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第1章
天真爛漫な《ロゼッタ》令嬢誕生
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暁月 すみれは病院特有の強い消毒液の匂いと現代医学の力が凝縮した設備いっぱいの手術室に入っていた。
すみれは心臓の病を幼い頃から患えており、ずっと病院生活を日々繰り返していた。
心臓の手術中意識が朦朧となりながら周りを少し目で見渡した。
(…?あ、れ?意識が…。)
ピーーーーーーー……
脈拍を測っていた機械は彼女に終わりを告げるかのように手術室に響くのだった。
先生の報告を受けた両親は泣き崩れ、友達達も涙が溢ふれ出てその場にしゃがみ込んでしまい皆混乱を隠しきれずにいた。
すみれは20歳という若さで短い生涯に終止符を打つのだった。
◇◇◇
「タ…ゼッタ様!ロゼッタ様!!」
(声がする…それに“ロゼッタ”って誰の名前だろ?私をもしかして呼んでいるのかな?)
深い眠りについていたすみれは身体を起こし声のする方へ意識を持って行き目を開いた。
すると目の前に広がっている光景にすみれは驚き辺りを見回した。
天井にはキラキラと輝くシャンデリアに白色のレースたっぷりの天蓋付きのお姫様が使うであろう豪華なベッドに寝ていたのだ。
「なにここっ!?どうなってるの!?」
状況がイマイチ理解出来ないまますみれは一先ず声をかけてくれた女性にへと目をもう一度向ける。
彼女は黒色のドレスに丈夫な厚い白色のエプロンを纏り橙色の髪を綺麗にキャップに収めていた。
(この人は誰だろ?それにここは!?見たこともないところだよね?!しかもさっき私のことをロゼッタ様って呼んでいたから人間違いかな?)
すみれに対し彼女は目が合うとキリッとした青色の瞳を光らせてズイっと私の顔を覗き込んできた。
「ロゼッタ様… ?お加減は如何でしょうか?も…もしや、先程庭先の木の下でご本を読んでおられた時、上から落ちてきた木のせいで頭の打ちどころが悪かったのでしょうか!?お医者様からは大丈夫だと伺ったはずですが…!お医者様をすぐにお呼びして参ります!」
彼女は事を伝え終わると同時に颯爽とこの豪華な部屋に一人すみれを残していった。
「何がどうなってるのっ!?」
一先ずベッドから起き上がり部屋の中をぐるりと見渡した。
そこでふと目に止まり気になった事があった、壁脇にある上品でロマンティックな雰囲気を感じさせる白色の三面鏡のドレッサーだ。
取手や鏡の細部に施されたアンティーク調の装飾と花や蝶、葉などをモチーフにした装飾がやわらかく可愛らしさをまた演出していた。
その鏡に映っていたのはすみれの姿ではなく全く知らない可愛らしい女の子の姿だった。
(うんっ!これは夢だっ!こんな可愛らしい姿に豪華な病院だなんてあるわけない。よし、寝ちゃえばきっと夢なら醒めるよね。)
すみれは一人で納得し、深く深呼吸をした後豪華なふんわりとしたベッドに倒れ込みそのまま眠りについた。
―*―*―*―*―*ー
「いつまで寝ているの。すみれ、起きなさい。」
(また声がする…まだ夢から醒めなかったのかな?)
目をパチっと開け、辺りを見渡した。
すると驚くことに世界観がまた一変していたのだ。
先程夢で見た室内ではあったが全て透き通った美しい紫色のガラスで出来ており、窓や扉さえもガラスの幻想的な場所だった。
「ふふん。どう?綺麗な場所でしょ?私の魂《魔力》の世界なの。」
すみれが寝ていたガラスのベッドの脇にいたのはガラス椅子に座り得意げな顔をした可愛らしい女の子だった。
羨ましいほどの癖の無いたっぷりとした腰ほどまである長い漆黒の髪に柔らかな眼差しをこちらへと見つめるパッチリとした紫の瞳。
まるでお人形さんのような美しい子だった、そしてこの容姿には見覚えもあったのだ。
(この子は誰なんだろ?それにここは病室じゃない?えーと…。どうゆうことっ!?)
