が起きるより早く家を出ているらしかった。もちろん家で食事は取らず、洗濯物はすべてクリーニング。外出を禁じられていた私は一人、カタナの部下だという人が運んでくれるテイクアウトの食事を待ちながら家で暇を持て余す日々を送っていた。
───『湯河原町』、か。
こちらを見もしないカタナから視線をそらして受け取ったパンフレットを開く。
『湯河原町』───神奈川県南西部、海に面した場所にある温泉町。緑豊かなその土地は、山に川に海に、様々な観光スポットを有しているようだった。
───海、か。
そういえば、最後に海に行ったのはいつだっただろうか。
生まれ育った土地に海はなく、初めて海を訪れたのは確か上京したての頃だった。都内の大学に合格した、その最初の夏。グループ授業で仲良くなった女の子たち数名と、どこだったか神奈川の浜辺を訪れた。
最初は有名な海水浴場を目指していたものの道に迷ってしまい、結局辿り着いたのは小さな砂浜だった。200メートルほどしかない手狭な波打ち際には人もまばらで、私たちは思い思いに海を楽しむことにした。
夏。新しくできた友人たちとの、初めての海。
それらの記憶が今は、かつて私が何気なく過ごしてきた平穏な日々を象徴しているようで、その眩しさにきりりと胸が痛んだ。
───「カタナさん、到着しました」
運転席から声がして、車がゆっくりと停車する。やっと顔を上げたカタナが、パソコンや書類をまとめて大きな鞄にしまい込む。
「それじゃ、行こっか」
先に車を降りてこちらに手を差し出したカタナ。その手を取って、ふと思った。
───手を繋いだの、久しぶりだな。
時刻は午後2時。東名自動車道から小田原厚木道路に入って数十分。車窓の外に広がった海に、私は小さく歓声を上げた。
隣に座るカタナは忙しなく紙の書類やパソコンの画面とにらめっこを繰り返している。式を終えてから2週間、彼はずっとこの調子だった。
今日、私たちが乗っている車の目的地。“新婚旅行”先が決まったときも、彼は浮かない表情でパソコンのキーボードを叩いていた。
───ことの発端は3日前の夜に遡る。
「新婚旅行……ですか」
「そう。親父が行ってこいってさ」
はぁ、と思いため息をつきながらカタナは私に一枚のパンフレットを渡した。そこには温泉街の写真と『湯河原町』の文字がプリントされていた。
「そこに馴染みの旅館があるから泊まれって」
組長より指示を受けたらしい“新婚旅行”の日程を淡々と説明する間も、キーボードを打つ彼の手は止まらない。
結婚式以来、カタナは多忙を極めているようだった。
家にはほとんど戻らず、帰って来たとしても私が眠るより遅く帰宅し、私が起きるより早く家を出ているらしかった。もちろん家で食事は取らず、洗濯物はすべてクリーニング。外出を禁じられていた私は一人、カタナの部下だという人が運んでくれるテイクアウトの食事を待ちながら家で暇を持て余す日々を送っていた。
───『湯河原町』、か。
こちらを見もしないカタナから視線をそらして受け取ったパンフレットを開く。
『湯河原町』───神奈川県南西部、海に面した場所にある温泉町。緑豊かなその土地は、山に川に海に、様々な観光スポットを有しているようだった。
───海、か。
そういえば、最後に海に行ったのはいつだっただろうか。
生まれ育った土地に海はなく、初めて海を訪れたのは確か上京したての頃だった。都内の大学に合格した、その最初の夏。グループ授業で仲良くなった女の子たち数名と、どこだったか神奈川の浜辺を訪れた。
最初は有名な海水浴場を目指していたものの道に迷ってしまい、結局辿り着いたのは小さな砂浜だった。200メートルほどしかない手狭な波打ち際には人もまばらで、私たちは思い思いに海を楽しむことにした。
夏。新しくできた友人たちとの、初めての海。
それらの記憶が今は、かつて私が何気なく過ごしてきた平穏な日々を象徴しているようで、その眩しさにきりりと胸が痛んだ。
───「カタナさん、到着しました」
運転席から声がして、車がゆっくりと停車する。やっと顔を上げたカタナが、パソコンや書類をまとめて大きな鞄にしまい込む。
「それじゃ、行こっか」
先に車を降りてこちらに手を差し出したカタナ。その手を取って、ふと思った。
───手を繋いだの、久しぶりだな。
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