刃に縋りて弾丸を喰む

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Episode〈2〉氷人 ⑸

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 小さな神社の一角で、式はつつがなく執り行われた。

 「うん、上出来上出来」
 式の後、披露宴の会場として指定された料亭へ向かう道すがら、カタナは満足げな笑みを浮かべて私の“美空”っぷりを褒めた。

 そして私は、もう一度、その言葉を披露宴で聞くこととなる。

 ───「うん、上出来上出来」
 宴が始まった途端、次から次へ杯に注がれる酒。“美空”は未成年のはずなのだが、そんなことはお構いなし。飲み干した次の瞬間、すでに杯が潤っている。
 私も酒好きで、中途半端に酒に強いものだから、注がれた酒は飲まねばならぬと何度も杯をあおる。
 その様子を隣で眺めていたカタナは、また、おかしそうに私を褒めた。

 両家併せて10名足らずのこぢんまりとした披露宴だというのに、片桐組組長のはつらつとした祝辞を皮切に会場は盛り上がる一方だった。
 隣の新郎席からこっそりと私にささやいたカタナ曰く、「片桐組は真意を気取らせないよう感謝の意を、藤埜組は内情をごまかすために歓待の意を、双方派手に見せびらかし合っている」とのことだった。
 そのの式の類いといったら、もっと厳かなものを想像していた私は、またしても面食らった。

 宴もたけなわ。飲めや歌えや、騒ぎ合う男たちの夜はまだまだ終わらない。

 ───飲み干したのはもう幾杯か。
 視界はくらくらと揺れて、杯を持つ手も覚束なくなってきた。
 それでも容赦なく注がれ、杯からは良質な日本酒の香りが立ち上る。それに鼻腔をくすぐられた私が、再び朱の椀に口をつけようとした、その時だった。
 ───「そろそろ勘弁してやってつかぁさい」
 突然手から奪われた杯になみなみ注がれていた酒は、カタナによって飲み干された。
 彼も相当な量の酒を飲まされているだろうに、顔色一つ変えず愛想の良い笑みを浮かべている。
 「ちょっと飲み過ぎたようですね、妻を休ませてきます」
 私の腰を優しく引き寄せ立ち上がったカタナに連れられて、私たちは明るい会場を後にした。

 ───“妻”、か。
 カタナの肩にもたれて暗い廊下を歩きながら、私はちらりと彼の顔を盗み見た。
 ───私、この人の奥さんになったんだなあ。
 あくまで、“美空”として、だけど。

 「……ねえ、カタナ」
 くらりくらり、と覚束ない私の足取りにあわせてゆったりと歩いているカタナに、なんとはなしに話しかける。
 「なぁに、美空」
 ぐら、と大きく揺れた私の肩を支え直して、カタナは優しい声で返事をしてくれた。
 話しかけたはいいものの、特に目的もなかった私は少し逡巡する。それから、ふと頭に浮かんだ疑問をそのまま口にした。
 「カタナって、何歳なの」

 「21」

 「21か……にじゅういち!?」
 あっさりとした返答と、予想外の内容に少しだけ酔いが覚めた。思わずカタナの顔を見上げると、彼はまたニンマリと笑っていた。
 「何、見えない?」
 「み、見えないっていうか、大人っぽいっていうか……」
 理性的で堂々とした態度を常に崩さないカタナの姿を上から下までしげしげと眺めて、はあ、と感嘆に近いため息をもらす。
 21歳にしてこれほどの威厳をまとっている彼は、一体どんな人生を歩んできたのだろう。
 「私、奥さんなのに。カタナのこと、何にも知らないな」

 ───あれ?
 ふいに口をついて出た言葉に、一瞬自分で戸惑った。

 カタナがぴたりと足を止める。
 次の瞬間、あごがくいっと引き上げられた。

 「んっ……」
 唇を這うやわい感覚が、だんだんと深く、甘く溶け合ってゆく。
 呼吸をする間もないほど激しく唇をむさぼられて、酔ってぼんやりとしていた頭に、さらに霞がかかってゆく。

 ───ふと、唇が離れた。
 「可愛いね、美空」

 カタナがぺろりと自らの唇を舐めて、私の首筋にそれを落とした。
 ───ああ、そうか。“美空”だから、訊けたのか。
 今の私は、好きな男性に近づくことすらできない“星子”ではなく、カタナの妻の“美空”なのだ。

 首筋にゆるやかな愛撫を受けながら、私は静かに得心した。
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