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夕夜×綟

きっかけ

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✳︎✳︎✳︎ 夕夜side ✳︎✳︎✳︎



 笹潟ささがた家。
 それはみかどに次ぐ権力をもった名家のことを指す。
 五大名家ごだいめいけ
 それは赤羽あかばね家、青雲せいうん家、白椿しらつばき家、煌月こうづき家を含む、同じように権力をもった名家のことをという。
 五大名家の次期当主。
 それははるか昔から特別な者のみ持つ、特別な力ーー異能いのうを持ち、国のために尽くすと決めた者のこと。
 その、はずだった。

「明日の昼休み、Aクラスにいる真菰まこもれいを連れて来てくれ。よろしくな、夕夜ゆうや
「……はい?」

 夕夜は架瑚かこの言っていることがわからなかった。
 架瑚は夕夜と同年の従兄弟いとこだ。
 また、夕夜の主人あるじであり、五大名家の一つ、笹潟家の次期当主の座に位置している。
 冷静沈着、文武両道、智勇兼備などの四字熟語が似合うのが架瑚だった。
 だが、稀に変なことを言い出すこともあった。
 それが今だ。

「えぇっと……真菰綟、だったか?」
「あぁ。そうだ」
「そいつを明日の昼休みに連れて来い、と」
「どうした夕夜。さっきそう言っただろ?」

 夕夜が何故、と疑問符を浮かべるのは当然のことだ。
 真菰綟。
 そのような人物を夕夜は聞いたこともなかった。
 架瑚が連れて来いと言った。
 従者である夕夜は主人の意に従う他ない。
 だが、いったい誰なんだろうか。
 その疑問を解決しない限り、夕夜は動かないことに決めた。

「……先に教えろ。誰なんだ、そいつは」
「真菰綟だ」
「いや、そうじゃなくて……」

 夕夜が知りたいのは名前ではない。
 また、名前は既に知っている。
 架瑚は夕夜と戯れているのだ。

「真菰綟は……」
「Aクラスにいることも知っているからな?」
「…………」

 架瑚の行動パターンのほとんどを、夕夜は理解しているつもりだ。
 付き合いが長い。
 ただ、それだけが理由だ。

「……今日、会ったんだよ」
「はぁ……。それで?」

 だからなんだと言うのだろうか。
 まさか恋愛絡みか?と若干疑う。

「……多分異能持ち」
「!」

 夕夜はかなり驚いた。
 異能持ちは極めて珍しい。
 その存在は秘匿されており、『昔、一部の者に使えた特別な力』と民衆は思っている。
 今の時代、異国から伝わった誰でも使える特別な力……魔力による魔法が主流となっており、異能がなかったとしても魔法が使えるので重要視されていないのだ。
 それに加えて、異能は一人一つのみだ。
 様々な魔法が使える今では、一つしか使えない異能はあっても意味がないと軽視されている。
 だが、異能には魔法よりも優れている点がある。
 異能は、死ぬまでずっと使える点だ。
 魔法は魔力によって展開、発動される。
 そのため魔力が枯渇すれば魔法は使えない。
 だが異能は違う。
 異能は生まれ持って与えられる特別な力だ。
 異能を使う当人が死なない限り、永遠に使うことができる。
 だから異能持ちは重宝されるのだ。

「真菰綟が異能持ちなら、特別クラスに入れる必要がある。さすがに俺でもどんな異能かまではわからない。異能が暴走されても困るし、どうせいつか調べることになるんだ。面倒ごとは早めに片付けたほうがいい。……ということで連れて来い。以上」
「…………そ・れ・で?」
「……まだ何かあったか?」
「いや、真菰綟についての説明が少なすぎるだろ」
「そうか?」
「そうだよ」

 夕夜が現時点で知っているのは、名前とクラス、そして異能持ちなだけだ。

「異能持ちだから連れて来る。それはわかった。俺も異能持ちの危険さは十分に心得ているからちゃんと連れて来る。そこは約束する。だが、身辺の情報が少ない。何故異能持ちなのか。血縁者に異能持ちはいなかったのか。もっと真菰綟について知る必要がある。場合によっては、特別クラスに連れて来る時に役立つかもしれない」

