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102:宰相フェルム・サングイネム・エッセ

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セールビエンスの指摘によりテンペスタス家の昇爵を知ったエッセ侯爵は、日が暮れてだいぶ経っていることもお構いなしに再び宮廷に戻りオケアノスの執務室へと向かった。

「殿下にお会いしたい」
「宰相殿!?どうかなさったのですか?少し前にお帰りになったと聞いておりましたが」
「ニックス、殿下は部屋にいるか」
「少し前はよくこういったこともありましたね。懐かしい」
「ニックス!はぐらかすな!殿下は部屋にいないのか?」
「……おりません」
「今日も公務や議会にも出ていなかったが、どこにいるんだ」
「…お伝えするなと言われておりまして…」
「もう結構だ!国王陛下に目通りを頼むことにする」
「なりません」

立ち去ろうとした侯爵の後ろ姿に投げられたニックスのその言葉に、侯爵は眉を顰めながら振り返った。
「私は宰相だ。なによりも私は彼の幼いころからの友人だ。それなのにこの2年、まったく会わせてもらえないというのはどういう了見だ」
厳しい表情でニックスにそう詰め寄ると、後ろから別の声が聞こえた。

「陛下が弱っている姿を友人に見せたくないというのだ。友人ならば理解すべきではないのか?エッセ侯爵」
「ーーポリプス公爵、珍しいこともあるな」
「親戚として見舞いに来ているだけだ。娘も夫の状況を不安がっているのだ、私が懇意にしている医師を紹介したのだよ」
「さようでございますか。それは忠義に厚いあなたらしい。して、陛下の体調は?」
「まったくもってよくないな。…それで、君はこんな時間にオケアノスに何の用だ?」

侯爵は公爵からの質問に答えるのを躊躇した。テンペスタス子爵がポリプス側の人間であることなど周知の事実で、今回の件に公爵が絡んでいないとは考えられなかった。何か言えばもっともらしい答えを返されるだけ、むしろ反対している自分の立場が危うくなる。
しかし、公爵の眼力がそれを否とは言わせない。

「聞いていない議題が通っていたようでしてね」
「宰相である君がか?……ああ、オケアノスも君が愛娘の件で大変だろうと気を使って件については私に確認をして対応しているよ。あいつも成長したものだ」
「議会に通さずに法案や昇爵を決められたと?」
「外交的な問題ではないしな、良いだろう?何よりも、未来の花嫁が子爵家出身であることに心を砕いているとなればオケアノスも男を見せたくなったのだろう」
「…殿下にはまだ王妃がいらっしゃる」

侯爵は愛娘に最後の引導を渡したルサルカ皇女を嫌っていた。加えてサラ・テンペスタス子爵令嬢のことを好意的に見ていたので、客観的に見ればルサルカ王妃よりもサラ王妃の方が喜ばしいと言いそうに思えた。しかし、何度か娘の元に遊びに来たサラとの会話を聞いていた侯爵は、サラの言動に違和感を感じることがしばしばあった。
何かと娘におねだりをしたり、娘に対して上から目線でのアドバイスをしたり、娘の趣味や食べ物の好みなどを遠回しに否定していく言い回しを聞いていくうちに娘に会わせたくないとおもうようになり、裏で訪問を断らせていった。親として子供の交友関係に口を出すことは褒められはしないが、それでも娘を守りたかった。

「おや、君は愛娘に嫌味を言った悪女を嫌っていただろう?それに陛下が倒れたのも彼女の歌による呪いだろう」
「好いてはいないが、王妃であることは事実だ。離婚も成立していない中で、すでに次の王妃を決めているのは外聞がよくないだろう。ぺルラとの関係もある」
「ぺルラなど!あのように小さな国にこのカエオレウムが気を使う必要はあるまい!オケアノスが王になって独身では箔もつくまい」
「それで、殿下の一存で子爵家を侯爵家にしたのですか」
「一存ではない。私も賛成している。テンペスタスの功績は誰が見ても明らかだろう!」

テンペスタス子爵の功績と言われて、思いつくのは民衆向けによくわからない薬を販売したことか、それともシュケレシュとの交流で大量に手に入れた武器であるか。元々軍事に秀でていた国ではあるが、最近、より一層その傾向が強くなっている。
諸外国からもその点について苦言を呈されることもしばしばあった。
『カエオレウムは周辺国に攻め入るつもりではないか?』
外交としてそのような脅威的な国になることは、今のカエオレウムにとって良いことではなかった。
けれどもそれを言っても、目の前のポリプス公爵にはわからないだろう。公爵は領土を広げ、富める国から略奪していくことこそが重要だと考える強硬派である。
協調派であるエッセ侯爵とは真逆の考え方であった。

エッセ侯爵はあきらめたように息を吐き、公爵に尋ねた。
「テンペスタス侯爵の件は承知しました。ポリプス公爵もう一度質問をさせていただきますが、国王陛下のご容体はいかがでしょうか」
「よくないな。オケアノスが継ぐ日も近いだろうよ」
「…そうですか。私も最早不要でしょうな」

エッセ侯爵はそう言って宮廷から館に戻り、二度と宰相として王宮に行くことはなかった。
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