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やり直す時間

88:娘が娘なら父親も

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あえてなのか、無意識なのかわからないけれど、サラは周囲に呼びかけながら歩いているようだった。

「どなたかっ!医師のドクトリス先生を呼んでいらして!殿下がっ!それに私も毒を飲んだのです!」
「一体どうなさったのです?まぁ、テンペスタス子爵令嬢、酷い顔色です!!」
「ああ、ドゥ伯爵夫人良い所に!大きな声では言えないのですが、皇女様から毒入りのお茶をだされたようなのです!急いでお医者様にかからないと」

大きな声で言ってるじゃないの…と、想像でしかないけれどドゥ伯爵夫人も思ったに違いない。でもそうやって大騒ぎしてもらった方が私にとっては都合が良い。本降りになった雨の合間に、王宮の近くに落ちた雷の音が轟いている。不穏な空気はまるで演出みたいで笑えて来てしまうくらいだ。
コラーロと目が合うと、同じ気持ちのようで悪戯っぽく笑って言った。
「アガタとトゥットは間に合いますかしら?」
「きっと間に合うわ」
あえて床もテーブルの物もそのままの状態で、私はコラーロと怯えるフリをして状況確認をする為の誰かが来るのを待つことにした。するとどうだろう、部屋に押し入って来たのは尋問官でも衛兵でもなく、そして部屋の近くに居たらしいドゥ夫人でもなかった。
断りの文句一つもなく私の部屋を無遠慮に開け放ったその男は、廊下の窓ガラスから見える稲妻をバックにして嫌みな笑みを浮かべているのである。

「これは一大事いちだいじですなぁ」

まさかここで出て来るとは思わなかった、というのは言い訳でしかない。
よくよく考えればサラに手を出すのだからこうなることは予想がついたはずだ。けれど、私はこの男が大の苦手なのだ。

「テンペスタス子爵…」
「皇女様、私の娘はもとよりも殿下に毒を盛ったのはいささかやり過ぎではございませんか?」
決めつけでそう言うと、私の腕を力一杯引っぱって無理矢理立たせようとする。
「なにをなさるのです!皇女様から手をお離しください!!」
「無礼なっ!侍女風情が私に意見をするというのか!!皇女様、陛下がお待ちです。さぁ参りましょう」
テンペスタス子爵はそう言うと、私の意見もこれから何をするのかも一切言わずに私を部屋から引きずり出したのである。
緑の壷を使うと決めた時、ある程度の尋問を受けるのは覚悟していたけれど、さすがにこの対応は予想外だった。過去での処刑前の方がよほど丁重な扱いを受けたと思う。よろめく私に対して、一切の気遣いもなくテンペスタス子爵は王の謁見の間へと足を進めて行った。


◆◆◆◆◆◆

謁見の間にやって来ると、テンペスタス子爵は既に私が罪人であると言うように玉座の前に私を倒れ込ませるように押した。
「お、おい。テンペスタス子爵、皇女に何をするのだ!」
「陛下、いくらペルラ皇女とはいえオケアノス殿下に毒を飲ませたのですから罪人でしょう?まったく、ですから私は反対したのです。外、それもペルラのような閉じられた国の井の中の蛙である姫を娶るなど。自分の置かれている立場がわからないのです」
「そうと決まった訳ではない…とりあえず、皇女の話を聞こう」
「必要ございません!私の可愛い娘にまでも害をなしたのですよ!?私は一父親として厳正な処罰を求めます!!言い訳を聞きたくもございませんぞ!!」

今まで一切私の前に現れなかったテンペスタス子爵は鬼の首を取ったように私に対する苦言や思っていた悪しき箇所を述べ続ける。
くどくど、くどくど、と。
その行動は、私が毒を盛ったのは確定であり実刑に処すと断定しているのを表していた。
否定をする間も与えないということなのだ。

「陛下、私の言葉を聞いて下さい!」
「いえ、国王陛下、このような悪しき娘の言い訳に聞く耳を持たれるのはお時間の無駄ですぞ!私の方で処分を決めます!」
「しかしテンペスタス子爵、弱小国とはいえ私は一応皇女です。諸外国への手前、陛下に判断をしていただかないのは無理ですわ!ーーそうでしょう、陛下」
「なんて生意気な!私の娘に毒を飲ませておいて!!陛下、お願いです!父親として私に処分を決めさせていただきたい」

言い争う私とテンペスタス子爵を前にして、陛下はオロオロと決めかねていた。一国の王がこんなことの判断も出来ないというのは私の目から見れば呆れてしまう。一体どうしてカエオレウムはここまでの大国になったのだろう。
普通に考えれば、まだ証拠もないのに外国から来ている皇族を罪人扱い出来る訳がない。

非常識な対応に言葉を失いながら、コラーロを見ると口をぱくぱくしながら出入り口の方を指差していた。

「陛下…どなたかがいらっしゃったようです」
「誰だ!今は取り込み中だぞ!!」

私は陛下にそう言ったはずだったのに、テンペスタス子爵が先に声を張り上げるではないか。あなたは陛下ではないでしょうに、と誰か言って欲しい。
するとドアに居た人物は呆れたようにため息をついて、そのまま部屋に入って来るではないか。

「テンペスタス子爵、君が私に指示を出すのか?」

重々しくそう言った声はエッセ侯爵だった。
騒ぎを聞き付けた宰相は急いでここまで走って来てくれたのだろう。いつもの一糸乱れない身なりは、すこし乱れていた。

「フェルム!良く来てくれた!!」
「陛下、この状況はどういったことです?テンペスタス子爵令嬢が外で大騒ぎをしているので驚いて来てみたら…」
「そうだ!私の娘が、オケアノス殿下と共に、この邪悪な皇女に毒を飲まされたそうだ!!」
「毒・・・?」

喚くテンペスタス子爵の言葉を聞いたエッセ侯爵は私のことを見て、急いで駆け寄って手を差し伸べてくれる。その手を掴んで立ち上がると、エッセ侯爵は微笑んでくれた。

「ご令嬢になんてことをするんだ、君には紳士としての挟持はないのか」
「紳士である必要はない!毒を飲ませたんだぞ!?」
「…皇女様が飲ませたという証拠はあるのか?なによりも毒を飲んだと言う割に、君のご令嬢はまだ騒げているようだが…」
エッセ侯爵の冷静な指摘に、テンペスタス子爵は口を閉ざし部屋の中はまるで水を打ったように静まり返っていると遠慮がちに扉を叩く音が響いた。


「失礼いたします。ドクトリスでございます」
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