 異能は突発的に生まれない。
 何かしら理由があって発現する。
 血縁者に異能持ちがいれば、異能を持っている可能性は当然高まるし、譲渡された可能性もある。
 後者の場合、帝都の治安を揺るがす危険人物と捉えることもできる。

「……先日、一人の少佐が亡くなった」
「? それがどうし……待て。少佐?」
「あぁ。少佐だ」
「……っまさか!」
「そ。《あやかしり》の隊長だ」

 《妖狩り》
 正式名称、帝都特別異能部隊。
 太古からこの国に存在し、人間を喰らう人ならざる者、《あやかし》を狩るために創設された帝直属の少数部隊。
 隊長は《妖狩り》の存在を秘匿するため、本来ならば大佐レベルの地位だが、少佐とされている。
 そんな《妖狩り》を束ねる隊長の座にいた者が先日、妻を人質にされ、《あやかし》を束ねる幹部……通称《三妖帝さんようてい》に惨殺された。
 その隊長の名は、真菰つづり
 真菰綟の父だった。

「……そういうことか」
「あぁ。《あやかし》と戦うためには異能は必須。当然、綴少佐は異能持ちだった」

 《妖狩り》の統治者となれば、異能も相応に強い。
 子が異能持ちでもおかしくはない。

「……ただ、綴少佐の死因は《三妖帝》との戦闘ではなく、事故死となっている。何も知らない無垢な子供を巻き込むことなどできないしな。真菰綟を含めて綴少佐には四人の子供がいる。内、二人はまだ六つにも満たない幼児だとさ」
「……教えられるはずもないな」
「だろ? 真菰綟も綴少佐の死は事故死だと教えられたらしい。……真実を伝えるなよ、夕夜。両親を二人同時に失った時の心境なんて、経験しないときっとわからない」

 下手に触れれば、異能が暴走しかねない。
 慎重に歩み寄らなければならない。

「俺はおそらく警戒されている。夕夜にしか頼めないんだ。……いけるか?」
「わかったよ」
「夕夜」

 架瑚の雰囲気が変わる。
 夕夜は気持ちを切り替える。

「頼んだぞ」
「……御意」



「真菰綟と言う人はいますか?」

 こうして夕夜が綟と出会ったのは、17歳の秋のことだった。
 夕夜がAクラスの生徒に綟を出してもらうよう頼むと、その生徒は血相を変えて教室の中へと入った。
 そこまで慌てなくてもいいのに、と夕夜は思ったが、すぐにその理由はわかった。
 夕夜がFのバッチをつけていたからだ。
 この天宮でFのバッチが意味するのは、天宮の中でも飛び抜けて成績の良い者しか所属くることのできない特別クラスの生徒を表している。
 そのほとんどが五大名家の生徒なので、天宮の生徒は五大名家の人のみ所属することが許されるクラスだと認識されている。
 だが、それは違う。
 ほとんどの生徒は知らないが、特別クラスは異能持ちの生徒を育成するために創設されたクラスだ。
 今の時代、異能持ちの人間は少なく、五大名家の人間ぐらいしかいないため、そのような認識になったのだろう。
 好成績なのは彼らが五大名家という肩書を持っているため必要とされていることだし、そもそも天宮に入るための学力は相当高い。
 頭がいいのは当然のことなのだ。
 すると、綟が教室から出てきた。
 一目見て、夕夜はこの人が綟だと気づいた。
 瞳が、両親を失った悲しみと未来への不安に揺れていたからだ。
 次に気づいたのは、自分の大きな勘違いだった。
 架瑚からは、このことについて何も知らされていなかったし、確認しようだなんて思ってもいなかったのだ。
 夕夜は綟をーー胸部の膨らみを見るまで同性だと思っていた。
 決して表情には出さなかったが、内心かなり驚いていた。
 気持ちを落ち着けると、夕夜は名乗った。

