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第一部
30 五大魔族
しおりを挟む魔界には五人の権力者がいる。
まず一人目、“魔王”は魔界の頂点に君臨し、統べる王だ。魔界の全てはライゼーテの支配下にあり、彼が命じれば幾人もの命の価値は軽くなる。
魔王城があるのは魔界の中心部、王都。基本的には王都におり、大きなことがない限りはそこを動かない。
二人目、“獣人族族長”は魔族の四割ほどを占める種族の長だ。獣の姿にも、人の姿にもなれる種族で、戦闘能力に長けている。
戦争時に多くが駆り出されるのは戦闘能力の高さだけではなく、様々な種類の獣人がいるため種族の数だけ戦闘方法があるからだ。中でも一番強いのが狼とされており、現に獣人族の族長は狼である。
三人目、万物の精霊と契約を結ぶ“精霊王”。精霊にはたくさんの種類があり、下位精霊から上位精霊まである。精霊と契約できるのは精霊が力を貸すと決めた者のみ。
精霊と全て契約した者を精霊王と呼ばれているのは全ての精霊から認められたも同然のためだ。北側に住んでおり、基本的に顔を出すことはない。
四人目、“色欲の女帝”はサキュバスのことだ。女性が多く、妖艶さや自身の魅力を発揮するため、幼少期から夜のテクニックまで叩き込まれる。
色欲の女帝の手にかかれば、性別を問わず一瞬にして魅了され、虜になる。最も美しく手強い相手と言えるだろう。色欲の女帝は戦闘経験もあるので、時には色気と魅力を駆使して相手を堕とす。男性には特に要注意の人物だ。
五人目、“天龍神”は別名“空の狩人”と呼ばれている。龍にも人の姿にも変化することができる天龍の一族の統領だ。風を操り空を舞う自由な一族で、弓矢などを使うことができる。
現代の統領は小柄な幼女だが、生きた年数は千年以上にのぼるらしい。エルフの血が半分入っているため、成長速度が遅いのだ。
この五人を皆、“五大魔族”と呼ぶ。
何故このような説明をしていたのか、おわかりだろうか。答えは簡単だ。
「本当にかわいらしいこと。アストライア様と並ぶともっとかわいい。人間はシタことがないの。味見でいいから喰べてみたいわ」
「それはやめた方がいいぞアウロラ。この人間はアストライア様の寵愛を受けるお気に入りと聞いた。知られれば命はない」
「ディアンの言う通りだ。やめておけ」
「まあっ、コートロッドもそんなこと言うだなんて……ステラちゃんはどう思う?」
「……アウロラは人間なら誰でもいいのか」
「そう言うわけではないけれど……」
「なら、やめておけ。期待外れだった時のショックは大きいと思うぞ」
「ステラちゃんがそう言うなら……」
(なんなんだ、これは……)
アストライアと共にパーティ会場に入って来たシンは驚きを隠せない。
(アストライア様……)
アストライアは瞬き一つせず、固まったままだ。それもそのはず。今、この空間で動けるのは五大魔族と騎士団長のオズヴィーン、筆頭魔術師のヒューリ、そしてシンの八人だけだからだ。
(時が止まっている……?)
ヒューリを見ると、ヒラヒラと手を振っている。ヒューリの仕業と見て間違いないだろう。だが、どうして。最悪の場合を想定して、シンは剣を構える。
だが、相手に戦う意思はないようだった。
「シン」
「!」
ライゼーテが声をかけた。低く、掠れた声だ。たった一言、シンの名前を発しただけなのに、ドンと重いなにかが体に巻き付いたような気がした。
「紹介しよう。五大魔族のことは知っているな。獣人族族長ディアン、精霊王コートロッド、色欲の女帝アウロラ、天龍神ステラだ」
ディアンは紫紺の長い髪に黒曜石の瞳の狼の獣人だ。きつい目をしており、見た限りでも圧倒的な戦闘能力の高さがわかる。
コートロッドはクリームイエローにマリンブルーの瞳をした長老である。体の周りにはふわふわとした淡い光が灯っており、精霊に愛されていると素人でも感じられる。
アウロラは蜂蜜のような甘い長髪にエメラルドのような美しい翠の瞳の女性だ。胸元が大きく開いた露出の高い服を着ており、動くと宝石や装飾がシャラシャラと揺れた。
ステラは五大魔族の中で一番小さく、一番歳上の幼女だ。白髪碧眼で服は髪と同じ雪のように真っ白な色で統一されている。見た目は幼女だが、ステラはハーフエルフのため、もう千年以上も天龍神に君臨する大魔族だ。戦闘能力もディアンには及ばないものの相当に高い。
「まさか、あのアストライア様が人間を従者に選ぶとは……どのくらいの実力があるのか、一度手合わせ願いたいものだ」
「私は認めませんよ。人間は敵。魔王様の寵姫であったリリスエッタ様を殺したのも人間です。そんな人間を大事なおひいさまのそばに居させることはできません」