すみれは寝ぼけ眼だったが、状況理解に困り一気に立ち上がった。
(さっき見た夢の中の鏡に映ってた子だ。という事はやっぱり夢なのかな?あれ、でもおかしいな…私の髪この子とおんなじ黒色でここまで長かったかな?夢だし、いいか。それにしても可愛い子だなぁ~。)
ロゼッタの可愛さを堪能しているすみれに少し反応に困りつつも、こほんと話題を切り出した。
「やっぱり混乱してるわね…ごめんなさい。簡潔に伝えさせて貰うとすみれ、貴女はもう死んでいるわ。」
女の子の言った言葉に頭を殴られたような強いショックが全身を貫いた。
「え!? 私死んだの!?確かに手術中に意識飛んだ気がしたけど死んじゃったのっ?! そっかー。元々先生たちからも余命はあと僅かって言われてたから仕方ないね…。じゃあここは天国なのかな?それともあなたは女神様?」
(私死んじゃったんだ…全然実感ないなー。手や指の感触もあるし、この子本当は女神様か神様だったりするのかな?もしもそうだったらすっごいワクワクしちゃう!)
純粋な子供のような輝かしい目をロゼッタへ向けすみれは心躍る気持ちを露わにした。
「え?えー?!そんなに早く納得しちゃう?!ご、ごめんなさいびっくりして大きな声を出してしまったわ…!えっと…まず私の名前はロゼッタ・グディエレス。残念ながら女神様ではないし、ここは天国でもないわ。ここは私の魂《魔力》の世界。私もね、すみれと同じ20歳で死んでしまったの。」
ロゼッタと名乗った女の子は顔を曇らせ悲しげに苦笑をもらしながらすみれに伝えた。
(女神様じゃなく私と年齢も変わらない子なんだ。それになんでだろロゼッタさん凄く悲しそうに感じる…。)
「ロゼッタさんも私と同じ20歳で死んじゃったんだ…。じゃあ私たち短命の運命共同体だねっ!」
すみれはお通夜のような雰囲気をかき消すように明るくニカッと笑い親指をグッと立ててみせたロゼッタへ笑顔を向けた。
「うふふ…あはははっ!短命が運命共同体なんて言葉思いつく人中々いないわよ。すみれは優しい子ね。実は、私ずっと貴女の事を魔力を使って観ていたの。」
目に涙を流すほどロゼッタは笑い、楽しくてたまらない無邪気な子供のような輝いた顔だった。
(ふふ!よかった、笑ってくれた。)
「言った私も新しい言葉生み出しちゃったな~って思っちゃった!それで、その私を観てたっていうのはどうゆうことなの?」
「ふぅー…頬が疲れちゃったわ。それじゃあ順を追って説明するわね。と…その前に、まずはそこの長椅子に座りましょう。」
ロゼッタは長椅子へ座るよう手引きし、お互いが向き合う形で腰掛けた。
「ロゼッタさん凄いよこの長椅子!見た目はガラスなのにすっごいふかふかで座り心地いいのっ!」
ロゼッタはふかふかの長椅子に興味津々のすみれを愛おしそうに喜びをほほに浮かべ見つめていた。
「気に入って貰えて良かったわ。それじゃあどうして私がすみれを知っていたか説明するわね。
幼い頃から私には強いつよーい魔力があったの。私は自分で創造し、創出した魔法が山ほどあったわ。そのうちの一つに“全てを映す鏡”を使ってすみれの住んでいた世界を観ていたのよ。
そこで貴女を見つけた。10歳程だった私と年齢も変わらないのに幼い頃から病を患えてしまい楽しく遊ぶ事や、好きな物を食べる事さえ出来ず…っ…!
頑張って…頑張って!病と戦う姿を見ていたわ。こんなにも一生懸命生きている子にどうして…運命は非情なことを選ぶのッ…!」
ポロポロと大きい雨粒のような涙を落とす彼女を見たすみれは何の迷いもなく抱きしめた。
「ロゼッタさん、私の為に泣かないで。私これでも結構幸せだったんだよ。看護師さんや先生、それに同室だったおばあちゃん達や別室のおじいちゃん達ともいっぱいお話しして私すっごく毎日が楽しかったんだっ!それに泣いてばっかりだと幸せが逃げちゃうよ~」
ほら笑って!とロゼッタの頬を優しくひっぱりあげた。
「ッ…!ありがとう…。」
