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4 息抜いて つまんだ駄菓子が呼ぶ懸念
4-6 あのにおいは
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「一介のあやかしなのは確かだが、前より智恵をつけていないか、功巳」
機嫌の悪そうな八咫に、こともなげに功巳は手を振る。
「えー、もとからあんな感じじゃないかな」
あのあやかしは百合が外から通っていることを理解しており、功巳とおなじように散歩に連れていってほしい、と頼みたいらしい。自分たちの見た目がおぞましいという自覚はなく、どちらかというと百合寄りの姿形だと思っているのではないか――功巳は冷めてきたお茶をすすりながらそう話した。
「ねえやにコテンパンにされたみたいだから、当面は近づいてもこないんじゃない? で、如月さんに謝ってたよ」
「話したいとか散歩したいっていうのは、まあ……わかったとして、私のことをどこに連れていこうとしたんでしょう」
その場の三人の男たちが視線を交わし、にやりといやな笑い方をした。
「廊下の先だね。あっちのほうがあやかしたちは動きやすいからさ。こっちだと会話もスムーズにできないやつでも、あっちだとできたりするし」
百合はぞっとして鹿野を抱きしめた。
あやかしに有利な土地ならば、その気になれば無茶なこともできるのではないか。あちらに連れこまれていたら、逃げおおせることなどできなかったかもしれない。
「それじゃ、私は仕事場以外には入らないほうがよさそうですね」
「……と、いいたいところなんですが」
清巳は菓子盆からやわらかそうな饅頭をふたつ取る。
「私はなにかあったときのことを考えて、如月さんにあちらを見ていただいたほうがいいと思っています。それもあって、打ち合わせようと今日うかがったんですよ」
「僕はべつにそこまでしなくても、っていってるんだけどね、清巳に押し切られちゃって」
テーブルの上に身を乗り出し、功巳が両手の指をくるくるとまわす。
「それよかさ、渡してたにおい袋っておうちかな? もしかしていらなくて誰かにあげたとか、ポイした?」
「え? いえ、上着のポケットにずっと入れてます。ただもうにおいは飛んだみたいで……あんまり持ち歩くものじゃなかったですか?」
「……功巳さんはそのあたりもなにも説明せずに?」
清巳の低い声に、功巳は目を逸らしている。
上着を着たままになっていた百合は、ポケットからにおい袋を取り出した。
それを受け取ったのは功巳ではなく清巳だ。
鼻ににおい袋をぴったりつけ、清巳は深く息を吸いこんでいく――そして首を振った。
「焦げくさいです。その鵺が放電したとき、おなじ部屋にこれはありましたか?」
「鵺じゃなくて鹿野さんです。……ポケットに入れてあったので、おなじ部屋にありました」
八咫ににおい袋が渡る。
彼は鼻を近づけず、それを手のひらで転がすとテーブルに放り投げた。
「ただの布袋だな。新しいものは?」
「いま在庫切らしてるんだよね。如月さん、ちょっと待っててくれる」
百合は首をかしげた。
「なにか意味があるんですか、これに」
居心地悪そうに愛想笑いをし、功巳はにおい袋だったものをつかんだ。
「いったじゃん? 魔除けって」
「それ自体が魔除けだっていう話は、一度も聞いてません」
きっぱりと百合がいい切ると、聞こえよがしなため息が清巳から落ちた。
「これが想定通りに機能してたら、あやかしの問いかけにこたえても問題なかったでしょう。においが移るだけでも効能はあるはずですが、さすがに焼けたら無理です。功巳さんもにおい袋があるから、と気が緩んでいたのかもしれません」
「そうそう、ごめんね。返事さえしなければ、まあいいようになるだろうって思ってたんだよねぇ……八咫くんもいることだし」
清巳から落ちた今度のため息は、聞こえよがしなものではないものの、耳によく残った。
「鵺が放電したときに考えがまわらなかったのは、もう歳ってことですかね」
「そういう嫌味が出るなんてさぁ、清巳も因業ジジイになってきてるんじゃないの」
ひざに乗っていた鹿野がテーブルに上がると、横から清巳が手をのばして抱え上げた。
「こちらが鹿野さんですか」
清巳の手が鹿野の背を撫でる。
「はい。ふわふわでしょう、鹿野さん」
「いまはにおいはなさそうですね」
清巳の手で鹿野の身体が掲げられ、空中で回転された。
それを八咫が引き取り、しっぽのあたりに鼻先を密着させた。清巳がにおい袋にしたように、深く息を吸いこみはじめる。
「……なにをしてるんですか」
顔を離し、八咫が首を振る。
「いまは香料は出ていないな」
八咫は鹿野を床に下ろした。
最初鹿野――鵺の頭蓋骨は、物流部の資料室に置かれていた。安置されていただけで、使用予定のない資料だったのだ。だが鹿野を材料として使う処方もあるのだろうと思うと、ぞっとしてしまう。
「鵺は絶滅危惧種なんです、あちらがわ……冥府の。香料と毛皮目当てに乱獲するやつがいて、でも狩られるほうに自覚がないから、のこのこ出歩く。成獣を狩るのは難しいんですが、こんなちいさい鵺なら密猟者は躍起になります」