「五大名家笹潟家次期当主である笹潟架瑚の従弟いとこにして従者、美琴夕夜です。あなたが真菰綟ですか?」
「は、はい」

 色素の薄い髪。
 華奢な身体。
 鈴の音のような声。
 綟を男性だと思い込んでいた夕夜には、綟のすべてに心臓の鼓動を奪われた。
 色恋だとか、そういう感情ではない。
 この感情に当てはまる言葉がわからず、もどかしく思ってしまう。
 強いて言うなら、"美しい"とか、"綺麗"とかに似た、"うれいとはかなさをまとった女性"だと思ったのだ。
 そのあとのことを、夕夜はあまり覚えていない。
 覚えているのは、綟が架瑚の新たな従者になったことと、架瑚が楽しそうに交渉していたことだけだ。

「……どうした架瑚」
「ん? あぁ、面白かった」
「…………」

 綟はあのあと、下兄妹を迎えに行くとのことで、特別クラスを去って行った。
 鈴もいつのまにか消えている。
 いつもヘラヘラしているが、鈴は有能だ。
 きっと、綟の特別クラスの所属のために手続きでもしているのだろう。
 今の特別クラスには女子がいなかったため、「やっと華が加わるよ~」と嬉しそうにしていた。

「それにしても、随分と投資するんだな」
「そうか? このくらい安いもんだ」

 承諾時に十億円。
 一日働けば十万円。
 衣食住は永久絶対保証。
 天宮の学費を架瑚が代理で払い、実質免除。
 働くのは卒業してから。
 前者と後者で矛盾しているが、架瑚の言う一日働けば十万円の働くは、天宮の特別クラスで過ごすという意味だ。
 綟に対する「逃さないぞ」というメッセージでもある。

「綟ほど面白い奴はいない。頭脳明晰、運動神経抜群。ファーストの魔力値。異能持ち。加えるなら《妖狩り》の隊長を務めた綴少佐の娘。心が綺麗で正義感があり、忠誠を誓える。一番は裏切らないことだしな。よくできた奴だ」

 それは夕夜も思っていたことだ。
 あまりに出来すぎている。
 それがもし、両親を失ったことによりさらに加速することになれば……。
 夕夜はぶるりと体を振るわせる。

『あなた様は私を今よりも素敵な未来に導いてくれますか?』

 この台詞から、今の綟の考える未来は、相当に暗いものだと想像できる。
 下兄妹のため、たくさんの努力をしているのだろう。
 優秀なことは素晴らしいが、度が行き過ぎる可能性もなくない。
 そうならないよう、夕夜は精神面で綟を気遣う必要がありそうだ。

「そういえば夕夜。途中から心なしか、ずっと綟の方を向いて何か考えていた気が……、っ! 嘘だろ、まさか夕夜、お前……!」

 夕夜は架瑚の考えていることをなんとなく察し、否定する。

「ない。絶対にないからな、架瑚」
「うっそだぁ……!」
「嘘じゃない。てか、俺は架瑚の方が気があるんじゃないかと思っているんだが?」
「それこそないない。実力者であることは認めるが、色恋に発展することはない」
「本当か?」
「逆に聞くが、夕夜は俺がイチャイチャしているところとか想像できるか?」
「……無理だな」
「だろ? 俺もだ。だからない」
「なるほど」

 架瑚に婚約者はいない。
 架瑚の力につり合う伴侶が見つからないのだ。
 五大名家の婚約は親同士が決めた許嫁も多く、当主を引き継ぐギリギリまで伴侶を探すこともある。
 自由もなく、つまらない。
 それが五大名家の婚約の普通だ。

「……架瑚がイチャイチャする未来とか、ないな。想像できないし、そんな未来があったとしても気持ち悪い」
「ほぼ全てのことをどうでもいいと思っている俺が惚れるんだ。どんな奴だろうな」
「いたらすごいな。非常識な奴とか?」
「うーん。でも、何かに惹かれるんだろうな。その何かは何か、わからないけど」
「……変な会話だな」
「平和な証拠だ」

 こうして他愛もない会話をして、いつも二人は過ごしているのだった。


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