「うんっ!やっぱりロゼッタさんは笑顔が似合うよ!可愛さがさらにアップしてるもんっ。」
「か、可愛いなんて初めて言われたわ…よく感情のない女だとか、冷徹とも噂されていたわね。だからなんだか…気恥ずかしいわ。」
「ええ!そうなの!?ロゼッタさんに出会った人達はもっと魅力を知るべきだよ!そんな酷いことを言う人たちには一発ずつ叩いてやりたいね。
ううん、大丈夫だよ。ほら…ゆっくり深呼吸してそれからお話しよう!」
驚きを隠せず立ち上がり大きな声を出してしまったすみれは慌ててロゼッタの横へと座り直した。
「もう大丈夫よ。ありがとうすみれ急に泣いてしまったから驚かせてしまったわよね。」
「驚きよりも嬉しかったかな?だって私の事を見てくれていたとしても接点は何もなかったし、それでも私の事をこんなにいっぱい想ってくれる人がいたんだって嬉しさと泣かないでって気持ちで溢れちゃった。」
えへへ~と恥ずかしそうに頬をポリポリと掻いた。
「想うわ!だって私はすみれと友人になりたかったのよ。それに私もね…すみれにはもっとたくさん笑顔でいてほしいの。すみれこれから貴女にお話しする事だけれど、勿論断っても良いのよ。」
「お話の前に…私とロゼッタさんはもうお友達だよ!だってほら二人でこうして笑い合ってるでしょ?その時点でお友達確定だからっ。拒否権は認めません~。」
「ど、どう反応すればいいのかしら…。ご友人を持つ事が私初めてで、ま、まずは握手よね!」
差し出された手をすみれは優しく握り二人で向き合いながら笑った。
「ロゼッタさん私とお友達になってくれてありがとう。実は私同い年ぐらいの子とお話しするの初めてだったんだ。」
「すみれも?!ここまで似ていると運命を感じちゃうわね。こんなにも幸せな時間がもっと続けばいいのに…。」
この幸せから離れがたいと言わんばかりの想いを断ち切るようにワザとすみれと繋いでいた手を離した。
(ロゼッタさん…?急に立ち上がってどうしたんだろ?)
「早く話さなきゃ時間が迫ってくるわね。すみれ、貴女に私の“ワガママ”を一つ聞いて欲しいの。」
立ったままロゼッタはすみれへ向けて人差し指をピンと立たせ答えた。
「“ワガママ”?それは私が何かをするって事かな?」
(なんだろ?この綺麗な部屋を徹底的に掃除してー!とかかな?)
「すみれ、貴女には私《ロゼッタ》の身体のまま過去へ戻って“ヘルト・ラヴァート”という男の陰謀を阻止してほしいの。」
「うぇ!?つ…つまりは、私がロゼッタさんになるって事?!そんな事したらロゼッタさんはどうなっちゃうの?!」
「私のこの先の運命は“消える”事なの。私じゃ自らの魂を操る事が出来ない、でもすみれの魂なら私の過去の身体へと移せるの。ほら今だってすみれの姿は私になってるでしょ?」
ロゼッタはドレッサーの中にある手鏡をすみれの前へ差し出した。
「ロゼッタさんの姿だ…!でもどうしてその“ヘルト”さんって方の問題を阻止しないといけないの?」
「彼は…私の婚約者だったわ。私だけが彼に想いを寄せていてあの人は私の膨大な《魔力》にしか興味がなく、私の《魔力》を奪って残虐にたくさんの人々を殺した…もちろん私も殺されたわ。」
苦虫を噛み潰したような表情で静かに呟いた。
「私のこの先の運命は“消える”事なの。ごめんなさい、私の身勝手な“ワガママ”に付き合わせてしまって…こんな事本当はダメだって私も分かっているわ。けどどうしてもあんな未来は拭いきれない想いがあるの。それにあの未来にならない分岐点が必ずあるはずなのよ。
私が考えるに分岐点を変える時は“ヘルト・ラヴァート”と婚約をしない事、それしか考えられないわ。」
(好きだった人に裏切られたなんて酷い…そんなのあんまりだっ!!私なんかに何が出来るかわからない…でもロゼッタさんの人を助けたいっ気持ちを無下にしたくないっ!)
「よっし!!もうこうなったら何にも考えずロゼッタさんの“ワガママ”聞くよ!
