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第3章 狂いに至る過去
第15話
しおりを挟む会社からの帰り道、六地蔵リクオの前に若い女性が歩いていた。
彼は忍び寄り、すぐ後ろからいきなり話しかけた。
「拙作の✕✕君はですね……こんな魅力がありまして……」
何を言われているかわからない若い女性は後ずさり、やがて悲鳴をあげながら全力で駆け出した。当然だ。夜道で突然、見知らぬモアイ風の男に、そんな事を言われれば女性なら恐怖に駆られるだろう。
だが六地蔵は、その逃げる女性を猛ダッシュで追いかけた。動けぬはずのモアイが、闇のなか突如、地中から這い出して疾走するように。
しかも住宅街に響き渡るような声で、絶叫した――。
「に、逃げないでほしいのですねッ! 拙作を読んでほしいのですねッ! 赤いインジケーターが欲しいのですねッッ! アマチュアは好きに書くんじゃああッ! 」
女性も六地蔵も、ともに走り、ともに叫んだ。声を限りに叫んだ。
「いやッいやッああぁッ! 来ないでええぇぇッ! 誰かああァァッ!」
「自己満で書いておりますのでッ! 読まれたいとは思っておりまッせんッッ! リクオでございますッッ! 六地蔵リクオでございまっすッッ! 誰がキモアイじゃあああッッ!」
明らかに狂人だ。女性の叫び声を聴いた住民が通報し、すぐに警察が駆けつけて六地蔵を取り押さえた。驚くべき事に警官に制圧されながらも彼は「拙作の世界観としましては――」と、自らの小説を解説した。
その時は、ご両親が事情を説明し、女性の体に触れたわけでもなかったため逮捕には至らなかったが、事態はその頃から深刻さを増した。
ご両親の心配をよそに、彼は書いた。狂ったように書いた。プライベートの時間すべてをカコヨモに捧げた、ひたすら赤いインジケーターを求めて。彼には他にする事など何もなかったから。友達もいない。恋人などいるはずもない。カコヨモが全てだった、だから狂人のように書き続けた。
朝起きればカコヨモを立ち上げ、赤いインジケーターが灯っていれば狂喜し、灯っていなければ焦燥感に焼かれながら爪をボリボリと噛んだ。仕事から帰ってきても、再現映像のように朝と全く同じ事を繰り返す。
そんな日々がしばらく続き、彼の精神はついに臨界点を超えた――。
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