The person who opens the way

氷月

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陰陽道 1

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恐い。こんなにも何かを決めることが怖いとは思わなかった。




「その男を殺して」
「駄目です。王命ですから」

なぜ?どうしてあの人はあの罪人を守るのっ!

「国王の命を奪おうとしたのよっ!!」

男は頭も垂れず、ふてぶてしく笑った。

「お前に俺は裁けない。これはアロイスの望みだ。目覚めたアイツの顔を見れば分かる」

そのまま、ベレニスを捕らえるためにあの男も向かった。


確かにベレニスは邪魔な人だった。過去にもアロイスを毒殺しようとした魔女だ。息子の公爵を、実家の侯爵家を使い、何度も私達の足を掬おうとする目障りな人間。他国にまで手を出していたのならば、今、倒せるのは確かにありがたいわ。そうしたらビニシオも随分と楽に……
ああ、こういう所よね。こうやって、私は国の利益を優先して来た。今、あの人は毒に苦しめられているのに。

個よりも多数の幸せを選ばなくてはいけない時がある。犠牲を嘆くな。上が迷えば、下は更に揺らぐ。決断を恐れるな。……ただ、その犠牲を忘れるな。

お父様から教えられた言葉。出来うる限り、国民の犠牲の無い世の中を目指して来たつもりよ。

でも、腹立たしい諜報部はいつも私を睨み付けてくる。殺してやりたいと云わんばかりの瞳で。

確かに、あの人はいつでも仕事をしていた。
私は、彼のそんな姿を見て、国の為に働くのが好きなのだと思った。だから、会う度に仕事の話をした。私は国を良く出来ることが嬉しかったし、彼だってあんなに働いているのだから、同じ気持ちだと疑いもしなかった。

妻なのに、気付きもしなかった私が悪いの?




「あの娘を手放すのですか」

何て可愛げのない言葉かしら。でも、今更どう縋ればいいのか分からない。

「もともと掴み取れなかったものだ」
「………これから、如何するおつもり?」
「この目では国王は続けられない。王位はビニシオに譲り、何処か田舎にでも落ち着こうと思っている」

胸が、バクバクと煩い。どうして?何故私には相談して下さらないの?

「籍はこのままにしておこうか。その方が仕事がしやすいだろう」
「……どういう……」
「ん?だって、君はまだまだやりたい事がたくさんあるだろう。それなら、私の妻のままの方がいいと思っただけた。まぁ、他に添い遂げたい者がいるなら」
「いませんっ!私を馬鹿にしているのっ?!」

自分が他所に心を寄せたからって私までそのような低俗な女だと考えるだなんて業腹だわ!

「分かっている。だから、籍はこのままでと言ったんだ」
「……もう、私とは一緒にいたくないの?」

そこまで嫌われてしまった?

「違う。君が嫌だろう。ここを離れて私と二人で田舎暮らしなど」
「そんなこと!」
「一生だよ。私は戻る気が無いから」

……一生?静養では無く、もうずっと戻る気は無いの?

「貴方は、国王でいることが辛かったの?」
「……ごめんね。君は王妃になることを夢見て頑張ってきたのに」
「違うわ!そういう事じゃなくて!
どうして貴方の事を教えてくれなかったの」

そうよ、どうして?一生を共にするのに、貴方はどうして感情が分からないことを教えてくれなかったのよ!
これは八つ当たりかもしれない。でも、貴方が不誠実だったのは確かでしょう?

「……必要が無いと思った」
「どうして!」
「だって、君は私を愛しているわけじゃなかった。今後も愛を望んでいないと思えた。アンヌの望みは私の妻では無く、王妃となり、国母として国を、民を守ることだっただろう?」

さも当たり前の様に言われ、言葉が出ない。

「だったら、私の感情など必要が無いと、そう判断した。そして、今でもそれは間違っていないと思っている。
国王ではなくなる、ただのアロイスという男の側に、君は居たいと思えるのか?」

国王では無くなる。そんな貴方を私は知らない。

「……少し休んで、もう一度……」

私は何を言っているの。どこまで愚かなの!

「いつも国民の為にと、必死に働く君が羨ましかった」
「……羨ましい?でも……」
「うん。当時は分からなかった。ただ、君は眩しいなあと思っていたよ。
私はただ、王家に生まれたから仕方がなくこなしていただけ。君みたいな情熱など無かった。そんな空っぽさが嫌で必死に働いていたのだと、今なら理解出来る」
 
褒められたようで、突き放された気もする。

「分からなかったけど、私はどうやら苦痛だったらしい。確かに何年か前から、ブラスに休暇を取るように言われていたのだけど、当時の私では意味が分からなかった。
ただ、セレスティーヌに会う前は全てが億劫で。いっそのこと戦争でもおこして、国ごと消えようか、なんて考えるようになっていた。
……知らないうちに、限界を迎えていたみたいなんだ。
だから、アンヌには悪いけれど、国を守る為にも、引退したら王都に戻る気は無い。
我儘ばかりで本当にごめんね」

…………なぜ、貴方が謝るの。そんなにギリギリまで頑張っていたのにまったく気が付かない妻なのに。ああ、だからあの男は私を憎んでいたのね。敬愛する主人が死にそうなのに、隣にいる私は欠片も気付かず、国や民や子供達しか見ていなかったのだから。

「貴方が、あの男を守る意味がやっと分かったわ。アレは貴方を……国王では無いアロイスという男を、ちゃんと見ていたのね」

──私とは違って。

「……この目のこと、怒ってるかい?」
「とりあえず、あの男を殺す方法を17通り考えるくらいには」
「リアルな数字だね?」

だって本気だったわ。貴方の側に当たり前に侍り、誰よりも理解して、その癖傷付けた酷い男だ。内蔵ぶち撒けて死ねばいいと思った程恨みましたが何か?

「アイツは俺に国王を辞めさせたかった。後は、セレスティーヌにしたことの罰。ついでにベレニスを潰して、プレヴァンに借りを作れたらいいなっていう私の望みもプラスして実行しただけなんだ」
「……後悔は無いの?」
「後悔ならその前にたくさんした。……こうでもしないと、手放せなかった」

そんなに辛かったの。私は良かれと思ってしたことだった。だって、貴方が望んだのだと。
貴方が後悔するなんて、思いもしなかった。

貴方の愛はセレスティーヌに。貴方を理解することはあの男に。

だったら、私が出来ることは何?

「私は……どうしたら……」

こんなに決断出来ない事があるだなんて!  

「君は何も悪くない。悪いのは全て私だから。君はそのまま、素敵な王妃のままでいていいんだ」

優しいのに優しくない。でも、私も優しくしてこなかった。ただ、隣に居ただけだった。

じゃあ、これからは?私は一体どうしたいの?





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