そんな残酷な未来にならないように私が動けばいいって事だよね!」
すみれはパチっと自分の頬を思いっきり叩きなんでもこいっと言わんばかりに大声を出した。
「本当に…?幸せな順風満帆な生活とは限らない…まだ会って間もないこんな私の無茶な“ワガママ”を聞いてくれるの?」
「大丈夫だよっ!その“ヘルトさん”はどんな人なのか不安だけど…なんてたってお友達のロゼッタさんからの頼みなら私はどんな問題でも解決してみせるからっ!」
任せて!と自信満々に腕を叩いてみせた。
「私夢が一つだけあって人の役に立ってから死にたかったんだ。だからこんな私に最後の機会を与えてくれて本当にありがとうっ。」
「感謝を伝えたいのは私よすみれ…私の無茶な“ワガママ”なのに引き受けてくれてありがとうッ…。」
「お友達の力になるのは当たり前だよ!だから大丈夫っ!」
二人の間にボーンボーンと時計の鐘の音が大きく響いた。
「大変!時間が迫ってきているわ。簡潔に伝えるわね…“ヘルト・ラヴァート”はベスティニア国の第二皇子で、彼とは舞踏会で知り合ったの。その後婚約を申し込まれたわ。そこさえ断ればきっと大丈夫よ!」
「うう…!私の頭今いっぱいいっぱいだー…!」
(この後どんな事が起こってもきっと大丈夫。人生楽しんでいけば結果オーライだもんねっ。)
「急に色々伝えてしまってごめんなさい…すみれ、貴女と会うのこれが最後になっちゃうの。最後にその…抱きしめてもいいかしら?」
「勿論いいよっ!なんだか、実はまだ夢なんじゃないかって思っちゃってる私が居て…それで目が覚めたら目の前にはロゼッタさんが居てくれる気がしちゃってるんだ。」
「すみれ…私も離れず貴女の側にこうしてずっと居たかったッ…。最初のお友達が貴女で良かったわ。」
気がつけばすみれの肩にはポロポロと涙粒が流れていた。
「こちらこそだよ!ロゼッタさんッ!私のお友達になってくれてありがとう…!!」
ロゼッタの肩にもポロポロと涙粒が流れた。
二人涙を流していたところに先程とは違うボーンボーン…と静かに時計の鐘の音が響いた。
「もうお別れね。すみれ、貴女が私《ロゼッタ》になって過去へ戻る時がきたわ…。」
ロゼッタは部屋の扉に手をかけ、笑顔ですみれに伝えた。
「ふふ。うん…この扉を開けて通ればいいんだね。ふー、緊張するなぁ~!」
「大丈夫よ、すみれ。だからこの扉を開けて。そうすれば貴女は15歳の《ロゼッタ》へ転生できるわ。」
すみれは少し躊躇しつつも扉の前へ立った。
「よーし!それじゃあ行くぞっ!ロゼッタさん、またねッ!」
扉を開け部屋の外へと静かにゆっくりと歩進んでいく。
「ええ、またね…すみれ。ありがとう、貴女に出逢えてとっても嬉しかった…。」
扉はバタンと閉まりすみれの周りは真っ暗で光も何もない闇だった。
「うわーー!何にも見えないや!とにかく進めばいいのかな?あれ…あそこになにか…。」
真っ直ぐに見えた小さな光の玉を見つけたすみれは小走りでその元へと駆けつけた。
触れた瞬間光が溢れ落ちる感覚に見舞われた。
「うあっ!?」
―*―*―*―*―*ー
「ん…?」
深い眠りから目覚めた《ロゼッタ》は暖かな春の日差しにかすかに緑の匂いを感じた。
「あっ!そうだ!!私ロゼッタさんになったんだっけ!?」
カバっと勢いよく起き上がり辺りを見渡した。
夢通りというより更に室内の豪華さに引きつつもあった。
すみれも知っているロココ調の内装である。
壁や扉などベースカラーはホワイト、アクセントカラーとしてはパステル調のブルーだ。
白と青の組み合わせがまた可愛らしさを醸し出していた。
家具の代表的なテーブルや長椅子はアンティーク調を施していた。
「やっぱりあれは夢じゃなかったんだっ!本当にロゼッタさんになってる!!」
ドレッサーの鏡を見て現実なんだと驚きと嬉しさで気持ちが溢れ出た。
「そういえばこれからどうすればいいんだろ?」
これからの行動を考えていたその時だった。
バンッと勢い良く扉が開き見知らぬ男の人が入ってくるなりロゼッタの肩を掴み叫んだ。
「ロゼッター!!!大丈夫だったか?木に頭をぶつけたそうじゃないか…!血は出ていないな、全く気をつけないとダメじゃないか!どれほど心配したと…!」
「はいっ!?ご、ごめんなさい!!そ…れで貴方は誰ですか?!」
(ロゼッタさんー!!今は私がロゼッタさんだけど…いきなりピンチだよっ!このかっこいいお方は誰!?)
