本好きな猫さんに惹かれた海の王子様

蒼杜 ほたる

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◇◇◇

「あの、私の事は気にせず続けてください。」

魔法学園に通う少女は図書室の窓からさんさんと陽が降り注ぐ中、戯れている男女へ向けて丸眼鏡をクイッと上げて呟いた。
お気に入りの場所である窓際に腰を下ろし、男女の真横で手に持っていた分厚い本を黙々と読み始める。

「なっ……! ちょっと貴女見てわからないの!? 他のところで本読みなさいよ!」

声を荒げる女に気にも掛けないで少女は本を読み続けた。

「ねぇ、ディランも何か言ってやってよ! 聞いてる!?」

「うるさいな。そう耳元で騒がないでくれない? それにもうそんな気分じゃない。君もう帰っていいよ。」

「なによそれ!? もういいわ!」

腹を立てて図書室から出て行った女に対して嫌気がさした彼は大きなため息をつき、本から目を離さない少女に話しかけた。

「何を読んでるの? 君の名前は?……無視か。」

目の前で手を降ってみるが眼中にすら入っていない様子だ。
少女の背に垂れ下がったミルクティー色の三つ編みを弄ってみたり頬をついてみたりしたが微動だにせずだった。

「凄い集中力、俺も本読もうかな。」

夕暮れ時、少女は読み終わった本を閉じ目の前にいる彼へ驚いて本で顔を覆った。

「あ、貴方誰!? いつからそこにいたの?」

「やっと気づいてくれた。俺、何度も君に話しかけたのに本に夢中だし、読み終えるまで待ってたんだよ。君の名前は?」

本を抱え混みながら、何この不審者…? といった怪しむ眼差しを向け警戒を露わにして睨みつける。

「やだなぁ~、そう睨まないでよ、俺はディラン。これでも王子なんだけどな。俺はただ君のことが知りたいだけ。名前を教えて貰えない?」

ディランと名乗った彼からは妖艶な雰囲気を感じさせられられた。
髪はふんわりとしたハーフアップで色は青藍、透き通った菫色の瞳がまた乙女達を虜にしてしまうだろう。

(この人私苦手かも。)

「俺は名乗ったのに君が名乗らないって不公平じゃない? 君の名前は?」

「はあ? 会って間もない見ず知らずの人になんか教えるわけないじゃないですか。失礼します。」

スタスタと彼のことなど気にもせず図書室から出て行った。

「よくわからない人だった。図書室は本を読む所なのに。明日もいっぱい本を読もうっと!」

陽が沈みきった図書室の中、ポツンと取り残されたディランは笑い転がっていた。

「面白い子だな、名前は分からなかったけど。そうだな、猫っ毛だったし“本好きな猫さん”とでも呼んでおこうかな。それにしても不思議な子だった。益々彼女に興味沸いちゃったな。」

