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100:皇帝ランチャ・トリトーネ

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一瞬で暗くなった部屋の中でフルクトスは瞬きを繰り返す。暗い場所には慣れているが唐突に、それもカーテンを閉めただけではありえないほどの闇に内心驚いてはいた。

「しかしまぁ、仮面とは味気ないものよな。君の顔が見えないから面白くもないもんじゃて」
「驚いていますよ。これは魔法でしょうか」
「ん、人に聞かれてはマズイのでな」

賢者はそう言うと、何か呪文を唱えると周囲に橙色の炎が4つ浮かび上がった。

「さて、どこまで話したっけか」
が無意味な魔力を手に入れたところですよ」
なぁ、君は本当にそう思うかね?」

賢者の質問にフルクトスは肩をすくめて、首を傾げてみせる。
「会ったこともないので」
「懸命な判断だ。ーー制約の話だったな。ぺルラは小さな弱小国だけれど、今までどの国にも属したことはない。なぜだと思う?」
「流れからして、先ほどの聞いたぺルラにいる魔女が関係しているのでしょう」
「ご明察」

小馬鹿にするように拍手をすると、炎の色が2つずつ青色と紫色に変わっていった。その幻想的な変貌をフルクトスは仮面の隙間から眺めていると、青い炎は合わさり一つになると人の形を象っていき賢者の声に合わせて動き始めるのだった。

「魔女はぺルラ皇族に力を与える。ただそれは、自由になんでも与えられるのではなくて、その人に見合った魔力と制約を与える。大体の皇帝は国を守れる力をもらっていたようだね」
「では現皇帝も?」
「ああ。とても強い魔力ーーではないな、ルビを手に入れたらしいのぅ。小生はずいぶんと会えてないから直接は見ていないが…彼の一存で陸と海がひっくり返るくらいに強い力とのことじゃな」
「陸と海が?それはどういうことですか?」
「言葉通りじゃ」

フルクトスの質問に賢者は答えながら、指を指揮者のように降っていくと今度は紫色の炎が6つに分かれ、それも人形のような動きをし始める。足元に翻るフリルのようなものがドレスに見えた。
「それほど強い力ともなると、制約は?」
「彼はぺルラから出られない。そして6人の皇女たちに干渉できない」
「したらどうなるのです?」
「わからない。ーー多分、死ぬんじゃろうなぁ。小生も、君も、カエオレウムの王族も、この世のすべてがおしまいじゃろうて、小生もぺルラの魔女も思っておる」
「・・・アケロン賢者はなぜ私にこの話をしたのですか」
「なんでだろうね」
そう言うと、賢者は一瞬困ったような今にも泣きだしそうな下手糞な笑みを見せてから再び大きく手をたたいて見せた。
パンッと音が景気よく鳴り響くと、炎はすべて消えさり部屋は元の明るさに戻っていた。

ナッリ君の乳母のところへ行こうかの。今日こそ出てもらわんとなぁ」


◆◆◆◆◆◆


「オケアノス様、私、ルサルカ様にお会いしたいです」
ベッドに横になりながら、そばに座っているオケアノスの手を握り、サラは目を潤ませて懇願した。
「だめだ。そんな危険なことしなくて良いだろう」
「ですが、きっと私たちには誤解があったのです。きちんとお話をすれば分かり合えるはずですわ」

サラは握っていたオケアノスから手を離すと、今度は神に祈るように両手を組んで目を閉じて微笑をみせた。オケアノスはその表情を神父が見せてくれた聖母像のようだと思った。

「何度サラが歩み寄っても、皇女あの女が拒絶をしたのだ。あの女のことなど気にせずとも君が王妃になるのは誰も非難しないだろう。それよりも早く体調を治せ」
「しかし…皇女様は皇女で、私はただの子爵家の人間ですわ。その点は考えませんと…」
「君が子爵令嬢であるなど誰も問題視していない!テンペスタス子爵はこの国に大きな貢献をしてくれている忠臣中の忠臣だ。その娘であれば否定などするわけがない。もちろん私もだ。むしろ、肩書だけの皇女の方が問題だ」
「いいえ、いいえ。そうは言っても肩書は大切です。身分を重んじるこの国で、王妃が子爵家出身など末代までの恥になりますもの…。私、皇女様が嫁いでいらっしゃるって知ってから何度も思っていたのです。『私がもっと身分が高い家に生まれていれば、オケアノス様は私を選んでくださったのかしら』と」

さめざめと顔に両手を当てて泣くサラにオケアノスは驚いて、その艶やかつややかな天使の輪が光る頭を撫で、抱き寄せた。
「そんなことを気にしていたのか…かわいそうに。では、テンペスタス子爵をテンペスタス伯爵…いや、今までの働きを考えてくれれば侯爵の方が適しているな。テンペスタス侯爵に昇爵させよう。そうすれば君はテンペスタス侯爵令嬢だ!負い目の引け目もないだろう?」

オケアノスの提案にサラはすすり泣く声をピタリと止めて、指の隙間からオケアノスの顔を覗き込んだ。
「本当ですの?」
「ああ、テンペスタス侯爵令嬢!同世代では最高位の女性だな…ま、すぐに王妃というこの国で最も身分の高い女性になるのだからあまり意味はないかもしれんが…」
「でも、でも、やはり『オケアノス王』の最初の奥様は『皇女』ですのに、次の王妃は『貴族』というのは、後々おかしいと思われてしまいそうですね…そんなことでオケアノス様の評を下げてしまいたくありません。やはり外国の王族をお迎えした方が…」
「心配するな。皇女あの女に関する記録では身分はただの貴族、地方貴族にしておくよ」

抱き寄せられていたサラはオケアノスの胸に顔を寄せると、そのまま背中に腕を回して抱きしめる。
「……私、早く元気になるように頑張りますわ」
「ああ、元気になって落ち着いたら式の準備に取り掛かろう」

幸福に満ちた声と裏腹に不敵に笑うサラの表情はオケアノスから見えることはなかった。
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