彼の容姿はまさに飛びつきたいほどの美しさだった。
スラっと高い背に切長の青色の瞳、筋の通った高い鼻、肩甲骨にかかるほどの長く美しい金色をした髪を三つ編みで結った姿…まるで御伽話に出て来る王子様のようだったのだ。
「ロゼッタ…?この俺がわからないのか?!頭をぶつけた衝撃で脳震盪でも起こしたんじゃないか…!」
ロゼッタに対し心配を感じた彼はさらに肩を激しく揺らし続けた。
(そ、そんなに…揺らされると…!!うッ!気持ち悪い…。)
「うっぷ…!!!お、ううぅ…え…。」
遠慮なんて考えてる暇もなく思いっきり彼に対し吐いてしまったロゼッタであった。
すみれは心臓の病を幼い頃から患えており、ずっと病院生活を日々繰り返していた。
心臓の手術中意識が朦朧となりながら周りを少し目で見渡した。
(…?あ、れ?意識が…。)
ピーーーーーーー……
脈拍を測っていた機械は彼女に終わりを告げるかのように手術室に響くのだった。
先生の報告を受けた両親は泣き崩れ、友達達も涙が溢ふれ出てその場にしゃがみ込んでしまい皆混乱を隠しきれずにいた。
すみれは20歳という若さで短い生涯に終止符を打つのだった。
◇◇◇
「タ…ゼッタ様!ロゼッタ様!!」
(声がする…それに“ロゼッタ”って誰の名前だろ?私をもしかして呼んでいるのかな?)
深い眠りについていたすみれは身体を起こし声のする方へ意識を持って行き目を開いた。
すると目の前に広がっている光景にすみれは驚き辺りを見回した。
天井にはキラキラと輝くシャンデリアに白色のレースたっぷりの天蓋付きのお姫様が使うであろう豪華なベッドに寝ていたのだ。
「なにここっ!?どうなってるの!?」
状況がイマイチ理解出来ないまますみれは一先ず声をかけてくれた女性にへと目をもう一度向ける。
彼女は黒色のドレスに丈夫な厚い白色のエプロンを纏り橙色の髪を綺麗にキャップに収めていた。
(この人は誰だろ?それにここは!?見たこともないところだよね?!しかもさっき私のことをロゼッタ様って呼んでいたから人間違いかな?)
すみれに対し彼女は目が合うとキリッとした青色の瞳を光らせてズイっと私の顔を覗き込んできた。
「ロゼッタ様… ?お加減は如何でしょうか?も…もしや、先程庭先の木の下でご本を読んでおられた時、上から落ちてきた木のせいで頭の打ちどころが悪かったのでしょうか!?お医者様からは大丈夫だと伺ったはずですが…!お医者様をすぐにお呼びして参ります!」
彼女は事を伝え終わると同時に颯爽とこの豪華な部屋に一人すみれを残していった。
「何がどうなってるのっ!?」
一先ずベッドから起き上がり部屋の中をぐるりと見渡した。
そこでふと目に止まり気になった事があった、壁脇にある上品でロマンティックな雰囲気を感じさせる白色の三面鏡のドレッサーだ。
取手や鏡の細部に施されたアンティーク調の装飾と花や蝶、葉などをモチーフにした装飾がやわらかく可愛らしさをまた演出していた。
その鏡に映っていたのはすみれの姿ではなく全く知らない可愛らしい女の子の姿だった。
(うんっ!これは夢だっ!こんな可愛らしい姿に豪華な病院だなんてあるわけない。よし、寝ちゃえばきっと夢なら醒めるよね。)
すみれは一人で納得し、深く深呼吸をした後豪華なふんわりとしたベッドに倒れ込みそのまま眠りについた。
―*―*―*―*―*ー
「いつまで寝ているの。すみれ、起きなさい。」
(また声がする…まだ夢から醒めなかったのかな?)
目をパチっと開け、辺りを見渡した。
すると驚くことに世界観がまた一変していたのだ。
先程夢で見た室内ではあったが全て透き通った美しい紫色のガラスで出来ており、窓や扉さえもガラスの幻想的な場所だった。
「ふふん。どう?綺麗な場所でしょ?私の魂《魔力》の世界なの。」
すみれが寝ていたガラスのベッドの脇にいたのはガラス椅子に座り得意げな顔をした可愛らしい女の子だった。
羨ましいほどの癖の無いたっぷりとした腰ほどまである長い漆黒の髪に柔らかな眼差しをこちらへと見つめるパッチリとした紫の瞳。
まるでお人形さんのような美しい子だった、そしてこの容姿には見覚えもあったのだ。
(この子は誰なんだろ?それにここは病室じゃない?えーと…。どうゆうことっ!?)
すみれは寝ぼけ眼だったが、状況理解に困り一気に立ち上がった。
(さっき見た夢の中の鏡に映ってた子だ。という事はやっぱり夢なのかな?あれ、でもおかしいな…私の髪この子とおんなじ黒色でここまで長かったかな?夢だし、いいか。それにしても可愛い子だなぁ~。)
ロゼッタの可愛さを堪能しているすみれに少し反応に困りつつも、こほんと話題を切り出した。
「やっぱり混乱してるわね…ごめんなさい。簡潔に伝えさせて貰うとすみれ、貴女はもう死んでいるわ。」
女の子の言った言葉に頭を殴られたような強いショックが全身を貫いた。
「え!? 私死んだの!?確かに手術中に意識飛んだ気がしたけど死んじゃったのっ?! そっかー。元々先生たちからも余命はあと僅かって言われてたから仕方ないね…。じゃあここは天国なのかな?それともあなたは女神様?」
(私死んじゃったんだ…全然実感ないなー。手や指の感触もあるし、この子本当は女神様か神様だったりするのかな?もしもそうだったらすっごいワクワクしちゃう!)
