刃に縋りて弾丸を喰む

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Episode〈1〉春雷 ⑷

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 必死につくろわれた陽気な私の声とは打って変わって、部屋の中は水を打ったようにしんと静まりかえっていた。
 照明はついておらず、明るい廊下から部屋に入ってきたばかりの私の目には暗闇だけが映っていた。
 「風……馬……?」
 予想外の展開に、一瞬思考が停止する。
 ……あ、もしかして、サプライズとか?突然部屋がパッと明るくなって、お好み焼きを並べた机と笑顔の風馬が現れるのかな?それとも、暗がりからワッと脅かそうとしているのかな?

 ───「こんばんは」
 再びこの後の新たな可能性を模索し始めた私の耳に、聞き慣れない声が届いた。
 予想の範疇を超えた現実に、私の身体が凍り付く。
 ───身動き一つ取れず部屋を凝視していた私の目が、段々とその闇に慣れていく。

 部屋の中央に、一人の男が立っている。

  ───風馬じゃ、ない。
  本能が、そう告げていた。

 初めて訪れたマンションの一室に、その部屋の持ち主ではない男が一人。
 異様な光景に視線をそらすことも出来ない私の視界が、闇の中でじっとりと開けてゆく。

 男の足元から少し離れた、部屋の壁際に何かがあった。
 はじめは、パンパンにゴミの詰まった大きなゴミ袋のように見えていたそれ。その正体が、じんわりと網膜に浮かび上がってゆく。
 ───人だ。
 男と女が一人ずつ、重なり合うように倒れ伏している。それから、その周囲に真っ黒な水たまりが広がっている。

 ───風馬、だ。
 ぐったりと力なく崩れ落ちている二人のうち、男の方は、たしかに風馬だった。

 ───ゴトリ。

 私が風馬を認識したのを悟ったかのように、私に向けて“それ”は投げられた。
 黒く鈍く、時折窓から差し込む車のヘッドライトに照らし出される“それ”の形は、紛れもなく拳銃だった。

「ロシアンルーレットって知ってる?」

 ゆっくりと私に向かって近づいてきた男は、道すがら、先ほど投げた拳銃を拾って私に握らせた。そして、それを握らせたままその銃口を私の頭に当てた。

 「銃に入る玉は六発。そのうち、五発は抜いてある───っていうより、もう使われちゃった、って言う方が正しいけど」

 あはは、と愉しそうに笑いながら、男は私の人差し指を引き金にかける。

 「残る弾は一発。その引き金を引いたとき、弾があんたの頭をぶち抜く可能性は六つに一つ」

 男が私の顔をのぞき込む。私の背から差し込む廊下の明かりが、今まで暗がりにあった男の姿を照らし出す。

 ───男の髪は、白銀に輝いていた。
 口元まで伸びた長い前髪の隙間から、真っ黒な瞳が覗いている。その目と目が合った瞬間、ぞ、と肌が粟立った。

 「引いてみなよ、それ」

 薄い唇の両端が、にんまりと引き上げられた。声色にも口元にも、笑みをたたえているにもかかわらず、男の目は無機質な黒に沈んだままだ。
 「あれ、あんたのでしょ?」
 白髪の男は、自らの親指と視線を風馬の方へ向ける。
 「ちなみに女のほうは、だったんだよね」
 はぁ、と気だるげにため息をついた後、男は「まあいいや」と再度私に向き直った。

 「あいつ、このままだと死ぬよ」

 事もなげに、あっさりと。私に向けて、言い放たれた言葉。
 目の前に広がる光景も、私に起こっている事態も。今ここにあるすべての現実を受け入れられていない私の頭に、男の言葉が反響した。
 ───風馬が、死ぬ?

 「まあ、オレとしてはこのまま死んでくれた方がいいなってぐらい、助けるメリットがないんだけどさ」

 んー、と男は口をとがらせながら一息に話して、そしてニッコリとほほ笑んだ。

 「その引き金を引いて、あんたが生きていたら助けてあげることにする」

 ───何を言っているんだろう、この人は。
 私の身体の中で唯一まだ働いている頭の最奥から、冷静な声がする。
 “ロシアンルーレット”をして、私が死ななかったら、風馬を助けてやる?全く脈絡のない提案。支離滅裂な発言。
 現実を受け入れることすら拒んでいる私の身体が、反射的に男の提案を断ろうと、首を横に振ったその時だった。

 ───風馬が、動いた。
 動いたというよりも、痙攣した、と言った方が正しいぐらい、僅かな動作だった。

 しかし、その微細な変化は、一気に私の中へ“現実”を流し込んだ。

 風馬が死にかけている。目の前で大量の血を流し、今こうしている間にもその命の灯火は消えかけている。
 瞬間、走馬灯のように風馬との思い出が脳裏を駆け巡った。初めて言葉を交わしたあの晩のこと、他愛もない話で盛り上げって閉店後まで店に居座ったときのこと、お好み焼きの話を聞いたこと、こうして今日家に招かれたこと。
 ミステリアスなのに、なぜだか親しみやすくて、穏やかで。いつも優しく笑顔を向けてくれていた、私の好きな男性ひと

 ───その人が、死ぬ?

 カチン。

 金属がぶつかるような音がした。

 「……お~、やるじゃん」
 白髪の男がわざとらしい歓声を上げて手を叩く。

 「それじゃ、約束通り助けてあげるね」
 男はスーツのポケットから携帯電話を取り出すと、どこかへ電話をかけ始めた。

 暗い部屋に、携帯を通して会話する男の声だけが響く。

 ───風馬が、助かる。
 引き金を引いた指を緩ませることも、その手を下ろすことも、呼吸すらもできないまま。奇妙な安堵だけが、私の胸をつつんでいた。
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