刃に縋りて弾丸を喰む

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Episode〈1〉春雷 ⑹

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 「まあ、簡単に言うとね。そこで死んでる女、オレの婚約者だったんだよね」
 男はその方へ振り返りもせず、肩をすくめておどけて見せた。
 「ちょっと仕事的にさ、あの女と結婚しないとヤバくて。死なれちゃったのも相当まずい感じでさ」
 ───あの女の人は、死んじゃったんだ。
 ぼんやりとした頭で、唯一男の言葉から拾えた事実に視線を向ける。風馬の身体の下からはみ出ているチェック柄のスカートと、すらりと伸びた脚。ふくらはぎを覆う暗色の靴下は、“女の人”というよりも“女の子”という空気を醸していた。

 「だからあんたには、あの女の代わりになって欲しいんだよね……って、まーた聞いてないか。仕方がないね」
 はぁ、と男が大きくため息をついた。がしがしと頭の後ろをかいて、男が私に手を伸ばす。
 ぐい、腕が強く引かれた。抵抗する気力もなく、引かれるままに立ち上がる。

 「どのみち、あんたに選択肢はないんだ。正気に戻す手伝いついでに、ちょっと可愛がってあげるよ。……こいつらが間、ここで見てるのもなんだしね」
 男は私の腕を掴んだまま、暗いリビングを突っ切って奥の扉に手をかけた。
 カチャリと軽い音を立てて開いた扉の先は寝室だった。

 ───ちゅ。
 後ろで扉が閉まった音とともに、柔らかい感覚が私の首筋を這った。
 「ひぁ……っ」
 知らない感覚に、今まで力の抜けていた身体がびくりと反応する。
 骨張った手が太ももをじっとりとなぞる。思わず身をよじるも、いつの間にか腰に回されていた太い腕にいともたやすく押さえ込まれた。
 「ワンピースって、脱がしづらいんだよなあ」
 耳元に男の吐息がかかる。太ももを行き来していた指は、いつのまにかその付け根をまさぐっていた。
 「あっ……」
 ショーツの上から恥部を軽くはじかれて、自分でも聞いたことのない声が喉奥からもれ出した。

 「……うん、震えは止まったね」
 ふ、と身体が浮かんだ。
 男は私を抱き上げて、ベッドの上に身体を下ろした。横たわった私の身体にまたがると、ぷちりぷちりとワンピースのボタンを外した。
 「へぇ、白かあ。あいつのために選んだの?可愛いね」
 骨張った感覚が背中に回ったかと思うと、ぷちり、と留め具が外れる音がした。

 ───その音に、ようやく私は我に返った。
 「ま、待って……!?」
 覆い被さる男の肩を必死に手で押し返す。止まっていた頭が動き出したはいいものの、依然として現状が飲み込めない。
 血を流しながら倒れていた二人、“ロシアンルーレット”をした自分、「結婚して」と言った男、その男と二人きりの寝室───むしろ頭が動き出したからこそ、混乱は極まっていく一方だった。
 「ど、どういうこと、ですか」
 男の肩を押し上げながら曖昧な質問をする私に、男はするりとその身を引いた。
 「正気に戻ったみたいだね。うん、じゃあ軽く説明しようか」
 男は私の身体に跨がったまま、話を始めた。
 「さっきも言ったけど、あの女はオレの婚約者で、あの女との結婚はオレの仕事上重要なことだったんだよね。でも死んじゃったでしょ?オレは立場上、あの女が死んだことを公にしたくないし、結婚もふいにしたくない」
 そこであんたの出番、と男は私を指さした。
 「あんたが“あの女”としてオレと結婚する。幸い、あの女はちょっとした事情で関係者に顔が割れてなくてね。あんたが“あの女”としてオレと結婚しても、だぁれもそれに気がつかない」
 男はおどけた調子で手をひらひらと揺らせて見せて、それからふと扉の方へ視線を向けた。
 「お、来たかな」
 つられて私も男の視線の先をみる。扉の向こう───先ほどまで私たちがいたリビングから、ごそごそと何かが動いている気配がした。
 「───っ……!?」
 突然、耳を食まれる感覚にまた声にならない声がもれる。ちゅぷ、ちゅぷ、と淫靡な水音が鼓膜を撫ぜる。
 いつの間にやら覆い被さっていた男は私の両手を片手で縫い止め、もう片方の手で乳房のすぐ側をなぞっていた。
 脇から乳房の下へ、ゆっくりと行き来していた指先が、だんだんと上へのぼってゆく。
 「……んあっ」
 その頂をきゅうとつままれて、身体が大きくのけぞった。

 「……静かにしていないと、聞こえちゃうよ」
 いたずらっぽい男のささやき声が耳をくすぐった。それと共に、扉の向こうから声が聞こえた。
 『……なあ、カタナさんはどこにいるんだよ』
 『知らねー。帰ったんじゃね?』
 リビングでは、複数人の男たちが会話をしているようだった。併せて、何かを引きずるような音や水音が寝室にこだまする。
 「……ああ、そういや名乗ってなかったね」
 男は思い出したように私を見た。
 「オレはカタナ。あんたは?」
 白銀の髪を揺らして、男は私に問いかける。

 風馬の家の、風馬の匂いがするベッドの上。長い前髪の隙間から、ちらりと覗く穏やかな笑顔。
 ───風馬。
 一瞬、大好きなあの男性ひとの顔がよぎった私は、自然と口を開いていた。
 「……せい、こ」

 「そう、セイコ。……それじゃ、はそう呼んであげるね」
 そう言って、男は再び私に身体を重ねた。

 「あんたがその名前で呼ばれるのは、きっと今日が最後だから」
 男───カタナの意味深な言葉は、瞬間甘い刺激にとらわれた私の耳には届かなかった。
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