純粋な子供のような輝かしい目をロゼッタへ向けすみれは心躍る気持ちを露わにした。
「え?えー?!そんなに早く納得しちゃう?!ご、ごめんなさいびっくりして大きな声を出してしまったわ…!えっと…まず私の名前はロゼッタ・グディエレス。残念ながら女神様ではないし、ここは天国でもないわ。ここは私の魂《魔力》の世界。私もね、すみれと同じ20歳で死んでしまったの。」
ロゼッタと名乗った女の子は顔を曇らせ悲しげに苦笑をもらしながらすみれに伝えた。
(女神様じゃなく私と年齢も変わらない子なんだ。それになんでだろロゼッタさん凄く悲しそうに感じる…。)
「ロゼッタさんも私と同じ20歳で死んじゃったんだ…。じゃあ私たち短命の運命共同体だねっ!」
すみれはお通夜のような雰囲気をかき消すように明るくニカッと笑い親指をグッと立ててみせたロゼッタへ笑顔を向けた。
「うふふ…あはははっ!短命が運命共同体なんて言葉思いつく人中々いないわよ。すみれは優しい子ね。実は、私ずっと貴女の事を魔力を使って観ていたの。」
目に涙を流すほどロゼッタは笑い、楽しくてたまらない無邪気な子供のような輝いた顔だった。
(ふふ!よかった、笑ってくれた。)
「言った私も新しい言葉生み出しちゃったな~って思っちゃった!それで、その私を観てたっていうのはどうゆうことなの?」
「ふぅー…頬が疲れちゃったわ。それじゃあ順を追って説明するわね。と…その前に、まずはそこの長椅子に座りましょう。」
ロゼッタは長椅子へ座るよう手引きし、お互いが向き合う形で腰掛けた。
「ロゼッタさん凄いよこの長椅子!見た目はガラスなのにすっごいふかふかで座り心地いいのっ!」
ロゼッタはふかふかの長椅子に興味津々のすみれを愛おしそうに喜びをほほに浮かべ見つめていた。
「気に入って貰えて良かったわ。それじゃあどうして私がすみれを知っていたか説明するわね。
幼い頃から私には強いつよーい魔力があったの。私は自分で創造し、創出した魔法が山ほどあったわ。そのうちの一つに“全てを映す鏡”を使ってすみれの住んでいた世界を観ていたのよ。
そこで貴女を見つけた。10歳程だった私と年齢も変わらないのに幼い頃から病を患えてしまい楽しく遊ぶ事や、好きな物を食べる事さえ出来ず…っ…!
頑張って…頑張って!病と戦う姿を見ていたわ。こんなにも一生懸命生きている子にどうして…運命は非情なことを選ぶのッ…!」
ポロポロと大きい雨粒のような涙を落とす彼女を見たすみれは何の迷いもなく抱きしめた。
「ロゼッタさん、私の為に泣かないで。私これでも結構幸せだったんだよ。看護師さんや先生、それに同室だったおばあちゃん達や別室のおじいちゃん達ともいっぱいお話しして私すっごく毎日が楽しかったんだっ!それに泣いてばっかりだと幸せが逃げちゃうよ~」
ほら笑って!とロゼッタの頬を優しくひっぱりあげた。
「ッ…!ありがとう…。」
「うんっ!やっぱりロゼッタさんは笑顔が似合うよ!可愛さがさらにアップしてるもんっ。」
「か、可愛いなんて初めて言われたわ…よく感情のない女だとか、冷徹とも噂されていたわね。だからなんだか…気恥ずかしいわ。」
「ええ!そうなの!?ロゼッタさんに出会った人達はもっと魅力を知るべきだよ!そんな酷いことを言う人たちには一発ずつ叩いてやりたいね。
ううん、大丈夫だよ。ほら…ゆっくり深呼吸してそれからお話しよう!」
驚きを隠せず立ち上がり大きな声を出してしまったすみれは慌ててロゼッタの横へと座り直した。
「もう大丈夫よ。ありがとうすみれ急に泣いてしまったから驚かせてしまったわよね。」
「驚きよりも嬉しかったかな?だって私の事を見てくれていたとしても接点は何もなかったし、それでも私の事をこんなにいっぱい想ってくれる人がいたんだって嬉しさと泣かないでって気持ちで溢れちゃった。」
えへへ~と恥ずかしそうに頬をポリポリと掻いた。
「想うわ!だって私はすみれと友人になりたかったのよ。それに私もね…すみれにはもっとたくさん笑顔でいてほしいの。すみれこれから貴女にお話しする事だけれど、勿論断っても良いのよ。」
「お話の前に…私とロゼッタさんはもうお友達だよ!だってほら二人でこうして笑い合ってるでしょ?その時点でお友達確定だからっ。拒否権は認めません~。」
「ど、どう反応すればいいのかしら…。ご友人を持つ事が私初めてで、ま、まずは握手よね!」
差し出された手をすみれは優しく握り二人で向き合いながら笑った。
「ロゼッタさん私とお友達になってくれてありがとう。実は私同い年ぐらいの子とお話しするの初めてだったんだ。」
「すみれも?!ここまで似ていると運命を感じちゃうわね。こんなにも幸せな時間がもっと続けばいいのに…。」
この幸せから離れがたいと言わんばかりの想いを断ち切るようにワザとすみれと繋いでいた手を離した。
(ロゼッタさん…?急に立ち上がってどうしたんだろ?)