彼女の本を読んでいる時の輝く青い瞳はまるで“星屑”のようで隣でもっと見ていたいと密かに思えた。



暖かな日差しの日、図書室ではまたディランという少年に出くわしてしまう。

「ゲッ……また貴方ですか。図書室に用事なんてありませんよね? 用事がないならここから出て行って貰えません?」

「ゲッ……は、さすがの俺も傷ついちゃうな。ねぇ、今日こそはお話しようよ。」

彼の問いかけに答えず少女はお気に入りの窓際へと腰を下ろした。
手に持っていた昨日とは違うこれまた分厚い本を読み始める。

「あー……うん、読み終えるまで待っておこうかな。俺はこの本にしよう。」

夕暮れ時まで二人は誰も来ない図書室の窓際で本を読み耽っていた。

「ふぅー、今回も良い物語だった。……ちょっと、勝手に私の髪に触るのやめて貰えません? それに図書室から出て行ってなかったんですね。残念です。」

ディランは楽しくなったのか少女の三つ編みを弄り遊んでいた。
解いたり髪型を変えたりと。

「じゃあ、何の本を読んでいたかぐらいは教えてくれる?」

「はぁ? まぁそれぐらいなら。この小説のタイトルは“海の王子様の恋”というものです。王子様がお城を飛び出して海を渡った先にある街の女の子と恋をする物語です。」

「へぇ~、君が恋愛ものを読んでるとは思ってなかった。じゃあついでに名前も一緒に教えてくれてもいいんじゃない?」

「は? それとこれは違いますが? まず第一貴方に名前を教えたくありません。私に執拗以上近づかないでください。それじゃあ私はこれで。」

スタスタと図書室の入り口に向かおうとしたが彼に手を引かれ壁へと迫られる。

「邪魔です。退いてください。」

「そんなに毛嫌いしないでよ。俺はただ君と仲良くしたいだけなんだ。」

スルリと髪を優しく触れられたが少女は何の躊躇いもなくディランに頭突きを食らわせた。
痛さで転がり回っている彼を気に求めず図書室を後にした。

「ほんとに何なのあの人! 私は本を静かに読みたいだけなのに!」


◆◆◆


土砂降りの日、気になる少女のいる図書室へ向かうと本を黙々と読む彼女を囲う様に周りには3人の女生徒がいた。
そのうちの一人はこの前共にいた女である。

「貴女のせいで彼と楽しく過ごせなかったじゃない!」

「そうよ! 謝りなさいよね! それに貴女ちょっと頭が賢いからって授業受けずに本ばっかり読んで調子乗ってんじゃないわよ!」

(あの子も凄いな、あんなに騒ぎ立ててるアイツらに興味すらないなんて。)

周りで吠えまくる彼女達の声など少女の耳には入っていない様子だった。

「あんた聞いてるの!? ムカつくわね!」

一人が怒りに任せに彼女の読んでいた本を奪い取りさらには手を振り上げ危害を加えようとした。

「さすがに手を出すのはダメなんじゃない?」

手を振り上げようとした女の手首を持ち輪に割って入った。

「デ、ディラン様……! 何故こちらに!?」

「俺がどこにいようと君達には関係ない事だろう? 大丈夫?」

鳩が豆鉄砲を食らったような顔になる少女へと声かけたが固まっていた少女は小さな声で呟く。

「……ください。」

誰も聞き取れずにいると彼女の足元から魔法陣が浮き出した。

「……とっととここから出て行って下さいッ!!」

白い光が輝きを放ち4人とも図書室から追い出されてしまう羽目になった。

「な、に……今の?」

「怖いわ……! もう行きましょう!」

「待ってよー!」

3人は恐怖がまさったのかそそくさとその場から立ち去ってしまった。
ディランといえば、恐怖なんてものよりも心が躍っていた。

「驚いたな……うん、決めた。あの子ともっと仲良くなりたいな。けど今回の事で次から図書室にすら入らせて貰えない可能性もある。何か、考えないとな。」

浮き立つ気持ちが抑え込めず軽やかな足取りでその場を後にした。


◇◇◇


「なんですか、これ。」

いつもの様に夕暮れ時に本を読み終え図書室から出ようとしていたらディランから青いリボンと藍色の紙で包装された物を渡された。

「“本好きな猫さん”この前はごめん。これはそのお詫びとして受け取って欲しいんだ。」

「はぁ、そうですか。というかなんですか? その“本好きな猫さん”って。まぁいいですが……あのお開けしても?」

「可愛い呼び名でしょ? 喜んで貰えれば嬉しいんだけどな。」

訝しげな表情をしながらも開けると中には本が包まれていた。

「……! この本をどこで? まだ世には出ていないはずですが!?」

「まぁ、そこは内緒で。この本欲しいよね?」

少女の読みたかった“海の王子様の恋”の続刊であったのだ。

「勿論です。」

「じゃあ、この本あげる代わりに名前教えてくれる?」

ヒョイっと本を奪い取られてしまい少女の身長ではディランの手に持つ本には背を伸ばしても届かなかった。

「ひ、卑怯です……。 お詫びじゃなかったんですか!」

一生懸命つま先立ちで背伸びをするが取れる事は微塵もなさそうだ。

「ごめんごめん、可愛くてちょっとからかってみたくなったんだ。そんなに名乗りたくないからいいよ。これはちゃんと君にあげるつもりだったから、はいどうぞ。」

すんなりと渡してくれた事に驚きつつも本を大事に抱き抱え呟いた。

「……ラ。」

「?」

「だから……私の名前、ステラです。」

「ステラか……君にピッタリの名前だ。ステラ教えてくれてありがとう。」

「そうですか。貴方の名前も素敵ですよ。ディランさん、まるでこの物語に出てくる“海の王子様”のようです。」

本を掲げ表紙に映る王子様を指差して見せた。

「まぁほんとに俺王子だしね。ねぇ、ステラ。その“海の王子様の恋”の物語を聞かせてよ。」

「別に構いませんけど、私読み聞かせは下手くそですよ。」

「それでもいいよ。物語が気になるんだ。」

「それじゃあ、孤独な海の王子様がいました。彼は……。」

誰もいないと思われていた図書室からは二人の楽しげな声が響いていた。


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