床で鹿野は大あくびをしている。
「親とはぐれたところを狩られそうになって、怪我をしていたのを知人が保護したんです。親が探しているか、独り立ちしたと思っているかはわからないですが、とりあえず資料室で寝てもらって、いずれ安全な場所に放す予定だったんですよ」
機嫌の悪そうな八咫に、こともなげに功巳は手を振る。
「えー、もとからあんな感じじゃないかな」
あのあやかしは百合が外から通っていることを理解しており、功巳とおなじように散歩に連れていってほしい、と頼みたいらしい。自分たちの見た目がおぞましいという自覚はなく、どちらかというと百合寄りの姿形だと思っているのではないか――功巳は冷めてきたお茶をすすりながらそう話した。
「ねえやにコテンパンにされたみたいだから、当面は近づいてもこないんじゃない? で、如月さんに謝ってたよ」
「話したいとか散歩したいっていうのは、まあ……わかったとして、私のことをどこに連れていこうとしたんでしょう」
その場の三人の男たちが視線を交わし、にやりといやな笑い方をした。
「廊下の先だね。あっちのほうがあやかしたちは動きやすいからさ。こっちだと会話もスムーズにできないやつでも、あっちだとできたりするし」
百合はぞっとして鹿野を抱きしめた。
あやかしに有利な土地ならば、その気になれば無茶なこともできるのではないか。あちらに連れこまれていたら、逃げおおせることなどできなかったかもしれない。
「それじゃ、私は仕事場以外には入らないほうがよさそうですね」
「……と、いいたいところなんですが」
清巳は菓子盆からやわらかそうな饅頭をふたつ取る。
「私はなにかあったときのことを考えて、如月さんにあちらを見ていただいたほうがいいと思っています。それもあって、打ち合わせようと今日うかがったんですよ」
「僕はべつにそこまでしなくても、っていってるんだけどね、清巳に押し切られちゃって」
テーブルの上に身を乗り出し、功巳が両手の指をくるくるとまわす。
「それよかさ、渡してたにおい袋っておうちかな? もしかしていらなくて誰かにあげたとか、ポイした?」
「え? いえ、上着のポケットにずっと入れてます。ただもうにおいは飛んだみたいで……あんまり持ち歩くものじゃなかったですか?」
「……功巳さんはそのあたりもなにも説明せずに?」
清巳の低い声に、功巳は目を逸らしている。
上着を着たままになっていた百合は、ポケットからにおい袋を取り出した。
それを受け取ったのは功巳ではなく清巳だ。
鼻ににおい袋をぴったりつけ、清巳は深く息を吸いこんでいく――そして首を振った。
「焦げくさいです。その鵺が放電したとき、おなじ部屋にこれはありましたか?」
「鵺じゃなくて鹿野さんです。……ポケットに入れてあったので、おなじ部屋にありました」
八咫ににおい袋が渡る。
彼は鼻を近づけず、それを手のひらで転がすとテーブルに放り投げた。
「ただの布袋だな。新しいものは?」
「いま在庫切らしてるんだよね。如月さん、ちょっと待っててくれる」
百合は首をかしげた。
「なにか意味があるんですか、これに」
居心地悪そうに愛想笑いをし、功巳はにおい袋だったものをつかんだ。
「いったじゃん? 魔除けって」
「それ自体が魔除けだっていう話は、一度も聞いてません」
きっぱりと百合がいい切ると、聞こえよがしなため息が清巳から落ちた。
「これが想定通りに機能してたら、あやかしの問いかけにこたえても問題なかったでしょう。においが移るだけでも効能はあるはずですが、さすがに焼けたら無理です。功巳さんもにおい袋があるから、と気が緩んでいたのかもしれません」
「そうそう、ごめんね。返事さえしなければ、まあいいようになるだろうって思ってたんだよねぇ……八咫くんもいることだし」
清巳から落ちた今度のため息は、聞こえよがしなものではないものの、耳によく残った。
「鵺が放電したときに考えがまわらなかったのは、もう歳ってことですかね」
「そういう嫌味が出るなんてさぁ、清巳も因業ジジイになってきてるんじゃないの」
ひざに乗っていた鹿野がテーブルに上がると、横から清巳が手をのばして抱え上げた。
「こちらが鹿野さんですか」
清巳の手が鹿野の背を撫でる。
「はい。ふわふわでしょう、鹿野さん」
「いまはにおいはなさそうですね」
清巳の手で鹿野の身体が掲げられ、空中で回転された。
それを八咫が引き取り、しっぽのあたりに鼻先を密着させた。清巳がにおい袋にしたように、深く息を吸いこみはじめる。
「……なにをしてるんですか」
顔を離し、八咫が首を振る。
「いまは香料は出ていないな」
八咫は鹿野を床に下ろした。
最初鹿野――鵺の頭蓋骨は、物流部の資料室に置かれていた。安置されていただけで、使用予定のない資料だったのだ。だが鹿野を材料として使う処方もあるのだろうと思うと、ぞっとしてしまう。
「鵺は絶滅危惧種なんです、あちらがわ……冥府の。香料と毛皮目当てに乱獲するやつがいて、でも狩られるほうに自覚がないから、のこのこ出歩く。成獣を狩るのは難しいんですが、こんなちいさい鵺なら密猟者は躍起になります」
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