「早く話さなきゃ時間が迫ってくるわね。すみれ、貴女に私の“ワガママ”を一つ聞いて欲しいの。」
立ったままロゼッタはすみれへ向けて人差し指をピンと立たせ答えた。
「“ワガママ”?それは私が何かをするって事かな?」
(なんだろ?この綺麗な部屋を徹底的に掃除してー!とかかな?)
「すみれ、貴女には私《ロゼッタ》の身体のまま過去へ戻って“ヘルト・ラヴァート”という男の陰謀を阻止してほしいの。」
「うぇ!?つ…つまりは、私がロゼッタさんになるって事?!そんな事したらロゼッタさんはどうなっちゃうの?!」
「私のこの先の運命は“消える”事なの。私じゃ自らの魂を操る事が出来ない、でもすみれの魂なら私の過去の身体へと移せるの。ほら今だってすみれの姿は私になってるでしょ?」
ロゼッタはドレッサーの中にある手鏡をすみれの前へ差し出した。
「ロゼッタさんの姿だ…!でもどうしてその“ヘルト”さんって方の問題を阻止しないといけないの?」
「彼は…私の婚約者だったわ。私だけが彼に想いを寄せていてあの人は私の膨大な《魔力》にしか興味がなく、私の《魔力》を奪って残虐にたくさんの人々を殺した…もちろん私も殺されたわ。」
苦虫を噛み潰したような表情で静かに呟いた。
「私のこの先の運命は“消える”事なの。ごめんなさい、私の身勝手な“ワガママ”に付き合わせてしまって…こんな事本当はダメだって私も分かっているわ。けどどうしてもあんな未来は拭いきれない想いがあるの。それにあの未来にならない分岐点が必ずあるはずなのよ。
私が考えるに分岐点を変える時は“ヘルト・ラヴァート”と婚約をしない事、それしか考えられないわ。」
(好きだった人に裏切られたなんて酷い…そんなのあんまりだっ!!私なんかに何が出来るかわからない…でもロゼッタさんの人を助けたいっ気持ちを無下にしたくないっ!)
「よっし!!もうこうなったら何にも考えずロゼッタさんの“ワガママ”聞くよ!