「どのくらい欲に耐えられるのか見てみたいわ。どんな表情を魅せてくれるの? あぁ、早く少しでもいいからあなたを喰べてみたい」
「アストライア様が決めたことだ。好きにすればいい。害をなすならそれまでだ。一瞬にして狩る。ただそれだけだ」
圧倒的な存在感と強さ。
呑み込まれそうになる。
「個別に話をしたかったのだが、なかなか時間が取れなかったため、急遽ヒューリに頼んで時間を止め、顔合わせをすることにした」
「! そうだったのですか」
「あぁ、彼らは魔界の権力者だ。今後、関わることもあるだろう。そしてシン。お前にはアストライアの従者になることの責任と重さを実感してもらいたかった」
「責任と重さ……」
ライゼーテはどこか遠くを見るような目をした。
「アストライアは強い。卓越した魔法の技術、幼いながらに大人顔負けの対応、どの時代の王族よりも優秀だ。……だが、アストライアには経験が足りない。心が弱い。演技が上手いだけで、本当は陰で苦しんでいる」
「!!」
ライゼーテは見抜いていた。
アストライアの本当の姿を。
「シン。お前を従者にするのはまだ不安が残る。お前はものすごく強いわけではないし、何より人間だ。しかしアストライアはお前を選んだ。才能と、努力する力、それにより実った実力を考えるとアストライアにふさわしいとも言える」
シンには元から才能があった。
魔術にも、剣術にも、秀でていた。
しかし謙虚に努力を怠らなかった結果、あの実力がある。
そこは正当に評価していた。
「アストライアを守れ。そして支えろ。それができないのであれば、アストライアの従者になる覚悟がないのであれば、即刻去れ」
「っ……私は」
勇者を倒す。愛する姉のために。
アストライアの従者になる。そばで守り、支えたいから。
覚悟はできている。そのためにここにいる。
「永久の忠誠を誓います」
「ほう。示してみろ」
口だけでならなんとでも言える。
覚悟のあるものならば、どんなことがあっても揺るがない。
シンは剣を取り、左手を出す。
そして、真上から突き刺した。
「っ!」
鮮血が刀身を伝う。
痛みで歯を食いしばる。
まだ足りない。まだ足りない。
シンは剣を抜く。
何度も、何度も、自傷する。
赤、赤、赤、赤、赤。
(あの時の苦しみを思い出せ)
姉を奪われた時の苦しみは、
赤、赤、赤、赤、赤。
憎悪は、
赤、赤、赤、赤、赤。
後悔は、こんなものではなかった。
もっと痛くて、痛くて、
赤、赤、赤、赤、赤。
痛くて、痛くて、苦しかった。
アストライアに守られた時は悔しかった。従者になると言いながら、主従の立場が逆転していた。
赤、赤、赤、赤、赤。
嗚呼と、ため息が漏れた。
赤、赤、赤、赤、赤。
強い力が欲しかった。
赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤。
(まだ、まだだ)
血が溢れている。
このままでは失血死してしまう。
(こんなもんじゃ、こんなもんじゃ……!)
剣を振りかざす。力のままに落とす。
「もうやめろ……!」
「っ!」
シンの手が掴まれる。ステラだ。
ゆっくりと顔をあげ、意識を取り戻す。
「もう、覚悟はわかった」
血が、赤が、床を汚している。
そこでシンは何をしたのか理解した。
「まさか、こんなにもひどいとはな」
「しかし認めたくはないが、一応覚悟はあるようだな」
「ステラちゃんに止められるまで自分を傷つけられるだなんて……ゾクゾクしたわ」
「バカか、お前は。……【治癒】」
「! ありがとうございます」
ライゼーテが五大魔族に呼びかけた。
「どうだろうか、シンは」
一瞬にして空気を支配する。
「強いのは心もだと、証明した」
オズヴィーンが一歩出た。
「認めてあげてほしい。シンは努力家だ。このままいけば、私を超えて勇者をも倒すだろう」
「僕からもいいかな」
ヒューリも前に出た。
「シンくんはとても面白い。こんなにも他者に興味を持ち、期待をしたのは初めてだ」
五大魔族は互いの顔を窺う。
そしてーー
「異例中の異例だ」
「しかし認めざるを得ないものもある」
「アストライア様の信用もあるし、大丈夫じゃない?」
「認めよう」
「! ありがとうございます……っ」
シンは大きく頭を下げる。
この人たちが「だめ」と言えば、シンは首が飛んでもおかしくなかった。
運が良かったのか。それともーー
「これからも励め。いいな?」
「はい! 精進致します」
「じゃ、【解除】するよ~」
こうして、シンはアストライアの知らないところで五大魔族との接触を終えたのだった。
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