そんな残酷な未来にならないように私が動けばいいって事だよね!」
すみれはパチっと自分の頬を思いっきり叩きなんでもこいっと言わんばかりに大声を出した。
「本当に…?幸せな順風満帆な生活とは限らない…まだ会って間もないこんな私の無茶な“ワガママ”を聞いてくれるの?」
「大丈夫だよっ!その“ヘルトさん”はどんな人なのか不安だけど…なんてたってお友達のロゼッタさんからの頼みなら私はどんな問題でも解決してみせるからっ!」
任せて!と自信満々に腕を叩いてみせた。
「私夢が一つだけあって人の役に立ってから死にたかったんだ。だからこんな私に最後の機会を与えてくれて本当にありがとうっ。」
「感謝を伝えたいのは私よすみれ…私の無茶な“ワガママ”なのに引き受けてくれてありがとうッ…。」
「お友達の力になるのは当たり前だよ!だから大丈夫っ!」
二人の間にボーンボーンと時計の鐘の音が大きく響いた。
「大変!時間が迫ってきているわ。簡潔に伝えるわね…“ヘルト・ラヴァート”はベスティニア国の第二皇子で、彼とは舞踏会で知り合ったの。その後婚約を申し込まれたわ。そこさえ断ればきっと大丈夫よ!」
「うう…!私の頭今いっぱいいっぱいだー…!」
(この後どんな事が起こってもきっと大丈夫。人生楽しんでいけば結果オーライだもんねっ。)
「急に色々伝えてしまってごめんなさい…すみれ、貴女と会うのこれが最後になっちゃうの。最後にその…抱きしめてもいいかしら?」
「勿論いいよっ!なんだか、実はまだ夢なんじゃないかって思っちゃってる私が居て…それで目が覚めたら目の前にはロゼッタさんが居てくれる気がしちゃってるんだ。」
「すみれ…私も離れず貴女の側にこうしてずっと居たかったッ…。最初のお友達が貴女で良かったわ。」
気がつけばすみれの肩にはポロポロと涙粒が流れていた。
「こちらこそだよ!ロゼッタさんッ!私のお友達になってくれてありがとう…!!」
ロゼッタの肩にもポロポロと涙粒が流れた。
二人涙を流していたところに先程とは違うボーンボーン…と静かに時計の鐘の音が響いた。
「もうお別れね。すみれ、貴女が私《ロゼッタ》になって過去へ戻る時がきたわ…。」
ロゼッタは部屋の扉に手をかけ、笑顔ですみれに伝えた。
「ふふ。うん…この扉を開けて通ればいいんだね。ふー、緊張するなぁ~!」
「大丈夫よ、すみれ。だからこの扉を開けて。そうすれば貴女は15歳の《ロゼッタ》へ転生できるわ。」
すみれは少し躊躇しつつも扉の前へ立った。
「よーし!それじゃあ行くぞっ!ロゼッタさん、またねッ!」
扉を開け部屋の外へと静かにゆっくりと歩進んでいく。
「ええ、またね…すみれ。ありがとう、貴女に出逢えてとっても嬉しかった…。」
扉はバタンと閉まりすみれの周りは真っ暗で光も何もない闇だった。
「うわーー!何にも見えないや!とにかく進めばいいのかな?あれ…あそこになにか…。」
真っ直ぐに見えた小さな光の玉を見つけたすみれは小走りでその元へと駆けつけた。
触れた瞬間光が溢れ落ちる感覚に見舞われた。
「うあっ!?」
―*―*―*―*―*ー
「ん…?」
深い眠りから目覚めた《ロゼッタ》は暖かな春の日差しにかすかに緑の匂いを感じた。
「あっ!そうだ!!私ロゼッタさんになったんだっけ!?」
カバっと勢いよく起き上がり辺りを見渡した。
夢通りというより更に室内の豪華さに引きつつもあった。
すみれも知っているロココ調の内装である。
壁や扉などベースカラーはホワイト、アクセントカラーとしてはパステル調のブルーだ。
白と青の組み合わせがまた可愛らしさを醸し出していた。
家具の代表的なテーブルや長椅子はアンティーク調を施していた。
「やっぱりあれは夢じゃなかったんだっ!本当にロゼッタさんになってる!!」
ドレッサーの鏡を見て現実なんだと驚きと嬉しさで気持ちが溢れ出た。
「そういえばこれからどうすればいいんだろ?」
これからの行動を考えていたその時だった。
バンッと勢い良く扉が開き見知らぬ男の人が入ってくるなりロゼッタの肩を掴み叫んだ。
「ロゼッター!!!大丈夫だったか?木に頭をぶつけたそうじゃないか…!血は出ていないな、全く気をつけないとダメじゃないか!どれほど心配したと…!」
「はいっ!?ご、ごめんなさい!!そ…れで貴方は誰ですか?!」
(ロゼッタさんー!!今は私がロゼッタさんだけど…いきなりピンチだよっ!このかっこいいお方は誰!?)
彼の容姿はまさに飛びつきたいほどの美しさだった。
スラっと高い背に切長の青色の瞳、筋の通った高い鼻、肩甲骨にかかるほどの長く美しい金色をした髪を三つ編みで結った姿…まるで御伽話に出て来る王子様のようだったのだ。
「ロゼッタ…?この俺がわからないのか?!頭をぶつけた衝撃で脳震盪でも起こしたんじゃないか…!」
ロゼッタに対し心配を感じた彼はさらに肩を激しく揺らし続けた。
(そ、そんなに…揺らされると…!!うッ!気持ち悪い…。)
「うっぷ…!!!お、ううぅ…え…。」
遠慮なんて考えてる暇もなく思いっきり彼に対し吐いてしまったロゼッタであった。
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